三人の王 第二章 刺客 <4>
三人の王

第二章 刺客

< 4 >


 リッペス王国の港町シーンの魔道士ギルドに、一人の魔道戦士が
現われた。リグラードである。リグラードは二人と別れると、すぐ
にこの魔道士ギルドに向かったのであった。
 魔道士ギルドの建物はリグラードの思っていた物よりも遥かに小
さい物であった。しかし、扉の向こうから異様なまでに強力な魔力
が伝わってきているのを感じ、その疑問は答えを得た。
(この扉の向こうは違う次元なのか……)
 リグラードは扉に近づくと、扉を叩こうとした。その時、どこか
らか声が聞こえてきた。
「何の用だ?」
 リグラードは慌てて辺りを見回した。しかし、どこにも人はいな
かった。気配さえも無かったのである。
「どこを見ている。上だ」再び声が聞こえてきた。今度は上からだ
と、はっきりとわかった。
 リグラードは声のしてきた方を見た。しかし、そこにも人一人い
なかった。鳩が一羽、木に止まっていただけであった。
 しかし、鳩が人間の言葉を話せるはずがない。普通の人間なら、
そう考えていただろう。
 が、リグラードは魔道戦士である。それが魔術による物である事
は、百も承知であった。
「ある魔道士の行方を聞きに来た」リグラードは鳩に用件を伝えた。
「入るが良い」扉が音も無く開き、鳩が中へと入っていった。どう
やら道案内をしてくれるらしい。
 リグラードが中に入ると、今度は扉が音も無く閉じた。そんな事
にも全く気づかずに、リグラードは周囲を興味深げに見回していた。
「何をしている。早く、ついてこい」動こうとしないリグラードに、
鳩が声をかける。
 その声でリグラードは我に帰り、鳩の後についていった。
 そして、長い廊下を二分程歩いていくと、鳩はある扉の前で止まっ
た。
「中に入り給え」今度は鳩ではなく、扉の向こう側から声が聞こえ
てきた。
 リグラードが扉を開けて中に入ると、鳩は役目が終わったとばか
りに、元来た道を飛び去っていった。
 リグラードは扉を閉めると、部屋の中を見渡した。この部屋の中
には中央に机があり、向かって右に、本がぎっしりと詰まった本棚
があった。そして、机の上には水晶の玉が灰色の布の上に置いてあ
るだけであった。
 一人の老人が机に向かって座っており、その老人を護衛するよう
に左右に二人の男が立っていた。
 老人はここの魔道士ギルドの長らしく、魔道士の最も神聖な色で
ある灰色のローブを着ていた。左右の男達はローブではなく、緑色
の鎧を着ているので魔道戦士だとわかる。
(魔法封じの鎧、緑魔石の鎧か……)
「で……、誰の行方を知りたいのだ?」長がゆっくりとした口調で
話しかける。
「俺の父、グアード・テンダーだ」リグラードが答える。
「暫し、待つがよい」長は両手で水晶の玉を包み、呪文を唱え始め
た。
「グアード・テンダーという名の魔道士は三人、いや、四人おるな」
しばらくして、長が顔を上げる。
「他に、何か特徴や呼び名は無いか?」長がそう言った瞬間、リグ
ラードの顔色が変わった。
「俺の父親の呼び名は……、闇の魔道士……、ガドゥエルだ」リグ
ラードは躊躇いがちに答えた。
「ガドゥエル……!」二人の魔道戦士が驚きの声を上げる。
 が、長は眉一つ動かさない。それどころか笑みさえ浮かべていた。
「大きくなったな、リグ坊」長は立ち上がると、リグラードに近づ
いていった。
「あんた……。なぜその名を……」
「忘れたのか? わしの事を?」長はローブのフードを上げた。
「あ……、あんたは……」リグラードは長の顔に見覚えがあった。
「バグラーじいさん!」リグラードの顔が途端に明るくなる。
「本当に久しぶりだな。もう十年になるか。月日の流れとは早いも
のだな」バグラーがリグラードを繁々と見ながら言う。
「まさか、バグラーじいさんがここのギルドの長になっているとは、
思いも寄らなかったよ」リグラードが笑みを浮かべながら言う。
「まあ、わしには師でもあり友でもあった二人の偉大な魔道士、ロ
ンドとグアードがいたからな」
「そう言えば、ロンドじいさんと同じ匂いのする男がいたな」リグ
ラードの脳裏にジルファーの顔が浮かぶ。
「なら、その男は歴史に名を残す、大魔道士になるだろうな」バグ
ラーが興味深そうに、言う。
「いや、そいつは魔法とは縁の無いただの戦士さ。しかし、それだ
けで終わる人間じゃあ無いだろうがね」
「それはもったいない。おっと、グアードの行方だったな。グアー
ドなら確か、ジャルサスの西にあるフータック半島にいるはずだ」
「ジャルサス?」それは、リグラードの初めて聞く名前の国であっ
た。少なくとも大戦争の起こる前には、存在していなかった国であっ
た。
「そうか、リグ坊は知らんのか。半年前に、ここの西にできた王国
でな。急速にその領土を拡大し、今や西の龍王国ルーフィスに匹敵
するほどの大国じゃよ。そして、その王はルーフィスの元王子のロ
ワードなんじゃよ」
「なんだって? ルーフィスはロワードが継いだんじゃないのか?」
リグラードが大層驚いて、聞く。
「そうなのだ。しかも、今のルーフィスの王は、ゴランなんだぞ」
「あのでぶゴランが?」リグラードが信じられないかのような、表
情をする。
「わしも詳しい事は知らんが、なんでもルーフィスではロワード王
は反逆者と言われているらしいんじゃ」
「どうせ、あのでぶが罠に掛けたんだろ。たかが宮廷料理長上がり
のくせに」
「まあ、そう怒るな。おっと、そうだ。リグ坊に渡す物があったな」
バグラーはそう言うと、机の引き出しから赤い石を取り出した。
「なんだい、これは?」受け取った赤い石をリグラードは繁々と見
た。
「わしにも、何かはわからんのだ。しかし、何か強力な魔力が籠もっ
ている事は確かだ」そう、バグラーが断言する。
「これを俺にくれるのか。まあ、貰っとくよ。ん……? 何か奥に
刻まれているな」リグラードは石の奥に、何かが刻まれている事に
気がついた。
「何だって? おかしいな。わしには何も見えんぞ」バグラーが石
を覗き見て、言う。
「ルーフ語だ。レ……、レガッドって刻まれてるぜ。どう言う意味
なんだ?」
「レガッドは、今の言葉に直すと太陽だな。しかし、わしには全く
見えんぞ、そんな物は」バグラーが石を不思議そうに見る。
「さて、行くとするか」リグラードは石を腰の小物入れに入れると、
そう言った。
「そうか、気をつけてな」
 リグラードは外に出ると、西に向かって歩いていった。その後を
人間の目玉がつけている事にリグラードは気づいてはいなかった。
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