![]() 8.策謀と偏見 フィフス・ルナがラサへと落ち、連邦政府は非公式にシャアとの会談を検討した。それは、政治家たちの現状把握能力の欠如を意味する事柄であったが、彼らにはそれが判らない。 会談の打診を受けた時点で、シャアはプランを実行に移す決意をした。連邦議会など生かしておいても意味がない、という判断である。彼がクワトロ・バジーナと名乗っていた頃、彼は地球の政治家たちにある程度の希望を持っていた。その希望を打ち砕かれたからこそ、シャア・アズナブルに戻ったのである。 「議会は条件を飲むかな?」 「自信がおありにならないのですか?」 「自信はあるさ。しかし、連中の考えは幼稚だ。こちらの思惑通りに動いてくれるか、それだけが心配だな」 「大佐の作戦は成功します。皆が信じ、成功するように尽力しているのですから」 ナナイは、その豊満な胸をシャアの後頭部に押しつけるように、ソファーに座っているシャアを後ろから優しく抱いた。 「私は……人の罪は人が裁かねばならんと考える……それを傲慢だという輩もいるだろうが、座視は出来ない……」 「その純粋さに、私たちは付いていく決心をしたのです、シャア・アズナブル……」 「私は純粋か?」 ナナイはふっと笑うとシャアから体を離した。 「そうでなければ、このような作戦は思いつきません」 「そうか」 シャアは嘆息気味にそう言っていたが、自分の中にある黒い感情に気づいていた。 『アムロ・レイ……サイコフレームからヒントを得て見せろ!』 心の中でそうつぶやいて、シャアは寝室へ向かった。かつての……そして、立ち上がりつつあるライバルが自分のライバルとして相応しくなる日を、シャアは待ち続けているのだ。 結局フィフス・ルナ防衛戦に間に合わなかったヴァルキュリエ艦隊は、ルナツーへ戻り防衛任務につけ、という命令を受けた。懲戒人事そのものなのだが、クルーの間に不平不満はなかった。そもそも基地の防衛は始終半舷上陸のようなもので、規模は小さいがルナツーの地下街は戦いにすさんだ心をいたわるのには十分だった。 「しかし、いきなり落とすとは思わなかったわ」 やれやれと、という感じでクリスは言った。 「フィフス駐留軍の装備が旧式だから、やりやすいと思ったんじゃないか?」 アレックスもなげやりに言う。 「ロンド・ベルが一ヶ月前に調査した空域からの攻撃だもんな、参ったぜ。まさかロンド・ベルの調査不足だなんて馬鹿な指摘できないし」 「それでも偉いさんたちは、ロンド・ベルの過失だと言っているみたいね」 キャロルがキャプテン・シートの肘掛けを爪でコツコツと叩きながら言った。 「でも、スウィート・ウォーターにシャアの艦隊が入ったって、元々いた連邦軍はどこに行ったんです?」 「あんたもバカだね、そんなの決まってるじゃない。連中みんなネオ・ジオンに転職したのよ」 クリスはすっかりダレている。 「だとしたら問題よ?軍の暗号解析コードからネットワークへのログオンパス、兵装の性能一覧から配備状況まで丸見えだわ」 キャロルも、肘掛けに顎をくっつけて腕をだらんと垂らした。 「ロンド・ベルはロンデニオンに帰ったみたいだけど……あたしたち、ロンド・ベルの分艦隊じゃありませんでしたっけ?な〜んでこんな場所で退屈してなくちゃならないんでしょうね」 「さぁ……」 やる気のないクリスとキャロルを眺めて、リン軍曹は苦笑する。 「司令、もう少しシャキッとしてください?」 「ごめんねリンちゃん、だらしない司令で」 「い、いえ……」 「こうやっているけど、本当は色々と考えているのよ〜?」 「何を、です?」 アレックスは紙ヒコーキを作って、飛ばす。ブリッジの中をふわり、と横断した紙ヒコーキは、静かに床へ落ちた。 「次にシャアが何をするか、についてよ」 「作戦成功の祝勝会じゃないですか?」 「あっ、いいなぁ、シャンパン開けてね」 「七面鳥の丸焼きも当然テーブルの真ん中に」 「バイキング形式の、立食パーティーがいいなぁ……」 思い思いの想像にふける3人に、生真面目なリン軍曹は苦笑いをするしかなかった。いかに生真面目なリンとは言え、この一日以上続く退屈にはもう飽き飽きしているのだ。 標的を確実に射抜くファンネルのビームに、軍医は目を細めた。捕獲した連邦軍の強化人間が、僅かな刷り込み作業だけで戦力に転用できる……これは、給料アップも間違いなしの功績だ。 「よし、ルナ、あがれ」 マイクで呼びかけると、管制室脇のエア・ロックにヤクト・ドーガが接触し、ノーマルスーツ姿の少女が現れた。 「よしよし、なかなかいいぞ……命中率97.1%、これはナナイ所長ご自慢のギュネイ・ガスにも匹敵する好数値だ」 「うっ……頭が痛い……」 「薬は医局で貰え。脳波と血圧のチェックがあるから、まずは第一医務室へな」 「判った」 ルナは頭に響かぬよう、小さく言うとドアを開けて通路に出た。 「どうだ、あの娘の波動は?」 「悪くない……が、俺にはよく判らない部分があるな」 「おそらくそれは連邦時代の記憶だろう。精神波動の数値自体には影響がないが、感情面に悪影響を与えているのか?」 「そのようだ。消された記憶とそれを求める心、あるべき場所にあるべき記憶がない苛立ち……まあ、これ以上精神をいじれないのなら、不安定でも使うしかあるまい」 軍医たちは、コンピュータのチェックを始めた。まだまだ試験は続く。 「お疲れ」 アシッド・レインは、初めて見る少女に戸惑ったものの、相手が疲れているようなので、そう言ってみた。少女は上目遣いにアシッド・レインを見ると、目を閉じてため息をついた。 「どうした、調子が悪いのか?」 「そうじゃないわ……頭が……」 「痛むのか?」 「薬を飲めば大丈夫だから……」 ルナはリフト・グリップをもう一度握る。 アシッド・レインは、間近に見る少女の肢体に、今まで感じたことのない感情を覚えた。今まで彼が接した女性と言えば、ほぼ皆白衣を着た研究者たちで、体のラインがはっきりと出るノーマルスーツ姿の少女はたまらなくまぶしいものに感じた。 「この服可愛い〜♪」 「ほらシェリー、あんたこれなんか似合うわよ」 「……別にいいわ」 「そう言わない!曲がりなりにも年頃の女の子なんだから!」 休養を言い渡されたヴァルキュリエ隊の面々は、ルナツーの地下街でショッピングの真っ最中だった。給料を使うヒマがほとんどなく、流行に飢えていた彼女たちにとって、例えそこが場末のブティックでしかなくても、気分は最高だったのだ。約一名を除いて。 「もうちょっと待ってて、ね?」 店の中からヘレンが謝り、アルスも笑顔で「はい」と言う。しかし、アルスはもう退屈で退屈で仕方なかった。 どうしてこんなに、買い物に時間がかかるのだろう?アルスにはさっぱり判らない。買いたいものや欲しいものを事前に決めてから買い物に出かけるアルスにとって、衝動買いというジャンルはさっぱり理解できないものだったし、店に根が生えたように居座ることもまるで理解不能だった。 「うっわ〜、レナ隊長色っぽい!」 「そう?ちょっと高いけど……奮発しちゃおうかな?」 無論、そんな楽しそうな会話は聞こえてくるものの、その姿を見ることはできない。だから余計に退屈なのだ。まぁ、着替えをした彼女たちを見ても、アルスは赤面するだけでしっかりと評価を口にはできないだろうが。 「ああん、このひらひら可愛い〜」 「エミ、可愛い可愛いって全然試着しないじゃない」 「いいんです、どうせお洋服着る機会なんてないし……お部屋に飾ろうと思って」 「それいいわね。軍艦の中なんて、殺風景だもの」 「ルシア、それ後ろ前!」 「えっ?あ、あっ、本当だ、恥ずかしい〜!」 そんな会話の中に、ルナが混じっていないと言う事実は、アルスの心に暗い影を落とした。しかし、あの時側にいたエミとシェリーの証言では、ルナの乗った脱出ポッドは敵に捕獲されたという……だったら、いつかまた会えるに違いないと、アルスは自分を奮い立たせるのだ。 「おっ待たせ〜!ごめんねアルス少尉、待たせちゃって」 両手に紙袋を抱えて、ミリシアが笑顔で言う。 「いえ、いいんですよ、どうせ艦にいてもすることなかったし。……で、どの荷物を持てばいいんですか?」 荷物持ちでついてきたアルスだったが、5人の女性がそれぞれ4つ以上の紙袋をぶら下げているのを見て、肩を落とした。 まさか、全部は持てない。 「あ、いいわよ、ちょっと買いすぎたし。みんなでお昼を食べて帰りましょう。お金は私が出すわ」 レナ大尉がにこやかに言う。 「えっ、いいんですか?」 「私は大尉よ?それなりにお給金貰ってるんだから、遠慮しないで」 「あたし、パスタが食べたい!」 ミリシアが勢い良く手を挙げ、紙袋が地面に落ちた。慌てて拾って、照れ隠しに笑う。 「ルシアは何食べたい?」 「あたしは……カレーが食べたい」 「エミは?」 「私は……なんでもいいです」 「ヘレン」 「う〜ん……スシは高いし、サシミは好き嫌いがあるから……ラーメンかな」 「シェリーはどう?」 「……なんでもいいです」 レナは苦笑する。 「色々食べたいものあるのね、感心しちゃうわ」 「で、どうするんです大尉?」 「残念ながら、この地下街に食事の出来るお店はこの時間、あそこしかないのよね」 レナ大尉の指さす先には、赤地に黄色く『M』の字が輝くファースト・フードチェーン、マクダニエル・ハンバーガーの看板があった。 「なんだ、強化人間もメシ喰うのか!」 下卑た笑いが奥のカウンターから届いた。ハンバーガーにかぶりついたアルスは、その物言いにムッとする。 「強化人間の姉ちゃんと、ボウヤだぜ!」 「ボウヤ、ハーレム気分はどうだい?筆おろしは済ませて貰ったんだろ?」 下品な笑いが店内に響く。ファースト・フード店の明るい雰囲気にはそぐわない笑いだったが、店員は苦情を言わない。いや、言えないのだ。アルスにはその兵士の言う意味が判らなかったが、なにか侮辱されているように感じて、立ち上がろうとした。そのアルスを、隣のルシア・ヘインズが引っ張って座らせる。 「アルス少尉、我慢なさい……言い返せば相手の思うつぼよ」 「ほう!仲のいいこった!今夜も眠れねぇなぁ、オイ!お姉ちゃんのミルク飲ませて貰ってよう!お前もお返しにミルク飲ませてやってんだろ?」 「無知は相手にしても疲れるだけよ」 シェリーは静かに言うと、フライドポテトを口に運ぶ。 「おいコラ!誰が無知だって?」 兵士が一人、千鳥足で歩いてくる。 「おめぇらみてぇな戦争人形に、無知なんて言われる筋合いはねぇんだよ!」 「やめてください!」 アルスは我慢できずに立ち上がった。レナ大尉は大きくため息をつく。 「なんだ?このボウヤ、少尉さまだとよ!いいねぇ、苦労してる俺っちは万年軍曹で、てめぇらガキが少尉さまか!強化人間が、スカしてんじゃねぇよ!」 「強化人間とかそういうのは関係ないでしょう?いきなり変な言いがかりをつけてきて、一体何なんです?」 兵士は、酔っぱらっているとは思えないほど素早くアルスの胸ぐらを掴んだ。ケンカ慣れしている動きだ、とアルスは思う。 「あぁ?まだ判らねぇのかよ?てめぇら強化人間が、人間さまと一緒の店で物を喰うのが気にいらねえんだよ!……人形は人形らしく、モビルスーツのコクピットにいりゃあいいんだ!」 奥からはもっとやれ、と声がかかる。アルスは男の酒臭い息に顔をそむけ、強引に腕をふりほどいた。 「もしあなたが言うとおり、強化人間が人形だとしても、あなたのように無礼な人はいませんよ!あなたのほうがよっぽど人間として下等です!」 「言いやがったな、このガキ!ぶっ殺す!」 男が腕を振り上げる。アルスは殴られる!という恐怖に目を閉じ、身を固くする……が、いつまで待っても拳が飛んでこないので、おそるおそる目を開けた。 すると、振り上げた腕を後ろから掴んで捻る若い士官と、腕を捻られて顔を苦痛に歪める酔っぱらい兵士の姿が目の前にあった。 「おいおい……いい加減にいろよな?」 「イテテテテテ、てめぇ、何しやがる!……さてはこいつらと同類だな?」 「悪いけどそんな高等なものじゃないんだ。残念ながら、あんたらと同じ下等な人間だよ」 最後の「よ」という部分でさらに兵士の腕を捻り、兵士は苦痛に呻いた。 「コラてめぇ、その手離せ!」 仲間と思われる兵士達が回りに集まってくる。民間人もいる地区だから、拳銃の携帯は禁止されている。だから、発砲の危険はなかった。 「離せ、といわれて離すバカはいないと思うけどな……」 若い士官はそう言うと、アルスに向かってウインクする。 「坊や、なかなか度胸あるね。おにいさん気に入っちゃったよ」 「そ、そんな……」 「それに比べて、一般兵のこの体たらく。参ったねぇ。コラ、なんとか言わんか」 「イテテテテテテテ!」 さらに腕を捻られ、半泣き状態の兵士。 「え〜、じゃあここらで自己紹介といくか。俺はルナツー基地守備隊、治安維持部のマサ・ヤマモト少尉だ!オラ、お前ら全員身分証出せ!昼時間からの飲酒、民間施設の違法占拠、暴行未遂……重大な服務規程違反だぞ?減俸半年じゃ済まないなこりゃ」 アルスたちを囲んでいた一人が、そっと逃げだそうとしていたのを目ざとく見つけたヤマモト。 「そこの!逃げても無駄だぞ、ここの防犯カメラから簡単に割り出せる。さらに罪状を重くしたくないなら、今のうちに身分証を出した方がいいぞ?」 兵士達はばつがわるそうに互いの顔を見回し、軍服の胸ポケットからIDカードを取り出してテーブルの上に置いた。 「よし、提出した者から帰ってよし。追って処分の通知がいくから、それまでは民間ブロックへの立ち入りは禁止だぞ?判ってるな」 ヤマモトは、腕をねじ上げていた兵士の胸ポケットからもIDカードを取り出し、突き飛ばすように兵士を解放した。その兵士は振り返ることもせず、一目散に店を出ていった。 「あ、ありがとうございます」 「ん、いいってこといいってこと。これが俺の仕事だもん、お礼なんかいらないよ」 ヤマモトはIDカードをまとめてズボンのポケットに突っ込んだ。 「どうも、みなさんすいませんね、嫌な思いさせちゃって」 「別に」 シェリーはさらっと言って、ポテトを口に運ぶ。 「えっ?」 「あ、ごめんなさい……みんな、ああいう言動には慣れっこなのよ」 「はぁ」 「でも、助けてくれてありがとうございました」 レナ大尉はにこやかに言う。が、その笑顔が本心からのものではないと、アルスは判った。 「ありがとうございました、止めて頂かなければ、殴られていました」 だから、アルスは精一杯の気持ちを込めて、お礼を言ったのだ。 「ん……しかしね、連邦軍の兵士がみんなああいう連中ばかりだとは思わないでくださいよ?少なくとも俺は強化人間だとかアースノイドだとか、そういう差別はナンセンスだと思っているし」 「そうね、あなたみたいな人がたくさんいたら、って思うわよ」 ミリシアが興味なさそうに言う。 「だけど、絶対的にああいう連中の方が多い……悪いね、そう簡単に心開けなくて」 「でも、アルスを助けてくれてありがとう」 ジュースのパックを手にとって、ルシアは微笑んだ。 「ジュース、いかが?」 「あ、いや、勤務中なんだが……ん……頂こう」 ヤマモトはオレンジジュースのパックを受け取って、一気に中身を飲み干した。 「ごちそうさま!」 その屈託のなさは、信用に足るとアルスは思うのだが、それでも一同に張り付いた薄い氷のような緊張感は溶けることがなかった。 ヤマモトはふっと淋しげな笑いを浮かべる。 「悪かったね、嫌な思いさせて。人間て弱い生き物でな、自分より高い能力を持つ人間を認めたがらないんだ。いろいろ大変な思いしてきたと思うけどさ、せっかくみんな美人に生まれてきたんだ、もっと笑った方がいいと思うよ」 「ありがとう」 ルシアはもう一度礼を言い、ヤマモトは照れ笑いを浮かべた。 「ヤマモト少尉、白昼堂々ナンパですか?」 ヤマモトの動きが止まる。彼の背後にいつからいたのか、アナハイム・エレクトロニクスの制服をまとった女性が、揶揄するように言う。 「あ、いや、ち、違うって」 「そうです、この人は僕たちを助けてくれたんですよ」 アルスも慌てて加勢する。女性はいぶかしげにアルスとヤマモトを交互に見比べ、手を腰に当ててわざとらしく咳払いをする。 「……ななな、何疑ってるんだよ、ほらこれ!服務規程違反の連中を取り締まってたんだよ」 ヤマモトはポケットからIDカードを取り出したが、震える手のためかカードはバラバラと床にこぼれ落ちた。 「あっ……」 アルスは慌てて拾う。 「すまんすまん、ありがと」 ヤマモトは頭を掻いてカードを受け取ると、もう一度女性に見えるよう差し出してから、ポケットにしまった。 「で……どうして君はここに?」 「例の中尉さんがあなたを呼んでるのよ。『治安維持部で退屈しているようなら、手伝って欲しいことがある』って」 「そうか!あの人は俺のこと、忘れてなかったか!」 ヤマモトは破顔一笑、女性を抱き上げた。 「キャッ、な、なにするのよ、人が見てるじゃない!」 「いいってこといいってこと、よっしゃ〜、俺はやるぞ!きっと中尉の役に立って見せる!見ていてくれナルシア、俺はやるぞ〜!」 ヤマモトはそう叫ぶと、顔を真っ赤に染めた女性をがっちりと抱きかかえたまま、店から出ていった。カウンターの向こうでは、店員が一連の出来事のあまりの騒がしさと唐突な展開についていけなかったのか、呆然と口を開けていた。 「ふうん……一般士官も、まだまだ捨てたもんじゃないってことか」 ミリシアはシェリーのトレイからポテトをつまむと、感心したように言った。 「でもねアルス」 レナ大尉は真顔に戻る。 「ああいう風に絡んでくる手合いは、無視するに限るのよ?」 「でも、僕……」 「我慢できないのは判るけどね、無理してケガでもしたら、つまらないでしょ?」 「はい」 レナは紙ナプキンで手を拭いて、ふうと息を吐いた。 「でも、アルス少尉、勇気あるんですね」 エミに言われて、アルスは赤面する。 「いや、その、別に」 「さ、帰りましょ」 シェリーが席を立った。ミリシアは紙ナプキンで口を拭って、大きく伸びをした。 『ネオ・ジオン艦隊、連邦軍に投降!』 その文字がニュース・ペーパーの一面を飾った時、キャロルは我が目を疑った。各紙共にニュースソースとしてスウィート・ウォーター政庁の公式発表を使っていたが、その公式発表には具体的な日時・時間まで書かれていたのだ。 普通、日程などは後日の事務次官級会談によって決定され、追って発表という手順を取る。これは、降伏した側の将兵などの地位と生命の確保が原則だからだ。無条件降伏をしてしまえば、その将兵たちが戦犯として裁かれ、一方的に死を宣告されることは目に見えている。 だから、この公式発表の前に、既にそれらの談合が済んでいるとキャロルはにらんだのだ。 「よりによってルナツーに来るのか」 アレックスはゲンナリする。 「警備も大変だよな……」 「うちの艦隊に、警備出動指令は出ていないわよ」 「どういうことです?」 「うちの主力はガンダムでしょ?相手にガンダムを見せると、無用な混乱を招くからって」 「どうせ、強化人間部隊には重要な任務は与えられない、っていうのが本音ですよね」 「あ〜あ、ブライトキャプテンがここから私たちを連れ出してくれないもんかなぁ」 「無理ですよ、ロンド・ベルだってこれでめでたく解散、って首脳部は考えていますよ」 元々、旧ジオン軍の残党狩りを目的として設立されたロンド・ベルが、その使命を終える……ロンド・ベル隊のティターンズ化を恐れている連邦首脳にとって、旧ジオンとロンド・ベル消滅はセットでなければならない問題なのだ。 「おはようございます……司令、新聞見ました?」 リンが一礼して、オペレーター席につく。 「おはよう、リン……見たわよ〜、なんかタイミング良すぎて気持ち悪いのよね」 「やっぱり、司令もそう思われましたか」 「今、ちょうどその話題だったんだよ」 アレックスはシートの背もたれを最大限に倒して、伸びをした。 「うち、まだ一応独立艦隊ですよね?こっちから警備出動の申し出はできないんですか?」 「そんなこと、できるわけないでしょ?……せめて、モビルスーツだけでもデッキで臨戦態勢をとるくらいが関の山。あのシャアが、ただで投降するとは思えないもんね」 「でも、本当に投降してくれるなら、それに越したことはないですよね」 リンはおずおずと願望を口にする。それでも、その願望が叶うべくもないと知っているのが彼女だ。 「そうなんだけどね……」 「えっ?」 「そうだ。君は、出迎えに行く必要はない。君はルナツー後方で、シャアの艦隊及び参謀次官の乗ったクラップをゲリラから守る任務についてもらう」 ノボル・ハセガワ中尉は、またやっかいな仕事が舞い込んできたものだと嘆息した。 ネオ・ジオン艦隊が竿で進入し、ルナツー守備艦隊がそれを両側から挟み、沈艦ドックへと連行する。その際、上空からその様子を眺め、必要とあらば援護を行う……そんな役が、彼が乗っているゼータ・ガンダムの役目のはずだったが、基地司令はそれをしなくて良い、と言ったのだ。 「いや、ですが、反ネオ・ジオンゲリラや連邦軍首脳に対するテロの可能性よりも、万が一にもシャアの艦隊が恭順の意志を示さなかったら……」 「そんな心配は無用だ。一パイロットの君が、どうして参謀のような心配をする?彼らは戦いを望まないのだ、そんな彼らを受け入れるのが、我々の仕事だと思わんかね?」 これだからニュータイプって人種は、という言葉を裏に秘め、基地司令は皮肉っぽく言った。 「もはや戦争は終わったのだ、君も一般企業に就職でも考えたらどうか?年金で暮らしていくつもりは、ないのだろう?」 「で、黙って帰ってきたって言うんですか?」 リルル・リーフレット少尉は、ハセガワ中尉のただ一人の部下である。護衛艦隊にも配置されず、ただルナツー防衛の任を命じられている二人、要は軍から疎ましがられているのだ。 「そう怒るなよリルル少尉。もともと僕たちはよそ者なんだから」 「でも、地球連邦軍の一員には間違いありませんよ!」 「僕はね、リルル。彼の考えることも間違いではないと思うんだ」 ハセガワは、ゆっくりと諭すように言った。 「戦争なんてもの、非日常のものさ。だから、一刻も早く解放されたいと願うのは、当たり前のことなんだよ。そして、そういう当たり前の感情を持っている人なら、戦争の道具としてしか認識されていないニュータイプは、戦争と同一視して嫌うのも仕方のないことなんだ」 「でも、ハセガワ中尉が戦争を望んでいるわけじゃないのに!」 「うん……でもね、僕はこれが始まりだと思っている」 「えっ?」 「シャア……クワトロ大尉は、必ず目的を果たす人だ。ルナツーで武装解除はない。次の手は読めないけど……必ず何かを仕掛けてくる……」 部屋の隅に置かれたテレビでは、スウィート・ウォーター放送がシャア艦隊との別れを惜しむ番組を放送をしていた。コロニーから列をなして出てくる赤いレウルーラたちの姿に、ハセガワは何か、きなくさいものを感じていた。 『第9章』を読む 「ガンダムシアター」メインページに戻る |