It's like rain〜雨ににてる〜


雨はきらい。
昔から、きらい。
だって、雨の降っている日にいいことなんか、一度もなかった。
ピアノの発表会の一張羅、ぬかるみで転んでどろどろにしちゃったこともあるし、かわいがっていた飼い猫が死んでしまったのも、こんな雨の日だった。
べ、別に、英語の授業で、
“It’s like rain”(外は雨のようだ)をまちがえて、「それは雨ににてる」っていって、みんなに大爆笑されたことは、関係ないはず。
……ほんとよ?

雨って、冷たくて、そしてどこか、哀しいもの。

◇◆◇◆◇

「あ〜あ、こんなことなら、部屋にいればよかったな。」
アンジェリークは、森の大樹の木陰で雨宿りしながらためいきをつく。
寮を出た時はすぐやむと思ってたのだ。だが現実は、この通り。
霧のような細かい雨が音も無く大気のなかを舞っている。
それほど濡れたつもりはなかったのに、小さな水滴がいくつもかさなって、彼女の髪から、服から、ぽたぽたとしずくを落とした。
体のうちがわから、しっとりと、冷えてくる。
風に舞ってしまうような、こんなこまかな雨には木の下の雨宿りもあまり意味が無いようだ。
「雨なんて、きらい」
何度と無くつぶやいた言葉を懲りずに口にしたとき、流れるような、静かな声がした。

「どうしたのです?アンジェリーク。こんなところで。ああ、そんなに濡れてしまって」

ふりむくと、“それは雨ににてる”というフレーズを思い起こさせるひとが立っている。
「リュミエール様!こんにちは。お散歩をしていたら、この通りです」
せっかく、大好きなひとに会えたというのに、ヌレネズミみたいな格好をしている自分。
―― やっぱり、雨なんて、きらい。
と、確信しながらも、にも関わらず目の前の青年をみて“雨ににてる”などと考えてしまった自分に余計落ち込んでしまう。
さすがにいつもの元気がないことに気付いたのだろうか、気遣うような表情をして
「とりあえず、こちらへ」
と彼は傘をさしだした。
傘も、水色なのね。やっぱり。アンジェリークはそう思いながら、差しだされた傘に入れて貰った。
「冷えてしまっているのではありませんか?私の部屋へいらしてください。温かいお茶を、入れて差し上げましょう」
「はい。ありがとうございます」
嬉しい誘いに、途端に元気になって返事をする。でも。
「あの、ご迷惑ではないんですか?どこかへ行かれる途中だったのでは」
と言うアンジェリークに彼はふふ、と微笑む。
「ただの散歩の途中です。気にする事はありませんよ」
散歩?この雨の中を?わざわざ傘をさして?
アンジェリークの疑問に答えるかのようにリュミエールは笑顔を絶やさず言う。
「雨の日は、なにかいい事が、起きるように思えるのですよ。ほら、今日は可愛い人に出会えましたしね」
―― か、可愛い人って!
アンジェリークは赤くなって、うつむいてしまう。
―― うん。雨の日も、わるくないかも。
単純である。
「こんな日は、景色もいつもとちがうでしょう?もちろん、晴れた日も美しいのですが。木々を潤す細かな雨の、この優しさが私は好きなのです」
ふたりは並んで歩きだした。
森の木々の幹も、葉も、静かな雨に艶やかに濡れている。
しっとりと、しめった土の香りが少女のかたわらを、ふわりと通りすぎ、なんとなく楽しい気分にさせた。
―― 雨の日も、わるくない。
もう一度、アンジェリークはそう思った。

◇◆◇◆◇

「すこしは、温まりましたか?」
あたたかい部屋のなかで、青年はカップにカモミールティを注ぎ足しながらたずねる。
「はい。服まで貸して頂いて、ありがとうございました」
大きすぎる、しかもただでさえずるずるの服をぎこちなく着ている彼女を見て、思わずといった風に彼は笑みを零した。
「あなたの服が乾くまで、もうすこし待って下さいね」
頷きながら、内心、彼の服を借りていることが嬉しくて、制服なんて乾かなくていいのにな、などとアンジェリークは考えている。
と、この時。
さらり。
微かな衣擦れの音。
流れるような動作でリュミエールが窓の側へ歩み寄った。
外はまだけぶるような雨にぬれている。
―― やっぱり、雨ににてるわ。
一度は否定したはずの言葉を、もう一度思い起こす。そのまま、その美しい立ち姿に思わずみとれていると。

「雨は、おきらいですか?」

彼が突然尋ねてきた。
「さきほど森で、そうつぶやいてらしたでしょう」
いつもと同じやさしいトーンの声。
でもそこに、かすかな悲しみの気配を感じ、しまったとばかり、彼女は慌てて側までかけよる。
「あっ、あの、好きです。ついさっきまであまり好きではなかったんですけど、リュミエール様とお話していたら、雨ってリュミエール様ににてるなって、思って。だからとても好きですっ。あっ」
しまった!
と思った時にはもう口から言葉が出たあとだった。
―― これじゃあ、リュミエール様に好きって言ったのとおなじじゃない!
ごまかそうと思えばできないことも無いのに、慌ててしまっている彼女にはそれも出来ない。
そしてもちろん、その慌てた態度が言葉の裏付けになっているなどと、思いもしない。
ごん。と熱くなった顔を冷やすかのように、少し曇った硝子にひたいをあてて、黙りこんでしまった。
一瞬、おどろいた顔をしたものの、すぐに優しい笑顔をうかべたリュミエールはしばらく愛しげに、ひとり慌てている彼女をみていたが、ゆっくりとこう言った。
「私も、好きですよ」
このとき、彼女の心臓が飛び上がった。のだが、彼はこう続けた。
「だって、こんな冷たい雨の日は……」
―― あ、そうよね、雨の話よね。私ったら、慌てちゃって。
安堵と期待はずれのがっかり感ともつかぬ気持ちで、もう一度硝子窓に額をコン、とあてた。
すると。
さらり。
微かな衣擦れの音が再び聞こえた。こんどは、先ほどよりも、もっと近く。近すぎるほどに、近くで。
気付けば、うしろから抱きしめられている。
「大好きなひとのからだのぬくもりが、いつもよりやさしく感じませんか?」

外は雨。やさしい雨。

◇◆◇◆◇


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古い作品ゆえのイロイロは、なにとぞ大目にみてやってください。
これが、管理人の書いた創作第1作目。実は、ゲームで一番最初のLLEDもリュミ様でした。
2004.08.04 再録に際し