幾千もの星を越えて

■SP2の夜の公園デートでゼフェルが語った、故郷の「ダチ」の話がモチーフとなっております。
予めご了承ください。


一光年。
それは、光が一年をかけて旅する距離なんだと。
知ったのはいつ頃だったろう。
星空を眺める習慣なんて俺にはなかったし、あの故郷の惑星では眺めたって星なんざほとんど見えやしない。
だから知ったのはロマンチックな経緯なんかじゃなく、きっと技術系の本かなんかから仕入れた知識なんだろうとは思う。
既に情報の伝達はもとより、物質の転送すら光速を超えることが可能だった故郷の文明。
だからあんまりそのことに興味を持って考えたことはなかった。

仲の良かったダチがぽつりと。
「あの星の光は何億年も前に旅に出て、今ここにたどり着いたんだな」
って。
エアバイで乗り付けたビルの屋上で、霞んだ星空を見上げながら呟いた時も、俺は特に何も思いはしなかったんだ。

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兄弟のいない俺にとって、幾人かいたダチの中でも特にそいつは兄貴みたいに思ってたやつで。
それぞれエアバイを改造してはその速さを競って人口海洋の上を飛ばしたり、時には泊りがけでツーリングに出かけたり。
あのビルの屋上での言葉も、そんな日々の中のひとこまだったと思う。

「何言ってんだよ」
って、興味なく言った俺にあいつはちょっと決まり悪そうに鼻の頭を掻いて。
「いいだろ、たまにはロマンをだな」
その言葉を途中で遮って、
「だーっ、何がロマンだ」
つい、爆笑した俺。
でもあいつは怒りもしないでニヤって笑ってこう続けた。
「そーやって笑ってるけど。知ってるぜおまえだって照れ屋なだけで、本当はロマンチストだ。断言してやる」
俺の必至の反論をまるっきり無視して、あいつはコンクリートに仰向けに転がって星を見やる。
「今届いた光はこの惑星を通り過ぎて、何処までも旅を続けるんだな」
「まあ、そうだろな」
仕方ないから一緒に仰向けに転がって俺は相槌を打つ。
淀んだ大気に消されて数えるほどしか見えない星空。
それでもそうして仰向けになっていると、遥か遠い宇宙の彼方から降るようにそそがれる星々の瞬きを、何故か感じたような気がした。
そして、つい零れた台詞。

「なあ、俺らも、どこまでも一緒に行こうぜ」

もちろん、その言葉が。
本当にそのままの意味での ―― くだらない意味での ―― 一緒だなんてつもりで言った訳じゃねえ。
いつか、時が流れて、大人になって。
それぞれの歩む道を選んだ時に、その目指す先が違うことだって当然あるんだろう。
だから、俺が言ったのはそんな意味じゃなくって。
『大人になったから』なんて言葉や時間で変わってしまうなんかじゃなくって。

すっげー、クサイ台詞だし、今思うととんでもなくこっぱずかしい台詞だし。
話の流れからして、ほらみろおまえだってロマンチストだって笑われたって不思議じゃねえ。
だけど、あいつは笑わずにこう答えてくれたんだ。

「ああ、わかってるさ。言われなくたって」

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それから、しばらくの時間が流れた。

「1ヵ月後、お迎えに上がります」

守護聖になれといきなり聖地から来た奴が無表情にそう言ってから、1ヶ月たったその日。
当然俺は素直に行くつもりなんざ微塵もなかったし、ダチだってみんな一緒に抵抗するぜと言って集まってくれていた。
1ヶ月前から練りに練った計画。
空きビルの中にしつらえたバリケードの内側に寝転がり、いざというときのイメージ訓練をしていると、あいつが来た。
この一ヶ月、実はあんまり姿を見せなかったあいつ。
別のダチに聞けば天文台に通って星を見てるとかなんとか。
こんな時にどこ行って何してやがったと文句の一つも言いたい俺をよそに、さも当然のように隣にねっころがるあいつ。
その姿に、俺はいつだったかの、霞んだ星空を眺めた日のことを思い出す。
それはあいつもおんなじだったんだろうか、こう言った。

「なあ、聖地って主星だよな。この星から何光年離れてるか知ってるか」
「しらねーよ!」

そんなん、知る必要なんかねえと思って即答する。
だって、そうじゃねえか、行くつもりもないんだ、知る必要もない。
だけど。

「じゃあ、今度調べてみろ」

そう言った、あいつの声は、とても静かだった。
何を、と。
反論しようとしたその時に、俺が仕掛けておいた入り口の爆竹が爆発する音が聞こえる。

―― 来た。

素早く予定してた各々の場所に散って、俺たちは徹底抗戦をはじめる。

舞い上がる粉塵、鼻を刺す爆竹の火薬の臭い。
もみ合う人影と、響き渡る怒声 ――

とにかく、もう必至で。
何がなんだかわからないうちに時間が過ぎてた。
頑張ったんだ。すごく、頑張った。
俺も、あいつも、他のダチも。みんな。
みんな必至で俺をかばおうとしてくれた。
仕掛けが尽きて、バリゲードが崩されても、最後まで誰も諦めないでいてくれた。
だから、そんな中であいつともゆっくり話す機会もなく。
そう、その機会もなく。

俺は、結局とっ捕まって、聖地行きのシャトルに放り込まれた。

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出しやがれと叫ぶ俺を無視して、シャトルは離陸する。
飛び降りてでも逃げ出してやると、寄った強化硝子の向こう。
どんどんと流れていく風景のなかで、流れずに追いかけてくる幾つかの点を俺は見つけた。

―― あいつらだ!

硝子に頬をへばりつけて、俺はその姿をみつめた。
シャトルを追ってくる友人たちのエアバイ。
その数が、シャトルの加速ごとにひとつ、ふたつと減ってゆき。
ついには、あいつの一機だけが残る。

そうさ、あいつのエアバイは最速だ。
なんったって、俺とあいつとで改造した最新マシンだ!

涙に滲んだその目に、激しい風圧にようやっと耐えてこちらに追いつこうおとするあいつの姿。
エアバイがシャトルに追いついたのと。
シャトルが空間転移次元に入るための最終加速をしたのはほぼ同時だった。
でもその時、あいつの口が動いたのを俺は見た。
それは。
『げんきでな』
そう言っていた。

加速したシャトルから、見る間に後方へ流れて小さくなっていくあいつ。
改造した新型エアバイクが点になってついに消えた時。
どうしようもなくなって、俺は部屋の中で叫び、暴れた。

ままならない運命への反発、悔しさ、哀しさ。
そんなものとあいまって、もうわけがわからなくなって、疲れてへとへとになるまで暴れた。
あたりかまわず物を投げて、蹴って、殴って。
拳や肘や膝や頬。
露わになっていた皮膚の部分が、飛び散る破片やらなんやらで傷ついて血が滲んでた。
でも痛みなんか感じない。
そんなものよりも、もっと、痛かった。
そう、心が。

嬉しくもあったんだ。
あいつが、無茶して、危険も顧みず、エアバイで追って来てくれた。
すごく、嬉しかった。

でも。
言って欲しかったのかもしれない。
『げんきでな』
そんな台詞じゃなく。
『いくな』
って。

そう言って欲しかったのかもしれない。
元気でな、って言葉はどこか。
俺が遠くへ行ってしまうことを、もう諦めて受け入れてしまっている言葉に聞こえた。
それは俺の僻みなのかもしれない。
けれど、遠く離れるのは俺一人。
俺のいなくなったあの星で、日々はめぐり、時は流れ。
きっと、いつかは俺のことなんて皆忘れてしまう。
そう、感じた。
それがひどく悔しくて、哀しくて ―― 寂しかった。

「どこまでも一緒に行こうぜって、約束したじゃねーか!バカヤロウ!」

投げて壊すものもなくなった部屋で、ふたたび俺は叫ぶ。
力いっぱい部屋の壁に拳を叩きつけて、何度も叫んで、また拳を打って。
流石にヤバイと思ったか取り押さえに駆けつけてきた聖地の奴等に羽交い絞めにされても、それでも叫んだ。
口に入ったしょっぱい液体は、飛び散った血なんだか、涙なんだか両方なんだか、そんなんどうでも良くて。
喉が枯れるまで、ただ叫んだ。

だけど、いくら叫んでも、もうあいつには。
あいつらには届かない。

あいつらの向かう未来に、もう俺はいないんだ。

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最悪の交代劇のあとの最悪の日々。
どのくらいの時間が外界で流れたかなんか、俺は知らない。
ただ、少しずつ。
聖地(このばしょ)に慣れてきてしまった俺がいることに、少しづつ気付いてる。
そう、きっと故郷の奴等が、俺のいないあの場所に慣れたように。
俺はきっと、この場所に、ここにいる奴らに ―― バカランディとか、ガキマルセルとか、ボケルヴァとかに ―― 慣れてきている。

そんなある日のことだ。
ルヴァが古臭い装置と天体望遠鏡を持って、ひいこら言いながら俺の執務室にやってきた。

「…… 何の用だよ」

機嫌悪くいった俺にあのオッサンはにっこりと笑って。
「あー、これの使い方をですねー。よかったら教えてもらえないかとー」

聞けば、聖地からやや近い惑星で星祭りという祭りがあって。
その祭りのイベントの一環で、宇宙空間に向かい電波によるメッセージを送信したのだという。
惑星の位置は4.4光年向こう。
だから、主星にそのメッセージが届くまで4.4年。
その日こそが、今日なのだそうだ。

「外界と、時間の流れ違うんじゃねーのかよ」

言った俺に、あいつはのほほーんと、陛下にデータを貰って計算したのだと笑った。
メッセージの中身は既に公開されているから、わざわざ受信して聞こうってのもかなり物好きだし、ましてや。
「なんで天体望遠鏡まで」
「あー、メッセージをね、受信しながら一緒に星空を観測して、そのメッセージにこめられた想いが旅するさまを想像しようかなーなんて。ああ、ロマンですねー」

ひとりでうっとりしてるルヴァに、なーにがロマンだ、と悪態をつく。
そして、ふと。
故郷の惑星のダチのことを、思い出したんだ。
いつだったか、あいつもロマンとか言ってなかっただろうか。
そして。

―― なあ、聖地って主星だよな。この星から何光年離れてるか知ってるか
―― しらねーよ!
―― じゃあ、今度調べてみろ

「なあ、俺の故郷の惑星から主星までの距離って ―― なんでもねぇ」
言いかけて俺は口をつぐむ。
もう、昔の話だ。
今更そんなもの調べても、何の意味もない。
少しだけ怪訝そうな顔をしたルヴァに、電波受信兼送信装置 ―― どっからこんな旧型の装置をひっぱりだしたんだか ―― の使い方を教える。
天体望遠鏡は大丈夫なのかと聞いた俺に、そっちはどうにかなりそうだとルヴァはにっこりと笑い、ふたたび装置と望遠鏡をかかえてひいこらと執務室を去ろうとする。
俺は呼び止めて言う。

「…… 運ぶの、手伝ってやらぁ」

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数日後。
例のメッセージ受信は上手くできたのかなんとなく気になって、俺はルヴァの元を尋ねる。
俺からあいつを尋ねるなんてことはあんまりなかったから、あいつは妙に嬉しそうだった。
そして、こう言った。

「あー、ちょうどよかった。この装置をですねー、あなたにも貸してさし上げようと思っていたんですよ。この間運ぶのを手伝ってくれた御礼です。例のお祭りのメッセージはもう通り過ぎてしまって受信できませんが、宇宙空間には色々面白い情報が流れていますよー」

いや、いらねえから。
俺が言う前にルヴァがたたみかける。
「いいですよー、遠慮なんかしないでくださいねー」
だから、遠慮なんか、してないって。
と、言う前にやっぱりルヴァが装置を俺に押し付ける。
「ああ、ロマンですねー。うんうん。そうそう、それとロマンを語るときは一人の方がいいですよー」

いや、だから。

…… 結局勢いに流されて、装置を押し付けられたまま部屋を出ようとする俺の背に、ルヴァがいった。
幾分、静かな口調で、はっきりと。

「急いだ方が、いいですよ。光陰矢の如し、です」

と。
執務室で、机の上に放り出した装置を眺めながら俺は考える。
なんだか、引っかかる。
そして気付いた。
ディスプレイにテープでくっつけてあるメモのデータ。
はじめは、ルヴァが使い方を忘れないように書いたものだと思ってたんだけど。
違う。これは。

―― 外界と、聖地との時間の流れの差異のデータ。

俺はひらめいて計算してみる。
俺が来てから、外界で過ぎた時間を。
そして、執務室の端末から王立研究院にアクセスして、もう一つのデータを取得する。
主星と、俺の故郷の惑星の距離を。
データを見て、思わず呟いた。

「一致してやがる」

そう、年数と、光年が、ほぼぴったりと。
数十年経っているという事実に、心が痛まなかったといったら嘘になる。
だけど、それよりも俺はその時、無性にどきどきしていた。
俺は外に駆け出して、障害物の少ないひらけた場所に装置を設置する。
僅かに震える手で電源を入れ、故郷の惑星に方向を合わせた。
ノイズを丁寧に除去していけば、そこに現れる、あきらかな人工の波形。
一定の間隔で、同じ波形 ―― メッセージ ―― が繰り返し、繰り返し流れていた。
サンプルを切り取り、良くある通信用の信号にあてはめて解読してみる。
そしてそれは、見事に文章となった。

―― 『コノシンゴウハ ヒロイウチュウヲドコマデモ』――

俺は装置にかじりついて信号を解読し始めた。
文章の終端符の後に同じ文章が始まる。
その文のはじめの一言に、俺は目頭が熱くなる。
『よう、ゼフェル』
そのメッセージはそこから始まっていた。
間違いない、あいつだ ――



よう、ゼフェル。
クサイ台詞は俺もおまえも苦手だけど。
今くらいは言って見ようか。

「幾千もの星を越えて、永遠の友情を誓おう」

どうだ?
ばかいってんじゃねーって顔赤くしてるおまえが見える気がしてきた。

おまえがこのメッセージを受信したあとも。
この信号は広い宇宙を何処までも何処までも旅するんだな。
永遠って、そういうものなのかもしれない。
だから、「さよなら」とも、「行くな」とも言わない。

元気でな。

―― おまえの最高の友人達の中の一人、より。



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無意識のうちに、頬を濡らし始めた涙をぬぐって。

「ばかいってんじゃねー」
唇が震えて、きちんと言葉になっていなかったかもしれないけれど、俺はそう呟いた。

何クサイ台詞言ってんだよ。
わかってんよ。言われなくったって、誓わなくったって、そうさ。

―― ずっとダチだよ。

空を見上げる。
目に映る聖地の青い空は、涙で霞んで滲んでて、なんだか可笑しくなってくる。
ふと脳裏にルヴァのことが浮かんだ。
あのヤロウ。
気付いたんだ。
だから俺に無理やり、そのうえ一人で、だなんて。

笑って、泣いて。
そして、俺は装置の設定を受信から送信に切り替える。
方向はこの宇宙のすべての方向。
故郷の惑星や今受信したメッセージが旅していった方向をまるまる含めて、俺はキーを叩く。
二進数の信号に変換され、その言葉は遠い空へと吸い込まれていった。
その目には見えぬ言葉を見送って、俺はひとつ大きく伸びをする。

この言葉が届く時、あいつはもうきいといない。
いや、今だってもうわからない。
だけど、そんなことは関係ない。
何故なら、伝えたい想いは、きっともう伝わっているから。
だって、あの日の約束を覚えている。

なあ、俺らも、どこまでも一緒に行こうぜ。
ああ、そうさ。
幾千もの星を越えて。


―― 終


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ゼフェルが最後に送信したメッセージ、創作の所々に仕込んでおいたのお気づきになりましたか?(笑)
(いつもと違うってのは気付いていただけたかと。)
解読用ツールはgoogleなどで専用のサイトを探せば、見つかると思いますし、対応表などもあるかと。
(ツールによって解読後の文章、多少違いがあるかも)
日本語でかかれてます(笑)


2005/05/11 佳月拝