風と海と
〜ユーイ〜


◇◆◇◆◇

その日、私はいきおいよく開けられるカーテンの音で目を覚ました。
瞳をあけると同時に広がる視界と、溢れんばかりの朝の光。
眩しさに思わず目を細めて窓の方を見やれば、光を背にした彼がこちらを向いて快活に言った。

「目がさめたか、エンジュ!」

逆光で影になってよく見えなかったけれど、その表情はちょっとした不安とかもやもやとか、そういった感情なんか簡単に吹き飛ばしてしまうようないつものおおらかな笑顔に違いない。
一方で私はといえば、昨夜の出来事ゆえの照れくささや、微妙な気まずさもあいまってもにょもにょと口の中でおはよう、と呟く。
その時、カーテンと一緒に開け放たれた窓から、すこしひんやりして心地よい朝の風が入ってきて肌に触れて。
そして、自分の体の上にかけられていたはずの掛布が大々的にはだけている ―― おそらくは、彼が元気に飛び起きたと同時にはだけたと推測する …… ―― のに気付いて、慌てて胸元まで引き上げる。
歯切れ悪くもぞもぞしている私を不審にでも思ったのだろう、彼がこちらに近づいてきて心配そうに、大丈夫か、と聞いてくる。
でも、私はそのときに気付いてしまったのだ。
さっきは逆光でわからなかったけれども、彼は。
その。
所謂。

―― 素っ裸

何処とは言わないけれど、おもいっきり明るい朝日の中で目撃してしまい、思わず叫び声 ―― 『キャッ』とか可愛らしい叫びならよかったのだけれど、きっと『ギャーー』に近かったんじゃないかと自己嫌悪 ―― をあげた私に、彼は余計心配になったらしく、当然その姿のまま私の顔を覗き込んできた。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
一層混乱に陥りながら、私はようやく彼の体に掛布の端を巻きつけて胸をなでおろす。
そんな私の行動の理由がわからないらしく、少しだけ不満そうに彼は言った。
「今更隠したってしょうがないだろう。おまえだって隠したりしなくったっていい。本当は明るいところでもっとおまえを良く見たかった」
頭に血が上って固まってしまった私をよそに、胸元の掛布をはぐと、ほらこんなに綺麗だ、それにとても柔らかい、と、真面目な顔で言った。
そんな台詞を言っておいて、少しも照れるそぶりもなく、彼はそっと私の乳房にくちづけをしてから、優しく私をみつめて、頬にかかった髪を梳いてくれる。

ああ、この手が好き。

恥ずかしくてぐるぐるしている頭の片隅の、それでも冷静な一部分で私は、そんなことを思う。
彼は身長こそ、私より低いけれど。
大きくてしっかりとしたこの手は、既に大人の男性のものだ。
すこしざらざらとして、ごつごつして、私の顔を覆えそうなほどに広い大きな手。
気がついたら私はその手をとって、指先にくちづけをしていた。
そうしたら、さっきまではあんなことしたり言ったりしても平気な顔していたのに、彼はいきなり照れたような表情をして手を引っ込める。
そして、思い出したように真っ直ぐな目で私をみつめて。
「体、大丈夫か。昨日は無理させたから心配だった」
私は耳までかっと熱くなるのを感じて俯いて、だいじょうぶ、と小さく言った。
そう、体は大丈夫。

だって、昨日は。
そう、その。
ええと。
ああ、もう、はっきり言ってしまえば、所詮初心者同士。
うまくいかなくって、痛くって、結局最後までできなかった。
のよ。
ぶっちゃけ。

だから、本当は起きた時ちょっとだけ気まずくて申し訳なくってどうしようかな、なんて思っていたけれど、 こうして開けっぴろげな彼とは、そんな気まずさなんて感じるだけ無駄だったみたい、と、なんだか安心してしまう。
大丈夫と言った私に彼も安心してくれたみたいで。
嬉しそうな笑顔を見せて、私を抱き寄せてくれた。

でもやっぱり心にひっかかるものがあって、私は、ごめんなさい、とつい口にした。

その時、腕に力が込められて一層強く抱き寄せられて。
そして耳もとで優しく囁かれた言葉。

おまえが泣いている時は、おまえの涙を乾かす風になる。
おまえが寂しい時には、おまえをいだく海になる。
おまえの笑顔を守りたいから、嫌だったり辛かったりする時はオレの前で無理することなんかない。
だから、謝る必要もない。

なんだか、嬉しくって胸がじんわりあったかくなって、おまけに涙まで零れそうになる。
うまく言葉に言い表しきれないから、私は彼にキスをした。
頬に、目元にくちびるに。
しばらくそうしただろうか。
くすぐったそうに笑っていた彼がいきなり身を離して、ダメだ、と言う。
ちょっと驚いた私に、困ったように眉を寄せて。

「反応して大きくなってしまった」

思わず視線をそちらに向けてしまいそうになるのをかろうじて耐えたまま、身動きできずにいる私に、彼はあっけらかんと。
「安心しろ、今やってもきっと昨日と同じだから無理はさせない」
いや、別にそういう意味で固まったわけではないんだけれど。
と思う私をよそに彼は何ごとかを真剣に考えている。
そして言うことには。

「よし、どうやったらうまくいくか、誰かに聞いて見よう。で、今夜また挑戦していいか?」

勢いに流されて、思わず頷いてしまってから。
『誰かに聞く』って、ちょっとマテ。
と。
みたび固まってしまった、はじめての朝。


―― オシマイ。


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誰に聞きに行くかは、想像にオマカセv (作者的回答は当然、「彼」だ)
執筆:05.06.14、再録08.01.22