阿弥陀仏の物語01 

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 悟りの世界と、我々凡人の世界との間には、気の遠くなるような隔たりがある。お釈迦様が在生の頃には、お釈迦様という途方もない存在が繋いでいてくれた。お釈迦様亡き後は、その直弟子達が繋いでいてくれた。しかし、やがて、その直弟子達も、この世から去る日が来る。後に残されたのは、我々凡人と悟りの世界との、隔たりだけであった。

 遠く遙かなる悟りの世界と、我々を繋ぐものとして、阿弥陀仏は登場する。思弁でも論理でもなく、人間の物語として登場する。物語を軽んじてはならない。物語だけが伝えうる何ものかがある。(物語については、言いたい放題 40 良き物語 参照)以下は、今日に残る阿弥陀仏の物語である。仏説無量寿経というお経に説かれている。

 久遠の昔、世自在王仏(せじざいおうぶつ=世間を自在に生きる王)と呼ばれる勝れた仏(悟りを開いた宗教家)がいた。ある時、この世自在王仏の話を聞いて、一人の国王が、無上の道心を起こして出家した。国を棄て、王位を棄て、法蔵(ほうぞう)と名乗ったという。才知にすぐれ、世の人々を、はるかに越えた人物だった。

 ある時、法蔵は師の世自在王仏の許に行き、師の足下に跪(ひざまづ)いて合掌礼拝し、次のような詩句で、自分の心中を師に語った。この詩は、讃仏偈(さんぶつげ)、または、嘆仏偈(たんぶつげ)と呼ばれている。

 光輝く師のお顔は、この上なく威力にあふれ、
 その光明は他に比べようもない。
 日も月も宝石も、いかなる光も、師の光明に遭えば、
 墨のように輝きを失う。
 師のお顔やお姿は、世を越えて、比類無い。

 師の悟りの評判の高さは、全世界に響きわたっている。
 師の正しい行いの徳は、勝れて希(まれ)である。
 深く正しく、諸々の仏の悟り(真理)を思念して、奥義を究めておられる。

 師にはもはや、無知、貪(むさぼ)、怒りの心も無い。
 人間界の勇者、獅子王のごとく、威光は量りしれない。
 徳高く、智慧深く、その光明は、三千世界を震動させる。

 願わくば、わたしもまた仏となって、
 師と同じように、聖なる世界の主(あるじ)になろう。
 迷える人々を輪廻の世界から救って、解脱させよう。

 私は誓う。私も仏の悟りを得て、
 あまねくこの願いを実現して、
 怯え、迷いながら生きる人々に、
 大いなる安らぎを与える者になろう。

 百千億万という、ガンジス河の砂の数ほどの仏を、
 供養するという途方もない決意。
 そういう決意にも劣らぬ覚悟をもって、
 仏の道を求めて進もう。

 また、たとえ仏の国が、ガンジス河の砂の数ほど有ったとしても、
 数え切れぬほど多いとしても、
 私の光明で、全ての国を、隅々まで照らし出そう。
 そうなるまで精進して、量りしれない威徳を身につけよう。

 また、私が仏になったら、
 その仏国土を世界第一のものにしよう。
 そこに住む人々は、こよなく勝れ、
 その国土もすぐれ、涅槃の悟りそのものとし、
 他に比類なきものにしよう。

 また、私は、大慈悲心をもって、
 一切の衆生を迷いや苦しみの世界から救い出そう。
 そして、十方の他の世界から生まれ来る者に、
 喜びと清らかな心を与え、
 我が国土に到れば、直ちに心安らかにしよう。

 願わくば、師よ、見とどけ給え、
 これが私の真心の証(あかし)である。
 このような願いを実現するために、
 私はつとめ励む決意である。

 十方世界におわす智慧限りない仏達よ。
 常に私の覚悟と修行を見守り給え。
 たとえ、身は、諸々の苦難に出会おうとも、
 私はつとめ励んで、ついに悔いることはないだろう。

 偈を説き終わると、法蔵は世自在王仏に言った。

「師よ、私は、このような大きな願いを起こしました。お願いです。私のために教法をお話下さい。私は、修行をして、仏になり、これまでの仏国土の勝れたところを選び取り、我が仏国土を建立して、苦しむ衆生を救いたいのです。どうか、私が悟りを開けるように、お話下さい。」

 これを聞いた世自在王仏は、法蔵に答えた。

「お前自身で知る方が良いのだ。」

 法蔵菩薩は、

「師よ、私の力では及びません。師でなければ、できないことです。どうか、諸仏の浄土の素晴らしさをお話下さい。師の話を聞いて、私は、修行を重ね、我が大願を成就したいのです。」

と言った。

 世自在王仏は、法蔵の志高く、願いの深いことを知って、経を説いて、次のように言った。

「例えば、たった一人で、大海の水を升で量ろうとする。それは、無駄なことのように思えるが、それでも、気の遠くなるほどの時間をかければ、底を究めて、遂に海底の宝を得ることができるだろう。同様に、人が、心から道を求めて修行を続ければ、必ず良い結果を得ることができるだろう。いかなる願いもかなうものだ。」

 そして、法蔵の求めに応じて、210億にのぼると言われる諸仏の浄土と、その国の人々の長所短所について語り、さらに、その様子を法蔵菩薩に見せたのである。

(つづく)