愛してるといいたくて


■タイトルからしてキてますが、
古い作品ゆえに、拙い部分はお許しください。いろいろと。
また、一部CD「Kiss×3」のお役たちメッセージネタを含みます。


◇◆◇◆◇

「ねえ、クラヴィス様」
土の曜日の宮殿。一日の職務も終わろうとしている穏やかな午後の時間だった。
ここは闇の守護聖の執務室。
つい最近まで、飛空都市で女王試験をしていた彼女は、様々な葛藤と試練を超えて、今こうして大好きなひとの傍らにいる。
すでに、公務を終えた新米女王補佐官のアンジェリークが少し甘えた声で、恋人の名前を呼んだ。
女王補佐官の正装を身に纏い、薄化粧を施した彼女は、大人の色香を漂わすようになったかと思えば、時折このような言動の端々に少女らしい幼さが見え隠れする。
そんな様子を愛らしいと感じつつクラヴィスはアンジェリークに優しい視線を向けた。

「なんだ ……?」

返されたその甘く優しい声のトーンにアンジェリークは今でも、どきりとしてしまう。
言葉少ない、どこか鬱々とした態度。
それ自体は以前とあまり変わってはいないのだが、向けられる眼差しと声に込められるものが、女王試験の始まったばかりの頃 ―――会いに行くたび、氷のような冷たい反応を返されたあの頃 ――と同一人物とは思えない。
そして、それを向けられているのが自分である、ということに、いまだ慣れずにいるのだ。
わずかに頬をそめて、いかにも、楽しいことがある、といった風に少女は尋ねる。
「クラヴィス様は、チョコレートはお好きですか?」
突然の意図のつかめない質問にさすがにクラヴィスはいぶかしげな表情をアンジェリークに向けた。
「特に……好きとも、嫌いとも思ったことはない、が」
そう言ってから、思い出したように付け加える。
「ウイスキーボンボンは苦手だな……。ウイスキーだけであれば良いが。それが、何か……?」
「今日、知ったんですけど、辺境のある惑星の習慣で、2月の14日、明日なんですけど、その日に女の子が、その、あの」
彼女はそこまで言っていきなり、赤くなって、吃ってしまった。

「 …… ?」

そんな彼女の頭に手を伸ばし、優しく髪をなぜながらクラヴィスは次の言葉を待っている。
アンジェリークは意を決したように言葉を続けた。
「あ、あい ―― 大好きな人に、チョコレートをあげるんだそうです」
どうやら、『愛してる』と言いたかったのだが、言えなかったらしい。
「明日、お屋敷に行きますから、時間、空けておいて頂けますか? これから、帰って、手作りのチョコレート、作りますから。ね?約束」

そう言って微笑むアンジェリークを引き寄せてクラヴィスはやさしくくちづけする。

「約束など要らぬ。おまえが望みさえすれば、私の時間はいつでも ―― おまえのものだ」

◇◆◇◆◇


「よし、上出来っ」
日の曜日。ここはアンジェリークの館。
我ながら、うまく出来たわ、と。一口つまんでから、出来上がったトリュフを箱詰めにする。
そしてラッピングを仕上げたものの、少し地味なような気がして、どうも気に入らない。
アンジェリークは思案した。
「そうだ。こうしましょう」
ベランダで育ててある草花から、一輪のつりがね草を「ちょっと拝借」とつぶやいて摘み取ると、チョコレートの箱のリボンに飾り付けた。
うす紫色の花が、愛らしい。
しばし、満足げにそれを見つめながらアンジェリークは考える。

遥か遠い、惑星の、恋する人々のセレモニー。
この聖地で、わざわざする必要もないのだろうけれど。

時々、どうすればいいのか、わからなくなるのだ。
クラヴィスの自分に向けられる想いを感じ取るたびに。
自分の、この気持ちを。
彼ににまけないくらい、溢れてるこの気持をどうやって伝えていいのか。
自分から、身を寄せようにも、言葉で伝えようにも、どうにも照れが先行する。
例えば「あいしてる」なんて言葉は、つい最近まで女子高生をやっていた彼女にとって、物語の中で見る言葉であって、自分で口にするに、せいぜい「大好き」どまりである。
想いが伝わっていないと思っている訳ではないのだが、それでもこの溢れる思いの自分の心の一部でも彼に感じ取ってもらったならどんなに幸せだろう。そのために。

今の彼女の目標は、クラヴィスに『あいしてる』と、そう、言葉で伝えることなのだ。

「クラヴィス様って、無口なようで、結構恥ずかしい台詞、平気で、言う、わよね?」
誰にとも無く呟いて、まけられないわっ!と、わけのわからない闘志を燃やすアンジェリーク。
意気揚揚とクラヴィスの館へと向かったわけだが。

◇◆◇◆◇

―― もう、こんな時間になっちゃった。

夕食後に出されたお茶を飲みながら、アンジェリークはため息をついた。
結局、チョコレートを渡す時だって、意識しすぎて「あの、どうぞ」としかえ言えなかった自分に、彼女は少々自己嫌悪気味である。
そんな見た目にもしょんぼりとしているアンジェリークに気付いてクラヴィスが不安げな視線を向ける。
「どうした ……?気分でも悪いか?」
「あ、いえ、なんでもありません、明日の、お仕事、めんどうだなあ、なんて、考えてただけです」
あわててふるふると、頭を振り適当なことを言って彼女はごまかす。
複雑な表情をした後、クラヴィスはくつくつと笑う。
「さぼってしまえ、と。言いたい所だが …… そうも、いかぬな」
その言葉に、アンジェリークも笑みを見せて応じる。
「思ってただけです。どなたかのように、すぐ、サボったりしません」
「 …… ずいぶんな、言われようだ」
彼はまたも、くつくつと笑いながらアンジェリークを引き寄せて、己の膝の上に抱き上げると軽く額にくちづけする。
そして驚くほどに穏やかな表情で彼女の瞳を覗き込み優しく囁く。
「おまえの、その表情のひとつ、ひとつに …… どれだけ私の心がさざめくか。おまえは、知るまい」

ほてってゆく頬を自分で感じながら、クラヴィスの胸にもたれかかり、アンジェリークは思う。
自分だって彼の言葉ひとつ、表情ひとつに、どれだけどきどきさせられているか。
そしてそれをどれだけ伝えたいと思っているか。

それでも、やっぱり、口にだせないのね、私ってば。

その胸に身を任せつつ、情けなくもあり、でもそのぬくもりが幸せでもあり。 
そして、こうも考える。
こうして触れ合うぬくもりの間に、言葉でなくても伝わるものもちゃんとある。
焦らなくてもいい、きっといつか自然に口にできるときが来ると思うから。
と。

そうして、身を寄せ合って恋人たちの時間は流れてゆく。
どのくらいの経ったものか、柱時計が時を告げ、彼女は我に返った。
「明日は、朝早いから、そろそろ ―― 」
帰りますね、と言いかけ、立ち上がったときだった。
後ろから、ふわり、抱きしめられて引き寄せられる。
「クラヴィス様?」
振り向こうと思ったその時、熱いくちづけが襲う。
いつもの、唇がふれるだけのキスとは違う、激しい、くちづけ。
驚いた少女ははじめかたくなっていたが、次第にその身の緊張をといて求められるままに、求めるままに、唇を合わせた。

暫くして、クラヴィスはアンジェリークの耳元に囁く。
「今宵は、おまえを …… 帰すつもりはない」
その言葉におもわずびくっと恐怖にもにも似た反応をしてしまった彼女にクラヴィスはもう一度囁いた。 「私が、恐いか」
アンジェリークは今度は己から彼にくちづけ微笑んだ。
そしてこころに満ちるある想い。 そうか、今までいえなかったのはきっとこの時のため。
そう思いながら、囁き返す。

―― あいしてる。

と。
テーブルの上のグラスに挿されたつりがね草が静かに、ゆれた。

◇◆◇◆◇

寝室に明かりはなかった。
ただ、カーテンの隙間から満月に近い月がその青白い影を忍ばせている。
そこにうかぶ、ふたりのシルエット。
一糸纏わぬ姿で佇み、ふれてもいないのに体温が伝わるほど近くに寄り添う。
何かの儀式の如く荘厳で、幻想的な時間と空間がそこにあった。

クラヴィスが少しかがむようにしてアンジェリークの胸元に接吻する。
長い髪が幾重にも重なったベールのように身体をなぞり、おちていった。
少女はそっと、自分の肩にふれている陶器のような指先に自分の指をからませ、愛しい人の体を指先から、腕、肩へとなぞってゆく。
そのちいさな指先が震えていた。
クラヴィスはアンジェリークを寝台の上に静かに横たえながら再び尋ねる。
「怖くは、ないか」
首を振る少女。
正直、これから経験するであろう初めての出来事に、恐怖に似た感覚が無い訳ではない。
でも、それ以上に、溢れくる想いがある。

このひとに、ふれたい。もっとそばにいきたい。

ずっと言いたいと思っていた「あいしている」という言葉は、先ほどすんなりと口をついて出ていた。けれども、この段になり、思うことがある。
言葉でなくても、伝わるかもしれない、と。
アンジェリークが森の緑の瞳で紫水晶の瞳をみつめながら愛しい人の名を呼んだ。
そして、手を、クラヴィスの頬から、自分の裸体を包むかのように流れている長い、長い黒髪へとなぞらせる。
その手を握り返し、クラヴィスも名を呼んで応じる。
そうして、互いをむさぼるように交わされる接吻。
次第に激しくなるそれに、さすがに身を硬くした時、いつのまにか下肢をなぞっていた指がまだひらくことを知らないでいる蕾にふれる。
「……んっ……」
瞳が潤み、みをよじる。
それが、恐怖のためなのか、それとも与えられた感覚のためなのか、すでにアンジェリークにはわからなかった。
唇はしだいに頬から首筋、そして乳房へと移動している。
「なにも恐れることはない。アンジェリーク……おまえの、感じるままに」
囁かれる声と、あふれる想いと、激しくなる愛撫と。
そして、ふたたび囁かれた言葉。
「あいしている」
瞬間、さらに高鳴る鼓動と、上がる体温。自分の奥から、熱いものがあふれてくる。
一枚、一枚、花弁を数えるように、なめらかにうごきだす指。
ひらきかけた花のその奥につながる道を確かめるように。
  そして、自分の中に、愛しい人を激しい痛みとともに感じた。

◇◆◇◆◇

一日の始まりを告げる太陽が、カーテンの隙間から滑り込みかつては日の光を知ることの無かった室内を照らす。
今日は、月の曜日。
聖地は今日もいい天気のようだ。
空が、ぬけるように、どこまでも、あおい。

目を覚ましたクラヴィスは眩しさに目をほそめる。そして、 腕の中でおだやかな寝息を立てているアンジェリークをみつめた。そのあどけなさに喉の奥からかすかな笑いがこぼれる。
「良く寝ているようだな」
アンジェリークの耳元に口を寄せて、息をふきかけるように囁いた。
「おまえがいつまで寝ていようと、私が困る訳ではないが ……」
それどころか、このままずっと、腕に抱いていたいというのが彼の正直なところである。
昨夜の余韻がふれあう肌から湧きあがる。
しかし、確か、今日は朝から職務があると言っていたことを思い出す。
「う …… ん ……」
と、眠そうに身をよじる彼女にむかい悪戯っぽく笑った。
「 …… ほら、起きろ ……」
そして、やさしく幾度かくちずける。
アンジェリークは夢うつつでいまだ、うっとりとしている。
そんな彼女に、さらに囁く。
「 …… 時間が無いのだろう?あとで騒いでも知らんぞ?」
ようやっと、意識がはっきりしかけてきたアンジェリークが甘えたように身を寄せて言う。
「もう少し〜」
どうやら、起きているようで、まだ、寝惚けているようである。
知らんぞ、私は、と思いながらも、普段自分自身がたいして仕事熱心でないことも手伝って、本気で起こす気にならない。
「それともこのまま」

囁いたその唇が耳朶を食み、指が少女の身体をなぞりはじめる。
「今日は、私の腕の中で過ごすか?」

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10年前に書いた作品ですので、あの、もう、言い訳しない(笑)
補足として、最後のクラヴィスの台詞は、一部改変があるものの、CD「Kiss×3」のお目覚めメッセージが元ネタです。
また、前半でクラヴィスが「ウィスキーボンボンが嫌い」と言っているのは、当時声をあてていらした塩沢さんが、何かの際にそう言っていたことに由来します。
(CDのブックレットのコメントだったかな?)
そうそう、それと、当時はまだクラ様「の」のサイズを並外れてデカイとかそこまで考慮してなかったので、あんまり痛そうじゃない。(コラ)

執筆1998/02/14 再録 2008/02/14