三人の王 第二章 刺客 <11>
三人の王

第二章 刺客

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 その頃、ジルファーとレングの二人はルーンスの国境にさしかか
ろうとしていた。グレンからここまで四日の月日がかかり、その間
にジルファーはレングから大陸の知識を吸収していた。
「で、この大陸には七つの謎があるんです。その七つと言うのはで
すね。大陸のあちこちに残されている古代遺跡、大陸のほぼ中央に
位置する神の塔、幻の王国ギルサード、闇の民の王国ビレッジ、主
神伝説、破壊と混沌の神を祭る闇の神殿、それに光と闇の剣の七つ
です」
「主神伝説ってのは、何なんだ?」
「ええ、話によると古代の書物の中に主神についての記述があった
らしいんです。ん……? あれは何だろう?」レングが遥か彼方の
一点を指差す。
「鳥か? いや、違う。ちょっと待て。冗談じゃないぞ! あれは、
あれは龍だ!」ジルファーが両目を見開いて、叫ぶ。
 そうしている間にも、レングが指差した時は米粒程だった物体は、
どんどん大きくなっていった。そして、形がはっきりとわかってく
ると、それが本当に龍である事がわかった。
 それは二人の前まで来ると、地面に降り立った。それは、金色に
輝く龍だった。
 その大きさは体長五十m程で、その爪が人間の持つ武器等とは比
べ物にならない程の力を持っている事は一目瞭然だった。
 それは二人にとって、驚異その物であった。
(刺客か? しかし、龍は古代の人間が作った物のはず)
 ジルファーは無駄だとは思いつつも、シルヴィファルツを引き抜
いた。レングは金縛りに会ったように動かない。
 しばらくどちらも動かずにいると、突然、金龍が小さくなっていっ
た。そして、人間位の大きさになると、形が変形していき、人間の
姿となった。
(刺客か……。しかも、かなり強い)
「おまえが蛇男を切り身にしたジルファーか。そっちの奇術師の方
は聞いていないから、俺の管轄外だな。さて……、来な」男が手招
きする。
(軽く言ってくれるな。しかし、こいつはやばいな。ひょっとした
ら、ローゲントよりも数段強いんじゃないのか?)
 男は武器も防具も一切、携えていなかった。
 しかし、それでもジルファーは勝てる気がしなかった。その男に、
ジルファーは桁外れな強さを感じていた。
「トーラン・デル・パウラ・ローグ」レングがようやく気を取り戻
し、呪文を唱える。
 二人の体に新たな力が注ぎ込まれてきた。ジルファーは馬から降
り、シルヴィファルツを構え直した。
「どうした? 怖いのか?」男が二人を嘲笑う。
「今、行ってやるぜ!」ジルファーは気合いを入れると、男に切り
かかっていった。
 そして、男の顔面めがけて、シルヴィファルツを降り下ろす。そ
の攻撃を男は右手だけで防ごうとした。
 次の瞬間、シルヴィファルツと男の右手は激突した。
「なにっ?」ジルファーが信じられないような顔をする。
 男の右手はなんともなかった。男は笑みを浮かべ、シルヴィファ
ルツの刃をしっかりと掴んだ。
 そして、シルヴィファルツごとジルファーを片手で持ち上げる。
「うわっ!」ジルファーが驚きの声を上げる。
「そら、空中散歩だっ!」男はジルファーを振り回して、空に向かっ
て投げ上げた。
「うわー!」ジルファーは地上五mぐらいの所まで上がると、地上
に落下し始めた。
「ぐはっ!」その後、ジルファーは地面に激突した。
「はっ、脆いな。もう少しましかと思ったんだがな」そう、男がジ
ルファーに唾を吐きかける。
「わざわざ、この龍の民のリューク様がビレッジから来てやったの
に。これじゃ、虎の民のモーザスに任せた方がよかったようだな」
「くそ! よくもジルファーさんを……。グレンザード・ルレン・
バール」そう、レングが呪文を唱えると、リュークの目の前で大爆
発が起こった。
「はっ! 下級呪文か。その程度の呪文じゃ、この俺に傷一つつけ
る事すらできないぞ?」今の爆発でできた煙の中から、リュークが
出てくる。
 怪我はおろか、火傷すらしていない。
「そ……、そんな」レングの脳裏に、絶望の二文字が浮かぶ。
「せめて、上級呪文の時空歪か死ぐらい使ってほしいぜ。さて、こ
れでも食らいな」一瞬の内に、リュークはレングの目の前まで来る
と、右手の掌を突き出した。
「うわっ!」レングのいた空間が突然歪み、レングがそこから弾き
飛ばされる。
「次はこれだ」リュークが両腕を上げる。
 レングはその両腕に空間の何かが、吸い込まれていっているよう
な感じがした。
 しばらくして、リュークはレングの方に向けて、両腕を交差させ
た。すると、両腕から電撃が迸っていった。
「ぐあっ!」レングの体の中を電流が走り抜ける。レングはその場
に倒れ、そのまま動かなくなった。
「ふっ、気絶したか。弱すぎて話にならないな」リュークがそう、
吐き捨てるように言う。
「くっ」ジルファーがやっと起き上がる。
「ほう、やっと起きたか。待ってたぞ」リュークがにやりと笑って
言う。
(くそっ、体ががたがただぜ。しかも、奴は機械兵と同じように、
シルヴィファルツが効かないときてるし……)
「どうやら、立っているのがやっとのようだな。なら、これで終わ
りにしてやる」そう言うと、リュークはゆっくりと息を吸い込んだ。
 そして、ジルファーに向けて炎を吐き出した。
「うわーっ!」避ける事もできず、ジルファーはまともに炎の洗礼
を受けた。
 ジルファーが炎に包まれ、地面に倒れ込む。このまま、炎がきれ
いさっぱりと、ジルファーの体を灰にする事は確かであった。
「さて、戻るか」リュークがジルファーに背を向ける。
 シューッ。シューッ。
 と、その時、リュークの後ろで不気味な音がした。危険を感じ、
リュークが後ろを振り返る。
 その不気味な音はジルファーから聞こえてくるようだった。と、
ジルファーが立ち上がった。
「なにっ?」リュークが二、三歩後ろに後退りする。
 シューッ。シューッ。
 その不気味な音は、ジルファーの体全体から出ていた。よく見る
と、ジルファーの目は光を帯びている。
「何か知らんがやばそうだな」リュークは呟いた。
 ジルファーがゆっくりとした足取りで、リュークに近づいていく。
そして、間合いに入ると、シルヴィファルツを横に一閃する。
 しかし、すでにリュークは間合いから離れていた。
「いったい、奴はどうなっちまったんだ?」リュークの胸から血が
滴り落ちた。
 間髪入れず、ジルファーが間合いを狭め、シルヴィファルツを真
一文字に降り下ろす。透かさず、リュークはその攻撃を左腕で受け
止め、右手でジルファーを殴りつけようとする。
 が、その瞬間、ジルファーはそこにはいなかった。ジルファーは
宙に舞っていたのである。
「はっ!」リュークがジルファーに向かって飛び蹴りをする。
 その攻撃が見事にジルファーの顔に決まり、ジルファーは体勢を
崩した。
 続いて、リュークが肘打ちを食らわせる。その攻撃でジルファー
は地面に叩き落とされてしまった。
「死ねっ!」叫ぶと同時に、リュークはジルファーに向かって、両
腕を空中で降り下ろした。
 その瞬間、ジルファーの倒れていた地面が切り刻まれた。しかし、
すでにジルファーはそこにはいなかった。
「なにっ!」リュークが後ろを振り向く。そこにジルファーはいた。
 ジルファーはシルヴィファルツを持ってはいず、素手であった。
そのジルファーの右手が空間を切り裂きながら、リュークの顔に襲
いかかっていく。
「くっ!」その攻撃を空中で、リュークは無理やり避けた。
 リュークの後ろの地面に拳圧で、爆音と共に大きな穴が開いた。
「くそったれ!」リュークの手刀がジルファーの左腕に襲いかかっ
ていく。
 次の瞬間、ジルファーの左腕は切り落とされていた。ジルファー
が声にならない叫び声を上げる。
 そして、そのまま地面に激突し、今度こそ動かなくなった。
「ちっ、なんて野郎だ。俺を一瞬だけでも本気にさせるとはな……」
リュークは地面に降りると、片膝をついた。
(怪我をしたのは初めてだな。ビレッジに戻った方が良さそうだ)
 リュークは立ち上がると、再び龍に変身した。そして、北東の方
角に飛んでいった。
 リュークが去ってから、しばらくすると、ジルファーの左腕は灰
と化した。
 すると、今度はジルファーの左肩が光り出した。そして、その光
がだんだんとジルファーの左腕を形作っていった。
 その後、それは徐々に光を失っていき、ジルファーの左腕へと変
わった。
「くっ……」その直後に、ジルファーの意識は回復した。
「ん……」続いてレングも目を覚ます。
「いったい、何がどうなったんだっけ?」ジルファーが辺りを見回
しながら呟く。
「あれ……? あいつがいない。確か、リュークとか言っていたっ
け……」レングが頭を振りながら言う。
「リューク? ああ、あいつの事か。そう言えば、あいつはどこに
行ったんだ?」
「さあ、わかりません。なぜ、僕達は助かったんでしょう?」
「そうだ。俺は奴の炎を浴びたんだったっけ。だけど、火傷もして
いないな。あれ、服の袖が無くなっている?」ジルファーが剥き出
しになっている左腕を、不思議そうに見る。
「ローブがぼろぼろになってしまいましたよ」レングがぼろぼろの
ローブをまじまじと眺めながら言う。
「こりゃ、早いとこ中立都市にでも行かなきゃならないな」そう言
うと、ジルファーは元気良く馬に飛び乗った。
 その後、二人はルーンスの首都、ケアンズに向けて馬を歩ませて
いった。
 この時、ジルファーはなぜかリュークが将来、必ず自分に災いを
齎すような気がしていた。
第三章 神の塔


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