11 『河童』のチラシができるまで

 

2016.12.11

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 キンダースペースの瀬田ひろ美さんから、公演チラシについての依頼のメールがきたのが、11月6日だった。今度のシアターXでの公演は、芥川龍之介の『河童』で、そのチラシの文字「河童」を書いてほしいということだった。

 『赤い鳥の居る風景』のチラシに、ぼくの字が使われて、欣喜雀躍したのは去年の夏だった。そのときは、たまたま「一日一書」に、書く題材にこまって、ふと、別役実の芝居の題名でも書いてみようかと思って書いたのをアップしたのを、キンダーの女優でもあり、チラシデザインの担当でもある古木杏子さんの目にとまり、「あれ使わせてください」と言われたのだった。そんなつもりで書いた字ではなかったのだが、もちろん、二つ返事で承諾したら、古木さんがものすごくインパクトのあるチラシにしてくれた。そのチラシがメールで送られてきて、ぼくのパソコンの画面一杯に現れたときは、ほんとうにびっくりしたし、うれしかった。そのことがまるで昨日のことのように思い出される。そのときのうれしさを、『夢見る前に』というエッセイに書いたことも昨日のことのようだ。

 あんなことはもうないだろうと思っていたのに、またまた舞い込んだ依頼。こうなると、もう、半分プロみたいな気分だ。ところが、その依頼には続きがあった。メールには「原田は、河童の絵を描いて欲しいといいます。芥川自身が描いた河童の絵は有名ですが、あの印象もあるかもしれません。」原田さんは、いうまでもなく瀬田さんのご主人、キンダースペースの主宰者である。

 「河童の絵」? これには正直ビビった。絵を描くのは好きだが、ぼくはいたって想像力の乏しい人間で、「見えるもの」しか描けない。空想的な絵は、きわめて苦手なのだ。それでも、この春から習い始めた水墨画では、むしろ空想して描くことも重要だから、見たこともない風景を描いたりはしてきた。しかし、鳥だの人物だのの絵は、やはり現実のものに似せた絵だ。「河童」なんて、見たこともない。原田さんが思うように、ここはどうしても「芥川の河童」を参考にするしかないなと思った。けれども、期限の1ヶ月ほどのうちに、何とかさまになる「河童の絵」が描けるのかどうか、皆目見当がつかなった。それでも、目立ちたがり屋のぼくは、「快諾」したのだった。

 最初は、芥川の描いた河童を模写してみた。次に、ちょっとアレンジしてみた。後ろ姿にしてみたり、坐っているところにしてみたりして、そのいくつかの画像を瀬田さんに送った。

 すると、こんなメールが来た。「原田からのリクエストで『河童の眼』を書いてもらえないか? ということです。眼ですが、やはり『河童』とは判りたいです。まとまらず、はみ出す感じの素材をいくつかいただきたい……(というリクエストだと、私は思っています)」

 う〜ん、「河童の眼」かあ。それこそ見たことがない。芥川の河童にも、「眼」はきちんと描かれていない。立ち姿だ。「眼」を描いて、それが「河童」だとわかって、「まとまらず、はみ出す感じ」かあ。どうしたもんじゃろうのうとつぶやきながら、何枚も描いて、そのうちのよさそうなのを数枚送った。

 すると、今度はこんなメールが来た。「河童の片目だけ、正面から描いてもらうとどんな風になりますか? 顔半分が、何かで隠れている感じ。いただいたような、少し抜いた画風でひとつ。それと、もうひとつ、もう少し描き込んだ感じにしていただくとどんな感じになりますか?」

 片目だけ? 正面から? 顔半分? 抜いた画風と描き込んだ画風? おお、なんというすさまじい注文の嵐だ。まるで、プロの専属画家ではないか。ぼくは、描いてはスキャンして送り、また描いては送った。我ながら、めげないのがエライと思ったが、それも結局楽しかったからめげるなんてことはなかったのだ。注文を受けて描くというような経験はこれまで一度もなかったが、これが意外と楽しいのだ。自分を、考えてもいなかった方向へ導いてくれるような、自分の中にこれまでなかった発想を発見させてくれるような気がした。これが原田さんの「演出」の極意なのかもしれないなあ、などと思いつつ、楽しんで描いたわけだが、しかし、いくら自分が楽しくても、劇団のほうはプロだ。半端なことではダメなのだ。そうはいっても、自信がない。まったくない、どうしよう……。

 ない知恵しぼって必死で描いて送った中から、「片目だけ、正面から、顔半分が隠れている感じて、少し抜いた画風」で描いたものが、最終的に選ばれた。お許しが出たのだ。けれども、ぼくの方としては、「ほんとにあれでいいの?」という感じがぬぐいきれず、こんなメールを書いた。

 「絵は、まったくどうしていいか分からず完全に手探りだったので喜んでいただけて嬉しいですけど、やっぱり、やめとこう、ってことでもちっともかまいませんのでどうぞ、気をつかわないでくださいね。」これが精一杯。頼んだ以上、どんなに気に入らなくても使わなくちゃならないなんて義理立ては困るのだ。そこのところは、ぼくには計り知れない。その後、原田さんにも直接会う機会があり、「あんな絵でいいんですか?」と念を押したのだけれど、原田さんも絵を褒めてくれた。それならいいのかなあと思いつつ、さて、仕上がりはどんなふうになるのだろうと不安でもあったが、古木さんのことだから、あっというようなものに仕上がるのかもしれないと、楽しみでもあった。

 そして、昨日、瀬田さんからチラシのサンプルがメールで送られてきた。案の定、またまたびっくりである。『赤い鳥の居る風景』のチラシは、「字」が主役だった。今度は「絵」が主役になっている。古木さんの天才的なひらめきで、ぼくの拙い絵が、見事に生かされている。再び欣喜雀躍である。

 このチラシやポスターが、これから、いろいろな劇場で配られたり、貼られたりする光景を想像すると、ちょっと恥ずかしいけど、ワクワクしてしまう。生きててよかったとさえ思ってしまう。

 瀬田さん、原田さん、そして古木さん、どうもありがとう! そしていい芝居を作ってください!

 


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