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ACT.3 [Bad Moon]
〜堕ちたる街へ〜




某所 9/27:早朝


…彼らは予定通り池袋に到着。
バラバラに少年の行方を捜すようです。

…はい
分かりました。では、小手調べに…

…え!?貴方も…!
はい。準備はしておきますが…何もそこまで…

…は、はい。すみません。
では…







池袋 南地区 9/27:昼過ぎ


池袋。
至る所に瓦礫が転がり、崩れかけた廃ビルが林立する町並みの中を、疾風は歩いていた。
失踪した少年「山本真琴」の行方を追って池袋に来た4人は、それぞれ独自に少年の足取りを調べているのだ。
さすがに東京一の治安の悪さを誇るだけあって、廃ビルの陰などから、剣呑な視線をぶつけられることも二度や三度ではない。だが疾風はそんな物どこ吹く風、といった様子で、まるで散歩でもするかのような足取りで進んでいく。
しかし、大通りを離れ、薄暗い路地を曲がった辺りで、その足がぴたりと止まる。

「…なぁ、そろそろ出て来いよ。せっかくやりやすい所まで来たんだからな」
疾風の声が冷たいコンクリートにこだますると、応じるようにストリート・ギャング風の人影があちこちから現れる。
前に3人、後ろに2人…
それを見ても、疾風の余裕の表情は崩れない。
「一応、忠告だけはしといてやる…さっさと消えな!少しでも、自分が可愛いならな」

答えはない。
代わりに、銃を構えるストリート・ギャング達。
「そうか…なら、サムライに喧嘩を売ったこと…後悔させてやるぜ!」
疾風の瞳に、肉食獣を思わせる獰猛な光が宿る…





「ねぇ…貴方、ほんとに知ってるの?」
テイルは前を行く男に声をかけた。
この男が、真琴君の行方を知っているという。
ダークブルーのジャケットに、ごつい銀のブレスレット。顔には悪魔を模した刺青…
正直言って、一般人ならあまりお近付きになりたくない相手ではある。その後ろを、両手を頭の後ろで組みながら、つかつかとついていくテイル。

「もぉ、まだなの?」
「へっ、ここいらでいいだろ…デートはそろそろ終わりにしようぜ、お嬢ちゃん」
そう言って振り返りざま、アーミーナイフを抜く男。
微かに届く日光を受けて、一瞬キラリと刃が輝く。
テイルの足元の御影が、毛を逆立て、低くうなった。




…つけられたか。
少年の行方を探るべく飲食店をまわっていた神武だが、三軒目を出てすぐ、尾行者が付いた。
すぐにけりをつけるか…いや。
この分だと他の3人にも何かしらのアクションが仕掛けられていると見るべきだ。めったなことにはならないだろうが、早く彼らのサポートにまわった方がいい。神武は馴れた様子で、注意深く尾行者を観察しながら、今後のプランをまとめていた。

…動きから見て、さほど熟練した追手ではない。ならば…

唐突に、ふらりと横道に入る神武。
慌てて同じ道に踏み込んだ尾行者の前から、彼の姿は忽然と消え失せていた。




「彼」にとって、池袋は庭のようなものだった。なにしろ中部山中から出てきて以後、「彼」はずっとここをねぐらにしていたのだから。
東新宿などとは対照的に全く整備の行き届いていないこの街だが、「彼」にとっては第二の故郷、一時の安らぎを与えてくれる場所であった。
この池袋にも、やはり浮浪者達の情報網がある。しばらく彼らに混じって暮らしていた「彼」は、その情報が実に侮れないものであることをよく知っていた。

「…権さん」
薄汚れた食堂の裏口で、ゴミを漁っていた男が振り向く。この男が、この辺り一帯の情報を押さえている。
「よぉ…打牙じゃねぇか!見ろよ、駄目だなここも、最近材料をケチりやがる」
「ちょっと、これを見てくれ。あんたなら知ってるんじゃないかと思って…」
「彼」はモニターを取り出すと、権さんに見せた。
首の辺りをぽりぽりかきながら、モニターを覗き込む権さん。
「…こいつ、キャサリンと一緒にいたっていう…」
「知っているのか?」
「ああ…だがよ、打牙…ずいぶんと物騒な客人を連れて来たもんだぁな」
背後に殺気を感じ、「彼」は振り返った。
そこには、銃を持ち、目をギラつかせたストリート・ギャングが4人、にやにや笑いながら立っていた。

「…無粋な客には、それ相応のもてなしをするでござる…参る!」
4つの銃口に向け、静かに構えを取る「彼」…打牙
「へっ!こいつ、素手でどうしようってんだか」
「頭イカレてんじゃねぇのヒャハハッ!」
「まぁいい…死ねぇ!!」
下卑た声が路地に響く。雲でもかかったのか、それまで差し込んでいた陽光が、ふっと影に置き換わった。




「行くぜ!」
そう言ってアスファルトを蹴り、最高速で前方3人の敵に詰め寄る疾風。
瞬きするより、速い。
常人には、まるで瞬間移動でもしたかのように見えただろう。
駆け抜けざま、腰の日本刀を抜き放ち、一閃。
一瞬遅れて、一陣の風が通り抜けていく。
サイバーウェアに裏打ちされた、並外れた脚力と反応速度。そしてそれに釣り合うだけの剣の腕…その全てを備えて始めて可能になる、神速の抜刀術である。

3人目が血しぶきを上げて倒れた時、後ろの2人はまだ銃の狙いもつけていなかった。
…この間、わずか3秒。

思いのほか高い報酬に飛びついた事を、ギャング達は早くも後悔していた。
敵はたった一人…そこそこできる奴だって、5人がかりで囲めば…
彼らはウワサでしか知らなかったのだ。
ストリートの最強の猛獣、「サムライ」の持つ牙が、どれほど鋭いかを。

「んなろぉ!」
「…遅えよ」
刀を捨て、アレス・プレデターを抜き撃つ。
銃声は2発。
2人のストリート・ギャングが、ほぼ同時に崩れ落ちる。
「だから言ったろ?オレは疾風…お前らなんかに見切れるかよ」
指先でくるくるっとプレデターを回しながらそう言うと、疾風は何事もなかったかのようにその場を立ち去った。




「ふふっ…困った人ね」
テイルの目が、すっと細くなる。
獲物を弄ぶ、猫族の瞳。
異様な雰囲気に、慌ててアーミーナイフを振りあげる男…でも、もう遅い。
大気に満ちる自然のリズムに身を任せ、テイルは歌うように魔力の旋律を紡ぐ。
「魔力破(マナ・ボルト)!」
「な…ぐはぁ!? 」
ビクン、と一瞬震え、血を吐いて吹き飛ぶ男。

「どう?…わたしの魔力を、アストラル空間から打ち込んだの。ちょっと痛そうだけど、もう一発くらいは耐えられるんじゃない?」
にこにこしながら、ゆっくりと男に近づくテイル。
「これでも、思いっきり手加減したのよ。…そうだ、次はフルパワーでやってあげようか?」

シャーマンは多かれ少なかれその導き手である、動物をかたどった霊的存在…「トーテム」の影響を受けている。テイルを導くのは、「猫」。格好の「玩具」を手に入れると、一時それしか目に入らなくなる…という性格も、猫譲りというわけだ。

だが、今回はそれがあだになった。
突然、背後から口を塞がれる。
「!?」
二人目がいた…!?
「油断したな。呪文が唱えられない魔法使いなんざぁ屁でもない」
後頭部を殴られ、テイルの身体は糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。




物騒な「客人」に向け、打牙は一呼吸で間合いを詰める。
ギャング達の放った弾丸4発を1センチ差で躱しながら、全くスピードを落さないで走る。
銃の間合いをあっけなく突破されたギャング達は、慌てて接近戦の体勢に入るが…
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「な、何ぃ!?」
怒涛の連続攻撃が一瞬にしてギャングを一人葬り去る。
一見無秩序な攻撃に見るが、実は俊敏な動きを最大限利用して常に防御の死角から連続攻撃を加える高等な技。正面からの打撃にもかかわらず、防御も回避も不可能…これこそ、打牙の流派「武神流(たけがみりゅう)」の秘儀「我無捨羅」なのである。

まだ3対1とはいえ、もはや力の差は明らかだった。
だからそれが2対1、1対1…となり、すべての「客人」が地に這うまで、そう長い時間は必要無かった。

「…悪く思うな」
倒れたギャング達に背を向け、権さんの所に戻る打牙。
しかしまだ意識のあった一人のギャングが銃を拾いあげ、その後ろ姿に向けて…
「!!」
再び太陽が戻った路地裏に、銃声と悲鳴が響き渡った。



(全く…もう、怒ったから)
地面に転がった自分の身体を眺めながら、テイルはつぶやいた。後頭部を殴られる1瞬前に、意識体だけをアストラル空間に待避させたのだ。
−アストラル投射
魔法使いは肉体の枷を外し、意識のみをアストラル空間に飛ばすことができるのだ。意識体には決まった外見がないから、アストラル空間では好きな形をとることができるわけで、テイルは白猫の格好をとっている。

ただ、ふつう、アストラル空間から物質空間の存在を攻撃することはできない。それにこのままテイルの身体が致命傷を負えば、帰る場所のなくなった意識体はやがて消えてしまうことになるのだが…
(師匠には、あんまり使うな、って言われてるけれど…こういう場合はしょうがないよねぇ…)
そう、勝手に一人で納得すると、テイルは物質空間に意識を集中させる。目標は…御影。
(ちょっとだけ…我慢してね、御影)
テイル/白猫のオーラが、御影に重なる…普通ならオーラの壁に弾き返されるはずなのに。
生体的にも意識的にも完璧にシンクロした、テイルと御影だけが出来ること。
アストラル体を他者に憑依させる…アストラルポゼッションという、力である。


…テイルは、物質空間での眼を開いた。
猫の瞳から見た、池袋の裏道。
人間とは見える色の波長が違うため、最初は戸惑ったものだが…それももう慣れた。
体が軽い…!
この姿になるといつも、不思議な昂揚感に包まれる。
見れば、さっきの男が今まさにテイルの本体に止めを刺そうとしていた。
(ふん…油断してるのは、あなたの方よ!)
音一つ立てず、テイルは男の首筋に飛び掛かった。





カラン…
ギャングの手から、力無く銃が落ちた。

「かたじけない」
打牙はゆっくり振り返ると、路地の入口にたたずむ男に声をかける。
「…ささいな不注意でも身を滅ぼす元になる。覚えておくんだな」
男−神武はそう言ってさっと銃をしまうと、打牙達のもとに来た。

「わたしも、こいつらに尾行されていた…何者の仕業なのか、調べた方がいい」
「この…拙者たちの力を試すようなやり口…もしや…」
倒れたギャング達を見やりながら、打牙がつぶやく。
「心当たりでもあるのか」
「…妖(あやかし)というランナーがいる…以前、拙者たちと対立したことがあるのだが…どうも奴の「匂い」がするでござるよ」

「妖…か…」
しばらくの沈黙の後、ふと思い出したように打牙が言う。
「っておっとそうでござった、真琴君の位置が分かったでござるよ!」
「…そういう事は、早く言え」
むっとしたように言う神武。
そのやり取りを見て、ひとり権さんだけがくすくすと笑っていた。




男たちを倒したテイルは、再び自分の身体に戻り、暗い路地を後にした。
…ビルの影から、その後ろ姿に謎めいた視線を送る人影が一つ。
大きめの帽子に、腰までのおさげ。
不忍池で打牙を見ていた少女である。
「あれが…そうなのね」
少し考えた後、リストホンを起動する

…はい、“レッグアーム“を、
そうです。ポイントは後程…






池袋 キャサリンのアパート 9/27:午後


「この扉の向こうに…真琴君が?」
小さく、かすれるような声でテイルがささやく。
「ああ、権さんの情報は信用できるでござる。彼はこの部屋の主…キャサリンと一緒にいる」
「打牙…“ウィッチ”での潜入調査、したかったんじゃないのか?」
「なななにを言うでござる!」

キャサリンの働く娼館“ウィッチ”の前で打牙が妙に張り切っていたのを思い出して、疾風がからかう。
結局潜入はせず、コンピューター・マトリクスを通じて得た店のデータから、今いるキャサリンのアパートを探し出したのだが。

「むむぅ…では、行くでござる!強襲だ!」
「待て」
今にもアパートのドアに「我無捨羅」を決めそうになる打牙を、神武があっさりと押しとどめる。だいぶ、打牙の調子に馴れて来たらしい。

…コンコン
そのままドアをノックする神武。テイルは無言でじっとそれを見守っている。
…トントン
「…何よ…うるさいわねぇ」
中からくぐもった声が聞こえてくる。
そしてしばらくすると、軋んだ音とともにドアが少しだけ開かれた。
ウェーブがかったブロンドに、鋭角的な顔のライン。
“ウィッチ”の写真にあったのと少し感じが違うが、彼女がキャサリンだろう。
「実は…」
神武が言いかけるのを遮るように、テイルがわってはいる。
「…あ、あの、その…ま、真琴君、は…」
勢い込んで出て来た割には、それだけ言って黙ってしまったテイルをしばらくじっと見つめていたキャサリンだが、ややあってからぼそっと
「はいんな」
とだけ言うと、中に戻っていった。
「おら、行くぜ」
疾風はまだその場に立ち尽くしているテイルの背中を押して、扉をくぐる。神武、打牙もその後に続いた。



「どうしたの、お姉ちゃん…あっ!?」
一人の少年が、ソファーの上に座っていた。
写真と同じ顔…山本真琴君。
「私達は、君のお父さんに頼まれてやって来た。君を…家に連れて帰るために」
神武が簡単に説明する。神武にしてはかなり柔らかい口調で話しているのだが、たちまち少年の顔が曇る。
「イヤだ!家になんか…帰りたくない…」
父親と母親が待つ家なのに、自分を待ってくれる者がいる場所なのに…
「どうして…」
テイルは、思わず声に出していた。
「お父さんも、お母さんも、嫌いだ!みんな僕のこと好きじゃないし、僕を見る目が違う…僕はあの家にいても邪魔なだけなんだ!」
そんな…失ってからでは遅いの。家族のこと、帰る所…そして二度と手に入らないもの。後でこうすればよかったと思っても、遅いのよ…!
少年の瞳を見つめ、テイルが何か言いかけた時だった。
バリバリというすさまじい音とともに、玄関のドアが砕け散った。
「ちぃ!?」
「しまった!」
木の屑が飛び散った向こうには、完全武装したトロールの巨体がそびえ立っていた。



「駄目だ!効いてねぇ!」
疾風のプレデターが、二度、三度と火を吹き、鉛の弾を浴びせつけるが、トロールは微動だにしない。恐るべきタフさだ。
「焦るな…何!?」
キャサリンのガードから疾風の援護に回ろうとした神武の前に、光のきらめきが現れ、逆巻く水の塊が実態化してくる。
「…元素精霊!!ここはわたしに任せて!」

元素精霊には銃器が効かない。神武には相性が悪すぎるのだ。
その代わり、精霊はアストラル世界にその半身を置いているため、魔法使いが意識体をアストラル投射して戦うことができる。

意識を集中させ、アストラル界に飛ぼうとしたテイルだが…
「さ・せ・る・か!」
トロールの銃撃が肩を貫く。
「きゃぁぁぁ!!」
肩を押さえ、倒れ伏すテイル。
流れ出した血がゆっくりと床に広がっていく。

「ぬぅ…食らえ我無捨羅!!」
一気に懐に入る打牙。
拳に魔力のオーラを纏わせ、全力でトロールに叩き込む…!
「ぐむ…」
初めてトロールが表情を曇らせ、半歩下がる。が、攻撃にすべてを集中していた打牙には大きな隙ができていた。
ヴン!
丸太のような足が恐ろしいスピードでうなる。
「ぐはっ!」
重い蹴りをまともに食らった打牙は、ベランダまで吹き飛んで、ばたりと倒れた。
疾風も神武も、もう無傷ではない…

「…めてよ」
小さな、つぶやき。
「もう…やだよ…こんな…」
テイルは目を開けて、声の主を見た。
…真琴君…?
少年は、床にしゃがみこんだ格好で、肩を震わせている。
その周りに、強力な魔力のきらめきが集まっていく。
…!!
「もう…やめてよ!!!」
その瞬間、テイルの視界は膨大な光であふれ…そして全てが闇に包まれた。











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