照れの条件
〜エルンスト〜


◇◆◇◆◇

その寝顔を見ながら。
昨夜、私の中で熱く激しかった彼のことを思い出していた。

彼はおそらく、自分のことを冷静な人間だと思っているし、私もまた彼の一部はそうなのだろうと思っている。
ここでわざわざ『一部』といったのは、彼がふとした拍子 ―― 多くは己の予想の範囲外の出来事が起きた拍子に、ひどく慌てたり戸惑ったり、時には照れたり。
そういった反応を示すことを知っているからであり、更に付け加えるなら、昨夜彼が私を抱く時に見せた情熱的な一面を知ったということもまた、彼が冷静であるという評があくまでも『一部』であると言う理由のひとつである。
私は普段から冷静沈着な彼の、時折垣間見えるそういった感情の揺らぎが大好きであると感じていて、そして更に言うなら、このはじめて共に迎えた朝という状況において、目覚めた彼がかたわらの私をみて、どんな反応を示すのかを、ひどく楽しみにしていた。
言わせて頂くなら、 いつだったか研究院で熱心に仕事をしている彼の姿をじーっと見つめていて、それに気づいた彼がいつから見ていたのですか、とひどく慌てて頬すら染めていたあの時の様子に近いものが再現されることを期待している。

だから私はその端正な寝顔をじーっとみつめている。
怜悧そうな印象の切れ長の目や、広い額。いつもはきちんと整えられて撫で付けられている髪は、今は僅かに乱れていて、その様子がひどく愛おしい。
その髪に触れたくて手を伸ばした時に、彼が目を開けた。
それがあまりに急だったので、私は予定外にどきまぎしてしまう。
淡い緑の瞳が私を捉えた。いつもは鋭く感じるその瞳は、今日はひどく優しい。

「ああ、おはようございます。…… よく眠れましたか?」

私は黙って頷く。
なんだか、期待と違って彼は妙に落ち着いている。
視力のせいで裸眼では私の顔が良く見えないのだろう、すこし目を細くしてからやわらかな微笑を見せ、そして優しく私に口づけをしてくれる。
やはり予想外の出来事に、私は一層どきまぎしてしまう。
そんな私には気づかないかのように、彼は枕元を手で探り始めた。すぐに、眼鏡を探しているのだと気がつく。
彼が照れるようすを堪能しようとしていた期待を外された挙句、こちらがどきまぎさせられてしまったことに対する、ひどく身勝手な不満から、私は先回りして、彼の眼鏡をひょい、と取り上げてみる。
ふざけて自分の目にかけてみようとレンズに顔を近づけたが、度がきつすぎてくらりと眩暈がしたので諦めた。

「何を、しているのですか、眼鏡を返してくだ ―― 」
すべてを言い切る前に、私は彼のくちびるを塞いだ。
彼が教えてくれた、情熱的なくちづけを模倣するように。
はじめの一瞬こそは、驚いたような様子があったけれど、彼はいとも簡単に私の悪戯を逆手にとって、熱いくちづけを返してくる。
舌と同時に、心まで絡め取られそうだ。
そして、そんな接吻をしておきながら、くちびるを離した後に。

「あなたは意外と大胆ですね」

などといって笑っている。
「さあ、眼鏡を返してください」
そういう様子は、もうなんというか大人の余裕そのもので、なんだか私は肩透かしを食らったというか、なんだかんだいって彼は歳相応の経験をつんでおり結局私が小娘なだけなのか、というようなことさえ浮かんできて、ほんのり寂しくさえ感じてしまう。
私はきっと頬を膨らませていたと思う。

「そんなに眼鏡を返して欲しい?」
「ええ、折角ですから今朝のあなたをもっとよく見たい」
その時、私はシーツ以外は何一つ纏っていない状態だった。
「…… すけべ」

彼が耐え切れぬといった風情で噴出した。もちろん私だって、彼が私の裸がよく見たいと言った訳でなかったのはわかっていたのだけれど。
しばらくはくつくつと楽しそうに笑っていたけれど、それなら、と彼は私に一層身を寄せる。
「男は元来すけべなものですよ。しかし、仕方ない、眼鏡を返してもらえないのなら、あなたの顔を見るためにはこのくらい近づかなければいけない」

寝乱れた前髪が額にかかって、眼鏡ををはずしたままの、そのままの瞳が私を捉えて離さない。
耐え切れぬほどの鼓動の高鳴りがおさまらぬうち、彼の唇が重ねられた。
彼の手が私の手を伝って、持っていた眼鏡を取り上げると何処かへとおいてしまう。そうする間唇が耳を食み、いろいろなところへと這い始める。
私は彼の髪に指を絡めて、いっそうくしゃくしゃにしてやりながら、降参。そんなふうに考えていた。
考えてはいたけれど、いつかもっと別の機会に、私の好きなあの慌てて頬を染めるあの表情を見たいものだと画策している。
そうか。きっと彼は既に肌をあわせた後の朝に、今更照れるようなことはしないのだ。だから照れるとしたら、もっともっと些細な出来事の瞬間。
例えば新婚で、いってらっしゃいのチューとかしようものなら、頬を染める。きっと染める。

―― 今後、色々、試してみよう。

とはいってもどちらにしろ、冷静な彼も、慌てている彼も大好きなのだが。
そんなことを思いながら、私は素直に心を開いて、彼の愛撫に身を任せた。


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エルンストなのか?!これは、エルンストなのか?!
というか、私のなかのエルンストは、こんな人。けっこう場数踏んでそうです。(コラ)

ネタとしては、この企画の発端となった妄想チャットにかなり忠実に書いて見ました。
「私の中で熱い彼」という台詞をこういう意味で使っちゃったよ、和晴さん(笑)
05.08.07 佳月