階段裏の住人


「ど、どうしたんですか?それは ―― 」

聖獣の聖地の昼休み。
いつものように三人での ―― ティムカとメルとユーイ ―― 昼食タイムに顔を出したユーイにティムカは唖然として、それから思わず笑みを零す。
(作者註:いつもの昼休みがどんな雰囲気かは虚無の本棚へGO)

「うん、午前中に用事で神鳥の聖地へ行ったんだけど、マルセル様に頼まれてしまったんだ」

ユーイは困ったなあ、などといいながらやはり顔が嬉しそうにほころんでいる。
その頭の上に、両肩に、そして手にもったダンボールの中に。
生まれて間もないと思しき仔犬がぬくぬくと、心地よさそうにころがったり、あくびしたりしている。
雑種なのだろう、仔犬たちはそれぞれに特徴的な毛の色や目の色をしていて、 それがまた愛らしい。
「うわあ、可愛いなあ。頼まれた、って飼い主探し?」
メルが嬉しそうに尋ねる。
「そうなんだ。メルも、ティムカも手伝ってもらえると嬉しい」
その言葉に、二人はもちろん、と一層の笑顔で頷いた。

◇◆◇◆◇

その日の昼食タイムは当然の如く仔犬の話題でもちきり。
「そうそう、マルセル様が名前のリストをくれたんだ」
ユーイは紙を取り出し、毛の色を見ながら、この名前はこいつだな、などと一匹一匹紹介していく。
その名を聞いて、
「マルセル様、なかなか大胆な方ですね」
言ったティムカにメルはにこにこと
「でも覚えやすいし、素敵だよ。僕は飼うならこの子がいいな」
と、一匹を手に取る。
「あ、私もその子がいいと ……」
人気の集中した一匹にユーイが呆れて。
「ここは平等に、じゃんけんだな。でも、ふたりとも何匹飼えるんだ?」
二人はすこし顔を曇らせた。
「いっぺんに何匹もは無理かなあ。ちゃんと犬飼うのってはじめてだもの」
「私も、自分で世話をするのははじめてなので、何匹もは自信がありません」
どのみちどう頑張ったところで、ここにいる三人で全部は飼えない。
じゃあ、今日の執務後にでもみんなで残りの里親探すか、と言うユーイに二人も賛成する。
この仔犬はあの人がもらってくれそうだ、などとあてをつけながら相談するうち、メルがふとくすくすと笑い出す。

「メル、どうしたんだ?」
「あのね、思い出してしまったの。小さい頃、野良犬拾って父さんにダメだ!って怒られたなあって。それで泣く泣く当日は」
「わかった、軒下に隠しておくんだよな。んで、翌日必至で里親探し。俺も経験あるぞ」

やっぱり?などと笑いあう二人に、ちょっぴりティムカは寂しそうな表情をするが、気付かれる前にいつもの笑顔に戻り、会話に耳を傾ける。

「俺の場合はもう犬は二匹飼っててさ。流石にもうダメだって、じいちゃんに言われてやっぱり軒下にダンボールに入れて隠しておいたんだ」
「家族でご飯食べてる時に鳴いたりすると、慌てるんだよね」
ふたりの会話は続く。
「そうそう、そうだった。マルセル様も、やっぱり経験があって、馬小屋の隅に隠しておいたって。それで、ランディ様も笑って、俺はアパートの階段裏だったなあ、って言ってたな」
「ゼフェル様は?」
「はじめは、しらねーよ、とか言ってたけど、最終的には階段裏だってぽろりと白状してたぞ」
みんな経験があるんだね、とそこまで言ってメルは我にかえる。
「えーと。ティムカは、やっぱり経験は ……」
ティムカは、ちょっと気まずそうな二人に、にっこりと笑って答える。

「残念ながら。でも、弟が幾度か犬を拾ってきたことはあります。 軒下に隠すまでもなく、飼ってしまいましたが。だから、里親探しは今回がはじめてで、とても楽しみなんですよ」

◇◆◇◆◇

昼休みが終わってティムカは仔犬たちがぬくぬくと転がっているダンボールを抱えて執務室へ戻る廊下を歩いていた。
今日の執務が終わるまで自分が預かってみたい、と二人に頼んだのである。
メルもユーイも快諾した。
少し気を使わせてしまったかな、などとティムカは考える。
そして、彼らのような、おそらくは至極あたりまえな経験を、ずいぶん自分はしていないのだと改めて自覚する。
それがちょっぴり寂しい気がしないでもないが、今こうして友人たちとその経験をする機会に恵まれたのだからいいではないか、と思い直す。
そして執務室へ入ろうとして。

―― そうだ。

彼にちょっとした考えが浮かぶ。
思いついた些細な遊び。
きっと、この仔犬を執務室に運び込んでも注意されることなどは無い。
かつて王宮に弟が仔犬を連れてきた時と同じように、周りの者たちが世話さえもしてくれるだろう。
だからここは、こっそり隠さなければいけない状況だと仮定しみてはどうか。

―― 宮殿に軒下はありませんから、ここは、階段裏?

そして彼は足取りも軽く宮殿のとある階段裏へ向ったわけである。
ダンボールをこっそり隠そうと階段の裏側を覗き込む。
そこに、彼がみつけたのは。

気持ちよさそうに眠りこけるレオナード

この人は、こんなところで、いったい、何を。
ティムカは混乱して考える。
寝ている、のはわかる。
先ほどまで昼休みだったわけだし、そうでなくてもこの人は昼寝をしていても、困ったことにちっとも不思議でないし。
だけど、何故。
何故。
階段裏に?!
とりあえず、見なかったことにして別の階段裏を探そうか、などと消極的結論を選択しようとしたそのとき。
床に置いていたダンボールから一匹の仔犬が這い出して、いびきをかいているレオナードの顔面に飛びついた。

「ふがっ」

いきなりのことにわけがわからずじたばたしているレオナードから仔犬をひっぺがし、すばやくダンボールに戻すと、ティムカは覚悟を決めてから笑顔をつくる。
ようやく覚醒して目の前のティムカに気付いたレオナードが彼を睨みつけた。

「てめぇ、今、何しやがった」
「何も。よくお休みのようでしたね。でももうすぐ執務時間ですから、お目覚めになられて良かったです」

とぼけるティムカを面白くなさそうにみやって、執務時間だぁ?俺はまだ寝る、と彼は再び横になろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。何故こんなところで」
「この階段裏が落ち着くんだよ、つべこべいうな。相変わらずこうるさいガキだな、俺様に説教しようなんざ100億年早い」

ちょっとだけ笑顔が引きつるティムカ。
レオナードはそこで気付く。
「なんだぁ、その大量のいぬっころは」
「あ、この子達は、その」
言いよどんだ彼にレオナードは状況を想定したらしく。

「ははーん。捨て犬を隠しておいとくくらいなら、別にかまやしねぇぞ。とって食やしねぇ」
「いえ、べつに捨ててあったわけではありませんが」

答えてから、ティムカは意外に思う。
「レオナード、この犬をここに置いておいてもかまわないのですか?」
「かまわねぇよ。捨て犬拾って、隠れてこっそりえさやったりするのはガキの定番だろ。だがそうか、お坊ちゃん育ちはそんな経験もねぇか」
額に一瞬だけ浮かびかけたスジを理性でこらえて、ティムカはかろうじて笑顔を保つ。
そして、そこで彼は気づいた。
「そうおっしゃると言うことは、レオナードは経験があるのですね?」
「さぁな」
実際、孤児院の軒下に仔犬をかくまって食事を運んだりしたのだがそんなことを言える性格ではなく、彼は短く言ってごまかす。
けれども
「否定で無いので、肯定と受け取っておきます」
図星を指されてレオナードは面白くなさそうな顔をする。
そのとき、いっぴきの仔犬がくぅ、と鳴いた。
一瞬、レオナードの顔がほころんだのをティムカは見逃さない。

「実は、執務のあと里親探しをする予定なのですが、一匹如何ですか?」

横目で犬をちらちらみつつ、でも口は興味なさそうに。
「どうしても、って言うなら貰ってやらねぇでもねぇ」
ここは仔犬の幸せな未来のためにぐぐっと怒りを抑えて、とティムカはどうしても、とお願いしてみる。
もっとも、こんな奴に貰われて犬のために本当になるのかと、ちょっと不安には思っている様子でもある。
それでも
「では、この子など如何でしょう」
と、ティムカが差し出したのは、金色の毛並みに青い瞳の凛々しい仔犬。
ちなみに、先ほどレオナードの顔面に飛びついてたたき起こしたのはこの犬である。
「おお、この気の強そうな俺様感といい、派手さといい、俺にふさわしいな」
「ええ、ある意味あなたに相応しいですね」
ティムカはにこりと笑って付け加える。

「名前は『ジュリアス』です」(レオナードとの初期親密度 ジュリ:33)

「なんでだぁっ!」
思わず放り出しそうになるレオナードからティムカは子犬を奪い取る。
「マルセル様が先にすべて名前をおつけになっていたのですよ。もう、仔犬たちも自分の名を覚えてしまっているので、変更は」
もういちど、にこりと笑って。
「不可です」

「あー、じゃあ、こっちの青銀の毛色の大人しそうな奴は」
「ダメです」
即答するティムカにレオナードは不機嫌になる。
「あぁ?なんだとぉ」
「メルと壮絶なじゃんけんをしてやっと私が飼うことにきまったのです。ですからダメです」
「 …… 名前は」
にこり。
「『リュミエール』」(レオナードとの初期親密度 リュミ:32)
「…… やっぱ、エンリョしとく」

「私のオススメとしては、『ジュリアス』でなければこちらとこちらですね」
と、ティムカは深い青の毛色のちょっと物静かな仔犬と、それよりも少し緑がかった色のちょっとおっとりした仔犬を差し出す。
「聞かなくてもわかりそうなもんだが、いちおう聞いてやる。名前は」

「『フランシス』と『ルヴァ』」(レオナードとの初期親密度 ルヴァ:31、フランシス:30)

「てめえ、わざとだろ、あぁん?」
「なんのことですか?しかし、レオナード、選り好みが激しいですね。困りました」

嫌がらせしといて、なーにーが、困りました、だっ、というのはレオナードの心の叫びである。
ここで前言撤回して犬を飼うのをやめたと言出だせばいいものを、彼はそういう選択肢があることを忘れている様子だ。
なんだかんだいって、大の犬好き、なのかもしれない。
そして彼は最後まで候補に挙がらなかった一匹を見やる。
賢そうな、角度によっては灰色にも見える濃い青の瞳、黒に近い灰色の毛並み。

―― こいつも、名前、聞く必要ねぇなぁ

と、レオナードは考える。
その最後の一匹を見ているのに気付いたのかティムカは少し困った顔をする。
「ああ、その子は ……」
「わぁったよ、こいつも行き先、きまってんだろ?」
「え?い、いえ、まだ、決定では」

歯切れ悪いティムカをよそにレオナードは『ジュリアス』の首根っこをひょういとつまむ。
仔犬が、う”ー、と不機嫌そうに唸った。
「その灰色の抜かせば、こいつが、一番マシってことか。微々たるもんだけど」
(ジュリ33>リュミ32>ルヴァ31>フランシー30)

「じゃ、こいつにしとく。って、おい、噛み付くなっ」
最後の言葉は、ティムカでなく『ジュリアス』に向けられた言葉である。
仔犬はレオナードの手を抜け出し彼の肩から頭に駆け上り頭をじがじと噛んでいる。
しばらく奮闘していたが、仔犬ははなれない。
あきらめて頭をがじがじと噛ませたまま、レオナードは階段裏から這い出す。
「しかたねえ、これじゃあ昼寝の続きは無理だ。執務室に戻るか」
そう言って、じゃぁな、と去っていく。
そして、その後姿を見送りながら、彼はもしかしたら、思っていたよりいい人なのかもしれない、などと考えるティムカがいる。

「さて、と」
ティムカは濃い灰色の仔犬に話し掛ける。
「『ティムカ』おまえは ―― 陛下に、気に入ってもらえるといいですね、な、なんて。あはっ」
小声でそう呟いて。
ティムカは自分で言っておきながらちょぴり照れている様子。
レオナードがその仔犬の行き先に気付いていたのを理解しているのかしてないのか。
理解していないのなら、色づいているわりにヘンなところで抜けている。

そんな彼は、先ほどのレオナードの言葉をふと思い出す。

「しかし、何故、おまえのほうがまだマシ、なのでしょうね?」

仔犬が、くぅ?と鳴く。
蛇足ながら、ティムカとレオナードの初期親密度 38。


―― オシマイ

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シリアスを書くとギャグが(以下略)

突発的に書き上げました。思いついてから書き上がりまで …… 3時間?
昔からこの二人、絶対書きたかったのです、ギャグで。
しかも、レオをやり込めるティムカという設定で!!<公式ではありえねえ。
でももしかしたら、この話、レオのほうが一枚上手だった、かな?
ちなみに"階段裏"は、レオナードのお気に入りの場所です。
ゲーム中で彼が言ってました(笑)
もうひとつ。ランディは貴族の血筋ですが家庭の事情で下町育ちというのが公式設定です。

2005.01.15 佳月拝