三人の王 第一章 旅立ち <1>
三人の王

第一章 旅立ち

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 新世界暦一三五〇年。ロガルド王国の首都バールは、いつも通り
平和であった。
 その平和なバールの一画に、ジルファー・シークの家はあった。
ジルファーの家はそれほど大きくはなかったが、兄との二人暮しで
あるジルファー達には、広いくらいだった。
 ジルファーは今年で二十歳になったばかりの若き戦士見習いであ
る。
 戦士見習いとは言っても、規則に縛られるのが嫌いなジルファー
は町にある戦士養成所には入っていなかった。そのため、見よう見
まねの言わば我流の戦士になる事は間違いなかった。
 兄のレシッドは二十八歳で十年前に死んだ父親の職業である、細
工師を継いでいる。現在、その評価は高まりつつあった。
 今、そのジルファーの家に朝日が当たり始めていた。昨日まで嵐
だったとは思えぬくらい雲一つ無い、良い天気だった。
「ジルファー! ジルファー!」突然、体が揺れ、耳元で大きな聞
き馴れた声が聞こえてきて、ジルファーは目を覚ました。
「ん……?」ジルファーは目をこすって辺りを見回した。
「なんだ、兄さんか……」ジルファーは側にいた声の主を見て、言っ
た。
「なんだ、じゃないだろ」ジルファーの兄、レシッドはその返事に
多少、腹を立てて言った。
「なに、怒ってるんだよ?」
「魘れてたぞ、悪い夢でも見たのか?」そう言うと、レシッドはジ
ルファーの部屋から出ていった。
「夢……?」それを聞いて、ジルファーは何か恐ろしい夢を見てい
た事を思い出した。
 が、それがどんな夢だったのかは、思い出せなかった。まるで、
何者かによって、その夢の記憶を消されたかのように。
 ジルファーはその日はそれ以上、夢の事は気にせずにいた。そし
て、その日の夜。
「ここは……?」ふと、気がつくとジルファーは闇の中にいた。
「夢の中か……?」ジルファーの声が、闇に溶け込むように消えて
いく。
(そうだ、ここは夢の中だ、ジルファーよ)
 突然、闇の中から声が聞こえてきた。
 が、周囲に、人の気配は無かった。どこから声が聞こえてきたの
かも、ジルファーにはわからない。
 それは、まるで闇その物の声のように思えた。
「だ……、だれだ……?」ジルファーは叫んだ。いや、叫んだつも
りだった。
 しかし、声は逆に弱々しく、すぐに闇に掻き消えてしまった。
(今は言えぬ……。時間が無いのだ……。奴に知られては困るので
な……)
「どういうことだ……?」ジルファーはどこにいるのかわからな
い、何者かに向かって聞いた。
(時間が無いのだ……。ジルファーよ、おぬしが目を覚ました時、
この夢の事は忘れる。しかし、これだけは覚えておくのじゃ。ネク
スに行け。わかったか? ネクスに行くのだぞ。それと、蛇には近
づくな……)
 謎の声は聞こえなくなった。と、突然、ジルファーの周囲の空間
が歪み出した。
「な……?」その直後、ジルファーはなすすべもなく、気を失った。
 しばらくして気がつくと、そこは自分の部屋だった。ジルファー
の体が汗でびっしょりと濡れていた。
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