もう少し、このまま
〜ティムカ〜

■「甘えて」のティムカサイド、かもしれない。(なんだそれ)


◇◆◇◆◇

彼女のやわらかな温もりと甘い香りに包まれて、目がさめた。
ふたことみこと。
まどろみの中で、彼女と会話したような気がしないでも無いけれどそれが、夢であったのかうつつであったのかはわからない。
ただ、わかるのは、仮に夢だったとしてもそのときの彼女の声は優しかったし、己の頭にを抱え込むようにまわされた腕はとても温かだったし、なによりも頬のあたりにふれる白い胸がとてもやわらかで ――

…… え?

そこまで考えて、僕 ―― じゃない、私は自分がしている体勢に気づいて、どうやらそれが夢ではなく現実だったことを知る。
少々気恥ずかしい心持ちで慌てて、身を起こす。
彼女は眠っている様子だった。
先ほど会話を交わしたと思ったのは、それこそ夢の中でだったのだろうか。それとも、眠る私を見るうちにふたたび眠くなって眠ってしまったのだろうか。
こんな体勢で人間をひとり抱えるようにしていたのであれば、腕だって痺れてしまったろうに。
けれども、どこか嬉しそうな微笑さえ浮かべているその寝顔がひどく愛しかった。

眠る彼女の、頬に触れて、幾すじかかかった茶色の長い髪をそっとかきやる。
滑らかな肌や、昨夜私の名を呼んでくれたくちびる。
ひどく愛しいと、そう思う。
ああ、それだけれはなくて。
姿とか形とか、声だとか、言葉だとか、そういった何か、に限ったものではなくて。
ただ、貴女という人と今ここに在れるのが嬉しくて。
どうしようもないほどに嬉しくて。
穏やかに眠っている彼女を、このまま独り占めするような気持ちで眺めていたいと思う半面、早く眠その眠りが彼女を解き放して、何処か故郷の海を思わせる碧瑠璃色の瞳を覗かせて欲しい、とも感じる。
ひとり先に目覚めてしまった朝は、かたわらに大切な人がいても ―― いや、いるからこそ、少し寂しくて、つまらない。

そんな気持ちが伝わってしまったわけではないだろうけれど、その時眠れる姫が目を覚ます。
目を覚ましてしまったなら覚ましてしまったで、寝顔をもう少し眺めていたかったかもしれないなどという身勝手な気持ちが頭をもたげる。けれども、やはり彼女の瞳に己が姿が写ることの喜びにはかなわない。
私は、何も言わずに、瞳が重なった彼女に微笑みかける。
彼女は僅かに頬をそめて。

「おはよう」

そう言った。
「おはようございます。今日もいい朝ですよ」
私の言葉に、彼女はすこしだけ可笑しそうな微笑を零す。

「知ってる」
「えっ?」
「本当は、私が先に目を覚ましたの」
「そう、だったのですか」

こくん、と彼女は頷いた。

「でね、あなたの ―― その、腕が体に回されてて。ちょっと体勢を変えようかなって寝返りを打とうとしたら」
「…… したら?」

ちょっぴり、嫌な予感がよぎった。
先ほど夢うつつで彼女と交わしたと感じていた会話の内容が、ぼんやりとだが浮かんでくる。

「起きてはダメって。もう少しこのまま、って言って」

彼女はそこで言葉を止めたけれど、その先を聞く必要もなかった。
頬がかっと熱くなるのを感じた。
そう、なんとなく思い出した。もう少しこのまま、と、そう言って、僕は彼女の胸に顔をうずめたのではなかったか。
きっと彼女はそんな僕の願いを聞いて、ずっとそのままでいてくれたのだ。
そして、場面は僕が目覚めた瞬間へと移るのか。
ああ、しかしこれでは。
なんだか、ひどく情けないというか、なんと言うか。寝ぼけたとはいえずいぶん子供っぽい真似をしてしまったと思ったけれど、彼女の屈託の無い笑顔に救われる。
こうなったら開き直ってしまおうと、僕 ―― じゃなかった、私は少し目を閉じて、火照る頬を冷ます。
そして落ち着いてから、彼女の顎を上向かせて軽くキスをした。

「我侭を聞いてくれてありがとうございます。とても ―― 心地よく眠れました」
彼女の方の頬が見る見る染まるのを、嬉しい心持ちで眺めやりながら、今度はさっきよりも深くくちづける。
少しだけ、乱れ始める吐息の合間。
「もう、起きなきゃ」
何故か慌てているような彼女をいっそう強く抱き寄せて。
今度は寝ぼけているわけではなくこう言った。

「―― もう少し、このまま」

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山もオチも意味もありゃしねえよ、と。ノーマルCPを書いててもよく思う私。

あと散々これまでも言ってるけど、基本一人称が「私」で、時々「僕」って言っちゃう彼が大好きです。
05.08.07 佳月