Home,Sweet home.



寒い冬の朝
目が覚めて聞こえる電線の上の小鳥の囀り
立ち並ぶビルの間に顔を覗かせるぼんやりとした青空
コンロにかけたやかんのやさしい湯気
規則正しいリズムを刻むまな板と包丁
そして
入れたばかりのお茶の香り

そろそろ起きなきゃいけねーよな……でも、もう少し。
そう思って布団の中で寝返りをうつ。
おふくろの俺を呼ぶ声がだんだん怒りを含み、布団をひっぺがして叩き起こしに来るまでの時間。
その時間がとても。
とても、大好きだった。

◇◆◇◆◇

「へっくしょ」

自分のくしゃみで目を覚ます。
そこは、飛空都市の聖殿。
執務室の奥の俺の私室だった。
そっか、昨日、このまま寝ちまったのか。
横に転がっている、改造途中のロボットを見て思い出す。
しかし、なんだって今ごろあんな夢を見たんだろう?
今更、ホームシックでもあるまいに。
もう、故郷のあの惑星にいってみたところで、あの家はないだろう。
いや、残っていたとしても、あの街で共に生活していた奴らは、誰一人のこっちゃいまい。
そう考えると、少し、切ない。
ここにいる奴らは、きっと、同じ事を一度は想ったに違いないのに、どうして、ああも、どいつもこいつも、ノーテンキなんだろう。

「へっくしょ」
少し、寒気がする。
でも、今朝の夢は、なんか、すっげー、あったかかったよな。
いまも、そのぬくもりが、残っている気がする。
その時、ふと、俺はアンジェの事を思い出した。
「そういや、今日は、アイツと過ごすって、約束してたんだ」

顔を洗って外へでる。
執務室でアイツが来るの待ってんのも、かったりーしな。
直接、寮まで迎えに行こう。

……要は、ただ、早くアイツに逢いてーだけなんだけどよ。

飛空都市は今日も、いい天気だ。
やけに、太陽が眩しく感じられる。
森の緑もその光に照らされてきらきらと、―― まるで、アイツの瞳の色みてーだ。
マルセルがいつも手入れしてる花壇の花もおだやかな風にふかれて、心地よさそうに揺れている。
俺はここの景色も、聖地の景色も嫌いじゃねえ。
でも。

他の奴らには、きっと、わかんねえだろう。
ごちゃごちゃした工業惑星のコンクリートに囲まれたあの景色。
俺は、けっこう、好きだったな。

ビルの窓の反射光と本物の太陽。
アスファルトの上に踊る幾つもの影。
エアバイクでダチとすっ飛ばしてると、いつも六階の窓から食いもんさしいれてくれた近所のばーちゃん。
屋上に干された白い洗濯物と、井戸端会議の笑い声。

冷たいようでいて。
あの街は、温かい人のぬくもりに満ちていた。

今日は、なんか、変だ。
さっきから、なんでこんなことばっか考えてんだ?俺は。
それどころじゃねえだろう。
今日はこれから、アンジェを森の湖に誘って、それで。
心臓が、ばくばくいってる。
なんか、体が熱い。

そうこうするうち、俺は女王候補寮に辿り着く。
アンジェはまだ、中にいるみたいだ。
ぼーっとしてきた頭を軽く振って、インターホンを押す。
ドアの中で、ぱたぱたと駆けてくるアイツの足音が聞こえ、ドアが開いた。
そして。
アンジェの嬉しそうな笑顔。
その笑顔をみた瞬間、俺の意識は遠のいた。

◇◆◇◆◇

しゅんしゅんと、火にかけられたやかんの音がする。
温かい、今朝の夢とおんなじだ。
俺はまた、夢をみているんだろうか。
懐かしい、故郷の惑星の家。
でも、今、一番俺が居たい場所はそこじゃあないってことに俺は気付いちまってる。
聖地や飛空都市に愛着がわいたわけじゃない。
ただ、ここには。
ここには、アイツがいるから……。
そう。

「アンジェリーク……。」

「あ、ゼフェル様、起きたんですか?」
頭ん中で言ったつもりが、音声を発していたらしい。
いきなりな当人の返答に肝を冷やして、俺は自分の置かれている状況を把握すべく、辺りを見渡す。
……どうやら女王候補寮の……。
げげげ、アンジェのベッドの上!
俺は、なんで、こんな所に寝ているんだ!?
慌てているのが伝わったのか、ベッドの縁に腰掛けて俺の顔を上から覗きこむと、アンジェはあきれたように、でも、楽しそうにクスリと笑う。
その笑顔に、つい、ドキッとする。

ちくしょう。やっぱ、俺、コイツ好きだ。

「覚えていないんですか?なんにも?」
……俺、なんか、やらかしたんだろうか?

「今日は、一緒に過ごしましょうって、約束していたでしょう?」
それは知ってる。
それで、俺はコイツが来るの待ちきれなくて、誘いに来て……。
あ。
「寮まで来て下さって、すごく嬉しくて、慌ててドア開けたら、いきなり倒れ込んで来るんだもん」
びっくりしちゃった。
そう、アンジェは言って微笑んだ。
昨日、雑魚寝したから風邪ひいちまってたのか。
「でも、暫く熟睡してたから、熱は下がったみたい。気分はどうですか?」
アンジェの白い手が俺の額にあてられる。

……バカヤロー、よけい、熱上がんじゃねーか。

「大丈夫だよ。……メーワクかけたな」
「いいえ、どうせ今日はゼフェル様と過ごす約束をしていたんです。
予定通り、ですよね?」
「そっか」
「はい!」
元気に笑って、俺の額から離そうとしたアイツの手を、俺は、つい、握りしめた。

間。

しまった。この状況。もう、後には引けない。

「ゼ、ゼフェル様?」
赤くなってアンジェが俺を見る。
嫌がっては、いないな、よ、よしっ。
それとなくアンジェの様子をチェックして、そう思う。
どうせ、今日、森の湖で、場合によっちゃ言おうか、とも思っていたんだ。
俺は覚悟を決めた。

「おめー、ここにいろよ」
俺の言葉にアンジェがちょっと困った顔をする。
「でも、今、お湯をかけっぱなしに……」
そう言うアンジェを急かすようにケトルがけたたましく鳴っていた。
ちきしょう。今度音が鳴らないように改造してやる。
……しかし、わっかんねえかなあ。このイミ。わかんねえか。
俺はにぶちんのアンジェに少しイラつきながらも、そんなところが可愛いとも思っている自分に気付く。
俺が、きちんと言葉にできないのも、よくねえよな。
でも、言えねーもんは、言えねえんだよっ。
照れくせえじゃねえかっ!

「あのなあ、『ここ』ってのは、ここじゃなくて」
「?」
「だからだなあ、だーーっっ」
不思議そうに目を覗き込むアンジェの視線が妙に照れくさくて、ベッドに横になったまま、握っていたアイツの手を、自分の方に引き寄せた。
アンジェは体勢を崩して俺の胸の上に頭を乗せるかたちになる。
アイツの小さな頭をそのまま片手で抱きしめて、俺はひとつ、息を吸った。

「これからも、ずっと『ここ』に……俺の側に、いろってイミだよ」

アンジェの顔は見えなかったけど、俺の腕ん中でアイツが小さく頷いたのがわかった。

寒い冬の朝
目が覚めて聞こえる電線の上の小鳥の囀り
立ち並ぶビルの間に顔を覗かせるぼんやりとした青空
コンロにかけたやかんのやさしい湯気
規則正しいリズムを刻むまな板と包丁
そして
入れたばかりのお茶の香り

いつまでも、まどろんでいたい、そんなぬくもり。

腕の中にいるコイツのぬくもりは、それとおんなじだ。
アンジェの顎に手をかけて、そのくちびるににそっと俺のくちびるをおしあてる。

おめーのいる場所が、俺のいたい場所。
それをいつか、ちゃんと言葉で伝えられるだろうか。

遠くでケトルの鳴る音がいつまでも、いつまでも、響いてた ――

〜Fin.

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先日UPしたジュリアスの「潮騒の子守唄」とネタから決め台詞まで一緒だと気付いてしまった。
2004.08.19 再録に際し