春楡




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アルカディアの中心にある天使の広場が、僕はとても好きである。

もっとも謎の力 ―― ラガ ―― によってここに閉じ込められているという現状を考えれば、お気に入りだのなんだと言ってしまうのは緊張感がないと怒られてしまいそうではあるけれども(誰に、とはあえて言わない)。
でもそれについては新宇宙の女王陛下が今日も頑張っているから、僕は彼女を信じ、そして己の仕える女王陛下を信じ、己の仲間を信じ、更には自分自身を信じるしかないと、今はそう思っているのだ。

だから、この場所で与えられた執務の間、僕は今日もその広場へと向かう。

中でも一番好きな場所は、広場のはずれ、周囲の木から少しはなれたところにある、ひときわ大きい春楡の木だ。
一見ひとつの孤独な大樹のように見えるこの春楡は、実は数本の木々が寄せ集まって立っている。
互いに支え、根をはり、枝を広げ。そして共に成長している姿がなんだかとても好きで、下から見上げ日を透かす木の葉の向こうに流れる空の雲を眺めると、知らずに長い時間が経ってしまうくらいなのだ。
今日はどっしりとした根元に腰かけ、のんびりと広場の方をみやってみる。
不安定なこの状況にもめげず、広場にいる人々は活気に満ちていてとても頼もしい。
僕も頑張らなければいけないな、そう思った。

そのとき、広場になじみのある二人が姿を現したので、僕は手を上げて声をかけた。
「やあ、ティムカにメル、こんにちは」
二人はすぐに気がついて、笑顔でこちらに歩いてくる。
「散歩?」
そう聞きながら、以前聖地で女王試験があったとき。公園で、やはりこうして三人で集まって遊んだことを鮮明に思い出した。
チャーリーさんの露店の品物を品評したり、芝生に座ってそれぞれの故郷の話をしたり、日の曜日に皆で行くピクニックの計画を立てたり。
近い歳のもの同士、そうして遊んだ時間がとても楽しくて。
だから僕は、今ここであの頃の再現ができるんじゃないかと、少しだけ期待したのだ。
ところが。
ティムカが礼儀正しく一礼してこう言った。
「いいえ、これから王立研究所へ。先ほど見てきた育成地の様子と ―― 」
メルがその後を引き継ぐ。
「僕が占った占いの結果を伝えにいくんだよ」
「そう、なんだ」
何かが胸にひっかかった。けれどもそれが何だかわからないまま、僕は立ち上がり彼らに肩を並べた。
そして今更ながらに実感させられらてしまったのだ。

二人はもうずいぶんと、僕の背を追い越しているのだということを。

彼らは言う。
「よろしければ、マルセル様もご一緒に如何でしょうか」
「そうだよ、是非一緒に来て欲しいな!」
断る理由などなかったのに、僕は首を横に振っていた。
「ごめんね、今日はやめておくよ」
そして正直な気持ちが口を次いで出てきた。

「なんだか、ふたりとも大人になったね。おどろいた」

二人はとても。
とてもうれしそうな表情をして。そして、僕に一礼をすると広場の向こうへと去って行った。
その後姿を見送って、僕は再び木の根元に座り込む。
天を仰ぐと、さわさわと揺れる木の葉の間に、青すぎる空が覗いていた。
上空では強めの風が吹いているらしく、雲が足早に流れてゆく。
その空をぼんやりと眺めながら、やっぱり、何かが引っかかっていた。いや「何か」などではなく、もうとっくにその引っかかりの原因など気付いていたのだけれど。

僕だって。
僕だってもちろん、あの頃よりも成長したし、守護聖としての自覚も増したと思っている。
未熟なのは事実だからしかたがないとしても、心に過ぎる想いはそういったものではななかった。
相変わらず十四歳のままの自分。
少しだけ、背は伸びたけれども、さきほど隣に並んだメルやティムカには比べるべくもない。
そして嫌でも自覚してしまったのだ。
今まで、あまり気にしていなかった、いや、気にしないようにしていた事実。

―― ああ、自分は彼らと違う時を生きている。

彼らがごくあたりまえのように大人になっていく間、自分はいったい何がどう変わったというのだろうか。
聖地と外界との時間は異なる。だから彼らとは生きた時間が違う。それだけならば、まだいい。れども、残念ながら現実はそれだけではなかった。
聖地の一年で、己の体が一歳成長するわけではない。
守護聖となることで歳をとることをまるで忘れてしまったかの自分の体。聖地と外界との時間の違いは、そんな自分たちへのせめてもの陛下の慈悲なのだ。この違いがなければ、自分たちは気の遠くなるような時間を実感して生きていかねばならないから。
だから聖地で、一年たち、二年たち。
僕の心は少しずつ変わっていく。
けれども、ゆっくりとは変化しているとはいえ、心の成長とは裏腹に変わらず細い、少年のままの手足。
それがひどく、もどかしかった。


「何しけたツラしてんだよ」

いきなり声をかけられて、僕はそちらを向いた。逆光がまぶしくて、思わず手をかざす。その光の合間、ゼフェルとランディが、こちらをのぞきこんでいた。
僕を見て、『しけたツラ』と言ったゼフェル。
乱暴で自分勝手なようでいて、彼はきちんと人の心の細やかな機微を感じ取れる人なのだと、改めてそう思った。
「確かに、ちょっと元気がないな」
一方、あんまりそういう機微を察するのが得意でないランディだけれど、こうやって向けてくれる闊達な笑顔は、とても心強い気持ちになる。
だからこの時、僕は少し二人に甘えてしまったのかもしれない。あんまり深刻に受け取られないように明るい声で言いつつも、つい本音の一部を漏らしてしまう。
「さっきね、ティムカとメルに会ったんだ。彼ら、とっても背が伸びてた」

ああ、そっか。そういうことか、と。
ランディも察してくれたのか、そう呟いて黙り込んだ。
そしてやっぱりしばらく黙っていたゼフェルは、そっぽを向いてこう言った。
「いいんだよ、オメーは! 俺より身長高くなろうなんて思うんじゃねえぞ!」
それを受けて、ランディが明るく笑った。
「あはは、そう言ってる間に、すぐ抜かされたりしてな」
「てめっ! この、ランディ野郎!」
いつもの喧嘩になってしまった二人を、いつもの調子でなだめる僕がいる。

「もう、ふたりとも成長しなさすぎ!」

言いながら、耐え切れず笑い出す。
いつしか三人そろって笑いながら、僕は思った。

そうか、ゆっくりでいい。
共に同じ時を過ごす、彼らがいるから。

僕はもう一度大好きな木を見上げた。一本に見える、複数の大樹。互いに支え、根をはり、枝を広げ。
春楡の葉はそよそよと、風にそよいでいた。


―― 終

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アンジェリークオールキャラ本掲載作品の再録です。数行加筆。

天球儀内の創作の共通設定なのですが。
聖地の一年 ≠ 守護聖達の身体年齢の一年
でございます。
※あくまでも私の解釈なので、違う解釈で創作をお書きになっている方お気になさらず。
SP2の守護聖達の会話を繋ぎ合わせると、公式でもどうやらその設定で間違いないようなのですが、トロワ以降製作者が変わったのかなんなのか、多少矛盾する台詞もチラホラ^^;;

まあ、それはともかく。
そんなわけで、例えば、15で守護聖となったルヴァと。5歳6歳で守護聖となったジュリ、クラとは、外見年齢が同じくらいでも、生きた時間は激しく違う、という認識でいます。
私の創作を読む際は、その辺をちょこっと脳のスミに置いていただけると嬉しいです。
(他の設定で書く可能性もありますが(笑))

つうことで、マルセルも外見は十四歳のままですが、そろそろ精神的には十五歳いってるんじゃ、と思っています。
そんな彼が、いつのまにか大きく成長してしまったメルやティムカをみて、どう思うんだろう、というのが今回の話。
エトワールの世界に行ってしまえば、また彼らとは同じ条件ですから共に成長していける仲間に戻りますが、トロワの時点ではきっとある種の寂しさを感じたに違いない、と。

2006.08.10 執筆、2007.03.17 再録