三人の王 第一章 旅立ち <7>
三人の王

第一章 旅立ち

< 7 >


 首都バールの北東に、ガルサスという都市がある。その都市と首
都バールとの間の道を人々は、成功への道と呼んでいた。
 しかし、いまやその道は人々にとって成功への道ではなく、死へ
の道であった。
 理由はただ一つ、二週間ほど前からそこに現われた黒い死神に他
ならなかった。
 その成功への道に今、一人の男が立っていた。手に持つ二つの剣
は黒光りし、上から下まで黒尽くめであった。
 彼の名は、ローゲント・ラフュード。人は彼を黒い死神と呼んで
いた。
 そのローゲントの周囲には、十人程の死体が転がっていた。そし
て、ローゲントの鎧は大量の返り血を浴びていた。
「十人がかりで、この様か……」ローゲントは舌打ちした。
「今まで何人もの戦士と戦い、そして、倒してきたが、この俺より
も強い戦士はいないのか?」ローゲントが誰かに語り掛けるかのよ
うに、そう呟く。
(やはり、平和なロガルドでは、強い戦士は育たないのか? 人間
とは平和に慣れきってしまうと、弱くなるのか?)
 ローゲントがそんなことを考えていると、バールの方から一人の
男が歩いてくるのが見えた。
 その男は剣を一本携えているだけで、防具は一切装備していなかっ
た。
 男はローゲントの前まで来ると、立ち止まった。周囲の死体など、
気にもしていないかのようだった。
(何だこいつは? まるで気を感じないぞ)
 ローゲントは少し戸惑った。今までこんな男、いや、こんな人間
には会ったことがなかったからである。
 そして、ローゲントは用心深く、二本の剣を構えた。気を感じな
いという事は、相手の動きが読めないという事だからである。
 それを見ると、男も剣をゆっくりと引き抜いた。その動きはどこ
となく、ローゲントに似ていた。
 しばらく、二人はそのまま動かなかった。少なくとも、ローゲン
トは動けなかった。
 ローゲントはまるで蛇に睨まれた蛙のように、動く事ができなかっ
たのである。ローゲントは生まれて初めて、恐怖という物を感じて
いた。
 そして、その均衡を破ったのはローゲントの方だった。ローゲン
トは恐怖を振り払うかのように宙に舞った。
 そして、右手の剣は相手の首筋を狙い、左手の剣は男の剣を狙っ
て繰り出されていった。
 その時、ローゲントは勝利を確信した。
 しかし、その瞬間、ローゲントは右脇腹に強烈な痛みを感じ、後
ろに吹き飛ばされてしまった。
(な、なぜだ? いったい、何が起きたんだ?)
 ローゲントが痛みを堪えて脇腹を見ると、鎧は拳大に割れていた。
そして、その破片は脇腹に突き刺さっていた。
「ローゲント、エンダーに行け。そして、そこで蛇退治に加われ。
もし、生き残る事ができたなら大陸に来い。俺はそこで待っている
ぞ」
 薄れゆく意識の中で、ローゲントの頭には男の声だけが響いてい
た。その後、ローゲントは気を失い、目の前がだんだんと暗くなっ
ていった。
 しばらくして、ローゲントはようやく意識を取り戻した。周りを
見回すが、男の姿は無い。
 ローゲントは剣を杖にして立ち上がり、森の中へと歩いていった。
その足取りは怪我をしているにも関わらず、しっかりとした物であっ
た。
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