星に願いを

6.星に、願いを



◇◆◇◆◇

その日。星が出るのを待って、俺は丘の中腹へと向かう。
そして、予想通り、少女は流れ落ちる星に向かい、手を組んで何かを祈っている。

「どうだ、星は願いをかなえてくれたか」

俺は、わざと先日と同じ問いをする。少女はこちらを向くと微笑んで、そしてきっぱりと言った。

「いいえ、まさか。祈ったところで星は願いや夢をかなえてはくれない。かなえるのはいつだって、自分自身よ」

いつかと同じ答え。まっすぐ見据えるような、強い瞳。それが、ひどく愛おしかった。
「ただ、そうね。きっかけはくれるかもしれない」
「あん?」
彼女はそれきり黙ったので、俺は自分の話を続けた。
「おまえが星に祈る理由、聞いたぜ。願いを祈るんじゃねえ、感謝してるんだな」
彼女はにこりと笑う。
「誰かに、聞いたんですか?」
「…… おまえ、聖獣の誰かに話したか? 話したとしたら、そいつからだ」
エンジュは眉の根を寄せる。
「ここの人には、誰にも話してはいないはずですが」
「じゃあ、なんでティムカは知ってたんだぁ?」
つい、勢いで名前を言ってしまった。それにしても何故嘘を吐くのか。つい、責めるような口調になっても仕方がないというものだ。
「ティムカ様? ああ、じゃあ、私ではなく別の人に聞いたんですね。不思議でもなんでもないですよ。
『順序だてて、ゆっくり考えてみれば。たいていの”謎”というものは、謎ではなくなってしまうものなんですよ』 なーんてね」
何が「なーんてね」なのかはわからなかったが、俺は大人しく彼女の話に耳を傾けた。
「小さい頃入院してた話も聞いたんですよね? 手術の日が近づいてきて、私不安になって。お兄ちゃんに、ついこぼしたんですよ。流れ星が見たい、って」
「そんなん、普通に窓から見えるんじゃねえのか? 病室が地下にあったわけでもねえんだろ?」
彼女はそれがね、と説明する。
「雨が降ってたんですよ。ずっと。だからせめて手術の前の日は、星空になって欲しかったんです。でも、天気予報でもずっと雨。お兄ちゃんは色々頑張ってくれたけれど、やっぱり難しかったみたいで」
そりゃあ、そうだろう。雨を降らないようになど、それこそ女王陛下しか ――って、もしかして、そういう話なのか?
「ゼフェル様と、兄が偶然、本当に偶然知り合ったの。そして、流れ星の話を、女王陛下に話したんです。はじめは雨を降らすのをやめてほしいって、それだけを言ったのだけれど。女王陛下はにこりと笑って、それなら雨でなく星を降らせましょう。そう仰ったらしいわ。その日の流星群は、そりゃあ美しかった」
そう言って天を仰いだ彼女の目には、そのときの光景が映っているのだろう。そう思った。
「陛下が素晴らしいなって、そう思うのはね。あの方が私の病を直接治すようなことはしなかったってこと。
陛下にそういう直接的なお力があるのかどうかはしらないけれど、あの方は私に生きる希望を示してくださっただけ。手取り足取りめんどうなんか見てくれなかったのよ。だからこそ、私は自分自身で生きているこの人生に、誇りを持つことができるの。と、言うわけで」
彼女はこちらを向き直った。
「知っているのは向こうの女王陛下と、ゼフェル様。もちろん、私の兄も知っているけれど」
ゼフェル様、ねえ。俺は先日、エンジュの失恋の相手を勘違いしたってわけだ。
そういや、向こうの宇宙も補佐官は金の髪だ。
で、あの不良少年、聖地抜け出して遊んでいる最中にその兄貴とやらと知り合ったか。
「じゃあ、ティムカはゼフェルから話を聞いたってか?」
「いいえ、向こうの女王陛下でしょう」
向こうの女王。青い髪、青い瞳。随分な切れ者で、それに別嬪。気の強そうなところが、けっこう俺の好みでもある。って、いや、べつにどうこうっていう気持ちはさすがにねぇが。それにしても。
「随分自信もってきめつけるねぇ。理由でもあんのか」
彼女は肩をすくめる。
「ま、それなりに。言えることは、あのお二人が知り合うきっかけはこれまでに幾度もあったってことだけだけ。互いに重責を負う立場。通じるものがあったっておかしくないもの。ティムカ様が守護聖になる前、って意味だけど」
守護聖になる前に重責? という疑問は、驚きの前に吹っ飛んだ。
「なんだぁ? まさか、あの二人デキてるってか」
「下品だなぁ、もう。その辺は適当に濁してくださいって」
「そうか …… なんだ、俺はてっきり」
「てっきり、私が話したとでも?」
彼女はくすくす笑っている。
「ああ、そう思った」
「仮にそうだとしても、たいしたことではないはずですよね? 何が問題なんですか?」
なんだか誘導でもするように、彼女は疑問形で畳み掛けてくる。
「自分の苦労を吹聴して回るのはカッコ悪いっていったじゃねえか。なのに俺にはだめで、あいつに話すのが ―― 」
「のが?」
エンジュはにこにこしながら聞き返す。このやろう、わかってて聞いてきてやがる。
ああ、めんどくせえ。いらついて、俺は本音を一気にまくし立てた。
「ああ、そうだ。お前に惚れてるから、妬いたのさ。悪いか。さあ、言った。言ったぞ。おまえ、俺の女になれや」
結論は同じでも、想定よりは早い展開だったのだろう。しばらく目を丸くしていたが、彼女はすぐに笑顔になった。
「私を捕まえておくことは、難しいですよ? 精神的に、というよりは物理的に、ですけど」
「かまわねぇよ。俺だって似たようなもんだ。お前も、好き勝手飛び回って、そして、思い出したらここにくりゃあいい」
ここ。そう言いながら、俺は彼女を引き寄せ、壊さない程度に軽く抱きしめた。いや、軽く、のつもりだったが、じたばた苦しそうだったので仕方なく腕を緩める。緩めた腕からすり抜けていくのではないかと、正直怖かった。だが、彼女はそのまま俺の胸のあたりに額をこん、とつけた。
「それ、悪くない。うん、その提案、乗った。それに最近気付いたんですよ」
「なににだ」
「私、あなたのこと、けっこう好きなんだって。守護聖説得の頃はもう、天敵!とか思ってましたけど、なんだかいつの間にか慣れたというか、馴染んだというか」
「慣れた、っておまえな。まあいいや、そのうちベタ惚れしてるって言わせてやらぁ」
彼女は俺を見上げてくすくす笑う。
「期待してます。それにしても、私が星の船で港から港へ渡る女で、あなたが一番最後に帰る港で待っていてくれる男、ってことになりますかねえ?」
「うっわ、だっせぇ。それ、男女逆じゃねぇかよ」
「いいじゃないですか。男女平等で。そもそもダサいって、死語です」
ひとしきり笑って、笑いが途切れる。
目が会うと、今更ながらに彼女は顔を赤らめた。ちょっと上目使いにこちらを見る。

「…… 本気、ですか?」

「女口説くのに、嘘やら冗談やら言うほど器用じゃねぇよ」
そう言うと、彼女はうれしそうににこりと笑った。
「じゃあきめた。あなたを私の男にするわ」
すげえ表現だと思ったが、自分も『俺の女になれ』といったのだからおあいこか。こいつのモンになるのも悪くねえ。ただ、ひとつだけ。
「なあ、ひとつだけ」
「何?」
「飛び回るのは自由だ。それに、永遠なんぞ信じちゃいねぇから、いつか互いに心が離れることだって無いとは言えねぇ。ただ ―― 」

いつだって、失ってばかりいた。
失うことに慣れたフリをして、本当ははじめから執着などしないようにしていただけた。
己だけを頼りにして、これまで生きてきたような自分。
だが、いくら歳を重ねても。

「いっくら歳くっても、失うことには慣れねぇもんだな。いきなり消えちまったりは ―― しねえでくれよ」

言いながら、なんだか目頭が熱くなった。気まずくなって横を向こうとすると、今度はエンジュが俺を抱きしめた。ふわり、真綿のような。いや、これはきっと天使の羽なんだ。
彼女はしばらくの間そのままで黙っていたが、やがてきっぱりとこう言った。

「わかった。約束する」

その言葉が紡がれた唇を、俺は黙って塞いだ。
肝っ玉が据わってて、常識にとらわれないこいつでも。そのくちづけに応じる動作はぎこちなく、やっぱり年相応であるのが妙に照れて、そんなことで照れる自分が更にくすぐったかった。
くちづけのあと、もう一度抱きしめて。彼女の頭の上から、空を望むと流れる星、ひとつ。
俺は思わず、こいつを決して失わないようにと、願う。
叶える気があるのかどうか知らねえが、星は地平へ消えていった。
だが、星にその気があるかどうかなどというのは関係のないことだ。
何故なら、願いは自分で叶えるものなのだから。


いつだって、誰だって。


―― 終

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