第30話 初恋の記憶



 ポルトガを出航して、二日が過ぎた。海上には濃いもやが立ちこめ、風もなくなった……俗に言う『なぎ』の状態である。船は停まり、霧のため一メートル先さえも判別がつかない。まもなくテドンの岬を回る……といった状態で夜になった。その時、勇者たちは陸地とおぼしき方向に、いくつかの光がゆらめいたのを見た。




 乗組員が全員で4人しかいない船は、確かに手こぎでの移動はほぼ不可能だった。両舷側に2人ずつ分かれて漕いでも、進んでいるのかいないのか、どちらの方向を向いているのかすら判断に苦しむ。
 「この霧は、明らかに魔力を帯びている」
 賢者はそう言うと、首からさげているプレートで空を切った。プレートは青白い光を帯びたように輝き、微かに明滅する。
 「だが、これは……確かに邪な魔力なんだが……魔王のものじゃない、もっと根元的な魔力が霧を発生させているような気がする」
 「どっちにしろ」
 額の汗を拭いて、勇者が諦めたように言う。
 「今、船の舳先が陸地を向いているなら、ここで錨を降ろしてボートを使った方がいいと思うな」
 「それしかないか……ここがテドンの岬なら、ちょっと奥に村があったはずだよ」
 戦士はそう言うと肩を回した。
 「昔は貿易が盛んだったって、おじいちゃんに聞いたんだ」
 「テドンには、10年くらい前にアリアハンから集団入植したはずだろ?昔の知り合いがいるかもな」
 武闘家はそう言うと、救命ボートを海面に降ろす。
 「船室にはカギかけとけよ……帰ってきたら魔物だらけなんてシャレにもならん」
 救命ボートに縄ばしごで乗り移り、少し漕いだだけで船が視界から消えた。うっすらと影のように見える前方のそれが、陸地の影なのかそれとも違うのか、それすら判別がつかない。
 「しかし……船の灯りがもう見えないっていうのにさ、さっきはどうして陸地の灯りが見えたんだろう?」
 口にしてはならない疑問だった。賢者はため息を付き、勇者は肩をすくめ、武闘家は黙ってオールを握る手に力を込めた。戦士はただ一人、周囲の反応に目を白黒させた。
 ボートの底に鈍い衝撃があり、砂浜にたどり着いたということを知らせる。武闘家は慎重に海の深さを調べると、ズボンをまくりあげて海に入った。膝上少しまでしか海水がないことを知り、勇者もそれに倣う。
 「ボートに何か目印をつけておかないと」
 戦士は道具袋からもう使っていない『聖なるナイフ』を取り出すと、ボートのへさきにロープで結わえつける。
 「これで魔物も近づきにくくなるし、目印にもなるよね」
 「目印を目視できればな。見えなければどうにもならん」
 「さっさとボートを陸地に上げようぜ……明日になれば霧も晴れるさ」
 戦士は四人分の荷物袋を背負い、それ以外のメンバーがボートを陸地へと引き上げる。もやい綱を海岸に生えていた木に結び付け、オールを固定する。
 「さて……と。じゃあいよいよ上陸作戦だ。なんとか村を見つけよう」



 テドンの村、それはネクロゴンド国の支配下にあった村である。過去、豊富な鉱物資源と熱帯の果実で富を築いたネクロゴンド王家の外戚が、貿易のために移り住んだ地がテドンであった。ネクロゴンドからの物資輸送には川を利用し、他国家との通商には海を利用する。世界にアリアハン・ネクロゴンド・サマンオサの三大勢力が席巻していたころ、テドンは最盛期を迎えていた。
 しかし、「ギアガの大穴」と呼ばれる休火山の火口から魔王バラモスと名乗る怪人が現れた時に、世界のバランスは崩れた。そもそもバラモスはネクロゴンド王国の下級官吏だったとも聞くが……彼はネクロゴンドの城下町を一夜にして焼き払い、王城を乗っ取ると世界に対して「鎖国」を宣言する。ネクロゴンドが保有していた植民地をいっさい放棄する、との一文を付け加えて。
 アリアハンとサマンオサはここぞとばかりに軍隊を増強し、旧ネクロゴンド植民領の奪い合いを始めた。戦いは熾烈を極め、両国が疲弊し、その旧来から持っていた植民地を放棄せねばならなくなるほどにまで勢力は衰退した。その時点で初めてバラモスは自らを『魔王』と呼称し、ネクロゴンド王家の廃絶とモンスターによる人間粛清を公言したのだ。
 テドンの村は、その人類粛清計画の第一段階として、一線級の魔物によって襲撃された。元アリアハン国軍隊長のオルテガ、そして元サマンオサ王室親衛隊長のサイモンたちの活躍により悲劇は免れたが、その貿易拠点としての評判は落ち、たちまち地方の過疎村に成り下がった。バラモスにとって見れば、とにかく華やかなテドンの評判を落とすことで自分の配下の力を天下に示したかったわけで、それ以上の干渉はなかったのだが……



 「ようやく灯りが見えたぞ」
 泥に汚れた顔で、武闘家が言う。密林を抜け、雑草に埋もれた旧街道を進むこと一時間、やっと村らしい場所にたどりついたのだ。
 「ようこそ、テドンの村へ!……って、ひでかずじゃないか!」
 村の入口にいた若い女性が、笑顔で戦士に握手を求める。
 「え?どうして、僕の名前を……」
 「あたしだよ、幼稚園の時まで隣に住んでいたユキだよ!」
 「ええ、本当かい?あのチビで真っ黒だったユキちゃんかい?見違えたね、どこから見ても立派なお嬢さんじゃないか!」
 ユキは鼻の頭を照れくさそうに掻く。
 「まぁな、娘十六番茶も出ばなって言うだろ……って、あたしに言わせるなよ!」
 「あの、こちら、お知り合い?」
 2人の楽しそうな雰囲気に押されながらも、勇者は戦士の脇をつっつく。
 「ああ、昔アリアハンにいたんだよ。家の都合で引っ越したんだよね」
 「おうよ、うちの武器屋は繁盛してなかったもんな……あのアリアハンに武器屋は二軒もいらないもん、ここに来て良かったよ」
 「こんな美人とお知り合いとは思わなかったなぁ」
 武闘家がボソッと言うと、ユキは顔を真っ赤に染めた。
 「うわあ、こちら口が上手だこと!参っちゃうね、『こんな美人』だってさ!」
 背中をバシバシ叩かれた武闘家、慌てて賢者の後ろに隠れた。
 「う〜ん、こういうタイプは苦手だ……」
 「それよりさ、今何してんの?ここが貿易の拠点だったのはもうずいぶん昔の話だよ」
 「あ、ああ、僕たち今魔王を退治するために旅をしてるんだ」
 「うっそ〜、あの泣き虫だったひでちゃんが?そ〜んな武器なんか持っちゃって、ケガしたら痛いんだよ?ちゃんと判ってる?」
 「判ってるよ」
 戦士は憮然として姿勢を正した。
 「こちらはアリアハンの勇者だ。僕は今、この人と一緒に戦っているんだよ」
 突然紹介された勇者は、慌てて身繕いをする。咳払いもする。
 「へー、勇者さんか……ひでちゃん、役に立ってます?」
 「え、ええ、そりゃもちろん。今ではなくてはならない戦力ですよ」
 「なんだか信じられないな〜。知ってます?ひでちゃん幼稚園の給食で出された納豆食べられなくて泣いちゃったんですよ」
 「そっ、それは関係ないじゃないか!」
 戦士は慌てて声を上げる。
 「ほう、納豆が駄目なのか。これはいいことを聞いた」
 賢者がほくそ笑み、武闘家が高らかに笑う。笑いの話は勇者にも、そしてユキと戦士にもいつしか広がっていた……

 「海が凪いだんですよ。濃霧のために方向すら判らなくなりそうで、だから陸地に」
 賢者はからみつく霧を払いながら答えた。村の中にまで入り込んだ濃霧は、まるで体に染みつくようにあたりを漂っていた。
 「そうか、海がね」
 ユキはくすくすと笑うと、ぴょんと飛び上がった。
 「どう?村を案内しようか?」
 「でも、もう夜も遅いよ……宿屋に泊まりたいなぁ」
 「うん……探索は後回しにしたいね、まずは休息をしたい」
 「そう……でもさ、まず武器屋くらいは見ていってよ!うちの親父も喜ぶよ、アリアハンの人が来たってさ!」



 「うん?珍しいお客だな。君は隣のひでくんだな?それと、オルテガさんとこの息子さんに、そっちはお城の兵隊の息子さんだろ?」
 武器屋の主人の顔は、戦士も勇者も、そして賢者も知っていた。武闘家は父親と共に修行の旅に出かけ、アリアハンを留守にすることが多かったために覚えてはいなかったのだが。
 「どうも、ご無沙汰してます」
 「ご無沙汰も何もあるもんかい、こんな遠くにちょくちょく顔出せるわけないだろうが!ガッハッハ!」
 主人は豪快に笑うと、戦士の武器に目をやった。
 「ん?大ばさみか……悪くない武器だな。でも使いづらいだろ?」
 「え、ええ確かに……空を飛ぶような敵にはちょっと……」
 「なぁ親父、ひでちゃんにあれ、渡してやってくれよ」
 ユキが真顔でそう言うと、父親はたじろいだ。
 「お、おいユキ、おめえそれでいいのか?」
 「うん……仕方ないじゃん、それに、こんなチャンスはもうないんだ」
 「チャンスって?」
 武闘家はいぶかしげに訊ねる。親子の会話がなんとなく不自然なような気がしたのだ。
 「いや、なななんでもない、なんでも」
 慌ててユキは首を横に振った。その様子がどうも妖しいと賢者は思う。村に流れる奇妙な雰囲気、そしてこの魔力を帯びた濃霧……
 「ユキよぅ、全部話しちまいな。その上でどうするか、決めて貰えばいいじゃねえか」
 「そうだね……さすが親父、伊達に歳食っちゃいないな!」
 ユキは勇者たちのほうへと向き直ると、ニッと笑った。
 「さ、宿屋へご案内したげるよ、ついてきな!」



 「これ」
 勇者が宿帳に住所・氏名を書いているときに、ユキは戦士に近づくと紙包みを差し出す。
 「なにこれ」
 「何かおかしいと思ったら使って。これを使えば、全部判るから」
 「どういうこと?」
 「……お願い、今は聞かないで……明日、会いましょ」
 紙包みを戦士の手に押しつけて、走り去るユキの目に涙がこぼれたような気がした。戦士は何も言わず、ただ手の中の紙包みと小さくなっていくユキの背中を交互に見比べていた。



 「手入れしてあるわりに、カビ臭いベッドだなこりゃ」
 「むはっ、ベッドの下にキノコが生えてるよ……」
 武闘家と勇者が素っ頓狂な声を上げる。宿の一室は、その外見こそは清潔そうだったが、まるで何年も放置されていたかのように薄汚れていた。
 「まぁ、野宿よりはマシか」
 「明日、朝イチで風呂入ろうっと」
 勇者たちが騒いでいる横で、戦士は先ほど受け取った紙包みを開けてみた。
 「ランプ?」
 紙の中から出てきたのは、まるで昔のおとぎ話に出てくるような古めかしいランプだった。艶めかしい光沢と優美なラインは、そのランプがそのへんで売っているような物ではないということをはっきりと示していた。
 「なんだいそりゃ」
 寝間着に着替え終えた賢者が顔を近づける。
 「うん、さっき貰ったんだ……」
 「おい、このランプ……魔力が込められているぞ、それももの凄い量だ……『星降る腕輪』並みに強力な魔力が込められてる。どういう効果があるのか調べたい所だけど……」
 賢者がちらっと後ろを見ると、すでに勇者と武闘家は布団の中で夢の世界へと旅立っていた。
 「明日にしよう、俺ももう眠い」





 朝になった。目を醒ました勇者たちが部屋から出ると、村は奇妙に静まり返っていた。
 「人の気配がないな……」
 階段を降りてフロントへ行く。当然宿の主人の姿はない。食堂にも、そして家族連れが泊まっていたはずの一階の部屋ももぬけの殻だった。宿の建物自体、昨晩の様子とは違い、まるで何年も使われていなかったかのように荒れている。床板の隙間から雑草の葉が顔を出し、土壁は所々崩れて外から光が入ってきている。
 「おかしいぞ、なんだってこんな急にボロッちくなるんだ?」
 武闘家は悲鳴に近い叫びを上げて、村の広場へと飛び出した。昨夜は噴水があり、綺麗に整備されていた広場は見るかげもなく荒れ、噴水も池も干上がり、腰までもある雑草に埋もれていた。
 「教会だ、教会がある!あそこに……」
 勇者も半ば混乱し、教会のドアを力一杯引いた。ドアはちょうつがいごと外れ、教会の中は人の存在を拒絶するかのように荒廃していた。割れたステンドグラス、崩れたルビス像、腐って壊れた椅子や机、そして乾いた血の跡が床にどす黒く残る……
 「そんな……俺たちが寝ている間に魔物の襲撃が?いやしかし、これはどうやって説明すればいいんだ?」
 賢者は草むらの中に白骨化した死体を見つけて青ざめる。その衣服はぼろぼろに風化しており、身につけていたと思われる金属製の装飾品は腐食しきっていた。
 「ユキちゃんは……おじさんは、どこに!」
 戦士は昨日立ち寄った武器屋へと走る。カウンターの中に、折り重なるようにして横たわる二体の白骨を見つけ立ちすくむ戦士の脳裏に、昨晩のユキのセリフが蘇る……

 『何かおかしいと思ったら使って。これを使えば、全部判るから』

 戦士は震える手でランプを取りだし、油を注いで火をつけた。

 「うわっ、目が!」
 まばゆいばかりの光が全てランプに吸い込まれていく。太陽は月に、そして青空が星空に化け、辺りの風景に命が宿り始める。
 「これは……いったい、どういうことなんだ?」
 「こういうことよ」
 先ほどまで確かに白骨だったユキが、淋しげな笑顔を向ける。
 「あたしたちは全員死人なんだ。この大地に魂を縛られ、ルビス様の元へと帰れない永遠の囚われ人となった。一年ほど前にね」
 「……詳しく聞かせてくれないか?」
 「いいわよ……勇者オルテガがネクロゴンド近くの火口に落ちて、勇者サイモンも行方が判らなくなったのが6年前のこと。その時点では、もうバラモスに逆らえる人間はいなくなっていた……ルビス様の託宣が消えてから10年経つもの、もうさすがに魔王に対抗できる『勇者』は現れないはずだった。人間はじわじわと滅んでいき、バラモスはそれをゆっくり眺めるつもりだった……」
 「でも、僕が『勇者』として選ばれた」
 いつの間に来たのか、勇者が戦士の後ろからつらそうに言う。
 「そう、ルビス様の託宣はあんたを勇者として祝福した……それが1年前のこと。バラモスはずいぶん慌てたようで、急に強力なモンスターを世界に配置し始めた。しかし、勇者誕生のニュースは全世界を駆け抜けて、人々は絶望を捨てて希望を持つようになった。人々の絶望を何よりの楽しみにしているバラモスには不都合だった……だってさ、あいつらは人の苦しみや悲しみをエネルギーにしているんだ、勇者なんて希望がいたんじゃ、力が出せない。そこで、この村に目を付けたんだ」
 「ひでちゃん、これをやるよ」
 ユキの父が投げたそれは、一振りの剣だった。
 「バラモスは俺たちを殺し、ゾンビにしやがった……夜になると蘇る、一種のゾンビだな。夜の間は普通に暮らせるし、生きた人間とまるで同じように過ごせる。だが朝になれば全てはまぼろし、消えちまう……死んだ瞬間の痛みや絶望、悲しみや苦しみは残ったまま、夜が来るたびに蘇っては朝日に溶かされるのさ。まるで生き地獄だ……おっと、もう俺は死んでるんだっけ」
 「ひでえ……」
 賢者が呻く。
 「なんつったかな、根暗な万世がどうのこうの、とかいう呪術だよ。それでも夜のうちは普通に暮らせるし、たまに立ち寄る旅人もいたから……こんな状態を終わらせることの出来るものを、必死になって手に入れたのさ。それが、その剣だよ」
 戦士は鞘から刀身をすらりと抜いた。薄紫色に淡く輝くその剣は、未だ見たことのない材質の金属で出来ていた。
 「不死の魔物に対して絶大な効果を誇る、精霊ルビス様の祝福がこめられた剣……『ゾンビキラー』だ、これを手に入れるのには苦労したぞ〜、今ではサマンオサの武器問屋からしか買えない品物だからな。いやいやいや、俺も武器屋やって長いが、こういうのを『名刀』というんだろうな」
 「なぁひでちゃん、その剣を使ってあたしたちを斬ってくれよ」
 ユキが真顔で言う。戦士はぎょっとして、『ゾンビキラー』を落とした。派手な音を立てて、剣は床に転がった。
 「バカな……そんなこと、僕にできるわけないじゃないか!」
 「何いってんの、あたしたちもう死んでるのよ?斬られる覚悟はできてるんだから。ゾンビキラー取り寄せたのだって、この村の人の総意なんだ」
 「でも……そんな、君は確かにそこにいるじゃないか!手も握れる、髪にも触れる、確かに存在するじゃないか!そんな君を、村の人を、どうして斬れるっていうんだよ!!」
 戦士は絶叫して武器屋から飛び出した。勇者たちはあまりの出来事に、呆然と武器屋に取り残された。
 「ひでちゃん優しいからな……ショックなんだろう、こんな重大な告白、まさか予想できないだろうし」
 カラカラと笑うユキに、勇者は慌てる。
 「ちょっとちょっと、笑い事じゃないでしょ?人の命がかかってるんだし……」
 「あら、あたしたち、もう死人だもの」
 「いや、だからそういうことじゃなくて……」
 「あたしたちがこのまま生活を続けるっていうことは、バラモスにエネルギーを送り続けることなのよ。それは絶対に許せないでしょ?」
 「いやまぁ、それはそうだけど……」
 「どうせ一度死んでるんだし、変な呪いのせいで生き返ることもできないのなら、バッサリやってもらったほうがこっちとしても嬉しいんだよね」
 「おい、なんだか今回のスペシャル、いつもと雰囲気違うな」
 「ああ、調子狂っちゃうよ」
 武闘家と賢者がひそひそと話す。
 「そうかな。それって、あたしの性格が影響してる?」
 「うん……悲劇なんだか喜劇なんだか判らなくなってくる」
 「それでいいんだよ!」
 ユキは武闘家の背中を思いきりひっぱたいた。
 「大筋としてはかなりの悲劇なんだから……ひでちゃんに余計な心配させたくないのよね。どうせあたしはもう死人だし、魔法で生き返らそうにも体はバラバラのうえ呪いまでかけられて、どうやったって生き返れないんだもん。この上変な感傷までまじったら、それこそ悲劇よ?」
 「痛てててて……だけど、あいつの性格じゃ踏ん切りつかないと思うけどな」
 「せめて君が生き返る……とかいうんだったらね。あまりに救いがなさ過ぎるよ」
 「そりゃ、あたしとしてもそういう話があれば嬉しいけどさ……もう無理なんだよ。教会の神父さん、こんなことになってから色々過去の偉い坊さんとあの世で話したみたいだけど、こんなことは前例がないのよね。昼間だけ姿が消える、っていう呪いもあったらしいんだけど、あたしたちキッチリ殺されてるからそれとは違うし」
 勇者が膝を叩く。
 「あっ、それだよ!昼間は姿が消えて、夜だけ活動できるという呪いをかけられたってことにすれば……」
 「もうネタバラシしちゃった後だから、もう無理だろ」
 賢者は肩を落とす。その様子を見ていたユキは、胸を張った。
 「あたし……もう一度、ひでちゃんに頼んでくる!」




 「何度頼まれたってお断りだ!」
 戦士はぷいと横を向く。その顔をつかんで、自分の方に向き直らせるユキ。
 「あ・の・ね〜、こんだけ頼んでるんじゃないか!人助けなのよ?」
 「そんな殺人ほう助みたいなこと、出来るか!」
 「ひとつ言っておくけど、あんたがやってくれない限り、あたしたちは一生苦しみ続けるのよ……あっ、もう死んでるから『一生』って変か……」
 「どんな表現使ったって同じだよ!」
 戦士は反対側に顔を向け、またユキの手で正面を向かされた。
 「覚えてる?幼稚園の遠足の時、ひでちゃん川で溺れそうになったこと」
 「……ああ」
 「あの時、あたしがひでちゃん助けたのよね」
 「……ああ」
 地面に座り込んだ戦士の前にユキは立ち、戦士の頭にそっと手を置いた。
 「別に恩を着せたわけでもないし、その礼をしろって言うつもりもない。でもね、あたしたちは、もうあの頃にはもう戻れないんだよ……ひでちゃんと同じ世界で暮らすことは不自然なんだよ……そんな不自然さをひきずったまま、ひでちゃんには会いたくなかったのにさ……」
 「……」
 ユキは優しく戦士の頭を抱いた。
 「ひでちゃんの想いは判るよ……久しぶりに会って、とっても嬉しいもの。こんな気分は初めて……でもね、その想いも、やっぱり不自然なのよ。私はもう、死人になってしまっているのだから」
 「でも、こんなに暖かいじゃないか!君は今、僕に会えたことが嬉しいと言ってくれたじゃないか、どうして!?君が望むなら僕はこの村で暮らしたっていい、夜になれば会えるんなら、昼間は寝て夜起きていればいいだけじゃないか!」
 悲しげな目をして、ユキはそっと戦士から体を離す。
 「……じゃ、もう一つ本当のことを言うよ。この濃霧、あたしたちがやってるの。海が凪いだのもあたしたちの仕業。海を旅する旅人を村へと導いて、この悲劇に幕を下ろしてもらうためにね……もうあたしたちは人間じゃない、魔物に近い存在になってしまっている。こんな不自然さにあなたを巻き込むわけにはいかないんだ!……もしひでちゃんたちが去ったとしても、他の誰かがそのうちあたしたちを成仏させてくれる……でもね、あたしはひでちゃんの手で、この悲劇の鎖からあたしを解き放って欲しいんだよ!」
 しばらくの沈黙があって、戦士は立ち上がった。
 「ひでちゃん……」
 「判ったよ……君がそこまで言うなら……」




 広場に村人が全員並ぶ。老人から赤ん坊まで数十人。彼らの瞳は一様に、期待に燃えている。
 「おっ、アリアハンのひでくんじゃないか!奇遇だね、君が我々を救ってくれるのか!」
 「勇者さん、バラモス討伐は頼みますよ!俺たちの無念を晴らせるのはあんたたちだけなんだから!体に気をつけて、くれぐれも無理はするなよ!」
 「ようやく眠れるわい……ありがたやありがたや……」
 戦士は下を向いて唇を噛み締める。どんなに理屈では納得できても、心情的には納得行かないのだ……
 「ひでちゃん、斬るって言っても思いきりやる必要はないんだよ。剣の切っ先でちょっとつっつくくらいでOKだからさ、列の先頭からちょちょいのちょい!ってやっちゃって」
 ユキに促されて、戦士は鞘から剣を抜く。列の先頭にいる神父が差し出す手の甲に、ちょっ、という感じでゾンビキラーを押しつけると、そこから青白い聖なる光がほとばしり神父の体を包んだ。次の瞬間、神父の体は霧散する。
 「おおお……」
 村人の間から感嘆のどよめきが上がる。
 「ワシらも早く成仏させてくれ!」
 「うちも!」
 「オラも!」
 順番に村人を昇天させていき、ついに残ったのはユキとその父だけになっていた。
 「じゃ、おじさん……」
 「うん。まぁ、人なら遅かれ早かれあっちに行くわけだから、そんなに悲しそうな顔をするな」
 「でも……」
 「その剣、俺の形見として特別にタダで譲ってやるぞ。大事に使ってくれよな」
 戦士が沈んだ顔をすると、ユキの父は豪快に笑う。

 戦士は涙を拭いて、男の手に剣を押し当てる。男は光の固まりとなり、そして綺麗に消えた。ユキは父のいた空間をぼんやりと眺め、ふうっとため息をついた。
 「ひでちゃん……これ、持っていって」
 深緑に輝く宝珠をユキは差し出して微笑む。
 「これは……」
 「これはグリーンオーブ……世界に6つあるというオーブの、その1つよ」
 「グリーンオーブ……」
 「オーブは神秘なる力を秘めたもの……遙か南にあるという、レイアムランドの祭壇に捧げれば、きっと奇跡が起きるわ」
 「判った、ありがたく使わせて貰うよ」
 「それからひでちゃん、まずはカギを探してね……バラモスは、自分の城に続く道を閉ざし、そのカギを海底深く封じたの。そのカギを手に入れて、きっとバラモスを倒して」
 「ああ、もちろんだ。約束する」
 「ひでちゃん!」
 戦士は胸の中にユキの重さを感じていた……暖かさを感じていた、吐息を感じていた!こみ上げる惜別、苦悩、そしてほのかな恋慕……
 「さ、お願い……」
 勇者は目を伏せ、賢者は胸の前で十字を切った。武闘家は後ろを向いて目にハンカチを押し当てる。
 「じゃ」
 戦士はユキの手に剣を押しつけ、ユキはひときわ明るい輝きになる。そのまぶしさに戦士が目を閉じた瞬間、頬に唇の感触を覚えた。慌てて目を開けたが、すでに光は消え去っていた……




 「霧が晴れたぞ、出発だ!」
 勇者が屋内へと飛び込んできた。武闘家と賢者はすでに荷造りを終えていたのだが、室内に戦士の姿はなかった。
 「あいつ……まだ悔やんでるのかな?」
 「さすがに今回はシャレにならないよな……」
 「ああ……だけど、この無念を晴らさなけりゃ、意味はないんだし」
 「もう少し待ってやろうよ」
 賢者はもう一度腰を下ろした。
 「こんなことでくじけるような、弱い奴じゃないもんね」



 最後の土をかけ終えて、戦士は額の汗を乱暴に拭った。ゾンビキラーを地中に埋めることは、自己満足でしかないと判っている。それでも、ユキや村人を昇天させた剣で魔物を倒すことは、みんなの魂を冒涜することにしかならないと思ったのだ。
 「僕……約束するよ、絶対にバラモスを倒して世界に平和を取り戻す!こんな悲しみを、もう二度と味わいたくないから……」
 「よし、じゃあ行くか!」
 いつの間に来たのか、仲間たちが旅支度を整えて、戦士の後ろに立っていた。戦士は涙を拭くと、スコップを地面に突き立てて墓標の変わりにすると、大きく深呼吸をした。
 『ありがとう……そして、頑張って……』
 その声は幻聴かも知れない。ひょっとしたら、僅かに残った精霊ルビスの力がユキたちの言葉を届けてくれたのかもしれない。戦士はふっと笑うと、墓標に背を向けて力強く、足を踏み出した。










一部ゲーム画面のように見えるものは合成画像です。実際にこんなイベントはありませんのでご注意下さい(笑)。


次回予告


 地底へと続くトンネル。その先で勇者たちは幾重にも連なった鉄の箱を見る……謎の超科学文明の痕跡に興奮する勇者たちだが、その文明の守護者たちもまた眠りから覚めようとしていた。



まさ「これは……ここに硬貨を入れろってことかな?」
とも「実に興味深い……この材質、いったい何だ?」


???「本日は、営団地下鉄丸の内線をご利用いただきまして誠に有り難うございます」
ほだ「うわっ、な、なんだこれ!急に喋り出したぞ!?」


ひで「このレバーはなんだろう?ジュースでも出てくるのかな」
とも「そんなわけないだろう?」



 過ぎた力は災いを呼ぶ。そう信じられているからこそ、地底の守護者は勇者たちを追い出す以上のことはしない。恐怖体験をわざわざ口外することもないとして、勇者たちは静かに遺跡を去っていった……


 次回、ドラゴンクエストIII「地下鉄線直通」、ご期待ください!
 (内容及びサブタイトルは変更になる場合があります。ご了承ください)







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