ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その4

探偵最後の事件

(第3話)別れ、そして


急だった。
いくらサクリアがもう無いっていっても、来たばかりの新守護聖に、マルセルのときのカティスみたいに少しは残って指導をしてやって欲しかった。
闇の守護聖だって、まだまだぜんぜんおぼつかないのに。
いや、それはいい訳だと本当はわかってる。
俺が、残って欲しいって。
まだいて欲しいって思っているだけ。
あいつを見送りに出た聖地の門の前。
子供みたいに、行くなって言う事は簡単だと思う。
でも。

「ルヴァ、いろいろありがとう。俺、もうあんたがいなくても大丈夫だ。新米ヤローのことも気にすんな」

受け取り方を間違えれば、それは冷たい言い分なのかもしれない。
でも、ルヴァは絶対わかってくれる。そう信じてた。
そして、思ったとおりルヴァは笑顔で頷いた。

「あなたを、弟のように思っていました。昔、私が聖地へ来るとき、泣いて引き止めた弟。
でも、あなたは」
ルヴァは俺を抱きしめてくれた。

―― こんなに、大人になって

ルヴァが、泣いてる。
そう思ったとたん。

嫌だ。
行くなよ。
ここにいろよ。
それでずっと俺を叱ったり、誉めたり、なぐさめたりしてくれよ。
叫びたくなった。
本当に、そう叫びたかった。
でも、そうしたって意味ねえこともわかってた。

なあ、ルヴァ。
俺たちが会えるのは、今日が最後かも知れねえ。
もう、二度と会えないかも知れねえ。
でもあんたが俺に教えてくれた沢山の知識も、想いも、優しさも。
ずっとずっと俺の中にあり続ける。

この先、生きていく時の中で、躓いたり、迷ったり、悩んだり。
いろんな、答えの見えない謎を抱え込む時が来るに決まってる。
でもその時、俺はきっとあの言葉を思い出すだろう。

―― 順序だてて、ゆっくり考えてみましょう。たいていの『謎』というものは、そうすれば謎ではなくなってしまうものです

あんたの穏やかな笑みと、いつも入れてくれた、温かくてちょっと苦いお茶の味とともに。
そしてあんたも。
きっとこの場所を、ここで出会った人々を覚えていてくれる。

何処までも澄んだ青い空。
木々を濡らす優しい雨。
公園に咲く芳しい花と、噴水を煌めかせて通り過ぎる風。
あの日の天を翔ける流星。
幾つかの些細な事件と、関わった優しい人たち。
そして、迷惑ばかりかけてた俺。
その風景とともに、思い出してくれるに違いない。
いつも、いつも。

遠い、どこかで ――

◇◆◇◆◇

去ってゆくあいつの後姿を見つめながら、流れ出した涙を、俺は隠す気にはならなかった。
アンジェリークがそっと俺に寄り添って、右手に触れた。
大丈夫だ、そう言う代わりにその肩を抱いた。
そうしながらも。

俺は一つの策略(トリック)を頭で組み立てつつあった。

◇◆◇◆◇

答えを導いてくれる安楽椅子探偵ルヴァはもういない。
だからここから先はこの物語の蛇足だ。
クリス―― いまは、立派な大学院生 ―― から何度かのメールやり取りの後、最終報告メールが届いたのはそれからしばらくあと。
メールヘッダにはこうあった。


TO:My freiend Zephel
FROM:Chris.Sacraquix
Subject:Perfect!



――【その4】了

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