三人の王 第一章 旅立ち <13>
三人の王

第一章 旅立ち

< 13 >


 その死霊の森に三人が入って、四日間は何事も無く過ぎた。五日
目の夜、三人はいつものように焚火を囲んで、無駄話などをして時
間を潰していた。
「少し、寒くないか?」ローゲントが焚火に木を焼べる。
「ローゲント、ジルファー」リグラードが突然立ち上がり、剣を抜
く。
「どうした?」ローゲントも立ち上がり、剣を抜く。
 ジルファーもシルヴィファルツを引き抜き、辺りを警戒する。
「風の動きが止まっている」リグラードが左手を差し上げて言う。
 リグラードの言うとおり、いつのまにか死霊の森には風が吹かな
くなっていた。空に位置する、平和の神ルシフェシアの象徴である、
月も雲の蔭に消えてしまっていた。
「死霊の出る、前兆か……」ローゲントが目を閉じて、精神集中を
する。
「もう、近くまで来ているな」どす黒い、人間ではない気配をロー
ゲントは感じ取った。
「平和の神ルシフェシアにも、見捨てられちまったようだぜ」ジル
ファーが空を見上げて言う。
「我が王国に何の用だ、虫けらどもよ」突然、森に声が響いた。
「用は無い。通りかかっただけだ」ローゲントが答える。そのはっ
きりとした口調から、ローゲントが全く恐怖を感じていない事がわ
かった。
「ならば、我が王国の民となれ」それを最後に、声は聞こえなくなっ
た。
 再び、森は静けさを取り戻し、三人は互いに顔を見合わせた。
「どうする?」ジルファーがローゲントを見る。
「奴の出方を見るさ」ローゲントがまるで、他人事のように言う。
「そんな無責任な。なあ、リグラード」と、ジルファーがリグラー
ドに同意を求めようとする。
「みんな、飛べ!」その時、リグラードの顔が突然引き締まり、二
人に向かって叫んだ。
 三人はほとんど同時に空に舞い上がっていた。三人のいた場所が
轟音を立てて割れたのは、その直後だった。
 そして、間髪入れず、今度は三人の腕に何かが絡みついてきた。
「な……、何だ?」ジルファーが腕を見ると、そこに絡みついてい
た物は、無数の木の枝であった。
「くそっ!」ローゲントが力任せに枝をもぎ取る。
 そして、ジルファーの腕に絡みついている、木の枝を切り裂いて
助け出す。
 リグラードはというと、ローゲントと同じく自力で枝を振解いて
いた。三人はすぐさま背中合わせになり、辺りを警戒した。
「どうするんだ? このまま朝まで粘るのか?」ジルファーがロー
ゲントの方を見る。
 ローゲントは三人の中で一番年上だったため、いつの間にか三人
のリーダーになっていたのである。
「この森が死霊の王の王国だとすれば、奴は必ずこの森のどこかに
いるはずだ。奴の居場所さえわかれば戦うこともできるんだが」
「しかしこの森は広いぜ。見つける前に殺されちまう」ジルファー
が尤もな事を言う。
「洞窟だ……」リグラードが呟く。
「洞窟?」ジルファーが聞く。
「そうだ、洞窟だ。セリン王とレイビーナ王が戦った場所にあった
洞窟だ」リグラードが確信を持って言う。
「あの洞窟だ……」ローゲントが呟く。
「あっ、そうか!」ジルファーが思い出して言う。
「行くぞ!」ローゲントが走り出す。
 それを見て、二人も急いで走り出した。
 三人が走り出してから五分と経たずに、二人はローゲントからか
なりの距離を離されてしまった。
 と、突然、リグラードが立ち止まった。
「リグラード、どうした?」それに気づいて、ジルファーも立ち止
まる。
「ジルファー、ローゲントの手助けをしてやってくれ。俺は用事を
片付けてから行く」リグラードはある一点を見つめていた。
「なるほど……。わかった」ジルファーはリグラードの見ている所
に、ただならぬ気配を感じ取ってそう頷くと、再び駆け出していっ
た。
「隠れてないで、出ろ」ジルファーの姿が見えなくなってから、よ
うやくリグラードは口を開いた。
 すると、木の陰から一人の男が現れた。
 男は剣を一本持っているだけで、鎧はおろか上半身はほとんど裸
同然だった。
「きさまはだれだ?」リグラードがはっきりとした口調で聞く。
「きさまはだれだ?」男はにやりと笑い、リグラードの声を真似て
言った。
「馬鹿にしているのか!」リグラードが怒る。
「馬鹿にしているのか!」また男がそれを真似る。
「きさま! 俺を愚弄するのか?」リグラードが剣を抜いて、構え
る。
「そうだと言ったらどうする?」男が相変わらず気色の悪い笑みを
浮かべたまま、そう言う。
「殺す」リグラードが男の喉に向けて、剣を突き出す。
「それはこちらの台詞だ。我が同胞を殺した報い、おまえ達三人全
員受けてもらうぞ」と、男が初めて、怒りの表情を露にした。
「何の事だ?」
「知らんとは言わせんぞ。大蛇の民、リースの事だ」
「大蛇の民?」リグラードは記憶を辿っていった。すぐにガルミッ
ド山の忌まわしい記憶が思い出された。
「ガルミッドのあの男の事か?」リグラードが身震いして言う。
「そうだ。我が同胞の苦しみをきさまらに倍にして返してくれるわ!」
「きさまの名は何という? 名前だけでも聞いてやろう」
「冥土の土産に教えてやろう。我こそは巨人の民、ランクだ」ラン
クは言い、リグラードに切りかかっていった。
 その一撃をリグラードは剣で受け流し、左手で腰の短剣を引き抜
いて、ランクの腹目がけて突き出した。ランクはそれを避けようと
して無理な体勢から後ろに飛び退る。
 リグラードも体勢を整えるため、一歩後ろに退いた。
 体勢を整えると、二人は互いに隙を窺いながら、間合を詰め始め
た。ランクは冷汗をかいていた。ランクはリグラードの剣の腕が自
分と互角、いや、互角以上だという事を本能的に感じ取っていた。
 それに気づいたのか、リグラードはにやりと笑みを浮かべた。
 リグラードは短剣を腰にしまい、両手で剣を握り直した。そして、
一気に間合を詰めてランクに斬りかかっていった。
 が、ランクはそれをなんとか受け止める事ができた。その後、二
人は何度か打ち合うが、どちらもかすり傷一つつける事はできなかっ
た。
 それは傍目には、互角のように見える二人だった。が、実際には、
リグラードの方が優勢であった。
 剣の腕では互角ではあったが、体力ではリグラードがランクを遥
かに越えていたのであった。そのため、ランクは長期戦になればな
るほど不利になっていった。
 しかも、リグラードには呪文という強力無比な味方がある。万に
一つも、ランクに勝てる理由はなかった。
「どうした? もう疲れたのか? 情けない奴だな」リグラードが
嘲笑う。
「くっ! きさまなどのために偉大なるスターク様の力を使わねば
ならないとは……」
「スターク……?」
「破壊と混沌の神、スタークよ。我にその力を分け与え給え……」
そう言うと、ランクは両腕を空に向かって差し上げ、天を仰いだ。
「破壊と混沌の神!」リグラードは背筋が寒くなるのを覚えた。
 破壊と混沌の神とは、人々で知らないものはいないと言われてい
る邪神の事である。リグラードもそれに漏れず、小さい時からその
恐ろしさを聞いているため、潜在的に恐怖を感じていた。
 ランクの目には、そんなリグラードの姿は映ってはいなかった。
ランクの目はどす黒く濁り、体中の筋肉が盛り上がり始めていた。
 そして、ランクは巨人へと変化していった。
「化け物め……。俺の最高の呪文で、抹殺してくれるわ!」それを
見ると、リグラードはまだ完全に変化しきってはいないランクから、
急いで遠ざかった。
「どこへ……、行った……」ランクの言葉は巨人語だったので、リ
グラードには何を言っているのかはわからない。
「時間と空間を司る神、ラルンよ。その大いなる力を持って、我が
敵の時間と空間を歪めさせ給え……」呪文の詠唱を終えると、リグ
ラードはランクの方に両手を差し出した。
「な……、なんだ?」ランクの髪が突然抜け出し、体中にしわがで
き始めた。それは、まるで、急速に老いていくようであった。
 その現象が終わると、今度はランクの体が歪み出した。ランクの
体はまるで、水に映ったような姿に変わり、その後、ランクは力尽
きたかのようにその場に崩れ落ちた。
 リグラードが近づいていくとランクは人間の姿に戻っていた。し
かし、それは今まで生きていた人間だとは思えない姿をしていた。
 ただの肉塊と化していたのである。
「こ……、これで終わりだと思うなよ……。おまえたちには……、
他に三人の刺客が送ら……れているのだ……。きさまらに……、明
日はもう……、無いと……、思え……」信じられない事にランクは
まだ生きていた。そして、リグラードをその元は目だった物で睨つ
けていた。
「止めだ……」リグラードは頭らしき部分を剣で突き刺した。弱々
しく動いていた、ランクの体はそれで動きを止めた。
「いったい、こいつらは何なんだ?」リグラードは考え込んだ。し
かし、いくら考えてもわかる事ではなかった。
「いずれ、調べなければならないな……」リグラードは剣を仕舞う
と、洞窟へ向かって走り出した。
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