興子偕老(あなたとともに)
〜ティムカ〜

■注意! 他の「朝」シリーズの創作と比べて性描写がはっきりと書かれています。
苦手な方はご注意を!


宣言飲酒 ―― 酒を飲み 宣ひて言ふ
興子偕老 ―― 子と共に老いん
琴瑟在御 ―― 琴瑟(きんしつ)(ぎょ)に在り
莫不静好 ―― 静好(せいこう)ならざるは()

(鄭風「女曰鶏鳴」より抜粋)

あなたと共に誓いましょう。
老いて命尽きるまで添い遂げると。
それは傍らにあるこの琴の
心すくような和音の如く。

◇◆◇◆◇

こんなにも満ち足りた朝を迎えられる日が来るとは思っていなかった。
半ばまどろみつつ寝返りを打って、いきあたるあなたの褐色の肌の、さらさらとした感触を楽しみながらそんなことを考える。
あなたと肌を合わせるのは、昨夜がはじめてなわけではない。
けれども耐え切れぬ熱情に急かされて、いつ引き裂かれるとも知らない不安や罪の意識を抱えたまま互いを求め合うような夜は、深くつながりあった体では如何にしても埋められぬ、どこか虚ろな空洞を残すばかりだった。
貪りあうように体を重ねたあとは、何ごともなかったような他人の顔でそれぞれの在るべき場所へと戻っていく。
かつては、互いに王という名を冠する守なればならぬものを抱いた立場の人間として。
そしてあるときからは、女王と、守護聖という名の、主従たる関係として。
だからこそ、こうしてすべてを認められ、祝福されて。
共に在ることを許された私たちの、今日こそが。

―― はじめての、朝。


あなたの肩にかかる髪を指にからめたり、そっと頬に口づけをしたりして時間を過ごしていると、閉じられたカーテンの向うの朝の光を感じられる時間になった。
いつまでもこうして至福のときを味わっていたい反面、そろそろ起きて、彼に朝食など用意してみようか、などという考えが浮かぶ。
そこでするりと寝台を抜け、ガウンを羽織ろうとした私の腕を強く掴み、引き寄せる、腕。

―― いかないで、ください。こうしてあなたと迎えられる朝が、夢でないと証明して。

再び寝台の上に倒れこんだ私の耳にとどくあなたの声。
彼の体がかぶさり、幾つも落される口づけをうけて、私はおはよう、と微笑んだ。
夢、などではない。
ないけれど、それを証明するにはどうすればいいのか。
頬をつねるのではあまりにありきたりすぎて、この甘い朝には似合わない。
くすくすと笑いながら、そう彼に伝えると、あなたの目が少しだけ真剣な色を孕んだ。
私の問いに答えぬまま、あなたの手が私の乳房にかかり、唇が体を這う。
昨夜、飽くなき時間をかけ互いに互いの体を探り合って。
見つけ尽くされてしまった感じやすい場所を、零さずなぞられる。

―― 今すぐ。あなたを抱きたい。

熱っぽい囁きと同時に下肢に滑り込んだ指が、すぐに滑らかに動き出して。
言葉で返答などしなくても体が先に応えてしまう。
淫靡に響く水音を聞くまでも無く、私だってあなたをこれ以上ないほどに欲していることをあなたはお見通しだろう。
丁寧に弧を描くように表面を滑っていた指が。
徐々に奥へと入りながらもてのひらで蕾を刺激される。
溢れそうになる声を、いつもの癖で唇を噛んで耐えてしまう私に、艶かしさすら感じさせるあなたの声が囁く。

―― もう我慢する必要はないから。あなたの声を、聞かせて。

そして這うような唇の動きで、わたしの唇をこじあける。
耐え切れずに発してしまった自らの声で、私は一層発情した。

―― とても、素敵です。

そんな囁きと、
追い討ちをかけるように、容赦なく私の中をかき回す指の動きに、もうそうれだけで、朦朧となってしまいそうになりながら。
きつく掴んでいたシーツから手を離し、あなたの体に腕を回した。

喉元まで。
ひとりでは嫌、とか。
あなたも一緒に、とか。
早くあなたが欲しい、とか。

そんな言葉がでかかったけれど、僅かに残った羞恥心がそれを妨げた。
そう、いつだって欲している。
けれども口にしようとすると、意味のない躊躇いが先に立つ。
それに躊躇うのは恥ずかしさだけではないのだ。

一度言葉に乗せてしまえば、それは私の意思を離れ言霊は失われ。
ただあなたを煽情するためだけに囁いたような卑しい雑音となり。
きっと、私のこの内に篭る想いまでは伝わらず空に消えてしまう。

だから結局は黙ったまま、あなたを掻き抱いて接吻をくりかえす。
この時、僅かな時間重なり合った瞳がすべてを語り、それを受け止めてくれたのかどうか、あなたがふと笑みを零した。
それが合図だったように引き抜かれる指。
その指先からとろりと滴って私の腿に落ちた生温かい液体は、そのまま私の欲情の証だ。
そしてそれにあなたの欲情の証である熱い塊が交じり合う。

昨夜久々にあわせた体に、僅かに感じた異物感は、今日はもう微塵もなかった。
抵抗無くあなたを受け入れながら、奥まであなたを抱きしめる嬉しさに、全身が震える。
深く深く身を沈めあい、いだきあったまま、私たちはしばらく互いの体温を体に刻み、それからゆっくりと動き出す。
私の中をよどみなく彼が動くたびに泉のように沸く快楽と愛情。
おそらくそこのふたつは、本来ひどく異質なものなのかもしれないと思う。
そしてそれを同時に手に入れられる瞬間こそを、最上の悦びと呼ぶのだ。

早くなり、ゆるくなり。
高く絡めた脚を、時に押さえつけ、押さえつけられ。
幾度かの波を超えながら、次第にとどまることなく激しくなる動き。
強く突き上げられて発してしまう私の声の合間に、あなたの荒い息と、呻くような喘ぎが聞こえる。
あなたの頭を抱きしめて。
そして今度は私が言った。

―― あなたの声を、もっと聞かせて。

あぁ。
と。
発せられたあなたの声が、私の全身を愛撫した。
私の体が、あなたに悦びを与えられるなら、それもまた私にとって無類の悦びとなる。
そのよろこびをただただ一身に受け、私は激流のようなうねりに身を任せた。
心の奥に残るのはただあなたが愛おしいという想いだけ。
それを抱きしめて、おそらくはあなたが絶頂を迎えるのと同時に、私は意識を手放した。

◇◆◇◆◇

どのくらいの時間が立ったのか。
霧が晴れるように、私の意識が広がっていく。
そのことに気付いたのだろう。
うつぶせになって露わになった背に流れた私の髪を、裸のまま指先で弄んで遊んでいたあなたがこちらを見やって、にっこりと微笑む。
噂では耳にしていたけれど、はじめて我が身を襲った経験に、なんだか小娘のように頬が熱くなる。
そんな私に、あなたは決して揶揄するような言葉は投げかけない。
ただそっと、気分は悪くないですか、と言い。
頷いた私を優しく抱きしめて囁く。

―― あなたが、大好きです。

ああ。
私もあなたが好き。
どうしようもないほどに。

恋は、障害があったほうが盛り上がる、といったよく聞くその言葉は、おそらくは真実なのだろう。
だから、隔てるもののなくなった私たちの間に、燃え上がる恋のきっかけはもうない。
けれども、きっと何の心配も要らない。
長い長い、この先の時を、ずっと。
こうして添い遂げるだけ。

あなたと共に。


◇◆◇◆◇

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えーと。えーと。…… ナニをどう言い訳してイイのやら…… 脱兎!