シンデレラ・クリスマス


シンデレラ・クリスマス

「あ、あのうっ…葉月お姉さま?」
 私は、運転席に座る葉月お姉さまに、そう話しかけた。
 自分でもわかる、震えた声。
答えは無い。ミラー越しのお姉さまの顔は不機嫌そう。運転も心なしか荒いし。
理由は…やっぱりアレですよね?
 この車に乗る前のことを思い返してみる。
今日はクリスマスイブの前日。巷ではイブイブなんて言って恋人たちはデートを楽しんだりしているはず。
まあ、この時期の恋人たちにとったらクリスマス近くだというだけでイブもイブイブも、そのほかの日も関係ないって気もするけど。
 もちろん、今の状況では望んでもそんなクリスマスなんかありえないのはわかっていた。
でも、ちっとも期待していなかったわけじゃない。たとえば、睦月お姉さまと二人っきりでデートとか…
そんな風に思っていたせいだろう。
「今日は霞と深雪になってもらいたい動物がいるの。きっと似合うわよ」
ちょっと意地悪そうな瞳で、葉月お姉さまにそう言われたときものすごくいやな顔をしてしまったんだ。
そんなことじゃないから安心して。そんなふうにいわれてホッとしていたのだけれど、思えばそのときも笑ってはいなかった。
バックミラーを見るとまだ眉間にシワがよっている。
助手席の霞も不安そうな表情。
葉月お姉さまは綺麗なだけにそんな表情されるとほんとに怖い。
どうしていいかわからず、隣の睦月お姉さまを見ると…わ、笑いをこらえてる!?ちょっと、それどころじゃないんですけどっ!
うう、ちゃんと謝るしかないか、やっぱり。
自分の非を認めたら最後。罰を与えられるに決まってる。
けど、このままでいてもいつかお仕置きされるのだからと覚悟を決めた。
「あのっ、さっきはほんとにごめんなさいっ。べつに嫌ってわけじゃなくて…いえ、嫌なのは嫌なんですけど、とにかくそんなつもりじゃ…」
 しどろもどろになって弁解する私に、葉月お姉さまは
「あん?何のこと?なんで深雪が謝るの?」
 え……
 わけがわからず隣を見ると、もうこらえきれないって風情の睦月お姉さまが
「深雪は、さっき反抗的な態度をとったからお姉さまが怒っているんじゃないかって思っているんですよ」
 わざわざ解説してくれた。
「何?まだ気にしてたの?さっきも言ったでしょ、そんなんじゃないって」
 くすくす笑いながらそう答える。
 なあんだ、心配して損したあ。お姉さまに笑顔が戻ったから安心だ。
 怒ってないってわかったら、今度は急に好奇心がわいてきた。
「でも、じゃあなんで不機嫌そうだったんですか?」
 素直に聞いてみる。
「睦月、詳しいこと何も話してないの?」
「え、ええ。あまりにも深雪の勘違いが面白かったのでつい」
 あ、あのう、話が全然見えないんですけど。
「今から行くのは、私たちの父が資金援助している児童養護施設なのよ。で、今日はそこのクリスマスパーティーの日。
私たちはその手伝いとして毎年訪問しているのよ」 
ってことは、今回ほんとにエッチなことは無しかあ。淋しいなあ。
…って何を考えてるんだ、私っ。「あー、よかった」って思うとこでしょ、ここは。なんか感覚おかしいなあ、近頃。
なるほど…あれ?児童養護施設と不機嫌と何の関係があるの?全然答えになってないや。
 表情から私の考えを察したのか、葉月お姉さまは
「私、子供苦手なのよ」
 そう、一言渋い顔で言った。
 ……へ?
 一瞬耳を疑った。子供苦手って、そんだけ?
 睦月お姉さまの方を向く。お姉さまは静かに頷いた。
 そんだけええええええええ?
 私は脱力するあまりシートからずり落ちた。というか、中等部とはいえ一応先生なんだから、子供苦手はマズいんじゃないだろうか?

 目的地の施設につくころには日も落ちかけていた。
空気の綺麗な山の中。
その施設はイメージとちがって、大きな別荘みたいな建物だった。中も広々として、掃除もきちんと行き届いているみたい。
うう、ごめんなさい。こんなに私が偏見を抱いてるなんて思わなかった。自己嫌悪。
 私たちは、着いてすぐに更衣室としてあてがわれた部屋にこもって目的の衣装に着替えていた。
今日は、下半身にも、上半身にも何のオプションもないから着替えやすいことこの上ない。
 で、渡された衣装を見て絶句した。いや、たしかに何処にもエッチな要素なんかないけど、これは別の意味で恥ずかしいって。
 その衣装は、霞とおそろい。互いに着せるのを手伝ったりしてやっと完成。
 うーん。暑いし、動きづらい。衣装というかこれは…
「あら、深雪。似合うじゃない、それ」
 言いながら、大爆笑の睦月お姉さま。
 改めて姿見で自分を見てみる。確かに似合ってますけど…
もこもこの毛布のつなぎみたいな衣装というかぬいぐるみというか…に、頭には枝みたいな角がついたカチューシャ。
そしてこの季節に欠かせない動物といえば。
「かわいいトナカイねえ」
 と、サンタ衣装の睦月お姉さまがダメ押ししてくれた。
「あ、深雪にはこれもね」
 睦月お姉さまと同じくサンタ衣装の葉月お姉さまから渡されたパーツをみて力が抜けた。
 赤いボールに、ゴムがついたもの。一瞬ギャグボールかとおもって焦ったけれど、何のことはない。小さいころからおなじみの…
「真っ赤なお鼻のトナカイさん」の鼻だった。
 二段オチですかあ?

 クリスマパーティーは、そうこうしているうちにもつつがなく進行していたみたいだ。
私たちが準備を終え会場となっている部屋の前に着いた頃には、子供たち全員参加のゲームが終わっていて、いよいよクライマックスの
サンタ登場という場面だった。 
 だけど、当のサンタの睦月お姉さまはこの期に及んで私の顔を見ては笑っている。
 どうやら鼻がツボだったらしい。
気持ちはわかりますけど、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかっ。
 そんな表情でみつめ返すと小声でごめんごめんって言いながら優しくキスしてくれた。
 それは、お姉さまの気まぐれだったのだろう。しかし、そのときだった。ちょっと困ったことが起きたのは。
ガラガラッと音がして会場として使っていた部屋のドアが開いた。
そこには十歳くらいの男の子。彼は、私と目が合うとあっといったような表情になり、すぐにぴしゃんとドアを閉めてしまった。
み、見られた。サンタとキスするトナカイって…やっぱしマズいよなあ。
あう、一人の少年の夢を壊しちゃった。ごめんなさい。
罪悪感に苛まれつつもパーティーの進行は待ってくれず、出番になってしまった。
「あれ?どこからか鈴の音が聞こえてくるわよ」
 なんだかわざとらしい施設の職員のセリフを合図にクリスマスソングとともに登場というよくあるパターン。それでも、子供たちには
喜んでもらえたみたい。一人を除いて。
 正面に座っているさっきの少年がじとりとこっちを睨み付けてる。
 あれ?でもなんかヘンだ。その表情は夢を壊されたという怒りというよりも、なんというか…嫉妬のような。
 もしかして、お姉さまに恋していたの?
 わああん。なんだか、さらに立場が悪くなった気がした。
「メリークリスマス!!」
 そんな私の葛藤など知らずに二人のサンタは満面の笑みで演技を始めた。ほんとにもう、誰のせいで悩んでると思って……
 って、満面の笑み!?正面を向きかけていた顔が、信じられないものを見たために判断の遅れた脳がやっと出した指示でぐるりと二人の
お姉さまの方を向いた。
 普通の微笑みじゃない。なんていうか、子供を優しく見守る母親のような、影のまったくない微笑み。こんなお姉さまたちはじめて見た。
「ほへえ、綺麗だあ」
 隣で霞が呟く。
さては葉月お姉さまに惚れ直したなあ。って、私もだけど。だって、
「はいはい、みんなの分あるから押さないでね〜」
 そんな風に言いながらプレゼントを配る睦月お姉さまサンタは、まるで聖母のようで思わず見惚れてしまう。普段の意地悪なお姉さまからは
想像もつかない。
 って、普段のお姉さまを何だと思ってるんだ、私は。
―どかっ!
 突然だった。私の脛に激痛がはしる。衝撃自体はそんなに強くはない。ただ、全くの不意打ちだったからすごく痛いように感じただけだ。
 思わずそこにうずくまる。
「つうっ。な、なに?」
「うるさいっ、俺みたんだからなっ!さっきお前サンタのお姉ちゃんとちゅうしてただろっ!」
 涙の溜まった目で見上げるとさっきの男の子。
 顔を真っ赤にして怒る仕草が可愛い。
「お姉ちゃんをはいとくの世界に引きずりこむ気だろうけどそうはいかないぞっ!」
 い、言ってる意味わかってるのかなあ?
 やっぱりこの子、お姉さまに恋してたんだ。毎年来てるって言ってたからなあ。一年ぶりに会えたと思ったら女同士でキスしてたんじゃあ、
怒りたくもなるわね。ははは。
 にしても苦労する相手に恋しちゃったわねえ、お互いに。
「お姉ちゃんは俺が守るんだからなあっ!」
 うーん、素直に守られるかなあ、あの人が…
 そう、思いはしたけど口には出さない。代わりに、
「そっかあ、かっこいいなあ。君がいれば、サンタのお姉ちゃんもきっと安心だよ」
 そう、今日はトナカイさんなんだ。イメージを崩すことになったら大変だもん。
 まあ、この子はサンタクロースを信じてる年頃じゃないとしても、他の子もいるし。
 目の前の男の子は、私のその意外なセリフにどう対応していいかわからない様子でおたおたしてる。その仕草がまた可愛いんだあ。
おもわずぎゅってしたくなる。
「こらっ、そこの子!トナカイさんを虐めるとプレゼントあげないわよっ」
 あ、睦月お姉さまの声。その子はあわてて
「ごめんなさい」
 謝りながら睦月お姉さまのほうへ駆けていった。
 うーん、若いっていいなあ…いや、私も若いんだった。
「ねー、トナカイさんそらとぶんだよねえ。どのくらいはやいの?」
 気づくと隣の霞が質問攻めにあってた。
「お、おねえちゃあん」
 はいはい、手伝ってあげなきゃね。
「すごく早いよ。飛行機よりもはやいんだから」
 そんな風に答えたら子供はきっと納得して……
「じそく何キロ??」
 くれないしっ。うう。さっきの子といい、て、手ごわいなあ、ここの子は。
「せ、1000キロぐらいかなあ?」
 でたらめな数値でごまかしてみる。
「そっかあ、ありがとうトナカイさん!」
 よかったあ、信じてくれたみたい。
 よく考えると、時速1000キロのソリに乗ってるサンタクロースは無事でいられないような気もするけど。
ほっとしたのもつかの間。今度は逆からぐいぐいひっぱられる。なんとかはなしてもらうと次の質問。その繰り返しだった。
きりがないなあ。
 でも、可愛いから許そう。
 そんな風に子供の相手をしながら、再びお姉さまたちのほうを見てみる。
 うーん、やっぱし綺麗だあ。なんだかあったかくてほわんとした気持ちになる。
葉月お姉さまが子供嫌いって言ってたのって、思わずこんな表情しちゃうから恥ずかしいってことじゃないだろうか?
どうみてもいやいややってるようにはみえないもん。子供に本当の自分を隠すことは出来ないってよく言うから、これがほんとのお姉さまって
ことかなあ。
 あ、睦月お姉さまのほうはさっきの男の子の番だ。ふふ、嬉しそう。
 そのとき、後ろの男の子がその背中を押した。多分二人をくっつけようっていう友達の計らいだろう。男の子は思わず睦月お姉さまの足に
しがみつく。
が、結局お姉さまもバランスを崩して、二人一緒に倒れこんだ。い、痛そう。
「いったあ……」
「なにするんだよ、もうっ!」
 少年は立ち上がろうと手をついて……って、そこはっ!
「んあっ」
 ああ、いい声出しちゃってるしっ。
 少年の手をついた先にはお姉さまの股間があって、ちょうど男の子の部分をぐいっと押さえつける格好になってしまった。
「え……?」
 少年はあわてて手を離し、そそくさと立ち去る。あ、あっちで呆然としてる。
 そりゃ、憧れのお姉さまに自分と同じモノがついてたんじゃねえ。ふ、不憫かも。
どうしよう、フォローしたほうがいいのかなあ。
 と、その時。ふとある可能性に気づいた。
 このまま、この子が睦月お姉さまを好きなまま育ったとして、将来この子も奴隷にされちゃうんじゃ…
 たしかに今は男の子には手を出してないみたいだけど、これからもずっとってわけじゃ無いかもしれない。
 …世の中には真実を知らないほうが幸せってこともあるわよね。
 私は黙っておくことにした。
ちょっとは独占欲もあったけど、ほとんど彼の将来を考えての行動だ。許してねっ。
 プレゼント渡して、みんなで「もろびとこぞりて」歌ってパーティーは終わった。
 一人の少年の初恋の終焉とともに…うーん。元気に育ってね、少年。

「はあ、楽しかったああ」
 帰りの車内。霞はしきりにそう呟いていた。たしかにこんな賑やかなクリスマスもいいかもしんない。
 葉月お姉さまは疲れただけみたいだけど。
「そうねえ。みんな可愛かったしねえ〜」
「あはは、霞ちゃんは精神年齢一緒くらいなんじゃない?」
 睦月お姉さま、さりげにひどいなあ。
 霞は拗ねた顔で窓の外へと目をやる。
「あ、みてみて!お姉ちゃん、雪だよっ!」
 立ち直るのも早いし。だから精神年齢が一緒とか言われるんだよ〜。
 外を見ると確かにちらちらと雪が舞っている。
ホワイトクリスマスイブイブってとこ?なんだか無理やりだけど。
あ、もう十二時まわっちゃってる。
日付変わってるからイブかあ。なんだかロマンチックかも。
「さあ、帰ったらさっさと寝るわよっ。明日は朝からうちのクリスマパーティーの準備なんだから」
 と、睦月お姉さま。
「わあ、やっぱしツリーとか飾るんですよね。楽しみ〜」
 どんなツリーなのかなあ。ちょっと期待してみる。
「ああ、深雪はツリーの飾りつけはいいわよ。というか出来ないと思うし」
「え?どうしてですか?」
「だって、ツリーは深雪がなるんだから」
 あうううう。期待して損したあ。
「お、おねえちゃん、ふぁいとっ!」
 と、励ましてくれる霞。そこに、
「あ、霞はクリスマスケーキだから」
 葉月お姉さまの追い討ち…
 うーん、今日の優しい二人は子供たちがかけてくれた十二時までの魔法だったみたい。
明日からは魔法も解けて、奴隷に逆戻りかあ。どんなふうに飾りつけられちゃうんだろう。
 …やっぱり、別な意味で期待しちゃうかも。
 それに、どんな立場だろうと、お姉さまといられるなら幸せなクリスマスに違いないんだしね。
 
私たちには、たとえどんな関係であろうと一緒にいられる限り幸せが満ちているんだろう、きっと。

 メリー・クリスマス!

 【end】





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