今は如月
〜 クラヴィス様のとある平日


◇◆◇◆◇

「それは …… なんだ」

二月のとある日、今日も晴天。
でも折角のお天気も意味ない薄暗い執務室の中。
満面の笑みで「ハイ、プレゼント」と言いながらそれ(・・) を差し出したエンジュとは対照的に、ひどく不機嫌そうに眉の根を寄せてクラヴィスが言ったのだが。
その不機嫌なオーラをものともせず、エンジュはやはり笑顔のまま続ける。

「やだなぁ、みてわかんないですか? 豆です
「…… 豆」
「はい、豆です

確かにそれは豆だった。
ご丁寧に「福枡」と書かれた一升(にしてはデカイ)枡に山盛り盛られた、炒り大豆。あれだ。豆まき用の豆だ。
そりゃあ、クラヴィスだって、見ればそれが豆であることくらいはわかったんだけど。
でもさ、予想と違ったわけよ。
考えても見てくださいよ。
二月のとある日にですよ?
女の子から
「渡したいものがあるので明日は絶対執務室にいてくださいね」
だなんて頼まれちゃったら、そりゃぁ、渡したいものはもれなく愛の告白付のチョコレートか?!って思っても仕方がないじゃない。
ねえ?思っちゃうよねえ?クラヴィス。
日付が十日ほど早いのは、宇宙を飛び回って忙しいエトワールが、十四日には聖地にいないからに違いない、だなんて、都合のいい解釈だってつけちゃうよねえ?
いやいやいや。
今更愛など信じない男・クラヴィス。
断じてそんなこと考えてなどいないっていう風情で、相変わらずの存在感で構えているけれど。
やっぱり納得がいかなくて、深く深く眉の根を寄せて聞いちゃった。

「何故」

豆なのだ。
そうなのだ、仮にチョコレートが思い違いだったとしよう。だがしかし、今日ここで何故山盛りの豆を手渡されなければいけないのかが、納得いかない。
ヴィクトールとクラヴィスの好物を何かの拍子に取り違えてるのでもなければ、ここでいきなり豆を貰う理由がないのだ。
そんな意図をこめて、低く呟くと彼女は、やだなあ、この間の話聞いてなかったんですか、ともう一度説明しだした。
それは、神鳥の宇宙の辺境惑星の古い風習なんだそうだ。
毎年二月の頭、冬が終わり春がはじまる季節の分け目を『節分』と呼んで、一年の皆の健康と幸せを願いながら豆をまく行事らしい。
その際に、福は内鬼は外、とか言いながら豆をまき、場合によってはお面を被って鬼役をする人がいたりする、なんてことまで丁寧に説明した。
(ついでに恵方巻きと呼ばれる太巻きをまるかじりしたりもするんだけど、このネタはとりあえずやめておこう)
一通り説明を聞き終えて、それでも納得いかずクラヴィスは言う。
「だから、これをどうしろ、と……?」
エンジュは待ってましたとばかりとうとうと語りだした。
その濶舌たるや、立て板に水。
「あたりまえじゃないですか、撒くんですよ。撒く。豆撒きです。節分です。鬼は外で福は内なんです!この陰鬱な執務室も、窓開けて豆でもまけば、福が入ってくるかもしれないじゃないですか。鬼が逃げ出しそうなくらい陰鬱だから、鬼は外は必要ないかもしれませんが」
失礼極まりないことまで言ってのけ、さらに語りは続く。
「それにですね、思ったんです。聖地には残念ながら年男がいないんです。これだけ野郎ばっかそろってるわりに、二十四歳という妙齢な男性がいないんですよ。これは由々しきこととです」
由々しいかぁ?
ちなみに、エンジュがさらりと流した「年男」、必要ないかもしれないけど一応説明しておく。 生まれた年の干支と、現在の年の干支が一致してる男性を「年男」っていう。いいかえれば、零歳、十二歳、二十四歳、三十六歳 …… と、十二の倍数の年齢が該当するわけだ。
ちなみに、この女王陛下の治める宇宙における干支の定義っていったいなんだよとか、細かいこと気にしちゃダメね。
それならそもそも、バレンタインデーだって、なんだよ、ってことになっちゃうから。
「とはいっても、別に十二歳とか四十八歳とかはいなくてもいいんですけどね。三十六歳は微妙なところですが。場合によっては美味しい年齢設定です。うん」
いつの間にかエンジュの好みの年齢論になている気もするが。
「ともかく」
と、彼女は少々強引に話しをつなげた。
「年男がいないのは事実です。聖獣でフランシス様がニアピンなんですけれど、残念ながら二十三歳。そこで、クラヴィス様なんです」
何が『そこで』なのか、クラヴィスはさっぱりわからぬまま、顔をしかめた。が、相変わらずエンジュの勢いある語りには口を挟めずにいる。
「クラヴィス様は推定二十五歳でしょう。すくなくとも、聖地タイムズの『守護聖様のドキドキプロフィール』の欄にはありました」
つか、そんな欄があるのか。
「ポイントは『推定』です。要は、実際はわからないって、ことです。ということは、可能性としては二十四歳かもしれないんですよ!ビバ年男!クラヴィス様が豆を撒かずに、いったい誰が撒くというんですか!」
エンジュはいったい何がそんなに嬉しいのか、手を胸の前で握り合わせて、うきうきとしている。
クラヴィスはあまりのばかばかしさに、しばらくは無言で彼女をながめやっていたが、ふとある人物を思い出す。
そうなのだ。クラヴィスと同じ、うってつけの人物がいるじゃん。

「ならば、ジュリアスとて同じだ……」

今度はエンジュが顔をしかめる番だった。
エンジュの意図は、こうだったのだ。彼女の態度からは信じられないかもしれないけれど、心ひそかに慕うクラヴィス(いや、本当だってば)の、厭世的な態度の原因を知らなくとも。せめて少しでも元気になってくれればいい、ご利益があればいいと思って、縁起のいい行事に誘ってるわけなのだ(いや、ほんとだってば)。
だから、クラヴィスを誘ったのはそれなりの理由があったわけなのだ。いくら同じ歳だからといったって、ジュリアスを誘うのでは、ちょっと当初の目論見からはずれてしまう。

「いいんですか?」
そう聞いたエンジュはひどく真剣な顔をしている。
「何がだ」
「豆まきの権利をジュリアス様に奪われてもいいんですか?!」
「……」
クラヴィス、明らかに別にそれでもいいっていう様子。当たり前か。
でもエンジュは食い下がる。
「あれですよ、ジュリアス様ならきっと嬉々としてやってくださるに違いありません。そして、きっとこう仰るんです。『クラヴィスっ!女王陛下の両翼を担う闇の守護聖として、そなたが鬼の役になれ!』」
どんなジュリアスだよ、それ。でも言いそうな気もしてくるから不思議だ。
クラヴィスは、さすがにそれはイヤだな、と思ったのかエンジュを見やる。その目は「そうなったらどうしよう」と問いかけているかのようだ。
彼女は力強く頷く。

「ですから、クラヴィス様が豆を撒く方になってしまえばいいんです!それに特別サービスです。ジュリアス様には申し上げておきます。二十五歳でO型の人が鬼役だって。聖地の邪を払うためだって言えば、ジュリアス様、くそ真面目に応じてくれると思いますよ」

……むちゃくちゃすぎます。

まあ、そんなやり取りの数時間後。
まんまと鬼役にしたてられてしまったジュリアスを筆頭に。無事(?)神鳥の聖地で大豆まき大会が開かれた。
鬼役のジュリアスに大義名分のもと豆を投げる、嬉しそうな(でもほとんど無表情)クラヴィスを。
これまた幸せそうに眺めるエンジュの姿があったとさ。

◇◆◇◆◇

さて、(限りなくアホくさい)豆まき大会が終わった後。
こんなワンシーンがあった。

「十五日、お時間ありますか?…… プレゼントしたい縁起物があるんです」

頬をそめて、ためらいがちにエンジュがクラヴィスに問う。
おおっ!これはっ?!

二月の十五日。 それはヴァレンタインデーの翌日、でもある。十四日に事情があってチョコを渡せなかった乙女が、なんとかチョコを渡したくて設定する日。
エンジュは使命で明日から十四日まで留守にするから、その日付設定には納得いく。
ただ。

『縁起物』ってナニよ。

普通、バレンタインのチョコレートを『縁起物』って言うか?
二月十五日。
それは、涅槃会とか、涅槃講とか、仏忌とか呼ばれてて。
まあ、お釈迦様が亡くなった日なわけだけれど。
お寺に行くと、涅槃団子っていうお団子が配られてて。
この団子を食べると、無病息災で過ごせるといわれてたりするんだよね。
豆まきにこだわった彼女が、十五日にくれようとしてるモノが、果たしてチョコなのか団子なのか。
激しく気になるところですが、なんだか今回の豆まきで新密度あがっちゃったらしい二人にめんじて、ここはひとつ、深く追求しないでおこうと思います。


―― オシマイ


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あー、わたくしの創作史上最もアホくさい創作を投入しちゃいました。テヘv<反省ナシ
ヴァレンタイン節分&涅槃会 創作。
無事、仏忌の十五日までに書きあがりよかったです。(コラ)

2006.02.15