朝食は、表通りで
〜マックニコル〜
◇名前設定◇
デフォルト:グレース   自分で設定
現在女性の名前は「 」に設定されています。


◇◆◇◆◇

暗い部屋の中で、電光の時計の数字が朝九時を表示していた。
厚い遮光ブラインドのすきまから僅かに差し込む光は、コンタクトをしたまま眠ってしまった瞳に幾分眩しすぎそうだ。きっと今日も外はいい天気に違いない。
寝過ごしたかと思ったけれどまだぐっすりと言った風情で眠る、隣の彼をみやって、私はちょっとほっとする。
ほんとうは、もっと早くに起きだして、そっとここを去るつもりだった。
何故なら、昨夜の出来事は、長い長い時をこの薄暗い部屋で一人過ごした彼が、ほんの些細なきっかけで私という生身の女に触れる機会を得だというだけのこと。
いつの頃からか、ディスプレイ越しに対話をする彼に直に触れてみたい、そんな欲求を抱いていた私の心はこのさい関係ない。
彼にとって私が遊びなら、それはそれで割り切ろう。
愛してるとか、いて欲しいとか、必要だとか。
そんな言葉を期待していたわけでもない。かえって甘い睦言ひとつなかったのはさっぱり諦めがついていいではないか。
だから、いつまでもこの部屋に居座って、目覚めた彼から
―― まだいたのか。
などと言われる前に、この名残惜しさなどさっさと断ち切って、ここを出たほうがいい。
そう自分に言い聞かせて、衣類を身につけ、部屋を出ようとして、ふと思いついた。
私はバッグからルージュを取り出して手早くくちびるに引くと、そのくちびるで彼の頬にキスマークをつける。
このくらいの悪戯は許して。

だって、これは私が本気だったことのせめてもの自己主張。

その寝顔に。
昨夜、たどたどしいながらも、優しく私を愛してくれた彼の様子が思い浮かんで。
ちょっぴり切ない気持ちが溢れてくる。

―― いけない。

そう、期待なんかしてはいけない。
そう思って踵を返したそのときに、手首を掴まれた。
いつから起きていたのか。
裸の上半身を起こして、こちらを見る彼の瞳。
言葉をみつけられずに戸惑っていると、彼が言った。

「なんて、言えばいい」

…… はい?
あまりに予想外の展開で私はぽかん、と彼をみつめた。
彼は少し困ったように眉を寄せて、でもなんだか真剣な顔で聞いてくる。

「君を、ここに留めるためにはなんて言えばいいんだ。その、女性はよくわからない」

ええ、よくわかってないだろうことは昨日の夜で十分わかった …… って、それは置いておいて。
もしかして、これはすごく不器用な愛の告白なんだろうか、と思い当たる。
私はベッドにこしかけて、彼の顔を覗き込む。
僅かにたじろいだあとに、照れたのか、ふい、と視線を逸らされる。
ああ、どうしよう。
すごく、可愛い。
思わず彼を抱きしめて、囁いた。

―― 愛してるなら愛してるといって。そして名を呼んで。そうでないなら、何も言わないでいい。

そう、愛してないなら、何も言わないでいい。
私はここを去るだけだから。
腕の中で、彼が言った。

「愛してる、

そして私を見上げたその目は、これでいいのだろうか?と言っていて、まるで仔犬みたいだと思ってしまう。
その様子がたまらず愛おしくて、頬に額に、唇に、幾つも接吻すると、その接吻の数だけ口紅のあとが彼の顔に残った。
しばらくそうして甘いくちづけを楽しんでいたけれど、ふいに、ふたりのお腹がきゅう、となる。
思わず顔を見合わせて、笑ったあとに、私は言った。

「本当はこのままあなたをベッドに押し倒したいけれど、その前にお腹がすいたわ、朝食、どうしましょう?」
彼は、押し倒されたいのは同感だ、と本気なのか冗談なのか ―― たぶん本気なのだろうけど ―― わからない表情で頷いてから尋ねてくる。
「君は、どうしたいんだ」
「そうね、表通りにあるカフェのデニッシュが美味しいの。散歩がてらに出かけて……」
言いかけて、はたと思い当たって。
口をつぐんで、言い直す。
「バトラーに朝食を用意してくださいって頼んでくる?」
彼は優しく ―― けれどもやっぱり慣れなさの残るぎこちない ―― キスをして。

「では、出かける用意をしよう。散歩がてら、表通りのカフェで朝食をとりに」

そして立ち上がりブラインドをさっとあげた。
眩しいほどの光があたりを満たして、思わず私は目の上に手をかざす。
ああ、これがこれからのはじまり。
そして、腹ごしらえが必要な私たちの

―― 朝食は、表通りで。

◇◆◇◆◇

◇ Web拍手をする ◇

◇ 「はじめての朝」目次へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇

天球儀再録に際して、名前変換機能搭載。
そして、デフォルト名で初めて明かされる、彼女の過去(コラ)
(チャーリーの「あなたを、ください」参照)

-- 企画掲載時あとがき --
マコやんは、きっとアソビで女は抱けないタイプだ。ああ、そんな君が可愛い…v<末期

05.06.20 作、05.10.27 再録