小箱の中に眠る砂漠の月の話


【はじめに】
・※Sp1の公式絵で手にしているルーペが故郷を出るときに女の子から貰ったもの、
Sp2の公式絵で首に下げているルーペが新調したものであり古いのは大切に取ってある、
という公式設定が元になっています。


◇◆◇◆◇

「なあ、そのルーペ、前から気になってたけどだいぶガタがきてねーか。レンズが少し欠けてるし枠も緩んでっし」

執務室に顔を出していた少年が言ったのは、確か私にとっては二度目であり、彼にとっては初めての女王試験が終わりを告げて、しばらくたったころだったように思う。
「ああ、ええ ―― そうですね」
使っていたルーペを掌に包むように持ち替えて、私は歯切れも悪く頷いた。軽く握った掌の中、レンズの表面に指を滑らせると幾つもの傷が触れて、本来なら滑らかなはずの指の動きをざらざらと阻んでいる。少年が指摘したように、ひどく傷んでいるのだ。大切に使っていたつもりではあったが、こうして長く使っていれば全く傷付けずいるのは難しいということか。
しかもこのルーペははじめから。
私の手に渡った最初から、だいぶ古びていたのだ。
少年はふいっとそっぽを向いて、別に興味なんかないぞ、というそぶりを見せつつ言う。
「暇だから、直してやってもいーぜ。枠の緩みを直してレンズも綺麗に磨いて ―― いや、取り替えたほうがいいかな」
後半の口調は既に、自らの手で物を作り出したり修理したりすることが好きな少年特有の、生き生きとした高揚感に満ちていた。
その様子を微笑ましく伺いながらも、一方で心はこのルーペが自分の手に渡った経緯を思い起こしている。
時が経ち、もうずいぶんと薄くなってしまった、幾ばくかの苦みと供に。

◇◆◇◆◇

集落から少し外れれば、何処で果てるとも知らぬ砂の海が続く故郷の惑星。
風に流れる砂が刻々と模様を描いて、乾燥した空気との中絶えず砂埃が舞っている。
日々の生活を思うなら必ずしも恵まれた土地ではなかったろうが、生まれ育った地であればそれが私にとっては当たり前のことだったし、学者の父は私が何かを知りたいと望み好奇心を満たそうとする行為においてなるべくの不自由をしないよう尽力していてくれたから、いま思い返しても不満に思うようなこともあまりない。
ひとたび砂嵐が訪れれば、一歩たりとも外へは出れず、ただじっと家の中で通り過ぎるのを待つばかりという日々も珍しくはなかったが、そんな時間さえも私にとっては好きな本を読みふける為の格好の自由時間であり、砂が通り過ぎた後、嘘のように澄んだ夜空にかかる皓々とした月は何よりも美しく思えたから、私は不謹慎と知りつつもある程度の高揚を以て砂嵐の到来を迎え入れていたように記憶している。
そんな故郷の私と家族が生活していた集落に、同じ年頃の ―― ひとつふたつ年上だったか ―― 少女がいた。
彼女は父の同僚の娘であり、件のルーペは元々、彼女が彼女の父親から古くなったのを貰い受けた物である。
たまたま同じ年頃の子供達が周囲にいなかったこともあって、私たちは良き遊び友達であり供に長い時間を過ごした。幼い私たちが遊びの中で一番夢中になったのは、各々の父を真似るようにして、お下がりのルーペで様々なものを観察することだ。
命がないように思われる砂漠の中、小さく動く昆虫を追い、父達が調べていた遺跡の壁画をさも分った風に観察する。何か発見があれば教えあい、笑い合い、あの頃の私たちは暇さえあればありとあらゆる物をルーペ越しに観察したものだ。
ひどくありふれたもの、例えば掃いても掃いても家に入り込みいつしか積もる憎らしい砂粒さえも、レンズを介したとたん、美しく輝くビーズや宝石に見えて愛おしくさえ思えるのが楽しく不思議だった。
もっとも、どんな物さえ面白く美しくしてしまう魔法のようなルーペでも、砂嵐の去った後の夜空、皓々とかかる月だけは、レンズ越しには反対にぼやけて見えてしまうわけなのだが。 その少し古ぼけたルーペを彼女は宝物のように大切にしていたが、私が何かを観察したいと望んだとき、彼女はいつもルーペを快く貸してくれた。
つい夢中になって長い時間ひとりで使った後に、我に返り彼女に謝ると、きまって彼女は笑って首を振る。
「いいんだよ、これは二人の宝物だから」


ある日のこと、父が私に誕生日祝いに何か欲しい物を買ってやろうと言ってきた。十一か十二、そのくらいの歳であったと思う。
「おまえが何かを知りたいと思ったり学びたいと思ったりしたときに、役に立つ物なら、何でも」
と。
何事にも興味を持ってしまう性格の私に、欲しい物はいくらでもあった。
父の職場で見せてもらったような色とりどりの鉱石の標本、沢山の植物が描かれた図鑑、行ったことの無い遠い土地の海や雪景色を集めた写真集。
それとももしかしたら、ずっと欲しいと思っていた望遠鏡をねだったとしても、今ならば買ってもらえるかも知れない。
ルーペ越しではぼやけてしまうあの月を、今度ははっきりと大きく見つめることが出来るのだ。
わくわくと思いを巡らせながら、けれども私にもう一つの候補が思い浮かぶ。
―― それよりも、ルーペを頼んでみようか。
一旦その考えが浮かんでしまえば、それ以上の選択肢は無いように思えた。
これで自分が何かを観察したいと思ったとき、彼女の手を煩わせずに済む。いつまでも標本を見入っていたいときも、申し訳ないと思わずに済む。
心を過ぎったほんのちょっぴりの寂しさと、新しい宝物を得られる胸の高鳴りを同時に抱えながら、私は翌日このことを彼女に伝えた。
誕生日に新しいルーペを買ってもらうことにしたよ、と。
すると、彼女はとても不思議そうな顔をした。
「どうして?必要なときにいつでも貸してあげるのに。他にも欲しい物があったんでしょう?」
だけど、いつでもいつまでもって訳にはいかないだろうと言った私に、彼女は笑って応じた。
「いつでも、いつまでも、でいいじゃない。二人の宝物だもの」
―― いつでも、いつまでも。
あくまでもルーペの貸し借りの話であり深い意味などなかったのかもしれないが、私は顔が一気に熱くなるのを感じ、ひどくどもりながら、そそそそそ、そうだね、と。
情けない相槌を打ったような記憶がある。
多分私の中には、自分ひとりの宝物としてのルーペが欲しいという欲求も持っていたのだと思う。けれども二人の宝物を失ってまで、得たいと望むものだろうか?答えは否だ。
結局私は父に、鉱石の標本を頼むことにした。
二人の宝物であるルーペを使って、二人でそれを観察できるように。
いつでも、いつまでも。


それから数年。
互いの背が伸び、あの年頃の少女の多くがそうであるように、日々どきりとするほど彼女が女性らしくなってゆくと、やはりあの頃の少年の多くがそうであるように、私は彼女となんとなく距離を置くようになった。
明確な気まずさがふたりの間にあったわけではない。ふとした機会に口をきけば、ぎこちなさを残しつつも、さして変わらぬままの幼馴染み同士だったようにも思う。ただ時間を忘れてたわいもない遊びに興じることは既になく、いつでも、いつまでもと言っていたルーペも、もうずいぶん長く彼女から借りずにいた。
そんな変化を、あの頃はへんなもどかしさやむず痒さとして感じてはいても、いま思い返して胸を突いてくるような哀惜として感じてなどはいなかった。
そして時折すれちがいざまに重なる視線に、あの日の約束とは違う意味で、いつでもいつまでも一緒にいれるような未来を得られたら嬉しい、そんな夢を描いていたのだ。
己でも説明のつかぬ曖昧な気持ちのままに彼女と距離を置いてしまった自分。けれどももう少し。もう少し大人になって、自信がついて、勇気を持てるようになったなら。
彼女に声をかけてみようか ―― そんな決心をした矢先。
聖地からの、使者がやってきた。


聖地へ赴く前日、集落は酷い砂嵐に見舞われた。
何も見えなくなってしまった窓の外、私はこのまま砂嵐が止まなければ、ここを離れなくてもいいだろうかとぼんやりと考える。
一方で、”このまま止まなければいい”とは思わなかった自分が、この先の道を既に受け入れてしまっていることにも気付いていた。
彼女との関係が中途半端に疎遠になっていることも、このまま徐々に薄れていってしまえば何も悲しいことなど無い、と。
あの境地が潔さであったのか、単なる諦めのよさであったのかについては、今を以っても明確な解はない。
ただ、最後の夜に母から今日は家族みんなで一緒の部屋で寝ましょうと提案され、思わずひとりでいいよと言ってしまった自分を考えるに、案外あれば、私のごくごくわかりにくく短い、逆説的な反抗期だったのかも知れない。
両親に就寝の挨拶をした後に自室に籠もったとはいえ、流石に眠れず本を読んでいた私は、いつのまにかうたた寝をしていた。夢うつつ、不自然に窓を叩く音を聞き砂嵐がまだ止んでいないのだとなんとなく思ってから、砂嵐とは違う音だと気づき、はっきりと目を覚ます。
起き出して覗いた窓の外。
砂嵐の止んだ後の月光の下に、彼女がいた。
「砂嵐、やんだよ。外に出てみない?」
幼い頃私を遊びに誘い出したのとまったく変わらず彼女は言う。数年の時を飛びこえたかのように。
僅かなためらいの後に私は頷いて、後はすぐさま彼女の待つ家の外へと飛び出した。
それからあてもなく砂に覆われた集落の道を二人歩きながら、部屋を飛び出した時の勢いは何処へやら、重たい沈黙が降りている。
夜の散歩に誘い出しておきながら、彼女は何も言ってはくれない。その沈黙が、私からの何らかの言葉を待っているかのように思えた。
だから私は、彼女に言うべき言葉を必死になって探す。
ふたりの間にあるこの淡い感情が、「遠くへ行っても、友達でいようね」という言葉で収まるものではないと解っている程度に私たちは大人であり、それでいて好きだとか愛してるだとかいう言葉を並べた挙句、ずっと君を想い続けるとか、このまま一緒にどこかに逃げてしまおうなどと言ってしまうには、あまりに幼すぎるとあの頃の私は思っていた。
(そして、少なくとも逃げることが不可能であると知っている程度には理性的だった)
いつしかたどり着いた、集落を見渡せる砂丘の上。
月光の作る蒼い影が、黙ったままのふたりの足許に伸びている。
私から目をそらすかのようにずっと月を眺めている彼女に、ふと触れたくなって手を伸ばしかけてると、体よりも先に砂の上の影が彼女に触れたように重なり合った。
何故か私はそれ以上手を伸ばすのを諦めて、こう言った。たった、一言。
「元気で」
彼女が私の方を向く。黒い瞳が濡れたようにぼんやりと月の光を孕んでいる。
何かを言いたげにその瞳が揺れたが、結局黙ったまま、彼女は私に向かい掌を差しだした。掌の上にあるのはルーペだった。
彼女の宝物であり、私の宝物でもあった古びたルーペ。
こんなにも、小さかったろうか。
ああ、それは彼女も一緒だ。年上だったその人の背を、いつしか私は超えている。
ルーペをそっと受け取った時、僅かに触れた彼女の指先は、砂漠の夜に凍えてとても冷たかった。
砂で傷つき少しだけ曇っている硝子越し、ちょっとだけおどけるふりをして、望遠鏡のように月を覗いてみせる。
そうしなければ、私は彼女を抱きしめてしまいそうだったのだ。
けれども抱きしめた先、どうしたらいいのかが私にはわからなかったのだ。
だから私は月を見ている。その月が霞んでいたのはルーペのせいでも、ルーペの傷のせいでもなく、ひとえに私の目の端に滲んだ涙のせいだった。
傍らで同じように空を見上げる彼女もまた、目の端に涙を滲ませているのを知っていたが、私は気付かぬふりをする。
ただいつまでも、私たちは頭上にかかる青い月を眺めていた。


故郷を遠く離れての新たな日々は、元来の呑気な性格もあってか、さほどの馴染み辛さを感じたわけではない。
必要な責務を果たすことと行動範囲が限られること以外は、好きなことに没頭していても責められず、他者と深く関わらずとも許されるこの場所が、私はおそらくそんなに嫌いではなかった。
それでも冴えた砂漠の月とは似ぬ常春の朧な夜に、唐突に郷愁に駆られることは幾度もあった。
そんな時、私はルーペを取り出して、様々な鉱物や化石や植物の標本を見、時間を過ごす。
砂漠の砂で傷つき曇った硝子の曲面越し。
私は目の前の標本ではなく、故郷の砂漠とそこに浮かぶ月と、僅かに重なり合ったあの日の砂上のふたりの影を見ていた。

◇◆◇◆◇

追憶から戻り、私は少年に向かい笑顔を作って見せた。
いまはもう、あの頃のと同じ想いで硝子越しに故郷を見ることはない。ほのかな切なさを抱いた懐かしさはあっても、胸が張り裂けるような痛みはない。むしろそうやって変わってしまったこと自体に哀惜を感じさえするとは、人の心はなんと複雑なのだろう。
けれど、砂で傷ついた一つ一つの跡さえもが大切な記憶であることは変わりなく、そんな複雑な心と供に歩んだ私の軌跡そのものなのだ。
「いいえ、これは、どうか、このままで」
せっかくの好意による申し出を、断ってしまうのは心苦しかった。
申し訳ない気持ちで見た少年の顔は、けれども、特に不満を見せてはいない。
むしろ私の歯切れの悪い言い様から、何かを敏感に察したようだった。素直になれぬが故の言動によって誤解されやすいが、元来彼は、そういう人である。
「ふうん、それならま、別にいいけどよ」
深く追求もせず、彼は話を切り上げかけた。が、何かを思い出したようだった。
「そういえばさっき、陛下が補佐官と騒いでたぜ」
「…… 陛下が?」
私は少しばかりの動揺を悟られなかったかと慎重になりつつ聞き返した。
「執務服、衣替えすんだってよ。特にオッサン連中。ほっとくといつまでも同じ衣装しか着ないんだから、とか何とか言って、スゲー楽しそうに選んでたぜ。ルーペはともかく、その服は変更必至だな。オリヴィエの奴もアドバイスするんだって妙に張り切ってたから、覚悟しておけよ」
彼はそう言ってニヤリと笑い、部屋を後にした。
少年の背中を見送って、私は思う。
出会った頃の彼と比べると、ずいぶんと大人びてきたと。
単純に重ねた時間のせいもあるだろうが、きっと女王試験も彼に大きな影響を与えたのだろう。
私はひとり苦笑する。もちろん少年に対してではない。私自身にだ。
二度にわたる女王試験で、私も学んだことがある。
最初の試験は、深く人と係ることを避けていた私が、少しずつ、この場所にいる同僚達を"仲間"と思うきっかけとなった。
そして次の試験では、かつて、若いからこそ言えないのだと思っていた言葉。
好きであるとか愛しているとか、ずっと私のそばにいてほしいなどという言葉は ―― 年を重ねた大人だからこそ、言えない場合があるのだということを知ったのだ。
痛いほどに。

◇◆◇◆◇

それから数週間の後、聞いた噂どおり新しい執務服が下賜された。
デザインには夢の守護聖も一枚噛んでいるとも聞いていたから、彼が普段着ているようなものに仕上がっていたらどうしようかと、こっそり気をもんでいたのだがその不安は無用だったようだ。
(水の守護聖も私と同じ不安を、自分ではなく闇の守護聖のために抱えていたようだが、この事実は私の心だけに秘めておこうと思う)
もっともこの仕上がりが、夢の守護聖の常識的な配慮によるものなのか、女王陛下や補佐官との攻防の末によるものなのかは、未だ以て不明ではあるのだが。
新しい服は色合いも着心地も、申し分のないものだった。故郷の装束の名残である砂除けのフードがないことにちょっぴり違和感を覚えるとはいえ、すぐに馴れてしまうに違いない。
実用という意味で、この場所では必要のないものなのだから。
さて、新しい執務服で聖殿へと赴むくと、待っていたように三人の少年達が執務室を尋ねてきた。
「おや、三人揃ってどうしましたかー。何か質問でも」
なかなか用件を言い出さなかったゼフェルがランディとマルセルからつつかれつつ、そっけなく包みを差し出す。
どうやら贈り物のようだった。
「これは?」
「…… あー、誕生祝?」
口調は何故か、疑問系だ。私の誕生日は、とうに過ぎている。
そのことを指摘にする前に、彼は彼が照れたときに良くそうなるような、裏返った声と早い口調でまくし立てた。
「あーーー!なんだっていいだろ、なんだって!どうでもいいから、受け取っておけよ!」
横からランディとマルセルが口を挟んだ。
「そういう言い方ないだろ。いつもお世話になってるから、俺たちからのお礼だって言えばいいだけじゃないか」
「そうだよ、ゼフェル。ルヴァ様、レンズの重要な部分はゼフェルが仕上げたけど、枠や持ち手の部分は僕たちも頑張ったんですよ」
促されて開いた包みの中は、真新しいルーペだった。首から下げれるように、しっかりとした紐も通してある。
机の上の定位置に置かれた古いルーペを気遣うように指さして、ゼフェルが言った。
「…… それ、大切なもんなんだろ。無理に使いい続けてダメにするよりか、普段はこっち使えよ」

少年達の心、古いルーペの記憶、新しいルーペのまっさらな輝き。
いつしか故郷の風習の名残の薄くなった執務服のように、少しづつ、変わってゆく自分自身。
それはら少し寂しく、それでいて、暖かな想いに満ちている。

気持ちを言葉にできず黙ったままいると、ランディが付け加えた。
「枠の部分のデザインは、陛下も手伝ってくれたんですよ。首から提げたとき、新しい執務服になじむように」
「そうですか、陛下が」
私はルーペを首から下げる。言われたとおり、それは新しい執務服に良くなじんだ。
「ありがとう、ランディ、マルセル、そしてゼフェル。…… 陛下にも、あとでお礼を伝えておかなければなりませんね」
色々な想いが溢れて、思わず泣きそうになった。
あわてて、彼らに背を向けて誤魔化すように、言った。
「古いのは、この箱の中に仕舞っておきましょうね」
ごそごそと棚をあさって取り出した小箱の中に、古いルーペをそっと入れながら、私はふと郷愁にも似た不思議な感覚が襲うのを感じる。
遠い砂漠に馳せた想いが私の心を揺り動かしたかといえば、実は違う。
いつか、遠い(あるいは、それはさほど遠くないのかもしれない)未来に。
私はいま手にした新しいルーペも同じような思いで眺める時が来るのだろうか、と。
既に故郷にも似たこの場所を、懐かしく思うときが来るのだろうか、と。
思ってしまったのだ。
答えは簡単だ。
―― きっと、来るに違いない。
これは予感ではない。何故なら、この場所をいつか去るのは、私には為す術もなく決まっている未来だから。
何かにつけて手を焼かされた弟のような少年達、それとは別の意味で手を焼いた同じ年頃の同僚、支えになってくれた仲間達や、既にこの地を去っていった先輩達。
そして、想いを口にせぬまま別たれた金の髪の少女のことを、ことあるごとに思い出すのだろう。
みんな、みんな、鮮やかに、思い出す時が来るのだろう。
胸が締め付けられるような思いがして、私は苦笑する。いま、私はこの場所にいるというのに、何を勝手に感傷的になっているのか。
「どうかしたのか?ルヴァ」
「いいえ、なんでもありません」
振り向きざま、首からさげた新しいルーペが振り子のように揺れた。
傷ひとつなく湾曲した硝子の面に、逆さまになった少年達の顔が映りこむ。
「そんな風に首からぶらぶらさせて、ぶつけて割るんじゃねーぞ。頼まれれば …… 直してやるけどよ」
「大切にしますよ。大切に、ね」
片手で新しいルーペを胸元に押さえ、もう片方の手でぱたりと古いルーペの小箱のふたを閉じて。私は遠い郷愁と一緒に、いささか先走りすぎの感傷を閉じ込める。

それが、いつか必ず来る未来だったとしても。
―― いまはどうか、まだ小箱の中で。
眠っていてください。
遙か遠い、砂漠の月と共に。


―― 終

◇◆◇◆◇


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おさわり同盟の企画に投稿した作品であると当時に、2010年AVP企画で製作した執務室ゲームのルヴァ様版とも若干繋がりが。(ヒロインや展開が違うけど、過去の部分が共通)
2009/08/28 執筆 2010/5/16 掲載