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ACT.4 [Word of Undoing]
〜・・・また、ね〜




池袋? 9/27:午後?


ん…
ほおに、冷たい感触。
わたし…一体…
徐々に意識が戻ってくる。
ここは…?

テイルはゆっくりと目を開いた。
ぼんやりと、人の顔が、自分を覗き込んでいるのが見える。その像が次第にはっきりしたものになってゆき…
…真琴、君?
…涙??

「…ん…真琴君…」
うまく声が出ない…なんだかかすれたようになってしまった。

「あっ…気が付いたんだ!…良かった…」
あわてて涙を拭いて、笑いかけてくれる真琴君。
ってここ…真琴君の膝の上??
戸惑うテイルに、別の声がかかった。
「ゴメンねぇ…車の中、狭いからさ。…でも、悪い気しないだろ?」
この声は…キャサリン?
そっか…車の中だったんだ。
「今、新宿に向かってる…この子を、親のとこに送るんだろ?」
テイルは、はっとして少年を見上げた。

ひとつ、小さく肯く真琴君。

そう…
高速でも走っているのだろう。ほとんど振動は感じられない
「あの…膝枕、イヤだった?止めようか?」
真琴君が、ささやくように言う。
「ううん…ありがと。もうちょっと…こうしてていい?」
「うん…」

このままずっと、こうして、眠りについていたかった。
でも…わたしには、やることがある。
知らなくては、いけないことが…

「真琴君…」
「何?ええっと…」
「わたしは、ホワイトテイル…テイル、でいいわ」
「うん。…で、何、テイルちゃん」
「ちゃ…くすくす」
前の座席から忍び笑いが聞こえてくる。
「…キャサリンさん!」
「あは、ごめんね。じゃ、あたしはこれ以後何も聞いてません、ってことで、ね」
ふと、沈黙が車内に訪れた。聞こえるのは、車の微かなエンジン音のみ。
沈黙を破ったのは、真琴君だった。
「テイル…ちゃん?…聞きたいこと、あったんじゃない?」
再び、沈黙。
「もう…いいの」
「僕の…力の、こと…?」
「…」
「こんな、こんな力があるから…!」
真琴君の身体の震えが、テイルにも感じ取れた。
そっと手を伸ばし、握り締められた拳を包む。
「わたしも…同じだね」
「え…?」
「ちょっと長くなるけど、聞いててくれる?わたしの昔の話…」
この前も、話したの車の中だったな…
ふとそんな事を考えつつ、軽く目を閉じると、テイルは話し始めた。






新宿 レストランHIROSUE 9/27:夕刻


「ねぇ、これで、良かったのかなぁ…」
テイル達は少年を両親に引き渡し、彼ら家族を乗せた車が遠ざかるのを見送っていた。
「…依頼は果たし、報酬も受け取った。これで仕事(ラン)は終わりだ…違うか?」
「だって…上手く言えないけど…わたし、ぜんぜん“これで良かった”っていう気になれないんだけど。…みんな、気にならないの?」
「まぁな、なんか、すっきりしねぇよな…」
「そうでござるな…」
救いを求めるように、じっと神武を見るテイル。
「そのこだわりが、命を落とすもとになることもある。シャドウランナーとして、必要以上に仕事に思い入れを持つのは得策ではない…」
神武はそこでふっと息をつくと、軽く首を振り、続けた。

「が…今回の件は、確かに余りに不自然だ。もう少し調査を…おい…何だその嬉しそうな顔は…」
やれやれ、と言った感じでウエストウィンドのドアを開くと、さっと乗り込む神武。
「うん!行こう!真琴君たちを追って!」

残された疾風と打牙も互いに顔を見合わせて一つ大きく肯くと、疾風の車に乗り込んだ。

神武の車のモニタ上に、地図と、赤い光点が浮かび上がる。
「あの車には…発信機をつけておいたんだ…何だ、にやにやして…」
「だ〜って、神武だって、追いかけようかと思ってたんじゃないの。隠さなくったっていいのよ、ほらほら…」
「…あらゆる可能性を考えた結果だ。行くぞ…」

神武の声とともに、ウェストウィンドが滑らかに発進する。
待っててね、真琴君…!
ぎゅっと御影を抱きしめながら、テイルは急速に暗くなりはじめた空を見つめていた。






新宿 東都高速4号線 9/27:夕刻




「神武!大変よ!真琴君たちの車が…」
発信機の位置を示す赤い光点は、上野への道を大きくそれていた。
「家には向かっていない…この分だと行き先は…!」
「池袋!?」
あの街に一体、何の用があるというのだろうか。
いやな予感が、頭から離れない。
「神武!もっと急いで…」
「やっている…疾風たちをだいぶ置いてきてしまったがな」
苦々しい調子で神武は言い、ふと、付け加える。
「ところで、肩の傷…もう平気なのか?」
「それが…不思議なの。ほとんど治っちゃってる…」
撃たれた辺りをさすりながら、テイルも首をかしげて答える。一時自分でも、傷のことを忘れていたくらいだ。
「あの、光か…?」
「多分…ねぇ、あの後…あの光の後、どうなったの?」
「…聞いていないのか?気がつくと、部屋はほぼ全壊、トロールも精霊も消え失せていた。あの少年がひとり、呆然と床にうずくまっていた…」
神武は普段と変わらない冷静な調子で、その後のことをざっと説明した。
「そう…」
視線を落とすテイル。

「あの少年…例の東都新化学絡みだろ」
「…!」
驚いて顔を上げ、神武を見る。
「依頼人のことを、もう少し詳しく調べてみたんだが…あの父親、山本等は、以前東都新化学の社員だった事がわかった」
努めて事務的な口調で、神武は続けた。顔は、フロントガラスの向こうを見たまま。
「知っているだろうが…東都新化学は、神明院の流れを汲むだけあって「力」を持つ子供を常にサンプルとして求めていた…」
「…まさか…」
「あくまで、憶測だ。しかし、これで終わりではない。最近、そう、あの少年が姿を消す直前に、山本等の銀行口座に大金が振り込まれていたこともわかった。…まるで、何かの報酬のようにな」

「そんな…ことって…」
言葉を失い、宙に視線を泳がせるテイル。
その焦点が、ふと、モニター上に結ばれた。
…発信機の光が、停止している!
「神武!」
「池袋東地区…この辺りは廃ビルしかないはず…恐らくここが「受け渡し場所」だろう。」
そう言って、コンパネに目を戻す。
「後5分で着く…間に合ってくれ…!」






池袋 東地区 9/27:夜




廃ビルの前には、少年と両親の乗っていた車が無造作に乗り捨てられていた。
月明かりをうけ、残っている窓ガラスが鈍い光を放っている。
かつては重厚な佇まいを見せていたのであろう入口付近だが、今は鍾乳洞の入口を思わせる黒々とした「風穴」があるだけだった。
その向こうに広がる闇を見据えながら、静かに神武が言った。
「疾風たちの到着を待ちたい所だが…今は時間が無い。行くぞ…」
無言で頷くと、テイルもその後に続き、暗闇の中へ入っていった。



「トラップなどは無い筈だ。あの親子もここを通ったんだからな」
小声で言いつつ、できる限りの速度で神武は進んでいく。
「…待って!?」
テイルの制止に、振り向く神武。
「精霊がいるわ…曲がり角の先!」
「わかった…任せる。だが気を付けろ」
神武に肯いて答えると、テイルは近くの壁に寄りかかって座る。そして目を閉じ、意識体を開放していく。

(…いた…水の精霊ね…!)
同時に水の精霊もテイル/白猫を発見した。
実体化した時と同じ、不定形の姿をくねらせて襲いかかってくる。
(元素精霊なんかに…負けないから!)
2度、3度と、双方のオーラが激しくぶつかり、エッセンスのきらめきを散らす。もしこの場にアストラル空間を見ることができるものがいたら、その美しさに目を奪われたことだろう。
(こっちには、時間が、無いのよ…!)
一撃…二撃…白猫の爪が精霊を切り裂くたびに、精霊の放つ光が弱まっていく。精霊も触手のようなものをのばして応戦するのだが、テイルは巧みにそれを躱し続ける。
(とどめよ!)
オォォォォォ!
低い唸るような音とともに、精霊は完全に消滅した。


再び身体に戻ったテイルは、立ち上がって大きく伸びをする。
「…終わったわ。行こ」
無言で頷く神武。

角の向こうは、エレベータ・ホールだった。
「何…?このビルは、まだエレベーターが生きているのか…!」
「神武…見て!」
3つ並んだエレベーターのうち、一番左の1台が降りて来ている。

12…11…10…9…

「ホールの出口に隠れて待とう」

5…4…3…

扉に向けて、HK277サブ・マシンガンを構える神武。
テイルも、息を殺して待つ。

2…1

扉がゆっくり開いていく
人…あれは、真琴君のお母さん!
扉が完全に開く。
そのまま、人形のように前のめりに倒れる真琴の母。
…!?
テイルが思わず駆け寄ろうとする。
「…はっ!伏せろ!!」
神武はとっさに、自分も倒れ込むようにしてテイルを地面に伏せさせる。

一瞬の静寂。そして…
閃光。
轟音。
飛び散る小石。
背中を吹き抜ける熱風。
しばらくしてから体を起こし、状況を確認する。
真琴の母の身体はかけらも残さず吹き飛んでいた。

「死体に爆薬を仕掛けて、降下させたのか…」
「酷い…」
タイミングを見計らったかのように、今度は中央のエレベーターが降りて来て、その扉が開く。
中は、空。
「これに乗って来い…そう言いたいようね」
「そして、自分は右端のエレベーターで逃走する…という手か…?ならば…」
神武は右端のエレベーターを呼び寄せる。
中は、やはり空。その中に遠隔爆破型プラスチック爆弾を仕掛け、扉を閉める。
「これでいい。…仕方あるまい、そろそろ招待に応じてやるとするか…」
二人が乗り込むと、ゆっくりとエレベーターの扉が閉まる。
向かうは、12F…

「向こうのエレベーターの扉が開いた瞬間に、爆弾の起爆スイッチを入れる。数秒遅れてこちらのエレベーターが到着…扉が開くのと同時に閃光弾を打ち込み、突入する。…いいな」
「爆破って…真琴君にもしものことがあったら…!」
さっきの真琴の母のことが、頭から離れない。
「敵の目を引き付けるのが目的だ、火薬の量はごく微量にしてある。殺傷力はほとんど無い」
「そう…なら、いいけど」

3…4…5…

「ところで…その猫、いいのか、こんな所まで連れて来て…」
「あぁら?神武が御影の心配をしてくれるなんて…どういう風の吹き回しなの?」
「…邪魔にならないかと思っただけだ」
「ふふっ…この子がいないと…困るの。…いつか、分かるわ…」

8…9…10…

ふっと会話が途切れ、二人とも、無言で階数表示を見つめている。

11…

神武が爆弾の起爆スイッチを入れる。
くぐもった轟音が上からくる。

12…!

「行くぞ!」
細く開いた扉の隙間から、閃光弾を打ち込む。
ホワイトアウト…
その間に、テイルは目を閉じて開いた扉から走り出た。



12Fは、瓦礫の散らばる小ホールになっていた。
目に入るのは、3つの人影。
床に転がって動かない1人と、奥の暗がりに2人。
転がっているのは…恐らく…

「よくここまで来た…と言ってやりたい所だが、あいにくとわたしは多忙な身でね」
よく通る声が、暗闇を切り裂いて耳に届く。
「その声…やっぱり…妖…!」
「おやお嬢さん…覚えていて頂けたとは、光栄だね」
暗闇に目が馴れてきたのだろう、妖の姿が見えるようになってきた。
赤いライダー・スーツ。左腕に、ぐったりして動かない真琴君を抱えている。
「ひとに爆弾付きの首輪をつけて、無理矢理仕事させるような奴…誰が忘れるもんですか!」
妖を睨み付けながら、テイルが言う。
妖はふっと一つ笑っただけ。
神武が無言で、HK277の狙いをつける。
「君か…余計な小細工をしてくれたのは…しかし、このエレベーターのことまでは、知らなかったようだな」
そう言うと妖は、真琴君を抱えたまま背後に身を躍らせる。
…搬入用の、サービスエレベーター!
「逃がすか!」
神武のサブ・マシンガンから、鉛の雨が妖に向けて放たれる。
「!?」
弾は妖の直前で、何かに阻まれた。
同時に、きらめきとともにその「何か」が実体化してくる。
「くっ…また元素精霊かっ!」
「真琴君!!」
その後ろで、いやになるくらいゆっくりと、エレベーターの扉が閉まっていった。



5…4…

…彩…聞こえるか?
そうだ、ターゲットを手に入れた。これからそちらに向かう。

3…2…

…ふん。ああ、そこそこ楽しませてはくれたがな。期待したほどではなかった…

…1


扉が開く。
妖は外に出ようとして、立ち止まった。
そこにたたずむ、2つの人影…

「どうやら…間に合ったようでござるな」
「妖…ここが貴様の墓場だ!」
次の瞬間、疾風のアレス・プレデターが火を吹き、打牙の「我無捨羅」が炸裂した…








「僕…やっぱり、東京を出て行こうと思う」
小さく、しかしきっぱりと、真琴君は言った。
わたしには…その決断に口を挿む権利なんて、無い。
でも…

真琴君は、悪くないのに。
「力」を持って、うまれて来た…それだけなのに。
散々利用されて、辛い思いをして来た真琴君の方が、出て行かなくてはいけないなんて…

「テイル…ちゃん?」
「見送り…行っても、いいよね」
そう言うことしか、できなかった。





「…その話、本当なのか?」
「本当でござる。拙者たち、妖に止めは刺していない…というより、止めを刺そうとした所で…」
「消えちまったんだよ。雲か霞みたいに…」
「…」






東京を少し離れただけで、周囲の風景は一変してしまう。
森林化、原野化が、こんなに進んでいるなんて…
都市を離れたことのないテイルには、窓の向こうに浮かぶ景色がとても新鮮に見えた。
そして同時に、ひどく心細い感じも受ける。
キャサリンの知り合いだというリガーの運転する車に揺られながら、テイルはそんな取り留めの無い考えに浸っていた。

…結局、東都新化学襲撃事件のことは、分からずじまいだった。
真琴君も、事件についてはほとんど何も知らなかったから。

さっきから、テイルと真琴は一言も話をしていない。
出発した当初はぎこちないながらも会話をしていたのだが、やがてそれも途切れてしまっていた。

左手に見える山脈に、赤味を帯びて来た午後の陽射しがかかっている。

「そろそろだぞ」
低い声で、リガーがそう告げた。




夕焼けの中、車を降りたテイルと真琴。
ここから、少し歩いた所で、目的地への案内人と待ち合わせているのだという。
「…もう、この辺で…いいよ」
「うん…もうちょっとだけ…」

二人は、何度かそんな会話をしつつ、小道を並んで歩いていた。
「わたしも…こっちに住んじゃおうかな…」
ふと、テイルが小声でつぶやく。
「テイルちゃん…君には、東京で待っている仲間がいる。東京で、やることがある…だから…」
「…わかってる。ごめんね…ちょっと、言ってみたかったの」
真琴から視線を逸らすようにして、テイルは言った。

柔らかい風が、二人の間を通りすぎていく。

「ありがとう」
そっとささやくように、返って来た、言葉。
テイルは、驚いたように、顔を上げる。
「真琴君…」
思っていたよりずっと近くに、真琴君がいた。
その瞳を、じっと覗き込むテイル。
なんでだろう…
涙が頬を伝う
そのままゆっくりと、真琴の胸に、体を預ける。
その背中に、そっと、腕が回された…


…どれくらい、そうしていただろう。
二人はどちらからともなくそっと身を引くと、にっこりと笑い会った。

「何かあったら…ううん、何も無くたっていい…この番号に、電話して」
「わかった。さよなら…テイルちゃん。また…ね」
「うん…また…ね」
そう言うとテイルは、くるりと後ろを向き、もと来た道を帰っていった。
笑顔のまま、涙をいっぱい目にためて…








しかし…してやられたよ、今回は。全く…こうでなくては面白くない…

…次は、私が出ましょう。

ふっ、そうだな。期待しているぞ…彩…



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