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カチャッ…
遠くでカギのまわる音が聞こえる。
一瞬外の音が流れ込んできて、すぐにパタッとやむ。
弟のきゃっきゃという声が玄関に響く。
おかあさん! ねぇ、おかあさん…
さっきねぇ…
「こうちゃん、だめよ、しずかにしなきゃ。おねえちゃん、ねてるんだから」
おかあさん… あたしねてないよ
ねぇ、きて
おかあさん… ねぇ…
こわかった… おかあさん…
おかあ さん…
やっと起きだして台所まで行ったのは、たぶん、それから1時間もあとのことだったと思う。
「あら、おきたの? きょうはいいものかってあるのよ。ほら」
テーブルの上のお皿には、ちょっと曲げた小指くらいの大きさで、表面がツルツルの、ピンクや水色、きみどり、きいろ、オレンジ、そして白色のお菓子が入っている。
「ジェリービーンズっていうのよ。おいしいから、たべてごらんなさい」
ジェリービーンズは変な味がした。
甘いけど、果物みたいな匂いと合わなかった。
噛むと、ぐにゃ…というかたくも無くやわらかくも無い感触がすごく中途半端で気持ち悪かった。
そして、そのやわらかいカスが奥歯にこびりついた。
おきてたんだよ… とは、言えなかった。
お母さんは買い物だろう。
待っているしかない。
ゆっくりと自分の部屋に戻る。
ハムスターのケージの蓋を外して、手の上に乗せる。
ハビィ… あんたはどこにも行かないよねぇ。
ハムスターはケージから出すとすぐに部屋のどこかに勝手に造った別荘に入り込んじゃう…ってみんなは言うけど、ハビィはそんなことしない。
手の上に乗せてやると、手のひらから肩に向かって登っていく。
肩まで行ったら腕を上げてやるんだ。
するとハビィは今度は肩から手のひらに登っていく。
ハビィが手のひらまで行かないうちに、その腕をそっと下ろしていく。
すると、せっかくてっぺんの手のひらにたどり着いたはずなのに、低くなってしまったことに気が着いたハビィは、再び肩に向かって登っていく。
ねぇ、ハビィ、お母さん… いつ帰ってくるんだろう?
ハビィはちょっと小首をかしげて、手の上でひまわりの種をカリカリとむいている。
ハビィぃ… お母さん… 遅いねぇ…。
答えはない。ハビィは可愛いけど、でも、口を利いてくれない。
ハビィが喋ってくれたら…と思うけれど、それは仕方が無い。
ハビィにも飽きてしまった。
漫画も大体読んでしまったし。
お母さん… ほんと、遅い…。
ピロピロピロピロ…
電話だ。
ピロピロピロピロ… ピロピロピロピロ…
心臓がギューッとなる。
怖い
電話、怖い…
とれない
私とれない…
誰か … とって…
ピロピロピロピロ… ピロピロピロピロ…
息苦しい。
喉が圧迫されて顔中が一杯の血でふくれたみたいな気がする。
胸の奥から咳がせり上がってくる。
耳を塞ぐ。
ピロピロピロピロ… ピロピロピロピロ… ピロピロピロピロ… ピロピロピロピロ…
音は消えない。
ねぇ
誰か…
とって…
布団をかぶっても聞こえてくる。
呼吸がせわしくなる。
とってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
お、お母さん…
電話、
とってもらわなきゃ…
お母さん…
探しに行こう
お母さん…
電話……
2002.2.23
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