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ACT.2 [Seeker]
〜細い細い糸〜




上野 山本邸 9/26:午後


「…ずいぶんとまたシケた部屋だなぁ」
扉を開けるなり、疾風がうなった。
失踪した少年、山本真琴の部屋は、確かにほとんど人の匂いを感じさせない、無機質なものだった。
「そうか?豪華な部屋ではないか」
「お前にはな」
打牙と疾風の会話を聞きながら部屋の中を見回していたテイルの視線が、真琴の机の上でふと、とまった。何の変哲も無い、学習用デスク。その上にあったのは、透明樹脂に生花を封じたオブジェ。これだって、さほど珍しいものではない。問題は、その中身…
「空色の…桜草!」
「…どうした?」
神武の問いに、テイルは一瞬迷ったようなそぶりを見せたが、
「ん、あ、なんでもないの。気にしないで」
そう早口で言うと、別の場所を探しはじめた。


「…なぁ、もうこのくらいでいいんじゃないか?」
溜息まじりに、疾風が肩をすくめる。部屋に入ってから20分。
確かに、もうここからは何も見つからない。
テイルも、そんな気がしていた。
「…ああ。仕方ない、次は少年が消えたという通学路を中心に調べることにしよう」
「けど、大勢で行ってもなぁ…よし、ここは手分けして探そうぜ」
疾風の提案に腕を組んだまま肯く神武。
「そうだな。私は、学校付近を調べよう。真琴君について、もう少し詳しい情報が必要だろうからな」
「ならオレは…真琴が通学する時のルートをそのまま辿ってみるか」
「わたし、ちょっと師匠に会ってくるね。…いろいろ知ってる人だから」
「…分かった」
神武は時計を見ると、続けた。
「今から4時間後。6時前に、落ち合おう。場所は…」
「ねぇ、ここから2ブロック向こうの大通り沿いに、「翡翠」って喫茶店があるんだけど…そこにしよ!」
テイルはそう言って、みんなを見回した。不思議そうに、疾風が首をひねる。
「別に構わないけどよ…やけに詳しいな」
「うん…さっき言った師匠の家がこの近くなの。昔、置いてもらってた頃、よく「翡翠」に行ったんだ。なんか…懐かしくって」
「遊びに来たわけじゃないんだがな…まぁいい。そこにしよう。では…」
「行くか」
去り際に、テイルはもう一度、振り返って部屋を見た。
このあまりに殺風景な部屋は、持ち主の心の内を、あらわしているのだろうか…
そう思えて、ならなかった。
机の上では空色の桜草が、記憶の中と全く同じ、涼しげな色を見せていた。

ところで一人、忘れられていた打牙。
実は未だに部屋を捜索中だったりする…
「おおおっ!ベッドの下から0.1新円が出てきたっ!」
「すごい、ここは宝の山でござる…っておりょりょ??皆、どこへ行ったのだ!?」
静寂。
「あの…」
真琴の母親がやってきていた。
「皆さんもう、他にいかれたようですが…まだ何か?」
「な、ぬぁにぃぃぃ!…御免!」
慌ててどたどたと駆け出していく打牙。その手にはしっかりと、さっき見つけた0.1新円が握り締められていた。






上野 喫茶店「翡翠」 9/26:夕刻



「…待たせたな。」
神武が「翡翠」に姿を現したのは、疾風がクリームソーダのほとんどを胃の中に収めたあたりだった。
雨はまだ、降り続いている。
「おっそーい!」
口を尖らせるテイル。でもすぐに表情を変え、付け加えた。
「で…どうだったの?何か分かった?」
期待と不安の入り交じったその様子は、テストの採点結果を聞く子供のようだった。
「…何とも、な」
疾風のとなりに腰を下ろす神武。
彼は注文を取りにきたウェイトレスに手を振って下がらせると、学校での聞き込みの成果をざっと報告した。
「依頼人も言っていたが、学校では風邪で欠席している、ということになっている。だから担任も全く事情を知らなかった。普段の素行や、友人関係なども聞いてはみたが…」

失踪した少年、山本真琴の担任に会うことができた神武だが、あまりめぼしい情報は得られなかったという。
気になった事といえば、真琴には友人が全くいない…作ろうともしないこと。そして、1年前に今の学校に転校してきた、ということくらい。

「そう…」
小さくつぶやくテイル。
「では、今度はそちらの報告を聞こうか」
神武にうながされた疾風は、クリームソーダについてきたストローを口にくわえたまま、軽く肩をすくめて言った。
「こっちは駄目だ。少なくとも現場を見たヤツはいなかった」
テイルも、無言で首を振る。
「そうか…あとは、あいつだけか」
「打牙か?ヤツに戦闘以外のことを期待しても無駄だと思うぜ」
店内に視線を泳がせつつ、疾風はため息交じりに言った。
確かに、神武が加わる前、3人で仕事(ラン)をこなしていた時も情報集めはもっぱら疾風とテイルがやっていた。打牙はといえば、ひたすら「修行」、「修行」…
「打牙は…なんて言うか、わたし達ともあまりしゃべらないから…ううん、ただ無口っていうんじゃなくって、人との距離を縮めるのが嫌だとか、苦手だとか…そんな感じなの」
「んな大層なもんじゃぁねぇよ。修行しか頭に無いだけだろ、あいつは」
「まぁ、修行バカ、ってのはその通りね。」
あっさりと認め、テイルはふと視線を落とした。
空になったロシアン・ティーのカップに目が留まる。首をかしげて少しだけ悩んだ末、テイルはスーパージャイアント・チョコレート・パフェを注文した。
これを食べおわる頃には、打牙が真琴君の情報を持って戻ってきますように、とお祈りしながら。

「お前な…」
テイルを呆れた目で見つつ、抗議の声を上げる疾風。
しかしそれを、神武が制止する。
「心配ない…代金は経費で落とす…」
今度はそちらをジト目で見ながら、疾風は思っていた
こいつ、もしかしてすごく面白いやつなんじゃぁないか、と…





上野 不忍池 9/26:夕刻




上野には、三つの「世界」がある。
一つは、一般市民の多い、住宅街。
一つは、魔法使い達の住まう、大森林。
そして、残る一つが、不忍池周辺…路上生活者達のエリアである。

三つの世界はその境界をとけあわせつつ、一見互いを無視するかのように存在しているが、その実、油断のない視線を注ぎあっていると言えた。
だから、このうち一つの「世界」から消え去った者を見つけるのには、別の「世界」に掛け合ってみるのが一番…「彼」の勘は、そう告げていた。


「すまねぇなぁ、こんなにもらっちまって。」
直接それには答えず、まぁ取っておけ、と手振りで示し、「彼」はその場を去った。
情報にはそれなりの対価を。
暗いイメージの付きまとうシャドウランナーがそれを実践していることに、「彼」は最初かなりの違和感を覚えていた。が…自分が影の世界に身を置いてみると、よく分かる。あまりに近く、あまりに簡単に「死」が見える所では、情報に物惜しみをしていては生きてゆけないのだ。

それにしても…
霧雨に濡れる森を見上げながら、「彼」は不思議な安心感に包まれていた。人がひしめき合うコンクリートの森では、決して得られない感触…
ここは、故郷を感じさせる。
路上生活者達が、誰に導かれたわけでもなくこの一帯に集まる訳が、分かるような気がした。もっとも、仲間のシャーマンに言わせれば、「高層ビルの群れも、大森林も、瓦礫の街も、同じ自然の一部」ということになるらしいが。
苦笑しつつ、「彼」は足を速めた。
ずいぶん…遅くなってしまった。早く戻らねば…
今ごろ待ち合わせ場所の喫茶店で、仲間がいらいらしながら「彼」を待っていることだろう。その表情を想像して、「彼」はもう一度苦笑する。
無機質な都市部に戻る心の重さが、少しだけ、和らいだような気がした。


「彼」は気がついていなかったが、その時そこから20メートルほど離れた樹の陰から、「彼」をじっと見ている者がいた。
大きめの帽子と、腰までの三つ編みのお陰で、幼い印象を受ける、少女。
しかしその顔には、およそ歳に似つかわしくない、深い深い笑みが刻まれていた。





上野 不忍池 9/26:夜

「ねぇ…ホントにこんなとこに居るの?」
テイルは疑わしそうに打牙を見た。
もう何度同じ事を聞いただろう。
あの後しばらくして、打牙はやっと喫茶店に現れた。…真琴君につながる、重要な手がかりを持って。

…不忍池の、源さんに会えばわかる。
その言葉を頼りに、テイルたちは暗闇に包まれた森の奥にやってきたのだ。

「この先が溜まり場になっていて、いつも夜更けにそこに姿を現すらしいでござる」
「でもよ、その…源さん、とか言ったっけ?そいつがガキの居場所を知ってるとは限らないんだろ?」
「いや、この辺りでは、彼ら路上生活者が一番の事情通でござるよ。何かしらの情報は得られるはず…」
意気揚々と先頭を行く打牙は、いつに無く自信に満ちているように見えた。

まぁ…打牙も路上生活者みたいなものだし、こういうとこは馴れてるのかな。
独り納得したテイルは、道の左右にぽつぽつと浮かび上がる焚き火の明かりと、それを三々五々囲んでいる浮浪者達に視線を走らせていた。浮浪者、と一口に言っても、その姿は様々である。いかにも、という者から、魔法使い然とした格好の者、つい昨日まで普通の家で暮らしていたのではないかと思える人影もある。

真琴君も…もしかしてここに…
依頼人に見せられた映像の、線の細い少年がすぐそこにいるのではないか…そんな考えが頭をかすめる。
いいえ、今はとにかく…その、源さんとかいう人に会わなくちゃ。

進むにつれ、焚き火を囲む人の数が目に見えて増えてきた。彼らの方でも、テイルたちの姿が珍しいのか、興味深そうな視線を返してくる事も多い。たまに、何を思ったのか歓声を上げて手を振っている者も。
「はぁい!」
それにウィンクして答えるテイル。

おおおおおお!
ヒューヒュー!

何故か盛り上がる一帯。
「…何やってんだ、お前」
「ふふっ!やっぱアイドルは辛いってとこかなぁ」
「…」
後ろで首を振り、ため息をつく神武。だが、その口元に一瞬だけ浮かんだ微笑に、気づいたものは誰もいなかった。


池の近く。少し高くなった辺りに、「源さん」はいつも居るという。今日は…今夜は、居てくれるだろうか。真琴君につながる、唯一の手がかり…
近くの浮浪者に尋ねると、黙って奥の方を指し示す。

あそこにいるのが…そうなの?
はやる心を押さえ、ゆっくりと近づいていく。
シャドウランナーは、常に冷静でいなくてはいけない。そう自分に言い聞かせながら。

さっと人垣が分かれ、50代後半に見える男が姿を現した。くたびれた外見。しかし、その雰囲気はここで彼が一番の格上であることを語っていた。

真琴君は…
と、口を開きかけたテイルを制止して、神武が源さんの前に立った。
その情報網である程度の事は知っていたのだろう。源さんはさほど驚いた様子も無く、神武と、後ろのテイルたちを値踏みするようにじっと眺めている。
「この…少年を捜している。心当たりは…?」
鞄から小型モニターを取り出す神武。真琴君の映像が、金色の炎に彩られた闇の中、浮かび上がる。深い色をたたえた瞳でその映像を見つめていた源さんは、やがて静かに口を開いた。
「お前たち…どうしてこの子を探しているんだい?」

どうして…?どうしてって…それは…

「…仕事だ」
無造作に思えるくらい変わらない調子で、言ってのける神武。

…確かに、そう。真琴君のお父さんに頼まれたから。
でも、
それだけじゃ…ない。
真琴君は、あの時の事を知る、大切な手がかり。
わたしがやっとつかんだ、細い細い糸…

「そうか。なら話すことは何も…」
落胆したように、後ろを向いて話を打ち切ろうとする源さん。
「ま、待てよおっさん…あ、おい!テイル!」
急いでテイルの首根っこを引き寄せて耳打ちする疾風。
「痛っ!何よいきなり!」
「(…例のガキと、恋人だって振りしろよ。そうすれば…)」
「(ななな何言ってんのよ疾風!物には順序ってものがあるでしょ!!わたしまだ逢ったことも…真琴君の好みだってわかんないし…)」
「(だ・れ・が、ほんとに恋人になれと言った!?振りだ振り!)」
既に十分周りに聞こえる声で言い合う疾風とテイルを見て、源さんは思わずふっと一つ笑うと、毒気を抜かれたように再び正面を向いた。

「…私たちは真琴君の家族に依頼されたものだ。家族の人たちも心配していた…知っているなら、事情だけでも話してはくれないか…?」
疾風とテイルのやり取りを必死に無視しながら、やや柔らかい調子で神武が言う。
しばらくじっと何事か考えていた源さんだが、ゆっくりと口を開いた。
「あの子は…いい子だった。こんな場所にいるような子ではなかった」
「会ったのか」
「ああ。おとといまでここにいた。俺は、いつまでもここに居ていいと言ったんだがな…」
「で、今はどこにいるんです?」
勢い込んで尋ねるテイル
「さぁ…な。なんだか、迷惑がかかるから…とか言っていなくなっちまいやがった。ただ…」
「ただ?」
神武のミラーシェードが焚き火の明かりに光る。
「行った方向からして…池袋の方じゃねぇかと…」
「池袋!?そんな…!」

東京紛争時の傷痕が今なお深く残る街、池袋。EPCによる治安レベルは、最低クラスの[EE]となっている。これは、白昼堂々殺人が行われても感知しない…というレベルである。つまりそこはもう、法の光の届かない、暗黒都市と言えた。

「まずいな…急ごう。ターゲットを追って、池袋へ向かうぞ」
神武の声に他の3人も肯く。
「あの子を…助けてやってくれよ」
テイルは源さんの声に振り向くと、力強く肯くのだった。


「これで誘拐の線は消えたわけか…」
ウエストウィンドを飛ばしながら、神武がつぶやくように言う。
「じゃぁ真琴君…自分から家を出て行ったってことなの?お父さんとお母さんがいるのに、何故…」
「さあな。その辺りに深入りする必要はない。我々の仕事はあくまで彼を保護することだ…違うか?」
「…それは…そうなんだけど…」
だけど…
御影を抱きしめつつ、唇をかむテイル。
フロントガラスの向こうには、“悪意の街”池袋が徐々にその姿を大きくしつつあった。







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