11.消えゆく輝きへの挽歌




 ケーラの死がアストナージたちに悲しみをもたらしている頃、アルスはひとりゼータのコクピットの中で膝を抱えていた。
 ルナは苦しんでいる……
 それが、アルスに判ることの全てだった。
 何か、強制されているように思えた。だから、きっとルナは戻ってきてくれるとアルスは確信する。人の意志が、そう簡単に書き換えが効くわけがないと、そう思うのだ。
 コツコツ……
 コクピット・ハッチを外から叩く音がして、アルスはモニターのスイッチを入れる。そこには従兄の姿があった。アルスはハッチを開放する。
 「ン……アルス?」
 「はい」
 「作戦伝達の時間だ……来るか?」
 「はい」
 アルスは言って、ガンダムの機能を停止させた。


 「我が艦隊はこのポイントで第二次攻撃をかけるが、アクシズはルナツーから運んできた核爆弾を地表近くで爆発させて、地球を核の冬にすることもできる」
 やはりな、とハセガワは思う。効率よく地上から人々を排除するには、もってこいの方法だ。
 核の冬、恐竜が絶滅したであろう長い氷河期を、人工的に再現しようと言うのである。人間の知恵は、極寒の地でもその生命を長らえることを可能にしていたが、放射能汚染が進んでしまえばそれも徒労に終わる。
 「だから、今度の攻撃でアクシズのノズルを破壊し、アクシズそのものも破壊する」
 「と言うことは、艦隊攻撃しかないということだ」
 アムロの言葉に立ち上がったブライトは、辺りを見回しながら続ける。
 「我が方には核ミサイルは4発しか残っていない」
 「だから、その攻撃が失敗した場合は、アクシズに乗り込んでこの部分を内部から爆破する」
 モニターの表示が、アクシズの軌道予測図から坑道の見取り図へと変わり、アムロは指で指し示しながら言葉を継いだ。
 「ここは、坑道が網の目のようにあるので、アクシズの分断は可能です」
 「そうすればアクシズの破片は地球圏外に飛び出していきます」
 戦術士官がそう言い終えたのを見計らって、ブライトは一同の前に出る。
 「よし、三段構えだ。ルナツーから敵の援軍が来る前にケリをつけるぞ」
 ブライトは姿勢を正し、敬礼をする。
 「……すまんが、みんなの命をくれ」
 ブライトの敬礼に呼応し、ブリーフィング・ルームの士官たち全てが立ち上がって敬礼をした。悲壮な決意が、そこにはあった。


 「俺から言えることは、何もない」
 ガンダムマーク2のコクピットに、ハセガワの声が響く。
 「みんな、死なない程度に頑張ってくれ」
 「了解!レナ・リューベック、ガンダム出ます!」
 「ヘレン・アンフォスター、行きます!」
 「ルシア・ヘインズ、ガンダム行きます!」
 「シェリー・メンフィス、ガンダムマーク2出撃します」
 ガンダムたちがカタパルト・デッキから次々と射出されていく。アルスは、ゆっくりとゼータ・ガンダムをカタパルトに乗せた。
 手を伸ばせば届きそうな、青く輝く地球……そして、そこには黒くアクシズの影が見えた。
 アルスは目を閉じ、深呼吸をする。人の意志が、戦う人の意志が飛び交っている空間に、これから入っていくのだ。
 「アルス・ランスウェル、ゼータ・ガンダム行きます!」
 ドウッ、と体がGでシートに押しつけられる。ビームの光が、生々しく映る。
 「アムロ大尉や従兄さんには悪いけど……ルナを……」



 「クッ!使いづらい!」
 ハセガワは、アームレイカーが球状になっていることに難色を示した。以前、テスト機を触ったときに感じた違和感である。日頃使っている道具の、マンマシンインターフェイス部分だけが変われば、それは改良と呼ばれる。しかし、ハセガワにとっては改悪としか感じられないのだ。
 それでも、ハセガワのジェガンは獅子奮迅の働きを見せていた。
 「ダミー隕石!?後ろか!」
 後ろから迫っていたギラ・ドーガをビーム・サーベルで両断すると、ハセガワは戦場の中心を一気に突っ切る。その潔い軌跡に、リルルはただついて行くだけだ。
 その光を視界の片隅に置いて、アルスはゼータ・ガンダムで戦線の外殻をなぞるようにした。それはもちろん、人を捜すためだ。
 「アクシズが再加速をかける?」
 核パルスの光が一瞬膨らんで見え、コンピュータのモニターにはアクシズの進路予測と落下予想時間が表示された。
 「ノズルを壊せれば、まだ修正は効くか……だけど!」
 アルスは機体を捻りながら戦線へと突入する。膠着しつつあった空間に、大輪の爆発が沸き上がる。そのたびに、アルスは人の知覚が弾けるのを感じていた。
 「ここは戦場だ!その心構えもなく戦いに出るなっ!」
 逃げようとしたギラ・ドーガにそう叫び、すぐ側をパスしていくゼータ。
 「何?撃たないのか?ガンダム……」
 「いちいち相手をしてられるか!」
 アルスは毒づいて、前方に見え始めた青い光に、ガンダムを寄せていく。
 「そこにいたかアムロ・レイ!そんな機体で、誤魔化せると思ってか!」
 その、アルスにしか見えない光を放っているルナは、戦闘宙域を自在に突き抜けるジェガンにただならぬプレッシャーを感じて、それがアムロ・レイだと判断した。
 「誰だ、この感じは……女の子?」
 ハセガワはその鋭い気に、機体を転進させた。ヤクト・ドーガのビーム・サーベルが、ジェガンに突きつけられる。
 「あんたが!あんたが私の家族を奪った!空を落とした!」
 「人違いだ!」
 ハセガワは小さく言って、ライフルで牽制する。
 「ジェガンで出てくるなんて、それでカモフラージュのつもりか!」
 「俺はアムロ大尉じゃない!」
 ハセガワは執拗に追ってくる若い気配に閉口した。自分が本気を出せば墜とせない相手ではないと思ったが、そうすることは逆に自分を危機に追い込むと判断したからだ。
 「ったく、こんな時に……」
 「ハセガワ中尉!」
 ジェガンとヤクト・ドーガの間に割って入ったのは、他でもないアルスだった。
 「ゼータ・ガンダム!」
 「中尉、こいつは僕に任せて下さい!中尉はアクシズへ!」
 「判った!」
 ハセガワには、そのヤクト・ドーガのパイロットが、なぜかアルスを呼んでいるように思えた。だから、その場をアルスに託したのだ。



 「負けない!」
 シェリーは、独り言を言った自分に違和感を持った。
 「こんなこと、今までは言わなかったのに」
 ギラ・ドーガ隊は、思わぬ場所から狙撃するガンダムの存在に狼狽した。
 「畜生、畜生、畜生!!」
 そのパイロットの意識の下に、妻と産まれたばかりの子供の存在を知って、それでもシェリーはビーム・ライフルを撃つ。
 「ここは戦場だ!」
 その快哉は、彼女の記憶にある中でも初めてのことだった。それと同時に、自分の喉からこんなに大きな声が出るのかと感心した。
 「命を無駄に消費はさせない、とあの中尉は言った……でも、戦場は生きるか死ぬかだ……!」
 一瞬の隙をついて肉薄したギラ・ドーガのビーム・サーベルによって、シェリーのガンダムはシールドごと左腕を失う。
 ガガッ!
 コクピットが激しく揺れるが、シェリーは冷静に機体を操作し、そのギラ・ドーガを蹴って間合いを取り、ビーム・ライフルを撃ち込む。
 「負けない!」
 「シェリー!」
 その空域に、ヘレン機が滑り込む。
 「大丈夫?」
 「これくらいの損傷なら問題ないわ」
 二機のガンダムを取り囲む形で、十機前後のギラ・ドーガが集まってくる。岩影に身を隠しながらでないと撃墜されるため、必要以上に気を配り、徐々に間を詰めてくるのが、二人には判った。
 ズズーン……
 アクシズの方向に、大きな光の玉が産まれた。核ミサイルが、狙撃された光だ。
 「一気に突破しないと、やられる」
 「シェリー、行くよ!」
 二機のガンダムは、それぞれ上と下に別れて一気に加速をする。囲んでいたギラ・ドーガも砲撃を加えるが、目標が二手に分かれたために、一機に対する火線はさほど多くはない。
 「行ける!?」
 そうシェリーが口にしたとき、機体が激しく揺れた。
 「ファンネル・コンテナに被弾!?」
 シェリーはサイコミュのスイッチを切る。ショートして暴走してしまえば、死は免れない。が、彼女の手よりも一瞬早く、サイコミュ装置は配線から流入した電流によってその制御部分を焼かれ、その機能を異常な方向へと向けていった。
 「どうして!」
 純白のガンダムマーク2は機体の向きをくるりと変えると、追撃してきたギラ・ドーガに激突する。
 「な、なんだこいつ!?」
 そのパイロットが、ガンダムの異常さに気づいた時には、ガンダムマーク2の指がギラ・ドーガのモノアイを潰し、その首をもぎ取っていた。
 「だ、誰か、助けてくれ!!」
 サブカメラに切り替わったスクリーンに、ガンダムの頭部が大きく映し出され、パイロットは恐怖のあまりに失禁する。
 ガンダムはギラ・ドーガの胸部にバルカンを密着させると、一気に発射した。
 ズガガガガ……!
 バルカンの弾がギラ・ドーガのコクピットと共にパイロットをえぐり、核融合炉も傷つける。一瞬の間があって、二機のモビルスーツは宇宙に咲く大輪の花火となった。
 「シェリーっ!」
 消えた意志を感じて、ヘレンは絶叫する。自分の回りにいた暖かさが消えていく感触、それは涙を伴った痛みという形でヘレンに訪れた。
 「私はまだ死ねない!死ねないんだよッ!」
 ヘレンはそう言いつつも、脳裏に甦るヴァルキュリエ艦隊での日々に、死期を悟っていた。みんなが消えていった地平の彼方へ、自分も行くことについては恐怖はない。しかし、最後にルナとアルスの笑顔を見られないのは、心残りだと思うのだ。
 「いくらウジャウジャ出てきたって!」
 吐いた唾がバイザーを汚すことにも構わず、ヘレンは迫るギラ・ドーガにビーム・ライフルを撃ち続ける。引き金を引いても、ビームが出なくなったことにも気づかずに、ヘレンは引き金を引き続けた。
 ドウッ!
 背中からタックルを受けたガンダムは、その動きを止める。それでも、さんざん味方を落とされたギラ・ドーガ部隊の攻撃が止まることはなかった。
 白煙が立ちこめるコクピットの中で、ヘレンは額から血を流しながら、もう帰ってこない遠い日を夢見ていた……



 「チッ、参ったな……ちょっとばかり被弾しすぎたかな?」
 「ハセガワ中尉、ロンド・ベルの本隊がアクシズに取りつくそうです!内部からの分断を試みると!」
 リルル少尉のジェガンが、まださほど酷い状態ではないのを見て、ハセガワは安心した。
 「そうか……ブライトキャプテンは守らなくてはならないしな……」
 ハセガワは、ビーム・ライフルのエネルギーパックを交換して、機体をアクシズに向けた。
 「行くぞ、艦隊を援護する!」
 「了解!」
 「リルル少尉……死ぬなよ!」
 「判ってます!」
 ハセガワは、自分が意外と女々しい男に思えたので、最後の言葉は言わなければ良かったと内心歯がみをしたが、リルルはそんなハセガワの期待に応えたいと真摯に思った。
 戦いの中で散りたくはない……女としてのリルルが、そう思ったのだ。



 兄は、家の名誉のことしか考えていなかった!ルシアはそうも思う。
 軍人として有能でも、それが人間として立派かどうか、と問われれば、まるで関係がないと答えるしかない。
 父が死んでから、全ての歯車が狂ったのよ、とザクに似た敵モビルスーツを撃破しながら、ルシアは臍をかんだ。
 名誉の戦死?そんなものが、あるわけないではないか!兵士は生還してこそのものであり、命を消費することを美徳としてしまうから、ジオンはその運命さえも第二次世界大戦当時のニッポンやドイツに似せなければならなくなったのである。
 それは、悲劇へと転落していくに等しいことだ。
 「母さんはいつも外では強がって、銃後の婦人の鏡であろうとし過ぎた!」
 ビーム・ライフルのエネルギーが空になっているのに気づき、ルシアはライフルを捨てる。
 「だから兄は、父の遺志が判るふりをして、戦いに身を投じていったんだ!」
 ガンダムの四方からワイヤーが飛び、ルシアのガンダムはその両腕・両足をワイヤーで吊られて不自然な体勢になった。
 ルシアの瞳が、一瞬で状況を確認する。
 腰背部から放たれたファンネルが、ワイヤーを保持していたギラ・ドーガたちを葬る。しかし、胴体にワイヤーをまきつけていた一機への攻撃が遅れた。高圧電流が、ガンダムマーク2を襲う。
 スクリーンに各部の異常が表示され、ショートし、破裂する。絶縁されているはずのコクピット・ブロックにいるルシアのヘルメットの中で、全身の毛が逆立っていくのが判る。皮膚は電撃によるショックと熱で焼けこげ、ノーマル・スーツが発火する。
 しかし、ルシアの感覚器官には、それの苦痛は伝わっていなかった。それは、彼女のこころが、既に涅槃へと旅立つ準備をしていたからかもしれない。
 電撃に撃たれるガンダムマーク2に、近くにいたギラ・ドーガがグレネード・ランチャーを撃ち込み、ルシアはガンダムと共に四散した。



 「おい、ロンド・ベルは援護がいるんじゃなかったのか?」
 ふと、思い出したように士官が言う。そう言えば、さきほどボロボロのリック・ディアスでたどり着いた少尉が、気絶する前に何か言っていたような気がする……
 その認識の引き金になったものが、チェーン・アギのリ・ガズィが爆発する際に発した暖かい光であることは、言うまでもない。
 チェーンの言うサイコ・フレームの光は、確かに人々に届いていたからだ。
 次々と射出されていくモビルスーツのテール・ノズルの光を眺めながら、その士官はアクシズへと艦を進めるように指示を出す。不思議な暖かさを感じながら……



 「行け、ファンネル!」
 レナは絶叫していた。サイコミュの作動を確信していたわけではない。しかし、射出されていくファンネルが見せる光景は、レナを確実に死の淵へと追いやっていった。
 「アクシズを止める!アクシズをッ!」
 ファンネルから放たれたビームがアクシズの表皮をえぐる。が、それはアクシズの規模からみればごくごく微少なもので、それでアクシズが消え去るだろうと思うレナの精神は、もう異常をきたし始めていたのだろう。
 「こんなものでは、アクシズは落ちない!」
 ファンネルを直接岩盤に激突させ、その成果にレナは絶望する。
 「どうして!どうしてやれないんだヨウッ!!」
 レナは、ガンダムの機体を一度急上昇させると、岩肌に向けてフット・ペダルを渾身の力で踏み込んだ。
 ドウッ……!
 表面でバウンドしたガンダムは、その機体を半分潰し、倒れ込んでから爆発をする。
 その光芒の中で、レナは父の肩に抱かれて屈託なく笑う、幼い頃の自分……

 ”父ちゃん、おかえりなさい!”
 ”レナ!おりこうさんにしてたか?おみやげ、買ってきたぞ”
 アフリカ独立戦線の志士として戦った父との、そして戦場に消えていった父との、暖かな思い出……

 ああ、これが、求めていたものなんだ、と微笑みながら……



 命が消えていく感覚は、ハセガワの頬を伝う涙と共に宇宙へと拡散していく。今は、愛する人を求めて彷徨う少年の代わりに、その悲しみを受けて涙する……それでいい、それでいいとハセガワは思ったのだ。
 アクシズの表面で爆発の炎に焼かれるレナ・リューベック大尉のガンダムマーク2を目視したとき、ハセガワはその光の中に、人の意志の、奔流を、見て、いた……

 ”な……なんだ……なんなんだ、これ……”

 歌、だと判った。澄んだ、もの悲しい歌声は、誰、だろう?
 ”キャロル・マティルデ・グラーツィエ?あなた、なのですか?”
 なんの、歌、だろうか……


   いつでも変わらない想いがあるのなら
   痛くてもつらくても胸にしまいこんで
   一夜のうちに書こう 私の恋の歌
   フィーネのかわりにつけるリピート

   終わりを知らずにくり返す 音符をたどってゆけば
   ひとつひとつに重なった 記憶の刻み

   すこしすこし踊ろうか
   ゆっくりゆっくり踊ろうか

   あ……香る川に美しく
   あ……とめどなく流れる
   ラプソディー



 やわらかな光が、ハセガワの視覚を遮る。歌声に導かれて、少女たちの意志が集まり、光を放ち、そして銀河の渦の向こうへとその輝きを伝えていく……
 人の意志というものが、力を持っているとすれば、それは歴史を作り時を動かし、そしてこの宇宙に青く輝く水の星へと流れていくことだろう。それは、人が地上で生まれ、地上しか知らずに死んでいった昔から引き継がれた、人の命の輪とも言うべき流れであった。


   愛はたぶん誰かのため
   そっと捧げられた 遠い祈りなのね
   人は一人ではいられない
   淋しさの星座からこぼれた花びらだからね

   あなたが祈るたび おおぞらに帆が上がる
   優しさに惹かれて
   青い眠りを解かれた美しい星よ

   もう泣かないで
   今あなたを探してる人がいるから……
   お前に会いたいよ、と……



 平凡な毎日、退屈な毎日こそが至高のものである、と市井の人間が気づかないように……命の力というものについても、人は無知であった。
 その力を見つける場面が、戦争という、命を消費するような場面でしかあり得ないというのは、あまりにも不幸である。しかし、命の力というものは、あまりにも普遍的すぎて、生活の中から見出すことは難しいのだ。
 しかし、今、光の渦と化した人の意志が、直接ハセガワの脳髄に言葉を伝えていく。


 地球を……あの青い水の星を、守って欲しいと……





 「ルナ、待って!」
 ヤクト・ドーガの機体が、アクシズの資材搬入用ハッチへと入っていくのを見て、アルスもそれを追った。このアクシズがコア3に激突した際に、アルスの家族は行方不明になった。そのアクシズに入る時、アルスはそういった過去の想いをまるで振り返りはしなかった。
 ルナとの未来!
 それだけを、ヤクト・ドーガのテール・ノズルの光に見ていたのである。
 ルナはしつこく追ってくるガンダムに辟易しながらも、何故か心が躍っている自分を感じていた。アシッド・レインと共にいた時に似た感覚、それよりもっと濃密な感覚……
 ルナはそれを嫌うと、ヤクト・ドーガから降りて、まだ空気も残っている居住ブロックへと移動する。アルスも、それに倣った。
 「どうしてお前は私を追う!?」
 言ってルナはショーウインドーの影に身を隠した。
 「どうして、って……」
 無防備に歩くアルスを見て、ルナは拳銃をしまう。アルスが目の前を通り過ぎてから、そっと背後から忍び寄り、一気に飛びつく。
 「うわっ!?」
 「お前、なんだ!」
 アルスの体を反転させ、腹の上に馬乗りになって、ルナは毒づく。
 「どうして私を追う、どうして私を知っている!?」
 「言ったじゃないか、僕は君と同じ部隊にいたんだって!」
 「信じられるか!」
 「思い出してよ!」
 「記憶にないと言っているんだよ!」
 ルナの瞳から涙がこぼれた。
 「記憶にない、記憶がない!なのに、どうしてお前なんかが私のことを知っているんだ!?」
 アルスは黙って状態を起こし、ルナの体を抱いた。
 「きっ、貴様!」
 「黙って」
 アルスは強く言って、ルナを抱きしめた。
 「きっと思い出せる……」
 「無理よ……そんなの……理想論だよ……」
 アルスは静かに続ける。
 「今は、無理に思い出さなくてもいいよ……月に行こう、ルナ」
 「月?」
 「月には、僕が育った研究施設がある。ミナコ博士なら、きっと君の記憶だって戻してくれる」
 ルナはそっとアルスの肩に手を置き、ヘルメット同士を重ねた。
 「……そうね、そうできたらどんなにいいことでしょう」
 「ルナ?」
 ルナはアルスから体を離した。
 「でも今は違う局面にいる。あなたと私は敵だ、そもそもあなたの言うルナと私が同じとは限らないでしょう?」
 「そんな……だって、君はルナじゃないか……」
 「自分の都合だけで考えるな!!」
 ルナは絶叫し、来た道を引き返す。アルスも慌てて後を追った。
 「待ってルナ!」
 「黙れ!お前はいつもそうだ、いつも高い場所から見下ろしたようなことを言う!いつも私を知っているような口振りで話す!それが一番気に入らないんだッ!」
 アルスがゼータ・ガンダムのコクピットに滑り込み、マシンを起動したときには既にヤクト・ドーガの姿はなかった。アルスがため息をついて、ゼータをゆっくりと資材搬入用ハッチから出すと……ルナのヤクト・ドーガは、そこでアルスのガンダムを待ち受けていた……



 ハセガワは、アクシズを両断するように広がった爆発を眺めて安堵する。核ノズル破壊による落下は既に無理という状況で、最終手段であったアクシズの分断が今、眼下で行われているのである。
 それでも一応、ジェガン据え付けのコンピュータで、メインカメラからの測定データを計算してみる。本当に落ちないのか、それとも落ちるのか……
 「ハセガワ中尉!」
 絶叫に驚いて顔を上げる。リルル機が、ハセガワ機に接触をしたのだ。
 「駄目です、アクシズは落ちます!」
 「どういうこと!?」
 「分断された前の部分はこのまま離脱しますが、後ろの部分の速度が落ちています!このままでは、落ちます!」
 ハセガワは天を仰ぎ、そして深く息を吐く。
 「なら……もっと小さく、もっと小さく砕いてやる!」
 ハセガワはリルル機を一瞥して、その機体がこれ以上の戦闘に耐えられそうにないと判断して、コクピット・ハッチを開いた。
 「少尉、こっちに!その機体はもう駄目だ!」
 リルルは素直にハセガワ機へと乗り移る。コクピット・ハッチを閉じ、空気がコクピットに満たされたのを確認してからハセガワはヘルメットを脱ぎ捨てる。
 「なぁ少尉……俺はやっぱり、他人を幸せにすることはできないらしい……」
 ハセガワはギリッ、と歯がみをする。
 「みんな死んでいく……俺はもう、絶対に軍を辞める!だが、そのまえに……あのアクシズをどうにかする!」
 リルルもヘルメットを脱ぎ捨て、ハセガワの唇に自分の唇を重ねる。
 「そうよ、今やらなくてはならないことがある……それが出来る男だから、私はあなたを選んだ!」
 ハセガワはリルルの腰を抱いて、フット・ペダルを思いきり踏み込んだ。



 「何が幸せなの?」
 アルスは、コクピットの中で凍り付いた。
 「あなたが思っているほどに、世界は暖かくないわ」
 ルナはゼータガンダムの手を強引に振りほどくと、コクピット・ハッチにビームライフルの銃口を向けた。
 「ほら、あなたの命は私が握っている」
 「でも、戦うだけの人生に救いがあるわけないじゃないか!」
 「それはあなたが判断すべきことではないわ」
 ルナは冷たく言うと、ゼータから静かに離れて距離をとった。
 「……もし、私があなたが言うルナだったとしても、それはこの局面では意味のない事実なのよ。あなたは私を乗り越えない限り、明日を生きて迎えることはない」
 「ルナ……」
 「さぁ、勝負よゼータ!アルス、本気でかかってきなさい!」
 「出来ない!僕には、僕にはできないよ!これ以上、大事な人をな失くしたくないんだ!」
 「泣き言をっ!」
 その時、ルナの脳裏には、戦艦の中らしい一室で、アルスを抱き涙する自分の姿が浮かんでいた。それと同じ感覚を、敵というイメージで固められたゼータ・ガンダムの中に感じたとき、ルナは混乱した。しかし、混乱はしていたが、ルナは戦士らしい冷静さで、ゼータ・ガンダムの左腕をビーム・サーベルで切って捨てた。
 「ルナ……」
 アルスは泣きはらした瞳でもう一度ヤクト・ドーガを見つめ、鼻をすすってからゼータ・ガンダムの残る右腕にビーム・サーベルを持たせた。
 いったん離れた両機は、加速をつけて再接近する。そしてサーベルとサーベルが交錯しようとしたその瞬間に、ルナの視界がチカチカっとフラッシュし、次の瞬間、ルナは再構築された記憶の中から自分の置かれている状況を察知する。

 私は、アルスと戦っている!

 アルスは、ルナが記憶を取り戻したことを悟った。しかし、一瞬だけ反応が遅れ、僅かコンマ数秒の中でアルスは天国と地獄の両方を味わった。

 自分のサーベルの粒子発振を止め、アルスのサーベルを袈裟がけに受けたルナの機体は、激しくスパークする。
 「ルナ!今助ける!」
 「来ないで、来ないでアルス!……この機体はもう、保たない……」
 アルスはガンダムのハッチを開けて、外に出ようとした。そのアルスを、他ならぬヤクト・ドーガの手が押し戻す。
 「もう爆発する……逃げて!」
 ヤクト・ドーガはゼータを突き飛ばし、最後に残ったバーニヤを全開にした。








引用詞・山本正之「新宿が荒野だった頃」
売野雅勇「水の星へ愛をこめて」



第11章 完




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