フランスの哲学者ガストン・パシュラールが、火を凝視することの魅力について書いた一文があります。「流れる水を見るのと同様、火はあらゆる時代に、あらゆる文化で、人々を引きつけてやまないものであった。そこには、反復性と同一性、意外性とパターンがある。火と水は生命の永遠のパターンを喚起するのだ」。
キャンプといえばすぐに焚火を連想するように、それはキャンパーにとって馴染み深いものです。
焚火は冷えた体を暖める熱源であり、温もりのある自然な照明であり、ときにはグリルであり、あるいは野生動物から身を守るバリアであったり、みんなが集う輪の中心でもあります。やはり、キャンプといえば焚火がなければ、なんとなく盛り上がらないものです。
しかし、最近では、自然保護の見地から地面で直に火を使うことを憂慮する空気が強くなって、直火禁止というキャンプ場も多くなってしまいました。その是非については、今の段階ではなんともいえませんが、個人的には、そういうファナティックな自然保護派の集まる場所はご遠慮するようにしています。
焚火は、たしかに山火事の原因になったり、跡が自然景観を壊すということはあります。しかし、それも火の管理をしっかりして原状復帰を心がければ、目くじらたてることでもないと思います。ま、なにはともあれ、焚火が許可されている場所なら是非とも焚火を楽しんでもらいたいし、焚火はサバイバル技術としては中核に位置するものですから、その技術は覚えておいて損はありません。
まず、焚火をする上で、注意しなければならないのは、引火の危険性。枯れ葉の堆積した場所や、極度に空気が乾燥しているとき、風が強いときはもちろん焚火は避けたほうがいいでしょう。森林火災の多くは、松葉などが堆積した場所で焚火をして、その処理はしたものの、火の粉が周囲に飛び散って、それが後に発火したものです。火の粉が散っても、堆積した枯れ葉の中に潜り込んでしまい、それに気づかず、何日もくすぶった挙げ句に、とつぜん全面的に火が回ってしまうのです。
安全を確認できたら、テントより風下で場所を決め、風向きを考慮して石囲いを作ります。事前に薪を切っておくことも重要です。薪は、火口にする割り箸程度の太さのものから、くべる順序にしたがって、だんだんと太くしたものを並べておくようにするといいでしょう。
はじめに、新聞紙などの燃えやすいものを石囲いの中で燃やし、これに火口となる薪をくべます。ここであせって太い薪をくべてしまうとたちまち火は消えてしまうので注意。「焚き火がなかなかうまくいかない」という人のほとんどは、この初期段階でせっかちに大きな薪を載せてしまうのが原因です。
火口に十分に火が回ったら、薪を少しずつくべながら、徐々に太いものにしていきます。薪が濡れている場合は、石囲いの内側、炎のまわりに並べておきましょう。「焚火の火は育てていくもの」と言われますが、まさに、子供を育てるように、あせらず優しく見守りながら育てていくのが焚火起こしのコツです。
親指くらいの太さの薪に火が回れば、もう、ちょっとやそっとでは炎が消えることはありません。あとは、適当に薪を足しながら、じっくりと夜を楽しみましょう。
●追記
東北の野山を駆け巡る伝統猟師『マタギ』たちは、本州北部の山岳地帯の自然、生態系を熟知していて、焚火起こしをはじめとするサバイバル技術では抜きんでています。
彼らは、どんな雨の中でも吹雪の中でも、マッチ一本で確実に火を起こす技術を持っています。まず、雨や雪、風が直に当たらないように、たき火をする場所に適当な囲いをします。場所が決まったら、地面の上に生木を並べます。そして、その上に油分の多い白樺やタモの皮を敷いて、これを火床とします。さらにこの上に乾いた小枝を並べ、立ち枯れた木を割って、内部の乾いた部分を火種として小枝に火をつけます。これで、まず間違いなく、一発で焚火が起こせます。
マタギの技術や習俗に関しては、秋田県の阿仁町や青森県の西目屋の博物館で詳しく知ることができます。また、ぼくの愛読書、戸川幸夫著『マタギ −日本の伝統狩人探訪記−』(クロスロード)は、アウトドアノウハウの参考書としても、わかりやすくてお勧めです。