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けれど、走って出て行く途中、足を滑らせてがくん、と体勢を崩して。
ぐ、と腕を、掴まれた。引くけれど、強い力でしっかりと掴まれている。
「ハンガリー。」
冷静な声。離してください。か細い声でそう言っても、離してくれない、……男の人の、手。


「っオーストリアさ…!」
呼びかけた名前は、衝撃で消えた。

ぐ、と体を抱きしめられる、その力に、呼吸さえ消える。
目の前に見える、髪の色を、信じられない思いで見る。

「好きです。」
あなたが、好きです。ハンガリー。

小さな声で、けれどはっきりと聞こえた言葉。
…聞き違うにもはっきりしすぎてて、その上またほら、好きです、って。繰り返す言葉。
「…うそ、」
「嘘ではありません。本気です。」
「じゃあなんで!」
怒鳴りかけて、はあ、と息をはく。
…泣きそうだ。混乱しすぎて。だって、好き、なんて、…縁談すすめられた後に言われたって!
信じられるわけがない!

「…っじゃあなんで、縁談なんか、」
「すみません。貴女の反応を見ました。」
その一言にはあ!?と思わず声を荒げた。反応を見るって、何!?
「…縁談を、持ちかけたらあなたが、どんな反応をするのかと思って。」
縁談の話があるのは本当です。…ですが、最初から断るつもりでした。
さらりと語られる真実に、口を開いて、ひどい、とか、言おうとするのに、だってもう、声が出ない!

「すみません。…ですが、確証が欲しかったんです。」
あなたに好かれている自信はあったんですが、それが恋愛なのか、友愛なのか。まだわからなかったので。
「あなたを傷つけるかもしれないと、わかってはいたんですが…。」
どうしても。なにかきっかけが欲しくて。

何も言えなくてただ、降り注ぐ言葉を、聞くだけ。
「あなたのそばにいるのは、とても優しい気持ちになれるし、それだけで十分だとも思うんですが…けれど。
やはりあなたに、この気持ちを伝えたいと、思ったんです。」
「…オーストリアさん…。」
「すみません。わがままで。…それでも。」
好きです、ハンガリー。優しい声。…何も言わずに、そっとその胸に手をあてて、体を離そうとしたら、ぐ、と押し付けられる頭。

「お、オーストリアさん?」
「…顔を上げないでください。」
「…何でですか?」
顔を上げるなって。彼の肩しか見れない状態で尋ねると、しばしの沈黙。

「…あの。」
「はい?」
「あまり、見せられる顔、してないと思うので…。」
………。それって。
そうっと顔を上げると、今度は押さえつけられなくて。
すぐ近くの彼の顔を見れば、遠くに視線をそらして、その頬はもうおかしいくらいに真っ赤っかで!
「…っふふ、」
「笑わないでください!」
「だ、だってオーストリアさ…!」
笑い出したらもうおかしくておかしくて。あはは、と声を立てて笑っていたら、もう一度抱きしめられた。


「…好きです、ハンガリー。私と付き合ってくれませんか?」
柔らかい声に、そっと、目を閉じてうなずいて。


そのとき、きん、と小さな金属がぶつかるような音と。


扉が開く、音がした、気がした。