三人の王 第二章 刺客 <9>
三人の王

第二章 刺客

< 9 >


 再び、リグラードが目覚めたのは朝であった。リグラードは旅支
度をすると、朝食を取るために下に降りていった。
 食事をしながら周りを見るが、特に怪しい物は見当たらない。
(気にしすぎかな。どうも、神経質になって困るな)
 だが、リグラードはテーブルの下で自分をじっと見ている、人間
の目玉の事に気づいていなかった。
 その目玉はシーンからずっと、リグラードをつけていた物であっ
た。
 朝食を取り終えると、リグラードは荷物を取りに部屋へと戻った。
そして、宿を出ると馬屋の方に歩いていった。
 すると、目玉はリグラードから離れて行き、町の路地裏へと入っ
ていった。
 そこには、左目の無い男がいた。男は目玉を掴むと、左目の穴に
目玉を捻じ込んだ。
 その後、男は路地裏を出ると、近くに繋げていた馬に乗り込み、
リグラードの後を追った。
 そんな事を知らないリグラードは街道を通って、ジャルサスの首
都フリーズを目指す事にしていた。そして、そこで何日か休んだ後
ジャルサスの西の町トレンド経由で、大陸の最西端のフータック半
島に向かう事にした。
 リグラードがフレンクを出てから三日経った。
 その日、今まで地平線寸前でリグラードをつけていた男が、近く
に近寄ってきた。その気配に気づき、リグラードは馬の歩みを止め
た。
「俺に、何か用か?」男を見て、リグラードが聞く。
「用だって? あの碌で無しのランクから俺達の事を聞いているん
だろ?」男が馬を飛び降りて言う。
「ああ、聞いてるさ」リグラードも馬を降りる。
 男は二本の短剣を取り出すと、にやりと笑った。それを見て、リ
グラードは舌打ちした。
(ちっ、嫌な事を思い出しちまったぜ)
「炎の神グレンザードよ。我にどんな物も焼き尽くす、神の炎を授
け給え」リグラードが呪文を唱え終えると、目の前に巨大な炎の玉
ができた。
 リグラードがすかさず男を指差すと、炎の玉は男に向かって飛ん
でいった。が、炎の玉は男に当たると消えてしまった。
「炎球の呪文か。そんな呪文は、俺には効かんぞ」男が鼻で笑いな
がら言う。
 それを見て、リグラードが剣を抜こうとする。が、そうはさせじ
と男が間合いを詰めて襲いかかっていく。
 まず、右手の短剣がリグラード目掛けて襲いかかっていく。リグ
ラードがその攻撃を体を捻って避ける。
 そこに左手の短剣が襲いかかっていく。その攻撃が決まる寸前、
リグラードはしゃがみ込んだため、短剣は空を切った。
 その後、リグラードはそのままの状態で横に跳び、剣を抜いた。
「ふっ。なかなかやるな」男が褒め言葉を言う。
「お互い様だ」言いながら、リグラードは左手で短剣を抜いた。
「ほう。その短剣にも魔法がかかっているのか」男が感心して言う。
 リグラードが呼吸を整える。そして、男の左手に目標を決める。
 男が間合いを詰めてくる。リグラードは男の右手の短剣を左手の
短剣で牽制しながら、男の左手を狙って長剣を振る。
 男はその攻撃を難無く避け、目を見開いた。その途端、男の両目
が飛び出して、リグラードに襲いかかっていった。
「げっ?」リグラードがその攻撃を避けようとして、体勢を崩す。
 その不安定な状態のリグラードを男は蹴り倒した。すぐさま、リ
グラード目掛けて二本の短剣が襲いかかっていく。
(しまった!)
 リグラードは心の中で叫んでいた。
 と、その時、突然地面が揺れ動いた。男は体制を整えるためにし
かたなく、攻撃を止めた。そして、殺気を感じて横に跳び退いた。
 その直後、今まで男のいた空間を手斧が切り裂いた。
「よく、避けたな。褒めてやるぞ」リグラードの横で、声がした。
 リグラードが横を見ると、そこには四十才ぐらいの男が立ってい
た。
 男は右手に片刃の手斧を持ち、鉄の鎧と左腕に固定されている、
小さな丸い盾で身を固めていた。顔はぼさぼさの髪で隠れていてわ
からない。
「ちっ! 邪魔をしやがって。さっきの地震もきさまの仕業だな」
「そうさ」その男が笑みを浮かべ、手斧を縦に一閃する。
「ぐっ! き……、きさま!」男の顔が苦痛に歪む。
 男の目が真二つになって地面に落ちた。
「これで対等だな」手斧の男が、左手で髪を掻き揚げて言う。
 その男には、左目が無かった。
「しかたがない。二対一では勝ち目が無いからな。さて、名前だけ
でも聞いておこう。きさまは何者だ?」
「俺か? 俺は片目の傭兵ザーバンだ」片目の男が答える。
「そうか。では、地獄に落ちろ。破壊と混沌の神、スタークよ。我
にその力を分け与え給え……」男が両手を空に向かって、差し上げ
る。
 すると、男の姿が燃え上がる炎へと変わった。
「これでわかっただろ、リグラードよ。炎球の呪文が効かなかった
訳が。俺の名はフラン、炎の民フランだ」
「闇の民か……」ザーバンが呟く。
 そして、呪文を唱えようとしている、リグラードを目で制す。
「炎の民には、呪文なんかほとんどきかないぜ」
「なぜ、そんな事を知っているんだ?」リグラードが聞く。
「俺の親父が、ローフーンの闇の民の討伐に加わったんでな」
「時空歪の呪文もきかないのか?」
「そうだ。炎は絶えず揺らめく物であり、永遠の物なのだ。時空歪
程度の呪文など、敵ではないわ」リグラードの問いに、フランが答
える。
「くそっ! これじゃあ、勝てないな。ん……? 待てよ」と、リ
グラードはある呪文の事を思い出した。
(あの呪文なら……。術者の力によって威力の変わるあの呪文なら、
もしや……)
「奴から離れるぞ」リグラードはザーバンにそう言うと、フランか
ら離れていった。
 フランから五十m程離れると、リグラードは立ち止まってフラン
の方を見た。
 そして、両手をフランに向けて差し出して、呪文を唱える。
「平和の神ルシフェシアよ。我にその禁じられた破壊の力を使わせ
給え……」すると、リグラードの掌から光の球が飛び出し、フラン
に向かって飛んでいった。
 そして、フランの目の前まで行くと、光の球は大爆発を起こした。
「うわっ!」その爆風で、リグラードが吹き飛ばされる。
「くっ!」ザーバンは両足を踏んばって、飛ばされないように耐え
た。
「へっ! さすが、禁断の呪文、月壊だ。これなら、いくら奴でも
一溜りも……?」言いかけ、リグラードは我が目を疑った。
 今の呪文によって、リグラードの前方には半径四十m近くの大穴
が開いていた。しかし、それにもかかわらず、まだフランが死んで
いなかったのである。
「まさか、禁断の呪文を知っているとはな」フランが近づいてくる。
「ふっ、久しぶりだな。こんなにおもしろそうな相手は……」ザー
バンが水筒を取り出す。
「水などで、この俺を消せるとでも思ったのか? 無駄な事を……」
「さあて、どうかな?」ザーバンが笑みを浮かべる。
 ザーバンが水筒の栓を抜く。そして、間合いを詰めにかかる。
 ある程度間合いを詰めると、ザーバンはフランに水を振りかけた。
フランは避けもしない。
 そのため、フランはまともに水を被る事になった。すると、フラ
ンから黒い煙が出てきた。
「ぐあっ! 何だ? その水は……」フランが悶え叫ぶ。
「俺のいつも飲んでいる聖水だ。どうだ、美味かろう」
「くそっ! これでもくらえっ!」フランがザーバンに、炎を浴び
せる。
「ははっ、なまぬるいぜ」ザーバンはその炎を避けようともせず、
逆にフランの中に飛び込んでいった。
 そして、しばらくしてからフランの中から出てくる。
(中に、何かがあると思ったんだがな)
「きさま、魔剣士だな」
「そうさ。だが、俺の武器は斧だから、魔斧士とでも呼んでくれ」
「ふざけるな!」
「さて。おい、坊主。逃げないのか? もう、水は無いぞ」ザーバ
ンが水筒を逆さにしてみせる。水筒からはもう水は出てこなかった。
(くそっ! この俺が負けるというのか? しかし……)
 リグラードは少し躊躇った。
(悔しいが、逃げるが勝ちとも言うからな)
 リグラードは決心し、後ろを向いて走り出した。
「逃がすか!」フランがそれを追いかける。
(がんばれよ、坊主。さて。我が故郷ローフーンには、後どれぐら
いで着くかな?)
 ザーバンは穴を迂回すると、フレンクを目指して歩いていった。
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