5.「忘却の目覚め」
気がつくと十一時半だった。
寝てしまったのだろうが、それにしても気分が悪い。サイアクだ。頭がガンガンして、まともに立つこともできない。ビールしか飲んだ覚えはねーし、意識を失うほど飲んだ気もしねーんだが……。
はっきりしない頭で、とりあえず身を起こして見回すと、リビングにはマルチとレミィしかいなかった。
「ンフー。I get you……。マダマダ、逃がさないのデース」
レミィはソファからずっこけ落ちたのか、窓とソファの背の谷間で、ずいぶんと満ち足りた顔で、幸せそうに眠っている。舌なめずりなどしているところを見るとハンティングの夢でも見ているのだろうか。何故か悪寒を覚えたので近寄らないことにする。
マルチの方は両手を胸の前で組んで仰向けに寝っころがっていたのだが。
「マルチ、マルチ?」
『……』
揺さぶっても答がない。寝るにしてもどっかで充電しなけりゃ明日動けねーだろうに。しょうがねえなあ。
充電ユニットはマルチの自室にでもあるんだろうか。運んでってやろうかとも思ったが、とても人一人担いで動ける体調じゃねーし。
じーさんでも探してなんとかしてもらおうと、とりあえず部屋を出た。なんとか歩けるまで回復するのを待ってるうちに、時刻は零時ちょい前になっている。年寄りは夜が早いっつーから、じーさんが起きてるかどーかは微妙だが。
と、玄関ホールの階段脇のソファにそのじーさんが座ってて拍子抜けした。
「ありゃ。ずいぶん前に寝たと思ったんだけどな」
「フン。不埒な若僧が二階に上がらぬよう、ここで監視しとるんじゃよ」
老眼鏡で分厚い本を読みながらの言葉にちょっと鼻白んだが、近寄ってみるとじーさんの横には、あかりと委員長が座り込んでクダを巻いている。そばにはカクテルの瓶が大量に転がってるし。どうやら、ここで手のかかるお姫様二人組の面倒を見てくれていたらしい。素直じゃねーじーさんだ。
「ううー。骸骨がー。骸骨が襲ってくるんやー」
「保科さんしっかりー。骸骨なんかいないよー」
……飲み過ぎで変なものが見えてるらしいな。委員長。
「お二人とも、少々お酒の度が過ぎたようですな」
「あかん。骸骨喋りよったわ。うち、食われるんやろか」
「保科さん、その人はセバスチャンさんだって……」
「うちは騙されへんでー。だいたい、「骸骨荘」なんちゅー、けったいな名前の館には、なんかいわくがあるに決まっとんねん。過去の怨霊やらなにやらに粗暴な男から一人一人殺されていって最後は館が炎上してカップルだけが生き残んねん。うちなんか三番目くらいにシャワーシーンで殺されるお色気系に適当三昧や」
「……おめー、ちっとホラー映画の見過ぎじゃねーのか?」
「くわ。自分らはカップルやから生き残る思て冷たいわ。ロボ娘もメリケンも年寄りも、うちら独りもん全員で「ここは任せろ」言うて骸骨食い止めてる間に、カップルさん達はどこまでも逃避行のつもりやろ。そうはさせへんでぇ。片方二人は道連れやぁ……」
いや、自分の夢主体に被害妄想組み立てられてもなあ……。
「骸骨のお化け、というのは面白い発想でございますが……」
じーさんが咳払いで注意を引いておいて、委員長とあかりに、行きのバスで俺にした話をして聞かせる。
「なんだ。それなら、ここにお化けが出るってことはなさそうだよね。良かったよー。実を言うとわたしも、名前がちょっと恐いかな、って思っちゃってたから」
……あかり。おめーってやつは……。
「なんやしらける話やな。見かけ倒しかい。名前負けかい。虚偽情報かい。JAROに訴えるで」
今度は絡み酒だ。あかりに抱きついて離れない。委員長。お前は世の中になにを望んでるんだ……。
まあ、こんな関西系酔っぱらいの相手はあかりに任せて、俺はじーさんにマルチのことを話しかけた。
「じーさん、むこーでマルチが寝ちまってるんだけど、あれはあのまんまでいーのか?」
「マルチが? はて。バッテリー切れの前に部屋に戻ると言うておったがなあ」
どれ、と首を鳴らして立ち上がるセバスチャン。と、うるさくしたせいかそこへ雅史が部屋から出てきた。
「やあ。みんな廊下で、どうかしたの?」
「不良関西人が骸骨のお化けが恐くて寝られねーっていうから、みんなでここで夜明かしにつきあってやってんだ」
「骸骨のお化け? 出たんだ」
んなわけねーだろが。説明が足りなかったな。言い直そうと思ったが、面倒だし気分悪いしで頭を振っていると、雅史が困ったような顔で聞いてきた。
「……ええと、じゃあ、みんなしばらくはここに? 朝まで?」
「はは。間に受けんなよ。夜明かしなんて冗談だって。この二人はしばらく動かせそうにねーけどな……。とりあえず、俺はここでちっと休むわ。なんか、スゲー頭痛ぇ」
「だったら、部屋できちんと寝た方がいいよ」
苦笑する雅史。
「あー……。そーだな。じゃあ、こいつらが引き上げるまでだけ待って、俺も寝るさ」
「それがいいと思う。ほんとに辛そうだよ」
「……とか言って委員長マジでここで寝そうな勢いだな。おい」
「……。」
完全に寝てはいないようだが、もう意味のあることは言えない程度に酩酊状態の委員長を見ていると、俺もついつい眠くなってきた。あくびをかみころしながら、雅史に二人の面倒を任せてソファに寝そべっていると、そこへじーさんが戻ってきた。
「なんだ、酒に負けてリタイアか。だらしがないのう、小僧は。では佐藤君、お二人の復活を待つ間に将棋でも一局指さんか」
「へっ。多少調子が悪くったって、じーさんに負けるほどじゃねーよ」
身を起こし、かなり強がりを込めて言ってやる。じーさんも不適に笑い返す。
「ふん。強がっても鍛えておらん体ではいつまで持つか。……ちなみに、どんなに寝こけていようと、当家の客人である以上七時食卓全員集合は厳守してもらうのでそのつもりで。起きない方は責任を持って儂がお連れ申し上げよう……。フフフ。早く負けて寝た方が身のためだぞ」
勝負前にプレッシャーをかけるつもりだろうか。駒を並べながら言ってくるじーさん。マジでやりかねねーから笑えねーぜ……。
「へっ。だったら、じーさんをとっとと投了させて寝るとするぜ。……と言いつつ端歩突き」
「ぬおっ!? 月下の?」
「浩之、勝つ気ないね……」
るせー。酒入って頭も痛いんだ。持久戦より攪乱から一点突破だぜ。定石忘れてるし。
端歩突きを面白がったのか、敢えて角道を塞ぐようなわけわかんねー手を打ってきたじーさんに対し、俺は半ば長期戦を覚悟しながらマルチのことを聞いてみた。
「ところで、マルチは? 部屋に連れてかねーでいいのか?」
田楽刺し……、っぽく、っと。
「良い気持ちで眠っているようだったからな。タオルケットだけかけてきた。コンセントで充電しておいたから、省電力モードで動けるようになったら自分で部屋まで戻るだろうて」
馬が飛んで……、っと。
ロボットの体温に気を使うなんて、本当は無駄なことなんだろーけど、マルチにはなんとなくそういう無駄をさせてしまうところがある。じーさんの行動に、俺も素直に納得した。
「じゃ、レミィの方は?」
「むお。宮内様もいたのか。気がつかなんだ」
無理もねーか。ソファの裏に落っこちて寝てたからなー。
レミィ。……ふと、レミィでなにか思い出しそうになったんだが。すぐに頭が痛くなって考えるのは止した。
「……じゃあ、僕が行ってくるよ」
雅史がリビングに行ってレミィの様子を見てきた。起こそうとしたが無理だったのでとりあえずソファに移したらしい。的確だな。
そして、俺とじーさんが両方ヘボ将棋だということがほとんど一瞬でわかって、つまんなかったのか雅史は部屋に引き上げていった。これはこれで見応えのある勝負だったのだが。実力伯仲で。
そろそろ、日付の変わる時刻だった。