ポリフェノールをあなたに


くしゃん、と。ルヴァはひとつくしゃみをした。
ここ数日なにやらくしゃみがよく出る。
そして彼は考えた。
そういえば、先日ゼフェルを尋ねた時に彼もずいぶんくしゃみをしていた、と。
その時にでもうつされたのだろうか。
普段から本を夜中まで読んでいる自分の生活が、正直不摂生気味で、お世辞にも健康的であるといい難いことを彼は自覚している。
「風邪でもひきましたかねー。今日は早く寝ましょうか」
ルヴァは読んでいた本を閉じてそう呟いた。

冷えないようにしっかり布団をかけて、彼は枕もとの明かりを消す。
今度の日の曜日はヴァレンタインデー。
補佐官にして彼の最愛の恋人であるアンジェリークが、その日は絶対デートをしましょう、と愛らしい笑顔で言っていた姿を脳裏に思い浮かべながら。
彼は、その日までにはこのひきはじめの風邪も治るだろうと、そんなことを考えつつ眠りに落ちていった。

◇◆◇◆◇

自分のくしゃみで目がさめる、というちょっとだけ珍しい経験をその日、ルヴァはした。
くしゃみがとまらない。
どうやら、風邪は悪化しているようである。
とは言うものの特に熱があるようでもなく、頭痛がするでもなく、執務に差し障りはなさそうである。仕方なく、せめてまわりにうつさないよう、彼はマスクを着用したわけだが。
「あー、ちょっと苦しいですねー」
ひどいくしゃみと、それに伴うはなみずとで、正直、呼吸が苦しい。
しかもなんだか、顔面が熱を持ったようでぼーっとする。

―― これは、大事をとって休んだ方がいいのでしょうか?

ルヴァは思案した。
ここで無理をして悪化させては元も子もない。何よりも、アンジェリークとのデートが、というのは彼の心の正直なところ。
結局彼はその日の出仕をあきらめ、自分の館で大人しくしていることに決めた。
そして、結局風邪は治らぬまま彼はその翌日も、翌々日も休むことになるわけだが ―― 。


金の曜日の午後、連絡事項やその週の職務の書類を持って、マルセルが彼の元を訪ねてきて言うことには。
「聖地中で風邪が流行っているみたいなんです。ゼフェルもひどいくしゃみだったし、昨日からはルヴァ様だけでなく、クラヴィス様もお休みだったんですよ」
ルヴァは考える。
先週、クラヴィスとは一緒にお茶を飲んだ。
そのとき、自分がうつしてしまったのでは、ないか、と。

「あー、マルセル、あなたも気をつけてくださいねー。今日家に帰ったら、きちんとうがいと手洗いを忘れずにね。私だけでなくゼフェルとも会ったのなら、尚更です」
そういうルヴァにマルセルはわかりました、と素直に頷く。そして笑顔になって。
「でもルヴァ様思ったよりお元気そうで安心しました」
「そうなんですよー、熱も頭痛もないので、つい、こうして起き出して本を読んでしまうのです。だめですねー、きちんと安静にしてなければ」
マルセルはくすくす笑う。
「ゼフェルはくしゃみしながら、普通に出歩いてるものだから、ランディに怒られてました。そういえば、聖獣の宇宙でも何人か。エルンストさんが調子悪いって聞きましたよ。あと、フランシスさんとセイランさんも」
聞きながら、ルヴァは感染ルートを推察する。

―― エルンストはきっとゼフェルからですねー。フランシスは、クラヴィスでしょうか?

同じサクリアを持った同士、情報交換などで両聖地間ではよくやりとりがあるため、ルヴァはそういう結論に達したようだ。

―― あー、セイランはフランシスと仲がいいようですから、彼からうつされたのかもしれません。

それにしても、感染力の高い上にずいぶん長引く風邪である。
不安になってルヴァは再度マルセルに風邪の予防を強く促す。
「僕もゼフェルからうつされても全然不思議ではないんですけど、その気配がないのがなんだか意外で。でも、とにかく気をつけますね」
彼は、お大事に、と言ってルヴァの館を後にした。

明日は土の曜日、そして明後日は、約束の日の曜日。
ルヴァはこのままでは、アンジェリークとのデートは無理かもしれない、などとちょっと落ち込んでしまう。
そして、あの笑顔が残念そうな表情へ変わる様をありありと想像して、さらに落ち込んでしまう。

―― ああ、でも無理して彼女に会って、こんなわけのわからない風邪をうつしてしまうよりは。

そう考えなおす。そして、それでも万が一明日中に全快する可能性に望みをたくし、くしゃみをしながら寝室へと引き返すのであった。

◇◆◇◆◇

翌日、土の曜日。
午前中にルヴァを訪ねてきた客がいる。

「ルヴァ様、お加減如何ですか?」
アンジェリークはマスクをして出てきたルヴァににっこりと笑った。
その笑顔を心底嬉しく思いながらも、ルヴァは言ってしまう。
「あー、アンジェリーク。お見舞いに来てくれたのはとても嬉しいのですが、あなたにこの風邪をうつしてしまっては …… 」
「大丈夫、うつりません。それに、意地悪おっしゃらないでください。ずっと会えなくて寂しかったんですよ?」

何をもってうつらないと断言できるものなのか、その根拠を追及しようと思わなかったわけではないが、ルヴァはその後の『会えなくて寂しかった』のくだりに、赤くなって、おたおたしてしまう。
恋人となってずいぶん時間も経ったであろうに、この辺はルヴァのルヴァたる所以か。
その反応をアンジェリークはしばらく嬉しそうにみていたが、おもむろに手にしていた包みを差し出した。

「ルヴァ様にプレゼントがあるんです。ええと、こちらの包みが甜茶、こちらの包みがシジュウム茶。それで、これが一日早いですけど、チョコレート」

一日早いチョコレートのプレゼント。
それは、やはりこの風邪が明日までにはなおらないと彼女も思っていて、明日のデートは取りやめ、ということなのだろうかと、ルヴァはしょんぼりする。
そんなルヴァに気付いているのかいないのか。
アンジェリークは

「緑茶のお好きなルヴァ様のおくちに合うかどうかわかりませんが、ゼフェルがこれが良いって言ってたので」

そう言ってにっこりと笑った。
ゼフェルが、というのは彼に自分の味の好みを聞いたのだろうか、などと考える。
そんな彼女の心遣いが嬉しい。

「あー、ありがとうございます。あの、今は何もお礼はできませんが ……」

ずっと外出していなかったので、プレゼントのひとつも用意できていなかった。
そんな彼に、お礼なんて、と言いかけてからふと悪戯っぽい笑顔になって。
「じゃ、お礼ということでキスしてくださいますか?」

目をつぶって彼女は顎を上げる。
「えっ?えええええええっ」
慌ててわたわたとした後、ルヴァはしかし、ふと我にかえり。
「あー、ダメ。だめですよ、こんなにしつこいわけのわからない風邪を、あなたにうつすわけにはいきません、ええ、絶対に」

アンジェリークはおかしそうに笑って、ルヴァの傍らに腰掛け、首に腕をまわし、ついでにそのマスクを取り去ってしまう。
「ア、アンジェリークっ!」
ルヴァゆでだこ状態に真っ赤。
「大丈夫です、これはうつりませんよ。明日のデートもきっと大丈夫」
積極的なアンジェリークにあたふたしたままのルヴァ。
そんな彼に彼女は自分からキスをして。

「だって、花粉症だもの」

と、にっこり。
甜茶に、シジュウム茶に、ポリフェノールたっぷりなチョコレート。
なるほど、花粉症に効くと言われるものばかり、である。


―― オシマイ

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(あとがき)
あー、甘くなくてすみません。ギャグというにも微妙?^^;;
花粉症になったメンバーは、私の勝手なイメージより彼らはなりやすかろう、と。
特に両宇宙の鋼はその雑菌に触れなさそうな生活からアレルギーにめっちゃなりやすそうです。
逆になり難いのは、ユーイ(笑)
その他、幼い頃から動物との接触が多いと花粉症になり難い統計から、馬好きなジュリ、オス、犬好きなランディ、実家が牧場経営のマルセルあたりは、発症率が低いかと。
って、どうでもいいですね。

2005.01.16 佳月拝