きっと忘れない


◇◆◇◆◇

「ねえ、はじめてキスした時のこと、覚えてる?」
彼と二人、セレスティアではお気に入りの野ばら牧場でゆったりと時間を過ごしていたとき、私はそう切り出だした。
なんでそんなことを聞いたものかというと、些細な理由がある。
恋人同士となってそれなりに時間のたったふたりであるけれども。なんだか、ともすれば体育会系のノリになってしまう私達。今日だってここに来るまで1000メートル走の勢いだった。まあ、それも決して嫌いじゃないんだけど、たまには甘くいきたいなぁ、なんて。ちょっと搦め手でキスをせがんでみたわけなのだ。
こういうときの、彼の反応というのを、私は未だ予測しかねるところがあって。
笑わせてくれるか、ときめかせてくれるか、全く持って推測できないところが、それはそれはシゲキ的である。
彼は、なんでいきなりそんなこと聞くんだ?という疑問を隠しもせずにちょっと眉をしかめて言った。

「はじめて、ってオマエとか?」

あたりまえである。
それ以外にいったい、誰がいるって言うのよ、と。
ツッコミをしかけて、ハタと気がついた。

「ええと。もしかして、私以外ともキスしたことあるの?」

彼は顔色もかえずに、うん、と頷く。

…… 意外すぎる。

別の面々だったら全然不思議にも意外にも思わないけれど(たとえ十四歳のマルセル様でも、十六歳のティムカ様でもだ!)、これはかなり意外な展開だった。仮にランディ様が実はチェリーじゃない、ってゆうくらい意外だ。いや、流石にそこまで意外ではないかな?
って、いや、今問題なのはソコじゃなくて。
ちょっと、ちょっと!
仮に過去にそういう女がいたとしても、私にそれを白状するからには少し躊躇うくらいしたらどうなのよ、と。
ふつふつと湧いてくる怒りを表面には出さないよう私は、なるべく、このくらいどうってことないわ、という風を装って。
「ふうん」
と呟いた。
彼はぜんぜん悪びれたふうもなく。
「けっこう小さいときだな」
などと語りだす。

「ふうん」
「母さんとか、父さんとか」

…… はい?

「飼ってたネコとかイヌとかもあるし」

…… えーと。

「釣り上げた魚がでかくて嬉しくて、思わず魚にキスしたこともあるぞ」

…… いや、だからそうじゃなくて!

「でも、やっぱりオマエとするキスが一番好きだ」

って、私は犬や魚と同列ですカ。

「何、むくれてるんだ」
「別に、むくれてなんか」
「嘘だ、むくれてる」

彼はヘンなところで鋭くて頑固だから、正直に言うまで許してくれなさそうである。私は諦めて、白状する事にする。
「…… 私って犬や魚と同列なわけ?」
コレ、自分で言ってて情けなくなるよ、ほんと。

「同列じゃないにきまってるだろ。一番好きだ、って言ってるのに」

ええと、今の台詞は怒るべきトコロですか、それともときめくべきトコロでしょうか。
と、不意に彼が私の頬を手で挟んで、自分の方を向かせた。
しっかりとした強さを持った、もう大人を思わせるその手が実は大好きだなぁ、などと心の隅で思ったけれど、それ以外は彼の行動にドギマギしている自分がいる。
そして、ある程度は予測していた通り、彼の顔が近づいてきて、唇が触れる。
目を閉じる前に見た彼の表情は、とても真剣なものに思えた。

ついばむように幾度もくちびるに触れてくるそれは、私が良く知っていてやっぱり大好きな彼のキスだったのだけれど、不意に、何かが変わった。
下唇を優しく食(は)まれて、意図せずひらいた口に、いつもよりも深く唇が重なってくる。
え、ちょっと、まって、何を。
と。言うつもりだったのに、出てきた言葉は
「…… んっ」
という、至極こっぱずかしい声だった。
頬を挟んでいた手が動いて、彼の腕が私の体と頭とを、しっかりと抱きしめている。
私はほんのちょっとの恐れと、それなりに沢山の恥ずかしさが理由で一瞬迷ったけれど、すぐに自分の手を彼の背中に回した。
その時、彼の唇がつ、と耳元の方に移動してきて囁かれる。

「やっぱり、オマエが大好きだ」

再び唇が重なった時、私はもう何も躊躇わずに自分からも彼の口を吸った。

今までになく長くて、そして今までよりももっと幸せなキスが終わった後。
私は流石にちょっと照れくさかったのだけれど、彼はやっぱりいつもの彼だった。
そして、一番はじめの話題を覚えていたらしく、こう言った。
「オマエとのはじめてのキスはちゃんと覚えてる。忘れるはずがない。それにきっと」
そして、にこりと笑む。

「今のキスも忘れないと思うぞ」


―― 終



◇◆◇◆◇


◇ Web拍手をする ◇

◇ 「はじめてのキス目次」へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇


遙かの方の更新でストイックな歴史モノが続いたので脳が甘さを欲したのですが、正視できないシロモノに仕上がりました。ユーイのくせいいつの間にそんなテクを!とか、深くツッこまないで頂けると(コラ)。

2007/4/29