第1章 なくなったさくらんぼ


 むにゃ、むにゃ、むにゃ、りすののん太が口をうごかしている。夢のなかで大きなさくらんぼを食べているのです。
 空がだんだん明るくなってきました。森の朝があけます。お日さまが山の上に顔をだし、朝風にあいずをおくります。
 さわやかな風は、朝もやをふきはらい、
「おはよう、おはよう、おはよう」
と、森の動物たちにあいさつをしてまわります。
 小川が朝の歌をうたっています。
 あちこちで、大きなあくびをするのが聞こえます。
・・・みんなおねぼうでしかたがないな…。
と、お日さまがつぶやいています。
・・・おや、あそこにもっとずるいのがいる。あくびをして、また、ごろりと横になっちゃった。だめだよ、のん太。そんなおねぼうは、朝ごはんにありつけないよ…。
 お日さまは、やさしく、のん太のねぐらをてらします。
「まぶしいなあ、もうちょっとで、さくらんぼを食べおわるとこなのに。しかたがないや」
 りすののん太は、するするっと木からすべりおりると、小川で、顔をぴちゃぴちゃとあらいました。
・・・さて朝ごはんだぞ。けさは、あのとっておきのさくらんぼを食べようかな。夢で見たのより、ずっと大きいんだ。もうまっかにうれているころだし、うーん、思っただけでもたまらないや…。
 のん太は、さくらの木の下にやってきました。

 おや?ないのです。とっておきのさくらんぼがなくなっているのです。
 目をこすって、ほっぺたをつまんで、あたりを見まわしました。
・・・夢を見ているわけじゃない。さくらの木もまちがえていない。それなのに、やっぱり、さくらんぼはない…。
 のん太は、はっと思って、おなかをおさえました。もしかしたら、夢のなかで、あのとっておきのさくらんぼを食べてしまったのじゃないかと思ったのです。
・・・そうじゃないや。ちゃんと、おなかがすいているもの。食べてたら、ひとつでおなかがいっぱいになるくらい、大きなさくらんぼだったんだ。夢のなかで食べてもおなかがいっぱいになるわけがないさ。おなかがへっているとへんなことを考えてしまうもんだな。でも、あのさくらんぼは、どこへ消えてしまったんだろう。あんなに大きかったのに、あんなに赤くうれていたのに…。
 そう思うとくやしくてなりません。
 のん太は木にのぼって、ほかの小さなさくらんぼを食べました。
・・・小ちゃくて、ちっともおいしくないや。あのさくらんぼは、おいしかっただろうな。だれかが食べてしまったにちがいない。きっと、見つけてやるぞ…。
 おなかがいっぱいになってもまだ、のん太はくやしくてなりません。
・・・だれだろう?あのさくらんぼをとっていったのは…。
のん太は、首をひねりましたが、ぜんぜんけんとうもつきません。
・・・そうだ。とにかく、警察に行ってみよう。さくらんぼがなくなったことを話すんだ。きっと見つけてくれるにちがいない…。

つづく


ものがたりのはじまりにもどります。