郷愁


◇◆◇◆◇


『過去の遺跡達はね、多くのことを語りかけてくれる。父さんの仕事はその言葉に耳を傾け聞き取って、もう一度人の言葉で紡ぎなおすことなのだと、思っているよ』


父は普段決して饒舌ではなかったけれど、考古学のことになるといつも口調が熱を帯びる人だった。
夕暮れどきに父の仕事場へ呼びに行き、共に家路を辿る道すがら。
片手には身の丈にまだ少しばかり大きな、父の本を抱える私の、もう片方の手をしっかりと繋いで。彼はよく古い遺跡の話を語って聞かせてくれた。
落日に長く伸びた二人の影を追うように踏みながら、父の言葉に耳を傾け、心は遠く遙か(いにしえ)へと馳せてみる。
その優しい時間が、私はとても好きだった。

風に流れる砂が刻々と模様を描き消してゆく砂漠。
その砂粒の海から、時折数千の眠りから覚めたかの如く顔を出す遺跡達。
ここに生きた人たちは、何を想い、何を夢見て。
そして。
何故栄え、何故滅びたのか。

その秘められた謎を、いつか父と共に解き明かせたなら、どんなにか幸せだろう。そう、思っていた。
だから、夕飯を用意して待っていた母に笑いながら「お父さんみたいに考古学バカになっちゃうのかしらねぇ?」などと言われたときに。
私は喜んで頷き、答えたものだ。

―― うん、大きくなったら、お父さんみたいな学者さんになりたい。そして一緒に遺跡の言葉を聞くの。

と。
私はあの頃、この他愛無い夢が。
己の努力不足以外の理由で叶わないかもしれない、などという未来を、想像だにしていなかった。

◇◆◇◆◇

どうしたのですか、と。
あなたが微笑みながらも、少しだけ怪訝そうに問うた。
私は物思いから我に返り、なんでもありませんよー、と、曖昧に答える。

明るい陽のあたるテラス。
乾燥した空気に砂の混じる故郷とは、あまりにも異なる常春の地。
この場所に来て、ずいぶん長い時間がたったのに、何故今になりあの頃のことを思い出したのか。
私はその理由をきっと知っている。
たぶん、己が生まれたこの日に、おめでとうと祝福されて。
まっさらなままの自分に立ち返るような思いが昂じ、そこから。

郷愁を、誘われただけなのだ。

私の曖昧な反応を、彼女は黙って許してくれていたのだが、私は何故か言い訳のようにこう続けた。
「幼い頃に考えていた、将来の夢を。ふと思い出していたのですよ」
「将来の夢?それはどんな ―― 」
言いかけて、彼女はこうつけ加えた。
「もし、聞いてもいいのなら、ですけれど」
彼女のそういう細やかな心配りが、私はとても好きだった。
だから、なんの躊躇いもなく、口にした ―― つもりだった。

「そうですね。父のような」

ところが、そこまで言ってから、私は己に問い返す。
父のような、何に?

―― 大きくなったら、お父さんみたいな学者さんになりたい。そして一緒に遺跡の言葉を聞く

かつて望んだ夢の一部は、もうきっと叶わない。
その事を、全く寂しくも悲しくも思わないと言ったら、きっと嘘になる。
けれども、果たして本当に、あの夢は郷愁の中でしか存在しえないものなのか。
ゆっくりと己の心に問うてみれば、 私が望む『何か』は、あの頃といささかも変質していないように思えた。
しばらく考えをめぐらせて、己の中に見つけた答えに一つ頷くと。私は彼女に向かい、笑んで見せた。

「父のような人に。なりたいと、そう思っていますよ。―― 今も」

きっと、素敵なお父様なのですね、と。
屈託無く笑み返してくれた彼女をみてもう一つ、以前から心に生まれつつあった私の夢を、否応なしに自覚する。
いつか今の言葉が叶う日が来たその時。
傍らに、やはり今日のようにあなたがいてくれたなら、どんなにか嬉しいだろう。
けれどもその言葉は、今は口にせずにいようと思った。
何故なら。

遺跡の語る過去が、結局は人の想像の域を超えないのにも似て。
人の身の未来に、絶対などというものは存在しないのだから。

ましてやあまりに不確定な、私と、彼女の置かれた立場を見れば、尚更である。
だから、私はふたたび彼女に向かい、黙ってただ微笑むだけに留めた。
ああ、けれどもたったひとつだけ。
私は私の未来に対し、言い切ることができるものがある。
ときおり郷愁に駆られる心を抱きながらも、あなたに出逢えたこの運命を。
決して私は厭うたりしないだろうということ、を。

未来、永劫。



―― 終

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2007年のルヴァ様お誕生日企画にて。絵チャで描かれた絵にSSをつけよう!というイベントがありまして。
その中でしゅりさんの絵につけさせて頂いたのが、このお話です。実は絵チャ中に、「これらの絵にSSつけるイベントしようか?」っていう話があがっていて、その時点で物語の骨子は私の脳内でちゃっかり仕上がっておりました。もう、書きたくて書きたくてうずうず状態(笑)。そして、後日の文字チャで「あのSSつけよう!イベントの話、まだ生きてますよね!?」と、またもやちゃっかり企画オーナーさんに直談判し、めでたく投稿することができました。書くことができてとっても嬉しかった思い出の品でございますv
何度でも言っちゃいますが、しゅりさん、企画オーナーのロンアルさん、本当にありがとうございました!
2007.07.19執筆、2007.08.01 再録

更に、イラストの同時掲載の許可貰っちゃいました〜〜〜!ヤターーー!!!!!
重ね重ね、ありがとうございます!
しゅりさんのサイトへは、リンクページから飛べますv
2007.08.05