−最終日−
そもそも天橋立というのは、宮津湾の真ん中に丹後半島側から地続きの細〜い松林が突き出て湾を分断している…という状態。全長は3.6kmでほちほち歩いて1時間。天橋立方向から行くと地続きではないので2本の橋を渡ります。その橋のこっち側辺りのお寺にご挨拶。取り敢えず旅の無事を感謝したやら祈ったやら判りませんが、そのつくばいの辺りに小さな仔猫が一匹。物怖じしない態度で水など飲みながら、参拝者の足の上を踏んで去って行く。あれはこの辺りの土着猫、ここのお寺も庭なのねぇ…などと和みながら、天橋立縦断に出発。 この最初の橋というのが、実は「廻旋橋」というヤツ。内海から外海に出る土砂積んだ船や大きめの観光船がここを通る時、小さい橋ではくぐり抜けできないため橋全体が縦90度だけ回転、運河と並行に開いて船を通します。その間だけは橋のあっちとこっちが渋滞するのだけれど、みんな興味津々だから何の問題もなさそう。日に三十何回も回転するらしいので、そんなに珍しい物ではないようです。 さて、廻旋橋を渡っていよいよ松並木に。昨日見た外海側のギザギザ龍の背が海水浴中になっていてパラソルやら浮き輪やらを貸してくれる店も何軒か。自販機もあり結構賑やかだねぇ、などと言いつつ散策開始。ほとほと歩いていくと道端のなんてことない松に名前が着いていたり。俳句に読まれたのにあやかってだの近くにある何ぞの由緒にちなんでだの、結構適当と思われる命名が可笑しい。綺麗な水の井戸とか与謝蕪村の句碑とか松尾芭蕉の句碑とかも点在していて風情がある。 あるのだが、それは最初の1/4くらいまでで、その後は行けども行けども松並木が続くだけ。いかにも海水浴場として賑わっているのも龍の背の最初のギザだけで、真ん中辺りは人気も無い。もちろんどこも綺麗な砂浜ではあるのだが。並木で木陰になっているとはいえ久々の夏日で暑い。最初の賑わいで、喉を潤すのもどこぞ途中の自販機で…とか思っていたのが失敗した。喉が渇けど水が無いのだ。いい加減泣きが入りそうになった頃、小さな休憩所を発見。やっと水にありつけましたが、天橋立へ行かれる方は、飲み物持参で渡りましょう。 対岸に近づくとまた活気が戻ります。しかしその途中、松の木に巻いてあるホースが未だに謎なのでした。巻いてあると言っても幹に巻き付けてあるのではなく、木のてっぺんからいわゆるビニールホースが降りて来ていて、こっちの先端を巻いて幹にひっかけてある…といった風。これが何本も続くのです。松のてっぺんから水を落すためなのか、てっぺんから何か液体を採取しているのか、それがイマイチ判らない。何の説明書きも無く、結局何だか解らず仕舞いでした。
さて、嵐の去った夏の海、午後からは海水浴と行きたいもの。そこで早めに対岸に戻る事に。と船着き場近くを歩いていると一人のお兄さん近付いてくる! 実はこの人、対岸までの船の客引きさん。実は船には、大人数乗りの観光船と小型モーターボートがあるのです。やって来たのはモーターボート屋です。小さい方が水に近いし早く戻れればという事で、是非乗せてもらう事にする。やってきたボートは6〜8人で満員。それに乗り込んで出発です。これが早い! 遊覧船でも12分という対岸までを10分も掛らず戻ってしまったのではないでしょうか。風を切り波を逆巻き気持ちは良いけれど、喉の渇きに耐えながら1時間以上歩いたあれは何だったんだ…と思うような、いささか拍子抜けなスピードでした。 後は列車の時間まで泳ぐだけ。大きな浮き輪など借りて繰り出します。簡易更衣室やらロッカーやらも完備、台風一過ということで普段よりはお客も少なめなのでしょうか、ゆったりとした時間が流れます。うっかり流されてみたり、ちょっと向こうのプラットフォーム(四角いブイにプールの梯子みたいなんが付いてる)まで泳いで行ったり、思わず溺れそうになってみたり、砂に埋まってみたり。そして、砂浜でボーッとしていると向こうから怒声が。すわ喧嘩か!? と思ったら肩や背中に紋々しょったヤーさん達がスイカ割りをしてるのです。本当にのどかな風景でした。 列車の時間も迫ってくる。今朝まで泊まっていたホテルはなんと、チェックアウト後も温泉が使えるということで、ぼちぼちホテルに向かう事に。でもまだ食べたい物が残っています。行きし仔猫を見たお寺のそばの“智恵の餅”。三人寄れば文殊の知恵をもじって3つのお団子の上にあんこがかかったお菓子。疲れた身体に甘さが心地良い。これで知恵も付いたかなぁと言いつつホテルへ。最後の温泉を頂いて汗と汚れを流して、とうとう帰りの列車に乗るのです。一番最初から、ずっとディーゼル列車の旅だった今回のラスト、これだけは電車になりました。ディーゼル車とバスには酔わなかった車酔い常習の一名も疲れが手伝ったのか揺れが違っていたからか、最後の最後で辛そうでした。お疲れ様。 ちなみに、天橋立の温泉というのは割と最近になって温泉が出たらしい。ホテルの案内には温泉の分析結果だの効能だのがいっぱい書いてあって、いかにも嬉しそう。そして天橋立駅前には、城崎と同じ様な外湯が一軒ある。でも城崎みたいに確立したシステムができていないから当然入浴券が貰える訳でもないし、表にはその筋の人(と思しき人)からフェイクタトゥーの人までお断わりの看板なんかが出ていた。城崎にはそんなお断わりは無かったし、現に大きな絵をしょった御仁も外湯に入っていた。天橋立の外湯が成功するかどうかは、これからどんなやり方をしていくかに掛かっているんだろうなぁ…というのは、外湯前の無料足湯に浸かりながら考えたことだった。
降り出す前に遊べた鳥取の砂丘、嵐の一番激しい時に屋根の下だった城崎の水族館、雨続きで岩に含まれた水が多くて、それで綺麗だったのかもしれない水琴窟風洞窟、地元住民の酷評にも関わらず乗り継ぎも良かったバスと列車、追加行程だった出石のお蕎麦、頑張って行った甲斐がありました。最後の海水浴も、ピーカンでは無いけれどしっかり暑い夏でした。 後で思うと、本当に移動の多い旅で、いささか欲張り過ぎだったかもしれません。かなり無茶だという声も聞きました。でも、移動距離の割にはゆったりとした列車の旅、山並みも荒海もトンネルも見ていてちっとも飽きませんでした。長時間のはずのディーゼル車は思った以上に乗り心地の良いものでした。自分で企画する旅の面白さ、というのをしっかり楽しみました。 来年はあのモノレールの開通した沖縄へ行くのでしょうか。はたまた全く別の場所を思い立つのでしょうか。遊びに行くだけではない何かを見つける旅を、またしたいものだと思います。 |