一章 … 日常 …

「ユウちゃん、ユウちゃん。もう学校に行く時間よ。早く降りてきなさい。」

今朝もママの声が聞こえる。僕は何時もこの時間には起きているんだけど、ママの声が聞こえてくるまでは、絶対に降りていかないんだ。だって、朝ぐらいしかママの声を聞くことなんて出来ないから。

「はーい、今降りるよ。」

僕がまだ幼稚園に通っていたころは、ママはよく、僕にお話をしてくれた。たまに絵本を読んでくれたけど、いつもはとっても難しいお話をしていた。僕には全然わかんなかったけど、ママの声を聞くのはとっても好きだった。でも僕が小学校に入ってすぐ、ママはお仕事を始めて忙しくなっちゃったから、今はお話をしてくれない。だからママの声が聞こえる朝が僕は一番好きだ。

パパはもう会社に行っちゃったのかな。パパとは、ママよりもお話ししない。パパの会社は、お家からずっと離れたところにあるから朝はすごく早く起きるみたい。それに帰ってくるのも遅いから、僕はパパとはあんまり会えないんだ。パパもママも、僕のためにお仕事をしているんだから、少しくらい寂しくても僕は我慢しなきゃいけないんだって。ママが言ってた。

「ねえ、ママ。パパもう会社に行ったの。」
「ええ、もう行かれたわよ。ママももう行かないと。ユウちゃん、食べたらお茶碗流しに入れといてね。学校に行くときには忘れ物をしないで、お家にちゃんと鍵を掛けてね。あと晩御飯は冷蔵庫にシチューがはいってるから、チンして温めてから食べるのよ。じゃあママもう行かなきゃならないから。」
「うん、わかってる。いってらっしゃい。」

これで僕とママのお話はおしまいだ。ママもお仕事に行って帰ってくるのは僕が寝てから。小学校に入ってからいつもこうだ。僕はこれから学校に行って、帰って、テレビをみて、お風呂入って、ご飯食べて、宿題やって、寝るだけ。学校から帰ってからは、僕は一人っきりになるんだ。もう少し小さかった頃には寂しくて泣いちゃったりしたけど、もう僕は四年生になってるから我慢する。我慢できる。それに、今は学校があるからまだいいんだけど夏休みとかは嫌だった。誰にも会わないで一日居るのはとっても寂しい。

僕は学校がとっても好きなんだけど、お友だちはあんまりいない。マーちゃんとチーちゃん位しか僕と遊んでくれない。なんでだろう? 僕はみんなとなかよくしたいのにな。

でも僕には大の仲良しがいるんだ。猫のフィーがそう。フィーは野良猫でいつも一人ぼっち、だから僕となかよくなったんじゃないのかな。フィーの毛は茶虎でとっても長い尻尾をもってる。フィーの毛は何時もお日様の匂いがする。僕はその匂いを嗅ぐのがとっても好きだ。でもフィーはいつも何処にいるのか僕にはわからないから、毎日会えないんだ。雨の日はどうしてるんだろう。

日曜日は僕はあんまり好きじゃない。パパもママもお家にいるんだけど、僕がお話をしに行くと、いっつもこう言う。

「ユウト、今日はパパ疲れてるからまた今度聞くよ。だからたまの休みくらいもう少し寝かせてな。」
「ユウちゃん、ママちょっとお仕事があるからあっちでいい子にしててね。」

だからパパとママとお話できない。前に一回パパのお仕事の邪魔をして、すっごく怒られたことがあったからもう邪魔はしない。パパはいつもは優しいけど怒るとすごく怖いんだ。それで怖くて泣くとパパはもっと怒る。

「うるさい! 男なら泣くな! いいか泣いたら負けだぞ、男は負けたら終りだからな。だから絶対に泣くんじゃないぞ!」

それから僕はパパの前で泣いたことはない。ママも僕が泣くのが嫌いみたいだ。

「まったくピーピー煩いわね、ママは疲れてるのにこんなに仕事をしてるのよ。だから少しは静かにしてよね。」

それから僕はママの前でも泣いたことはない。だから僕が泣きたくなったら一人になるまで我慢してる。一人になってもあんまり大きな声で泣くとまた怒られるかもしれないから、静かに泣くことにしている。だけどこれは僕の秘密、パパにもママにも喋っちゃいけない僕の秘密…





<< 1 >>

<<<