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玄関まで出た。
両耳に指を入れたまま靴を履くのはむずかしい。
焦る。
爪先をトントントントンして、やっと履けた。
カギは持っていない。
お母さんは、学校から帰ってくる時間には必ず家に居る。
お友達と遊びに出る時には、お母さんはもう出かけない。
几帳面なお母さんはいつもカギをしっかり確認して出る。
どろぼうが入るからね…と、いつも言う。
カギは無い。
どろぼうが入るかもしれない。
どろぼうが入ったら、きっとすごくしかられる。
けど… 行かなきゃ。
お母さん…
帰ってこない…
お母さんに
電話とってもらわなきゃ…
ドアがバタンと閉じるのを背中で感じながら、門の前で…
前の道を大通りの方に向けて覗いてみる。
誰も居ない。
通りへ出る。
指を耳に突っ込んだまま、塀を摺る様にして進んでいく。
ひとつ目の電信柱の所まで行ったら、そっと道のむこうを覗き込む。
大通りを横切っていく人が見えるけれど、こちらに入ってくる人は居ない。
次の電信柱で、また止まる。
また覗いて、次まで行く。
大通りの角まで来た。
角から顔を少しだけ突き出して、そぉっと商店街の方を見る。
知らないおばさんが変な顔をしてこっちを見ながら通り過ぎたけれど、知っている人は居ない。
大丈夫… 見つかってない。
大通りを商店街の方に向かって歩き出す。
できるだけ向こうの方まで良く見なきゃ…。
お母さん…
電話とってもらうから…
でも
カギをかけてないのは
バレたらだめ…
その時、遥か遠くに見慣れたセーターを見つける。
隣を小さな男の子がスキップしてついてくる。
お母さん!
居た!
もう大丈夫…
あ、でも…
帰らなきゃ!
カギ… かけなきゃ… バレちゃう
もう、ゆっくり歩いていられない。
角を曲がって、振り返ってみる。
誰も居ない。
間に合う!
喉の奥がゼイゼイいうけれど、無視して走る。
こけそうになって、思わず耳から手をはなす。
門の処でゼハゼハと息が切れて、立ち止まってしまう。
ダメ! 家に入らなきゃ…
もう一度振り返る。
居ない!
今よ!
お腹が痛くなるほど息が苦しい。
ドアノブに手をかけ、力の限り引っ張る。
空いた隙間に身体をこじ入れて、全体重を使ってドアを開ける。
カチャッ
玄関にへたりこんで、せり上がってくる喉をやっと休める。
さ、部屋に戻らなきゃ…
静まりかえった台所を抜けて、ふらつく足を必死で前に出して…、
ベッドに倒れ込む。
布団を被って息を殺す。
寝てるの…
私は寝てるの…
どこも行ってない…
カチャッ…
玄関でカギのまわる音が聞こえる。一瞬外の音が流れ込んできて、すぐにパタッとやむ。
「ねえねえ、おかしたべてもいい?」
「まだよ、ちゃんと手を洗ってらっしゃい」
「うん、おねえちゃんおこしてくるぅ」
「おねえちゃ〜ん! おきてぇ おかしたべよぉ」
まだ少し整わない息を隠して、ベッドから降りる。
弟の後を、ふらふらする頭を揺らさない様についていく。
「あら、起きたのね。 おやつ、食べなさいね」
テーブルの上の皿には、ちょっと曲げた小指くらいの大きさで、表面がツルツルの、ピンクや水色、きみどり、きいろ、オレンジ、そして白色の…
ジェリービーンズ
2002.2.24
< 完
BGM:佐野史郎「君が好きだよ」
文:阿芸那 希
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