舞3章

													
          
  舞が聖マリアンヌファレス女学園に戻って来て、一ヶ月近くになろうとしていた。
  その間、深雪と霞は酷く憂鬱な日々を過ごしていた。彼女達が、小早川姉妹から舞を遠ざけ    
たいと、願う気持ちとは裏腹に、舞は、どんどん葉月達と親しくなっていった。深雪達は、舞を     
葉月達から引き離す為、フランスのバレエ学校に戻すべく、舞に対しては、冷淡かつ、厳しい
態度を示し続けた。
   だが、それが裏目に出つつある事に、最近気が付き始めた。

    舞がフランスから帰って来て間もない頃、あずさは舞と親しくなり、そのあずさからの忠告を    
深雪は受けていた。
「そう…、舞ちゃんがそんな事を…」
    舞があずさに身の上話をした翌日、あずさは、その事で深雪に相談していた。
「せやからな…、打つ手を変えた方が、ええと思うねん…」
「打つ手を変えるって…、どうしろって言うの…?」
「そ、それはやな…」
   答えに詰まってしまうあずさ。確かに、葉月達に目を付けられている以上、この学園に居な     
がら、自分達の事を悟られずに舞を守り通す事など、不可能だった。
「あかん…、舞ちゃんをここから追い出す以外、ええ手浮かばへん…」
   芝生の上にゴロリと仰向けになったあずさを、隣で座っていた深雪は見つめるだけだった。
「でも、舞ちゃんのその様子じゃ、私達がどんなに意地悪しても、自分からフランスに帰るなん
て言い出さないわね…」
「後、出来る事と言えば、うちらが、この学校から出ていく位やな。そうすれば、舞ちゃんも後、    
くっついて出ていくかも知れへん」
「それをあの方々が許すと思う?」
   確かにそうだった。葉月達が深雪達を手放す筈無かった。出ようとすれば、何らかの妨害を
仕掛けてくるのが目に見えていた。それに、あずさはまだしも、深雪達は葉月達によって、被     
虐の快楽に毒されかけていた。舞を守る為とはいえ、そこまでやるには、躊躇せざるを得なか
った。深雪の心は、ここに来て、ぐらつきかけていた。
    何気なく顔を横に背けた時、あずさの視界にゴミ箱が飛び込んで来た。いきなり飛び起き、
さっきまで飲んでいた、ガラナのペットボトルをゴミ箱目掛けて、投げつけた。
「八方ふさがりや…」
    あずさは小さく呟いた。
    それからは、深雪達に何ら有効な手だてが講じられないまま、悪戯に時間だけが過ぎて      
いった。

  それから暫くして、美希に発注されてたチュチュが完成し、それは舞に贈られた。	
  その日、バレエ専科のレッスン・ルームでは、舞は『ドン・キホーテ』のキトリの、赤と黒のチ
ュチュを纏い、キトリのヴァリアシオンを踊っていた。その様子を睦月が見ていた。
「ご機嫌の様ね」
「あら、睦月先輩」
   舞は踊るのを止めて、睦月の側に寄った。
「有り難うございます。こんな素敵なチュチュを仕立てて頂いて」
   舞は睦月にレヴェランスを見せた。
「え、ああ、その衣装…、松下美希さんに作って貰ったんだったわね。でも、注文したのは、姉
であって、私じゃなくてよ」
「ですけど、睦月先輩は先生の妹さんでしょ。でしたら、先輩にも、お礼を…」  
「お礼ってんなら…、御時間空いてる?」
   一方美術部では、深雪が一人で石膏デッサンをしていた。オブジェが完成し、手が空いた
のと、定期テストが近く、学力に余裕の無い他の部員達は勉強に追われて、部活どころでは
無かった。テスト前でも、こんな事している余裕があるのは、深雪と睦月位だった。
 そこに入って来た人物を見た時、深雪の顔が強張り、デッサンの手が止まった。入って来た    
のは、睦月と舞だった。舞はキトリのチュチュを着ていた。赤と黒の配色が、ボンテージ・ファッ    
ションを思わせるだけでなく、美希がデザインしたチュチュは、僅かながらも黒革が用いられ、
スパンコールの付け方も、ボンテージの錨の様にも見えた。無論、そういう趣味のない者には
気付かない程度の物だったが、深雪には、はっきりと判った。
「深雪お姉さん、どお? 似合う?」
「どうしたの !?  そのチュチュ…」
 無邪気にチュチュを見せびらかす舞に、深雪は怪訝そうに訊ねた。
「姉が美希に頼んで作らせたの」
   横から睦月が口を挟んだ。そして、深雪の心中を察しておきながら、それを逆撫でする様な
事を言い始めた。
「明日からのテストが終わったら、舞ちゃんをモデルに絵を描かせてね」
「え? よろしいんですか」
「ええ、いいわよ。こっちに戻って来て、そろそろ落ち着いて来た頃だし、バレエのレッスンに支
障の無い範囲内でモデルになってくれるかしら」
「はい。喜んで」
「深雪も描くわよね」
   深雪はそんな二人に見向きもせず、モチーフのブルータス象を見つめていた。そして、おも     
むろに口を開いた。
「私はパス」
「深雪お姉さん… !? 」
   深雪は舞を意地悪げに睨み付けて言った。
「はっきり言って、私は舞ちゃんなんか、絵にしたくないの。自分にとって掛け替えの無いバレ
エの筈なのに、フランスから逃げ帰って来るような意気地なしのモデルなんか、こっちから願い
下げだわ」
 舞の笑顔が消え、次第に強張っていった。
「い…、意気地なしだなんて…」
「だって、そうでしょう。霞が居なきゃ何も出来ない。霞の側に居ないとバレエも続けられない。
霞と一緒に居たいが為にフランスから逃げ帰って来た。そういうのを、意気地なしって言うの」
「ひ…、非道い、非道いわ…」
 舞の目に涙が浮かんで来た。
「とっとと、フランスにでも帰っちゃいなさいよ」
   深雪の、その一言に、舞は顔を両手で覆いながら、部室から飛び出した。
「御免ね…。舞ちゃん」
   舞が飛び出した部室の入り口を見つめる深雪の顔から、意地悪げな表情が消えた。そんな
二人の会話を冷ややかに見ていた睦月は、携帯のメールを打っていた。
   部室を泣きながら飛び出した舞は、偶然にも霞と出くわした。図書館から出てきた霞は、チ
ュチュ姿の舞と対峙していた。
「ま…、舞…」
   霞は舞のチュチュ姿に、一時、見とれていた。が、すぐに我に返り、無視して通り過ぎようと     
した。
   すると、すれ違いざまに舞が霞の腕を掴んで、霞を止めた。
「待って! 霞ちゃん!」
「なっ…! 何よ… !? 」
   突然の事に、霞は驚きの声を上げた。が、すぐに押し黙ってしまった。舞は霞の肩に縋り付
いて泣いていた。霞は暫くじっとしていた。
「霞ちゃん…、私…、私…」
   舞は霞に縋り付く事で安心しきったのか、今まで溜まりに溜まっていた胸の内を、全て吐き
出した。当然、今さっきの深雪からの侮辱も打ち明けた。
(お姉ちゃんったら…、やり過ぎよ…)
   いくら、彼女を葉月達から遠ざけるためとは言え、そこまで言う姉に対し、反感を持ちかけて
いた。そして、舞が可哀想に思いかけていた霞は、このまま抱いてやろうと手を伸ばしかけた。
   その時、舞が如何なる状況か。考え直した霞は、姉と同じ行動に出ざるを得なかった。
   優しく手を取り、抱き締めてやろうと思い、伸ばした手は、そのまま乱暴に舞の手を払い除
け、彼女を突き放した。
「霞ちゃん… !? 」
   突然の行為に、舞は呆気に取られた。そして、霞は舞を睨み付け、言い放った。
「お姉ちゃんの言う通りよ…。実際にあんたはフランスから逃げ帰って来たんだから、言われて    
当然だわ…」
   霞にまで逃げて来たと言われ、舞は気が動転していた。
「か…、霞ちゃんまで…、な、何故… !? 」
「まだ判らないの !? この、意気地なしっ! 私も、あんたみたいな、本当に大事な物を投げ捨    
ててしまう様な子を友達になんかしたくないわ !! 」
 舞は涙を浮かべながら、霞に訴えかけた。
「ひ、非道いわ! 霞ちゃん。私、霞ちゃんと一緒に居たいだけなのに…。勿論、バレエだって
捨てるつもりなんか無いし、霞ちゃんに喜んで貰いたいのに…」 
 尚も霞は捲し立てた。
「それが甘ったれてんのよっ! 意気地なしだってのよっ !!  どうして、私よりもバレエの方を取
らないの !?  私だったら、あんたよりも水泳の方を取るわ。私、あんたに、あんたの為に私の夢
を犠牲にした、なんて思わせたくないから 」
「じゃあ、霞ちゃんは私よりも、水泳の方が大事なの !? 」
 これには霞も絶句した。ここまで言っても、自分の言わんとしている事が理解出来ていない
とは思わなかったからだ。霞の目つきと口調が変わった。
「呆れたわ…。あんたが意気地なしなだけでなく、恥知らずだなんて思わなかった…」
 今度は舞が言葉を失った。
「先生や睦月先輩にチヤホヤされて、誰もが自分を第一に考えてくれているだなんて、自惚れ
ていない…?」
 その時、霞はポケットからハンカチを取り出し、唇をゴシゴシと拭き始めた。
「こんなのにファースト・キスを奪われたなんて思うと、汚らわしいったら、ありゃしない」
 舞の顔が引きつっていった。そして、霞はそのハンカチを舞に叩き付けた。
「あんたなんか、フランスに帰っちゃいなっ! 一流のプリマになるまで、その面、私に見せる
なぁーっ !! 」
 そう叫び、霞はその場を走り去った。舞は気付かなかったが、霞は目に涙を浮かべていた。
 舞はその場にへたり込み、しくしくと泣き出した。
 そこへコツコツと靴音が舞に近付いていった。靴音の主は、舞の側で立ち止まり、腰を落と     
して、声を掛けた。
「折角のチュチュが台無しになっちゃうわ」
 顔を上げた舞の目の前には、優しい笑顔の葉月がいた。舞は葉月に縋り付き、胸が張り裂    
けんばかりに泣きじゃくった。葉月は舞を優しい手つきで抱いた。しかし、その優しい手つきと
は裏腹に、笑みと瞳にはサディスティックな色が浮かんでいた。
 夕方の職員室。大半の教師達は帰宅していたが、葉月と舞はまだ残っていた。葉月は舞を
制服に着替えさせた後、職員室で彼女の話に、耳を傾けていた。舞はまだ涙目で、さっき霞が
投げつけたハンカチで涙を拭いていた。
「そう…、立山さんに、そんな事言われたの…」
   葉月はそう言いながら、マグカップのコーヒーを啜った。舞も葉月が作ったコーヒーに手を伸    
ばした。
「霞ちゃんや深雪お姉さんと、また、一緒に…、仲良しで…、い、いられると思ってたのに…、
それなのに……」
   舞はゆっくりとマグカップを口に運んだ。葉月は舞を無言で見つめていた。
「どうして、あの二人があんな事、言う様になっちゃったのか、私…、判らない…」
   暫く、二人の間に沈黙が続いた。それにピリオドを打つかの様に葉月が口を開いた。
「立山さん達はね、きっと、貴方の為を想って、厳しい態度を取ってるのよ。貴方がバレリーナ
として一流になろうとするのなら、やはり、常にレベルの高い所へ行くべきだわ。それを放り投
げて、帰って来たんだから、彼女達が怒るのも無理ないわ」
「先生も、そう思います?」
「先生もって…?」
「バレー部の田中先輩にも、言われました。フランスで修行した方がいいって…」
   葉月はすぐに答えず、無言でタバコをくわえ、火を点けた。そして、煙を吐きながら、答えた。
「私でも言うわね。はっきり言って、ここのバレエ専科のレベルは、素人目にも…、最悪よ」
 舞は俯いてしまった。確かに、返す言葉が見つからなかった。この一月ばかりレッスンをして
いて、そのレベルの低さに物足りなさを感じていた。
「でもねぇ、諏訪さん。これから貴方達が頑張れば、うちのバレエ専科だって、きっとレベルが
向上していくと思うわ。そうなれば、あの子達も認めてくれるわよ」
 その言葉に舞は笑顔を取り戻した。葉月も微笑んだ。だが、舞は葉月の笑みの、その奥の    
残酷な真意を読みとる事は出来なかった。
 二人は日が暮れている事に気付いた。
「あらあら、もうこんな時間。寮まで送るわ」
 葉月が帰宅の用意を始めた時、舞の表情が険しくなった。
「寮に戻りたくない…」
 その一言に葉月の帰り支度の手が止まった。
「もう、田中先輩と一緒に居たくない。確かに、あの人、とっても親切だけど、深雪お姉さんの
お友達だから、きっと、私の気持ちなんか、判ってくれないと思う…」
 無言で再び、帰り支度を始める葉月。そして、バックの蓋を閉じた時、口を開いた。
「だったら…、今日は無理だけど、テストが終わったら、私と一緒に暮らさない?」
 舞は、小さな驚きの声を上げた。

 正に寝耳に水だった。
 霞達に、その話が伝わったのは、定期テスト終了後の放課後だった。同じクラスでありなが
ら霞と舞は、あの後、全く疎遠になっていて、互いに口も聞かなかった。その為、舞が葉月の
家に下宿するという話が進んでいる事を、霞は知らなかった。当然、霞は非道く狼狽し、取り乱
して深雪に訴えた。
「霞っ! 落ち着きなさいっ!」
 泣きながら狼狽える妹を、深雪は叱りつけた。
「じゃ、どうすればいいの…?」
「そ、それは………」
 最早、深雪達の打つ手は無かった。もうすでに、葉月は学園に根回しを済ませており、教師
が自分の教え子の一人を自宅に下宿させる事に、異論を唱える者もいたが、舞の両親が北海
道に居る事や、舞がまだ中等部の生徒で、寮生活にはまだ少し早かったという事もあって了
承され、舞の家族からも了解を得た。こうなってしまうと、もう、深雪達には何も出来なかった。
 ここに来て深雪は悔やんだ。自分達のしてきた事が、裏目裏目に出てしまった。これなら、
この間のあずさの言う通り、打つ手を変えた方が良かったのかも知れない。むしろ、昔の様に
ベタベタと甘えさせて、自分達の手元に引きつけて置けば良かったのかも知れない。そう思い    
始めていた。だが、全ては後のまつりだった。
「自分責めたらあかんで。深雪ちゃん。まだ、手はある」
 あずさは、深雪を慰めて言った。
「いざとなったら、張り飛ばしてでも、舞ちゃん、止めたる…」
 寮の玄関。
 丁度、舞が大きなショルダーバックを肩に掛けて出ていこうとしていた所だった。靴を履き、
ガラス戸を開けたその時、舞の表情が一瞬、険しくなった。そこには、同じく険しい表情で仁王    
立ちするあずさの姿があった。無視して通り過ぎようとした舞のバックを、あずさは掴んだ。
「何するの! 離してっ !! 」
 舞はバックをあずさの手から振り離そうとした。だが、あずさは離さなかった。
「行ったら、あかん !!  葉月の所だけは、行ったらあかんのやっ !! 」
 一瞬、振り離そうとした舞の手が止まった。
「え? どういう事…?」
 あずさの険しい表情が幾分和らいだ。
「無理にフランスに帰らんでもええねん。深雪ちゃん達も、もう、あんな事言ったりせぇへんさか    
い、葉月の所に行くのだけは止めときや…」
「な、何を… !?」
「ほんまはな、霞ちゃん達な、葉月らから舞ちゃんを遠ざける為に、あんな非道い仕打ちしたん
ねん。決して舞ちゃんが、嫌いになったんやあらへん。せやから、行ったらあかん…」
「な、何故…? どうして、葉月先生の所に行ったら、いけないの?」
「そ、それはやな…」
 答えに詰まってしまった。確かに、葉月が冷酷かつ残忍なサディストで、自分や深雪達が葉    
月の奴隷にされているとなど、言える筈も無かった。
「よ、世の中な…、し、知らん方が幸せな事もあんねん…」
 そう答えるしか無かった。が、それで舞が納得する筈もなかった。
「フン! そう言うと思ったわ。結局、貴方達は私のする事、全てが勘に障るだけなんでしょ!」
「ち、違うで、舞ちゃん! それだけは、絶対に違うねんっ !! 」
「もう、いいから、放っといて !!  私は葉月のお姉様と暮らすの !! 」
 無理にバックを引き離し、舞はあずさの横から出ようとした。それをあずさは通せんぼしよう    
と、立ちはだかった。舞は気付かなかったが、その時のあずさは、僅かに目に、涙を浮かべて    
いた。
「な…、何故、気付かへんねん…。昔、とっても仲良しだった二人が、舞ちゃんに意地悪する事
の意味に…」
 最早、舞はあずさの警告に聞く耳を持ち合わせていなかった。乱暴にバックをあずさに押っつけて、
道を開けて門の外に去っていった。
「か…、堪忍な…。霞ちゃん…」
 あずさは俯き、わなわな震えながら、呟いた…。

 小早川別邸。
 到着した舞は、美麗に案内されて、離れに荷物を置いた。他の私物はダンボール箱一個分しか無
かったので、それは葉月が後で寮に取りに行く事になっていた。
「何から何まで、揃えて頂いて有り難うございます」
「いいんですのよ。葉月お嬢様から、貴方の世話を任されておりますので」
 大方の荷物を片付け終えた舞は、手伝ってくれた美麗に礼を言った。そして離れから本館に足を
運んだ。応接間で美麗が出したケーキとコーヒーを味わい、二人で談笑しながら、葉月
と睦月の帰りを待っていた。やがて、二人の乗った車がガレージに収まり、二人が買い物袋を
手に帰宅すると、美麗はそれを出迎えた。
「これ、夕食の材料ね。私、諏訪さんの荷物、中に入れておくから、後、睦月と作っていて」
 買い物袋を美麗に手渡すと、葉月は再びガレージに向かった。彼女が車のトランクを開ける
と、そこには二つのダンボール箱があったが、その内の一つを開けて、中に数多くの拘束具の
類が入っているのを確認すると、その箱だけを大事そうに抱えてガレージを後にした。残った     
箱はガレージの隅に放り投げられ、そしてそれは、舞がこの家に居る間、二度と中身を出され
る事は無かった。
 一方、台所では睦月と美麗とが、夕食の支度をしていた。何人も使用人がいる小早川家本
邸と違って、メイドは美麗しか居ない為、大半の家事は二人で分担する。そこに舞が手伝うと
告げて来たのだが、睦月に居間に追い返された。舞をもてなす為の料理を作ってるのだから
と言うのが理由だったが、本当の理由は他にあった。料理の最後の仕上げに、睦月のポケット    
から小さな薬包が取り出され、それを舞への料理に振りまいた。
 テーブルに三人分の料理が並べられ、葉月、睦月、舞の三人が席に着き、会食が始まる。
この夕食が、この家での最初で最後の楽しい一時になるとは、舞自身思わなかった。夕食を     
済ませた後、三人は居間でくつろいでいたのだが、舞が眠気を訴え、葉月に身を預けて眠りに
就いた。葉月はサディスティックな笑みを浮かべて、舞を撫でた。
 舞が目を覚ましたのは、躰に覚えた違和感からだった。暑苦しさ、息苦しさを感じた舞は、自
分がいつの間にか着替えさせられている事に気が付いた。ソファーから躰を起こした時、真っ
先に目にした物は、全身黒革尽くめの自分の姿だった。ボディには革製のタートル・ネックのレ
オタードらしき物、脚には股間近くまである編み上げ式のロングブーツ、腕には二の腕まであ
る薄皮の長手袋がそれぞれ装着されていた。髪も後頭部でシニヨンを結われ、黒革のシニヨン・
カバーが被せられていた。
 タートル・ネックのレオタードは黒い革製で全体的にきつめに作られていたが、特にウェスト
の部分がきつく締め上げられていた。さらに股間はハイレッグになっていた上、恥部の部分が剥き出し
になっていた。胸も乳房全体が浮き出る様に大きな穴になっていた。
 ロングブーツは高いピンヒールになっていて、しかもトゥ・シューズの様に爪先立ちになって
いた。さらに上の方には革紐が付いていて、それはレオタードに繋がっていた。
長手袋の方も革紐でレオタードの肩口と繋がっていた。舞は背中に手を回したが、表情が
凍りついた。レオタードは背中で編み上げ式になっていた上、紐の結び目にカバーが掛けらていて、
ネックに小さな南京錠がかけられていた。つまり、舞は自力でそれらを脱げない事に気付いた。
 狼狽え、何とか脱ごうとする舞だったが、どうしても脱げなかった。
「お姉様、目を覚ました様よ」	
 薄明かりの中、舞の目前にいたのは、深紅のボンテージに身を包んだ睦月と葉月だった。
「睦月のお… !?  ヒッ !! 」
 睦月の姿を見た次の瞬間、舞は驚きの声を上げ、手で顔を覆った。睦月の股間から、元来
女性にある筈のない、肉の棒が生えており、それは勃起していた。
「驚いた? フフフ…。私ね、俗に言う"ふたなり"ってやつでね。女の子なのに男の性器を持っ
てる人間なの。つまり、両性含有、アンドロギュノスよ」
 舞は絶句していた。そこに二人が舞を挟む様にソファーに座り込んだ。
「もっと良い物、見せて上げるわ」
 冷たい口調で葉月が言い、テレビとビデオのリモコンを操作した。すると、テレビにある映像
が映し出され、それを見た舞の表情がみるみる青ざめていった。
「か…、霞ちゃん… !? 」
 それは、霞が葉月に責められている場面だった。麻縄できつく縛られ、或いは拘束具で締め    
上げられ、鞭で打たれ、様々な道具で嬲り物にされていた。恐怖で目を見開き、小さく震える
舞に、葉月が声を掛けた。
「聞いた事無いかしら。これは"SMプレイ"って言ってね、相手を責める、或いは責められる事
でお互いの愛と信頼を確認しあう、一種の愛の儀式なのよ」
「な…、何ですって… !?  え…、えす…えむ… !? 」
 霞の痴態の映像にショックを受けた舞は、しどろもどろだった。それに対し葉月は、落ち着き    
払った口調で、舞に説明を続けた。
「霞はね、まだ幼くて半人前だけど、マゾヒストなのよ。つまり、こんな具合に苛められる事で
快感を得られる子なの。一見、苦しそうだけど、こうやって酷い事されるのを悦んでるの」
「う…、嘘っ! か、霞ちゃんは、そんな変態じゃないっ! マゾヒストなんかじゃないっ !! 」
 強い口調で舞が言い放った。最愛の親友が、葉月達の言う様な変態でない事を必死で否定
しようとした。そこに、睦月が口を挟んだ。
「あら、レズは変態じゃなくて?」
 一瞬、舞はキレかかった。自分と霞の関係が、いつの間にかこの二人に知られていた事と、
霞に対する想いを、葉月らが霞にした陵辱と等価にされた事に対する怒りを覚えた。
「よ、よくも、霞ちゃんを辱めたわね。もしも、深雪お姉さんが…」
 左右の二人を睨み付けていた舞だったが、ビデオからの喘ぎ声が変わった所で目を移すと
言葉を失った。
「そ……、そんな………」
「深雪がどうかしたの?」
 睦月がからかい半分に言った。そこには睦月に責められている深雪の映像があった。深雪
が霞を救ってくれると信じたのもつかの間、深雪も同じ目に逢っている事を知り、舞はショックを
受けた。その横で葉月は冷酷な笑みを浮かべ、リモコンを操作した。
「もう一つ、オマケがあってよ」
 今度は甲高い喘ぎ声を上げて、葉月達の責めを必死で耐える、あずさの姿が映った。
「た…、田中先輩…」
 最早、舞は両手で顔を覆い、呟くだけだった。
「どう? 被虐の悦楽、陵辱の快楽に酔いしれてる、あの娘達の姿、素敵だったでしょう。あれ
があの者達の本性よ」
「う、嘘っ! 霞ちゃんも深雪お姉さんも、そんな人じゃない !!  田中先輩だって、きっと貴方達
が無理矢理あんな事して、辱めてるだけなんだわ !!  変態は貴方達だわっ !! 」
 そう言い放つ舞に対し、葉月は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「そうよ。私達は変態よ」
 意外な返答に、舞は呆気に取られた。葉月は立ち上がり、戸棚に向かい、中から鎖と首輪、
それに手足の枷、革製の猿轡を取り出した。
「私達はサディスト。マゾ奴隷達を責めて、歓んでもらうのが、とても楽しみなの」
「こんな事されて歓ぶ人なんて、いないっ!」
「現に歓ぶ奴隷がいるじゃないの。三匹も…」
「もう、聞きたくないっ !!  私、寮に戻るっ !! 貴方方が、こんな酷い人達だったなんて、幻滅だ
わっ !!  霞ちゃん達も霞ちゃん達よ !! この人達がこんな人だって教えてくれたら、こんな人達と    
なんか付き合わなかったのに…」
 いきり立って、捲し立てる舞の前で、葉月の口から、耳を疑う様な言葉が漏れた。
「ウフフフ…、教えてたじゃないの。何度も…」
「え…… !? 」
 舞の口から驚きの声が漏れた。
「そうよ…。教えてたわよ。何度もね…」
 葉月から手枷と首輪を受け取った睦月が相づちを打った。
「う…、嘘… !? 」
 舞を見下ろす葉月が、笑いながら舞に言った。
「何度も、何度も教えてたわよ。何度も、何度も。ンフフフフフ…」
「し、知らないっ !!  何も聞いてないっ !!  何もっ !! 」
 必死で葉月達の言葉を否定する舞だったが、次の言葉に言葉を失った。
「じゃあ、何で貴方に辛く当たった訳?」
「え………?」
「何であずさが、あんなに親切だったのかしら?」
「そ…、それは…」
 横からの睦月の問いに答えられない舞に、さらに葉月が問いかけた。
「何で私達と仲良くするのを、嫌ってたの?」
 その一言に、舞は気付いた。そして、
「何で貴方に"フランスに帰れ"なんて言い続けた訳?」
 その葉月の最後の問いに、舞は全てを悟った。
「あ…、ああ……」
 舞の表情が凍りついた。
 そう。霞達の意地悪な仕打ちは、全ては舞を聖マリアンヌファレスから追い出す事で、葉月
達から舞を守る為の行為だったのだ。そして、"葉月達に近付くな"という警告でもあったのだ。
自分達が舞に嫌われ、彼女達との友情も壊れるのも辞さない、自己犠牲とも言える愛情でも
あったのだ。
 だが……………………。
「それを貴方は、最後の最後まで気付こうとしなかった」
 そう言いながら、葉月が舞に足枷を填めた。
 我に返った舞が足を振ったが、手遅れだった。枷同士の鎖をジャラつかせただけだった。
「あいつらの努力を無駄にした」
 今度は睦月が言いながら、後手に手枷を填めた。
「あ、ああ…、い、いや…」
 掠れる様な声を上げる舞。
「結果的に…、あいつらの気持ちを踏みにじった。そういう子には…」
 睦月が填めた首輪に、葉月が鎖の先の金具を当てながら、最後の一言を告げた。
「罰が必要ね」
 カチンという金属音と同時に、首輪と鎖が繋がった。その鎖は葉月の手中にあった。
と、同時に、舞は激しく藻掻き、睦月は乱暴に舞を押さえ付けた。
「いやあぁぁぁっ !!  助けてぇーっ !!  霞ちゃぁーんっ !!  深雪お姉さぁーんっ !!  田中せんぱぁー   
いっ !!  助けてぇぇーっ !! 」
 必死で叫び、霞達に助けを求める舞の、一縷の望みを断つかの様に、ボール・ギャグを手にした葉月が
冷たく言い放った。
「差し伸べた救いの手を、払い除ける様な者を誰が再び助けるものですか」
 一瞬、舞の絶叫と抵抗が止まった。その隙を突いて、葉月は舞の口にボール・ギャグの球
を押し込んだ。濁った悲鳴を上げて、恐怖に引きつった表情で涙を浮かべる舞の項でベルトが
締められ、舞の拘束が完了した。
 直ぐさま、二人は尚も抵抗し、藻掻く舞を引き立て、居間の外に連れ出した。廊下の突き当
たりのドアに来た時、葉月は美麗を呼び出した。
 何があるのか知らされていなかった美麗は、拘束されて藻掻く舞を見て、言葉を失った。
「美麗。これから言う事を、よく聞きなさい。私達、この奴隷と地下室に籠もるから、家の事、お
願いね。確か、地下に大体の物…、揃ってたわよね」
「え? あ、はい。先日、葉月様の仰せの通り、一週間分の食料、寝具、その他の生活用品、
数々の責め具、揃えておきました。先程のボンテージも地下に運んで置きました。電気、水道
も通っていて、バス、トイレも使用出来ます」
「そう。何か足りなくなったら、連絡するわ。あなたからは、よほどの事がない限り、電話を入れ
ないで。誰が来ても取り次がない様に。学園には、三人揃って食中毒って事にしておいて、全
治一週間とでも言っておいて」
 葉月と美麗の会話を聞いて、舞は恐怖を覚え、濁った悲鳴を上げ、尚も抵抗した。何故なら
最低でも一週間は彼女達と共に、地下に監禁され、彼女達の責めを受け続けなければならな
い事を、思い知らされたからだ。
 激しく頭を振り、拒絶しようとする舞を二人は両方から抱え、押さえ付け、ドアの向こうに消え
て行った。ドアの向こうから、舞の濁った泣き声と、葉月達の叱責の声が聞こえて来たが、それらは次第に
小さくなり、地下の鉄扉が閉まる音と共に、完全に掻き消された。
 一人残された美麗は、その場でゴクリと生唾を飲んだ。

 翌日。
 その朝、霞のクラスに舞の姿は無かった。朝のHRも、葉月ではなく、副担任の青年教師が
行った。そして、彼の口から、葉月と睦月、そして舞が食中毒で、全治、約一週間で、自宅療養
中だと告げられた。
 それを聞いた時、霞は直感した。
 始まったと。
 舞の調教が。
 その日の授業は、全く手に着かなかった。放課後、霞は深雪の所で不安を打ち明けた。
「どうしよう、お姉ちゃん。今頃きっと、舞、先生達に調教されてるよぉ」
 深雪は妹に掛ける言葉が見つからなかった。とうとう舞を助けられなかった。その自責の念
が深雪を苛んでいた。それはあずさも同じだった。突然、霞はこんな事を言い始めた。
「先生の家に行こう! 先生にお願いしてみるの。土下座でも何でもして、どんな責めでもお受けして、
舞を調教するのだけは止めてもらうの!」
「霞………」
「お姉ちゃん達も行こうよ!」
 あずさが相づちを打った。だが、二人が行こうとした時、深雪は思いがけない事を言った。
「よしなさいよ…」
「お姉ちゃん…」
 霞とあずさの足が止まった。
「そんな事で舞ちゃんの調教、止めて下さる方々だとでも、思ってるの? 行くだけ無駄よ…」
 あまりにも非情な深雪の一言に、霞は絶句した。そして、姉に怒りをぶつけ始めた。
「な…、なんて事言うのよ! お姉ちゃんは舞を見捨てるの !? 」
「もう、私達に出来る事なんて無いって、言ってるのよ…」
 俯き、小さく震える霞。キッと顔を上げ、姉を睨み付けて言い放った。
「ほ、本当は…、最初っから舞を助けるつもりなんか、無かったんでしょ !!  お姉ちゃんは、舞の
事、大ッ嫌いだったんでしょ !! 」
 深雪も感情的になった。
「ええ、そうよ! 私は、あんな甘ったれが大っ嫌いだったのよ !!  あんな子なんか、どうなったって、
私の知った事じゃないわ !! 」
「お姉ちゃんのバカァァッ !!  もう、知らないっ !! 」
 霞は姉を怒鳴りつけ、そのまま走り去った。残された二人のうち、あずさは困惑気味の表情
で深雪を見つめた。	
「何で、あないな事ぬかすねん。うち、深雪ちゃんの事、ちょっと見損なったで」
   そう呟くと、あずさは霞の後を追った。

   その頃、舞は小早川家別邸の地下室で、葉月らに調教されていた。あれから舞は葉月らに
よって、一晩休む事無く緊縛責めを受けていた。葉月らは葉月らで、その舞の躰の柔らかさに
驚き、かなり無理な縛り方を試し続けた。当然、舞は苦しみ、泣き叫んだが、霞やあずさでさえ
やれなかった様な縛り方でさえ、縛る事が出来てしまった。
「お姉様…、驚いたわねぇ…」
「そうね……」
「とっても躰が柔らかいから、どんな風にでも縛れちゃう。奴隷としては最高よ」
「良かったわねぇ。睦月に気に入って貰えて…。ウフフフ…」
   葉月は涙と汗で濡れた舞の頬を、指で優しげに撫でた。その舞は籐の椅子に麻縄で縛り付
けられていた。革の拘束レオタードは脱がせて貰えたが、ほぼ丸一日、麻縄で縛られっぱなしだった。
今も上半身を高小手縛りにされ、脚は膝を折った形で縛られ、180°開脚状態で籐の椅子に縛り付けられていた。
   先程と違って舞の身には革製品は殆ど纏われてなかった。革製のシニヨン・カバーとエナメ
ル革の黒いパンティーだけだった。その黒革のパンティーの中から、微かな振動音が聞こえて
来ており、舞は掠れるような喘ぎ声を上げ続けていた。睦月がそのパンティーの腰紐を解き、脱がせると二つの
ローターが転がり出た。
「あらあら、こんなに濡れちゃって、よっぽど気持ちよかったのね」
「い、いやあぁ…、いやああぁぁ…、ああぁぁぁ…、ああ…」
   ローター責めから開放されたとは言え、舞には安堵感に浸っている余裕など無かった。
「初めてにしては、かなり感度がいいのね。きっと毎日毎日、霞の事を想いながら、オナニーに
耽ってたんでしょ」
「ち…、違う…、違う、違うっ !! 」
   舞は頬を紅潮させ、涙を流しながら頭を振った。睦月の指摘が図星だったので、恥ずかしさ
に顔を赤らめたのだった。幸い、ローターで性器と肛門を刺激されていたので、その前から顔は紅潮していた。
   睦月の方も勃起し、いよいよ舞を犯そうとした、その時、内線電話が鳴った。
「もしもし」
   不快そうに葉月が出ると、受話器の中から美麗の取り乱した声が聞こえて来た。
〈た、大変ですっ !!  葉月お嬢様っ !! 〉
   葉月に怒りの色が浮かび、美麗を叱りつけた。
〈言った筈よ! よほどの事が無い限り、電話するなって!〉
   この電話を上でしていた美麗の表情は引きつり、青ざめていた。
「で…、ですから…、その、よ、よほどの事が…」
〈なんですって !? 〉
 その直後、激しく玄関のドアを叩く音がした。そのドアの向こうからは、あずさの罵声が伝
わって来ていた。
「出てこんかいっ !!  この、外道姉妹っ !! 」
 思わず、美麗は恐怖に首を竦めた。外では霞の制止を振り切って、あずさが激しくドアを蹴
り上げていた。
〈も、もう、私の手に負えませ〜んっ !! 〉
 地下で、そのやりとりと美麗の泣き言を聞いた葉月は、舌打ちをし、美麗に上に行くと告げよ
うとした。その時、睦月が耳打ちした。二人は不敵な笑みを浮かべた。
「美麗。これから話す事をよく聞きなさい」
 葉月は小声で美麗に指示を出した。
 一方、外のあずさは尚もドアを蹴り、葉月達を罵詈雑言罵っている。
「舞ちゃーんっ !!  助けに来たでぇーっ !!  待っとってやぁーっ !! 」
「ちょっと…、あずさお姉ちゃん…。や、やりすぎだよぉ…」
「甘いで。霞ちゃん。こいつらに頭下げたってムダや。お願いしたって、舞ちゃん解き放ってくれる様な奴らや
ないやろ。後は力ずくで舞ちゃん取り返すしかあらへん」
「で…、でも…」
 やや、困惑気味な霞に、あずさは微笑んだ。
「取り返したら、舞ちゃん、もう手放したらあかんで。ちょっと可哀想かも知れへんが、舞ちゃんには、ええ薬に
なったやろ。今度の事」
 そう言いながら、あずさは、どこから持って来たのか、ブロックをドアに叩きつけようとした。
 霞はもう、呆然とするしか無かった。すると、その時。
〈いい加減にしなさいよ! 人の家を何だと思ってるの !? 〉
 突然、インターホンから、葉月の声が聞こえた。
「出たな、この淫乱サド先公。さっさとドア開けて、その面見せんかい」
 あずさはひとまず、ブロックを下に投げ捨て、インターホンに顔を近づけた。
〈随分猛々しいご挨拶だこと。人の家の玄関で、大声で罵ったり、ドアを壊そうとしたり…〉
 葉月は地下であずさと会話していた。上で美麗が接続したマイクやノートパソコン、スピー
カーや小型モニターが地下に運び込まれ、それらの配線が鉄扉の下窓から伸びていた。モニ
ターには玄関にいる、あずさと霞が映っており、スピーカーからは葉月とあずさのやりとり、一部始終が聞こえて
きていた。
「これ以上やったら、警察呼ぶわよ」
〈呼べるもんなら、呼んでみぃや。ホンマに困るんは、そっちやろ〉
「あら、私達は何も困らなくてよ。ホホホ…」
〈嘘つけ! 幼気な女の子を監禁して、虐待しとるくせして…〉
 葉月はチラリと横目で見た。その視線の方には、猿轡をされて、椅子に身動き出来ない様
に縛られている舞の姿があった。舞は口にハンカチを押し込まれ、その上から何重にも包帯を
厳重に巻かれ、呻き声すら出せなかった。
「何か勘違いしていなくて? 諏訪さんは自らの意思で私達と暮らす事を同意したのよ。自ら、ここに来たのよ。
その事自体に何か問題あって?」
〈た…、確かに、それだけやったら、うちらの口出しする事やあらへん…。けど、それだけやないから、こうして、
来てるんやろ!〉
 舞の心の中に、淡い希望が芽生えた。霞とあずさが自分の為に、こうして助けに来てくれて
る。それを見て、彼女達の真意が今初めて、本当に理解出来た。と、同時にそれに対する自
分の過ちを後悔した。
〈それだけじゃないって…、一体、どんな事かしら?〉
 あくまでとぼけ通す腹の葉月の答えに、業を煮やしたあずさは、ブロックを再び持ち上げよう
とした。そこに入れ替わる様に霞が、インターホンに声を掛けた。
「お、お願いです! 舞を返して下さいっ! あの子を開放して下さいっ!」
 地下で霞の哀願を聞いた葉月は、冷たい口調で言い放った。
「負け犬の哀願なんて、何の役にも立たないわよ…。霞。貴方は舞さんを守れなかったのよ。    
以前、私に啖呵を切ったけど、結果的にはそうやって、私にひれ伏して這い蹲るしか出来ないの。
これだったら、あずさの方が気概があるし、さっさと諦めた深雪の方が潔くてよ」
 舞は霞が自分の為に、葉月に楯突いた事を知り、ショックを受けた。そして、自らの愚かさを恥じ、
すすり泣きを始めた。
(霞ちゃんは、私の為に、この人達に逆らったのね。そ、それなのに…)
 葉月は何やら、パソコンのキーを叩き始めた。それをしながら、尚もマイクに話し掛けた。
「よくお聞き、霞。あずさ。舞はね、私達の奴隷になる事に同意したのよ。私達への隷属を誓ったのよ」
 舞は驚きと恐怖の色を浮かべた。
〈な、何やてっ !? 〉
 思わずあずさが横から口を挟んだ。
〈まだ判らないの? 確かに貴方達の推察通りの事、してるけど、でも、それは全て、あの子が
合意の上での事よ。あの子は私達の奴隷になる事を納得ずくで、ここにいるの〉
 言葉を失う霞の代わりに、あずさが食らい付く様に怒鳴った。
「う、嘘やろっ !!  ホンマは無理矢理、こいつらに監禁されて、辱められとんのやろっ !!  舞ちゃんっ !!
  そこに居てるんやろっ !!  何ぞ言うてやーっ !!  舞ちゃーんっ !! 」
 地下で冷ややかな笑みを浮かべ、葉月はパソコンのエンター・キーを押した。そして、マイクで話し始めた。
 すると、スピーカーから聞こえてきたのは、何と、舞の声だった。
《霞チャン、アズササン、モウ帰ッテ下サイ。私、モウ貴方達トハ絶交シタノ》
 あずさ、霞、舞の表情がみるみる青ざめていった。舞は瞳に涙を浮かべながら、激しく頭を振り、
必死で呻き声を上げた。
(ち、違うっ !!  霞ちゃん !!  あずさお姉さん !!  それ、私じゃないっ !! )
 舞の後から、睦月が彼女を押さえ付けた。これ以上余計な音を立てて、霞らに気付かれな
い様にするためであった。
 尚も葉月は言葉を続けた。
《私、葉月様ニ可愛ガッテモラッテルノ。霞チャンナンカ、顔モ見タクナイワ。帰ッテ…》
(私じゃない !!  私じゃない !!  霞ちゃん、気が付いてっ !! )
 舞は心の中で、精一杯叫んだ。しかし、モニターに映し出された霞は、項垂れて、トボトボと
歩き去って行き、モニターのフレームから消えていった。
〈か、霞ちゃん。どこ行くねん! 霞ちゃん !!  霞ちゃん !! 〉
 あずさも、その後を追った。二人がモニターから消えて暫くしてから、舞は絶え間ない呻き声を上げて
泣き出した。睦月は包帯を解き、舞の口を開放した。
「霞ちゃぁぁん…。霞ちゃぁぁん…」
 舞は霞の名を呼びながら泣いた。その舞を睦月は優しげな手つきで撫でながら言った。
「可哀想に…。霞に見捨てられた…」
 睦月は、椅子に縛り付けられた舞に覆い被さる様にしながら、自分のペニスを舞のヴァキナに充てた。
その感触に気付いた舞は、一瞬泣きやんだ。そして、自分の処女を奪う相手の顔を
恐怖の眼差しで見つめながら叫び、哀願した。
「ああっ !!  い、いやっ !!  そこはいやぁっ !! 」
「霞に見捨てられた。舞は霞に見捨てられた!」
 そう言いながら、睦月は舞のヴァキナにペニスを押し込んでいった。先程のローター責めで濡れていた
ヴァキナは、少しずつ、少しずつペニスが滑り込んで行った。
「やめてぇぇっ !!  いやあぁぁぁっ !! 」
 体と心の痛みに、舞は頭を振って泣き叫んだ。だが、睦月は非情にも、己のペニスを舞のヴァキナに、
遂に根本まで押し込んでしまった。
「いやああぁぁぁぁっ !!  ああぁぁぁぁっ !!  ああぁぁぁぁっ !!  ああぁぁぁぁっ !!  ああぁぁぁぁっ !! 」
 舞は悲鳴にも似た喘ぎ声を上げ始めた。睦月は腰を前後に、ゆっくりと、大きく動かし始め
た。それは次第に早く、激しくなっていく。舞の喘ぎ声もシンクロしながら、激しくなっていった。
葉月は横目で、その有様を見ながらパソコン等の後かたづけをしていた。
「舞は霞に見捨てられた !!  舞は霞に見捨てられた !!  見捨てられた !!  見捨てられた !! 」
「ああっ !!  ああっ !!  や、やめ…、あぐっ !!  ぐっ !!  い、いやっ !!  ああっ !! 」
 睦月の腰の動きが止まった。それと同時に舞の喘ぎ声も止まった。
 睦月が離れたその場には、虚ろな表情で、掠れる様な小さな声を上げ涙で頬を濡らす舞の
姿があった。その女芯からは、睦月が出した精液が、舞の血と愛液と混じって垂れ流れた。
睦月は舞の緊縛を解くと、彼女を抱きかかえ、立った状態で再び犯し始めた。抱きかかえられ
た舞は、縄を解かれ、体が自由になったものの、最早抵抗したり、脱出を試みたりする気力は
奪われていた。睦月にされるがままだった。
「あら、とっても軽いのねぇ。ウフフ…」
「あうぅぅ…、あうぅぅ…、う…、う…」
 舞の肩越しに、睦月と葉月が冷酷な笑みを浮かべ合った。葉月はペニスバンドを自分に装着した。
それのディルドゥは睦月の実物よりも太かった。彼女はワセリンを手に、睦月に犯され
ている舞の背後に近寄った。
「あ…、ああぁぁ…、えっ !?  そ、そこは… !! 」
 舞は肛門にワセリンを盛られた感触に、我に返った。が、次の瞬間、後の葉月が体を寄せ
てきて、自分の肛門に何かが押し込まれるのを感じた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ !!  うぎゃぁぁぁぁぁっ !!  ぎゃぁーっ !!  ぎゃぁーっ !! 」
 突然舞は絶叫した。今まで感じた事の無い程の激痛と恐怖が、彼女を苛んだ。まるで喉が
破裂せんかの如く、激しく泣き叫んだ。それは獣の断末魔の叫びの様だった。葉月は睦月と
調子を合わせながら、ディルドゥを上下に動かした。舞は犯されながら、激しく暴れ始めた。
泣き叫びながら足をバタつかせ、必死で睦月の髪を引っ張り、背中を掻きむしった。しかし、却って肛門や
性器が痛むだけだった。そして、後の葉月が舞の腕を押さえ付けた。
「よくも、私の肌に傷つけたわね。覚悟しなさい」
 その一言ののち、睦月は激しく舞を犯し続けた。

 力無く項垂れて、小早川家別邸を後にする霞を、あずさは追いかけた。
「なんで帰るねん。あんなの、嘘に決まっとるやろ」
 霞は無言だった。
「きっと舞ちゃん、無理矢理言わされとうか、睦月か葉月が舞ちゃんの声色使うとるんや。そうに決まっとる
やろ。信じたらあかん」
 尚も無言の霞。
「あら、きっと舞ちゃんの本心やあらへん。だから、諦めたらあかん!」
「舞の本心じゃないとしたら…?」
 突然霞は立ち止まった。あずさも立ち止まった。
「え?」
「舞の本心じゃないとしたら、さっきのは何だったの…?」
 あずさは答えに詰まった。
「舞の本心じゃないとしたら、あれは、先生達の意志だわ。もう、舞を手放さないっていう…」
「霞ちゃん…」
「お姉ちゃんの言う通り、行くだけ無駄だった…。いや、寧ろ辛い思いをするだけだった…。だから、
お姉ちゃんは"行くな"って言ったんだわ…」
 霞は再び歩き始めた。あずさも、もうこれ以上は何も言えなかった。

 葉月は睦月の背中を消毒していた。
「いっ !!  もっと、優しくやってよぉ。お姉様ぁっ」
 舞の爪に傷付いた背中に、かなり無造作に葉月は薬をつけたので、傷にしみた。
「これ位の傷で文句言わないの。思った程酷くもないし」
 耐水性の絆創膏を貼ると、手当は終わった。
「そろそろ、お風呂にでもしましょうか。睦月、舞を入れてやって」
「ええ。いいわよ」
 そう言って、葉月は側で床に泣き伏せっている舞を起こそうと、腕を取った。その時。
 舞は突然、葉月の手を払い除け、葉月の顔に唾を吐いた。
 呆気に取られる葉月。
 表情が凍りつく睦月。
 葉月を憎悪の眼差しで睨み付ける舞。
 だが、葉月は不敵な笑みを浮かべ、顔にかかった唾を指で拭い、そして舐めた。予想外の反応に
今度は舞が怯んだ。
「睦月、先にお風呂入ってて」
 その一言と同時に、葉月は舞のシニヨンを鷲掴みにし、部屋の隅へと引きずっていった。
「いっ! 痛いっ !!  痛い !!  痛いっ !! 」
 髪を引っ張られる痛みに逆らえず、舞は引きずられていった。そこには小さな鉄の檻があっ
た。丁度、舞がすっぽり入る位の大きさで、その中に押し込まれた。檻の扉に鍵が掛けられ、
葉月は檻を部屋の中央に引きずっていった。
「な、何をするの… !? 」
 舞は檻の中で狼狽え、鉄格子を揺さぶった。葉月でさえ引きずれる位、小さく軽い檻だった
が、フレームそのものは頑丈で、舞の力で開く物でもなかった。葉月は数本の蝋燭と細い銅線と
ニッパーを持ち出した。
「もっと責めてほしい様だから、もう一責めしてあげる。フフフ…」
 葉月は上の鉄格子に、無造作に蝋燭を置き始めた。七本の蝋燭を置くと、銅線で蝋燭を鉄
格子に結わえ付けた。何が始まるのか理解できた時、舞の表情が恐怖に歪んだ。
「や、やめ…、痛っ !! 」
 蝋燭を固定する銅線を外そうとした舞の手に、情け容赦なく葉月はニッパーの先を突き立て
た。手の痛みに、手を引っ込めた舞は、大人しく、全ての蝋燭が結わえられるのを見てるしか     
無かった。そして、用意が出来た。
 蝋燭に火が点けられた。
「お、お願いっ !!  やめて !! 」
 蝋が溶けないうちに、舞は葉月に哀願した。だが、葉月は無視して、ニッパーと余った銅線     
を片付けた。
「た、助けてっ !!  ああっ !! 」
 遂に蝋が溶けだし、流れ始めた。そして、舞の体に垂れていった。初めて体験する、蝋の熱
さに、たまらず舞は悲鳴を上げた。そして、蝋は次から次へと、舞の体に掛かっていった。熱さ
にたまらず、檻の中で舞はのたうち回った。しかし、どんなに体勢を入れ替えても、檻の大きさ    
からして、舞は熱蝋からは逃れられなかった。
「熱いっ !!  熱いっ !!  助けてっ !!  助けてっ !! 」
 見る見るうちに舞の白磁の如く白い肌は、深紅の蝋で赤くなっていった。余りの熱さに舞は
激しく藻掻き、半狂乱になって鉄格子を揺さぶり、そして蹴り上げた。しかし、揺さぶれば揺さ
ぶる程、蹴り上げれば蹴り上げる程、蝋は舞の上に掛かった。
 舞の哀れで惨めな有様を、先程まで舞が縛り付けられてた椅子に腰掛けて、葉月が冷ややかな
笑みを浮かべて見つめていた。葉月と目が合った舞は、苦痛と恐怖に怯えた表情で、葉月に縋る
様に、許しを乞い始めた。
「お…、お願いです…。ゆ…許して下さい…。さっきの事は誤ります…。御免なさい…。御免な
さい…。ですから…、ここから出してください…。お願いです…。助けて下さい…」
 しかし、葉月は冷酷な笑みを浮かべながら、檻に歩み寄った。
「何で、貴方が誤る必要があるの? 貴方はさっき、私に唾を吐いたわね。人に唾を吐くって事
はどういう事か、判ってるんでしょ? 貴方は私を侮辱したのよ。人を侮辱したら、それなりの報
いがあるのよ。私は別に唾を吐かれた事で怒ってなんかいないけど、私を怒らせて、もっと酷  
い事してほしかったから、あんな真似したのよね…。そうでしょう !! 」
 葉月が激しく檻を揺さぶった。蝋が舞に落ち、舞は悲鳴を上げた。
「いやぁーっ !!  いやぁーっ !! 」
 葉月が揺さぶるのを止めると、舞は再び葉月を憎悪の眼差しで睨み付けた。冷静な表情で
葉月は舞に声を掛けた。
「何なの? その顔は…。言いたい事があるのなら、ハッキリと言いなさい」
 葉月の言葉に、舞は葉月を罵り始めた。
「人でなしっ !!  獣っ !!  あんたなんか人間のクズだわっ !! 」
 その罵声に対し、葉月は怒るどころか、ウットリとした表情を浮かべた。
「まあ、なんて甘美な響きなんでしょう。そんなに苛めてほしいのね…」
 葉月は残りの蝋燭の二本に火を点けた。舞の顔に恐怖の色が浮かぶ。
 充分に蝋が溶けた頃、葉月は檻の横から、蝋を跳ね飛ばした。思わず舞は悲鳴を上げ、狭い檻の
中で、激しくのたうち回った。舞は、上と左右から、蝋の洗礼を受ける羽目になった。
「いやぁぁぁっ !!  助けてぇぇぇぇっ !!  霞ちゃぁぁぁぁんっ !!  霞ちゃぁぁぁぁぁぁんっ !! 」
 地下室に舞の絶叫が響いた。

 深雪は自宅の食卓で、霞の帰りを待っていた。学校に残してきた鞄等は、あずさが届けてく    
れていた。食卓には、霞の好物ばかりが並べられていた。
 時計は夜の九時を回っていた。
 蒼い顔をして、霞が帰って来た。無言で居間の扉を開けた。
 優しげな笑みを浮かべて、深雪が声を掛けた。だが、その表情と口ぶりはいつになく重い。
「お帰り…。さっき、お母さん達から、電話があったわ…。お正月には、日本に帰るって…」
 母の帰国の事を聞いて、気が緩んだのか、霞の瞳に涙が浮かんできた。そして、堰を切った
様に激しく泣き出した。
「お姉ちゃぁぁん !!  舞が…、私の舞が奴隷にされちゃうぅぅっ !!  わあぁぁぁん !! 」
 顔を手で覆い泣きじゃくる妹を、深雪は抱きしめた。遂に舞を守れなかった。この事実の前     
に、霞は泣くしかなかった。深雪も泣きたかったのだか、妹を勇気づける為、涙を堪えた。







 


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