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避嵐のディーゼル行記

−1日目−

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嵐の予感
 恒例夏の旅行だが、今年は行き先に悩んだ。全体にまったりムードの白馬も、二年続くと目新しさがちょっとね…という意見が有る中、日程的にも外せない用事が重なる事が判明。まず白馬がなくなった。次の候補は沖縄である。四年前にやっていたモノレールの工事、開業したら行こう! と言っていたそれが、今年開業予定…との情報はあったのだ。しかし、いつ開業というのは知らなかった。真剣に検索でもすればそんなものはすぐにわかるはず、なのだがそれをすっかり失念(?)していて、行ってはみたもののまだ工事中だったらねぇ…とあっさり断念してしまったのが何かの力によるものだったのか、それは今でもわからない。ともあれ沖縄もなくなった。さて、ではどこへ行くか?

 ここで唐突に奇抜な意見が出る。砂丘が見たい! 天橋立が見たい!
砂丘と言えば鳥取である。そして天橋立なら鳥取の隣ではないか。いや、なんぼ社会科に疎いと言ってもそこまで無知ではない。隣ってのは嘘である。けれど山陰本線で横連なりにつながっているのは確かで、それなら真ん中に湯の町城崎を入れて一泊ずつしようじゃないか、ということで無事行き先が決まったのである。

 毎年この時期体調がズタズタになる我が一行だが、今年は異常気象かと思うほどの涼しさのお陰かいたって元気である。しかしその代りというのも何だが、出発も直前になって超大型台風が急接近してきた。そもそも行きの列車は動くのか?! が、まぁ、うだうだ言ってもしょうがない。兎にも角にも鳥取までたどり着いてしまえば、あとは何とかなるだろう。というわけで、凄まじい嵐の予感の中、家中の窓という窓を全て閉め切って一行は出発したのであった。

 さて、ひょんな処でひょんなものを見つける。それは一番最寄りの駅から乗ったいつもの列車の吊り公告。『沖縄モノレール ゆいレール開業!』 あらら。実はこの夏開業予定だったのだ。それもジャストこの時期! しかし本日の沖縄は台風の真っ只中。飛行機も全て欠航。恐らく最初から知っていたら同じこの時期合わせでスケジュールしていただろう我々、その通りにしていたら今頃路頭に迷っていたよ…というのを怪我の功名と言うのか、はたまた酸っぱいブドウ? その沖縄上空をゆっくり迫ってくる嵐をかすめるように、鳥取へ向かう列車は走り出すのであった。天気は曇り。

うぃ〜〜ん↑ ひゅ〜ん↓
 列車はディーゼル車である。今回は、ここからほとんどの行程をディーゼル車とバスで巡ることとなった。その普段は乗り慣れないディーゼル車が面白い。加速する度にいちいち「うぃ〜〜〜〜ん↑」とエンジンが吹き上がる音がする。加速して加速して加速して、減速というか一定速度になると「ひゅ〜ん↓」と気が抜けたような音に変わる。カタカタ揺れる列車の中で「うぃ〜ん↑ うぃ〜ん↑ うぃ〜〜ん↑ ひゅ〜ん↓」「うぃ〜〜〜〜ん↑ ひゅ〜〜ん↓」という音を聞いているだけであっという間に時間が過ぎていく。

 そしてこの列車、もうひとつ特典がついていた。それは車両前方のテレビで、そこに運転席の前の線路がずっと映っているのだ。昔からいささか鉄っちゃんの気、というか、電車乗るとできれば運転席の後ろに立ちたい、というガキんちょ精神な身としてこれは嬉しい。トンネルも鉄橋も、窓から見える風景とテレビの画面に微妙なタイムラグがあるのがまた、当たり前だが可笑しい。

 そのテレビ画面に、時々雨粒が降りかかる。僅かながら小雨がパラついているのだ。水滴はカメラのレンズの中央に集まって、ちょうど線路の彼方だけが見えなくなる。それが一回「うぃ〜ん↑」と加速すると瞬く間に飛ばされて、水滴は小さくなっていく。物凄く下らないことに感動しながら、列車はあっという間に鳥取に着いてしまった。

 実は一日目の宿は鳥取ではない。まだこの先少し乗り継がねばならないのだ。時間は昼。天気は曇り、たま〜に薄日。風が生温く吹き抜けていく。どうやらまだ嵐は追いついていない。が、いつ降り出しても…といった雰囲気ではある。宿まで向かっている時間が惜しい。というわけで、荷物をコインロッカーに蹴りこんでさっさと砂丘へ向かうことにした。

 砂丘に向かうバスは幾つかあるが、なんと言っても市内を循環している観光ループバス「麒麟獅子号<きりんじしごう>」がお勧めである。鳥取県東部には、一本角を持った変わった獅子が舞う麒麟獅子舞という伝統芸能があって、そのイラストを配したレトロムード溢れる小さなバスが麒麟獅子号だ。座席の配置も変わっていて、前の方は普通のボックス席なのだが、車両中央は両側の窓に向かって座る展望席になっている。後部は一番後ろの一列以外は座席が無くて、その代わり柱の周りに丸い手すりが付けてあって、混んでる時にはそこに立ち客が掴まることになるらしい。

 車両の前後にはテレビがあって、次の停車駅と共に近隣の観光案内もしてくれる。駅間の長いところでは、麒麟獅子舞の解説や鳥取ゆかりの歌(実は「ふるさと」は鳥取が発祥)なんかを流してくれたりしてなかなかに飽きない。そうこうしているうちに風景が砂っぽくなってきた。砂浜とは明らかに違う砂の小山が見えてくる。砂丘だ!

砂の山
 実際のところ、始めて砂丘を見た感想は、結構狭いな…というものだった。頭の中に浮かぶ砂丘のイメージと言えば、見渡す限りどこまでも、行けども行けども砂、砂、砂。そしてその砂の広野の向こうをラクダがぽくぽくと…。砂漠と違うのはその向こうに僅かに海が見えることだけというものなのだが、そもそもこれが間違いである。地理がまるでダメダメで、都道府県を全部言えと言われるとうっかり鳥取を忘れてしまう人でも、鳥取といえば?と問われれば「砂丘!」と即答するだろう。しかし、滋賀県といえば琵琶湖というほどには鳥取における砂丘は広くない。というか、鳥取県の総面積3,507.19平方kmに対し砂丘は南北2km・東西16kmの広さ、その中でも一般に鳥取砂丘と呼ばれているのは僅か545ヘクタール程度に過ぎないらしい。言ってしまえば、海岸線のごく一部に砂が吹き溜まって小山を作っている…というだけなのだ。だから、砂丘の一番メインの場所近くのバス停からでも、小山の向こうの海が見えそうである。が、それでも砂丘はやっぱり大きかった。

 ド真ん中に見える小山が馬の背という丘で、高さは50m程にもなると言う。流石にそれに一気に登る気力は無くて、右手のなだらかな方から回って行くことにする。砂丘の砂は思ったより固い。今年は雨が多いので表面近くまで水を含んでいるのかもしれない。もっと晴天が続いていればさらさらふかふかな砂なのだろうか。はたまた海岸沿いであるゆえに、普段から湿気を含んで重いのだろうか。それでも踏みしめるとズブズブと足が沈みこんでいく感触はある。さっさとサンダルを脱ぎ捨てて素足で歩く。細やかな砂が足の裏に心地良い。ボランティアが定期的に周回しているらしく、ゴミもほとんど落ちていない。時々ちくちくするのは貝殻だけだ。

 嵐の接近のお影で風が結構強い。風速5mくらいから見えると言われる風紋が、足元にさらさらとできていく。足首の辺りに飛ばされた砂がのべつ当たって痛い痛い。ただ、良く写真で見るような大きな風紋は見られない。これはやはりもう少し砂が乾燥していてもっと深い砂まで巻き上がらないと見られないものなのかもしれない。馬の背の周囲を回りこむと眼下に日本海が広がってくる。海が見えると風が強まる。嵐が近づく海は白波が立って、遥か遠くに鯨の形の島が見える。それでもまだ波打ち際は少しは穏やかな方だ。砂を踏みしめ滑り落ちつつ海岸の端まで下りてみる。近くのカップルが波を感じてみようと挑戦してコケたのかびしょびしょになっている。打ち寄せる波を眺めつつ、あまり潮の匂いがしないな…と思ったのが印象的だった。

 馬の背には海側から登ることになった。やや固めの砂とはいえ、砂丘を登るのは一苦労である。腰が逝きかけの身としては、前の人が踏んだ足跡を辿っていくのが精一杯だ。が、その足跡も風で巻き上がる砂にどんどん埋もれていく。最後は四つんばい状態でへとへとになってよじ登った。流石に頂上から見る砂丘と日本海は壮大だ。そして馬の背の下に小さな池を発見する。これがオアシスと呼ばれる水たまりらしい。そこへ一気に駆け下りていく…と言いたい処だが、弱った腰には登りより下りの方が遥かに危ない。斜面に対して身体を斜めにして踵からズルように下りていく。

 オアシスの水は生温くて浅かった。小さな子がばしゃばしゃと渡っていく。渡った向こう側にはここへ流れ込んでくる小さい川がある。いや、川というか、単に砂の表面を幅1m半程の水がひたひたに流れているという感じなのだ。深さは…1cmあるだろうかという浅さである。その足の裏をくすぐるような川を辿っていくと程なくして途切れてしまう。ちょっと待て、この水はどこから来ているんだ? 見渡しても水が湧いているふうでもないし。悩みつつあちこち歩き回る。オアシスと違ってこの水は冷たい。踏みしめると一瞬濁る水が、すぐに澄んでいく。そしてその足元からちいさくこぽこぽと音が聞こえる。ん?と思って踏んでみる。こぽこぽこぽ…。足跡の底の方からわずかな水が上がってくる。目を近づけてみる。小さな砂虫の穴みたいなのが一瞬だけ見えて、そこから水が湧いている! 砂丘に降った雨が砂の下に蓄えられているのだ。多分そこいらに細々と生えている草たちは、この水を糧としているのだろう。その水が飽和した時表面に浮き出してオアシスに向かって流れていくのだ。後でパンフレットを見るとこのオアシス、多雨期のみの季節限定だったらしい。ラッキー!

 ちなみに日本人の悪い癖、というのがここ鳥取の砂丘にもあった。落書きである。馬の背の側面に、ここへ来た証拠の名前が馬鹿でっかく書かれている。3重のハートだのひらがなの名前だの、風紋もへったくれもない。そして目の前でおっさんがひとり、また新たな落書きを残している真っ最中だ。手に持った傘でお名前と思しきを一心に書いている。
 山
 田

おっさん、恥ずかしいよ…。良い歳してあまりに情けないので、ここに本名(かどうかは不明だけどさ)を晒しておきます。まぁね、風があれば一晩で消えてしまうようなもんなんだろうけど、やっぱりなんだかなぁ…と思いますよ。

 さて、オアシスの水源を探しているうちにパラパラと雨が落ち始める。雲が厚くなって風が強まってくる。ラクダ乗り場を片目に見ながら引き揚げることにした。バス待ちの間にお土産屋に入る。鳥取の名産は梨で、砂丘の名産は長芋である。砂丘の砂の砂時計が綺麗だった。梨の実入りのジュースなど飲み、砂たまごという温泉玉子の砂丘版みたいなんをいただく。これは地鶏卵を和紙にくるんで砂に埋め、鉄鍋の中で20分程蒸し焼きにしたものだそうな。剥いてみると黄味の表面が真っ黒だ。ほくほくしていて美味しい。雨の中、バスは15分ほど遅れてやってきた。帰りも麒麟獅子号である。雨がきつくなっている。今回の砂丘はこれでお終いである。微妙な空模様と強い風、水平線まで見渡せた日本海、嵐の前の一番良い時に遊べたらしい。駅に戻り、今日の宿に向かうべくディーゼル列車に乗りこんだ。

 宿は温泉宿である。最近の旅行はずっと素泊まりに近い宿泊だったが、今回の旅行は全て夕食付きにした。天候不順な中、食べに出なくて良いのが助かる。荷物を置くのももどかしく、温泉に浸かりにいく。ただしここの露天は、雨の影響だったのかいささか温かったのが残念だ。お風呂から上がって部屋に戻ると既に夕餉の支度ができていた。ああ、そうだよね、これが日本のお宿の夕食だよ。大きなテーブルに乗り切らない程のお皿の数。昨今は必ずある卓上の一人鍋。あまりの量に全部頂くのは無理でした。こういうところは夕食付きの不利な点かもなぁ。勿体ないことおびただしいです。窓の外、雨足がきつくなってきます。明日はどんなお天気になることやら。


 

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