4.「惨劇の始まり」
夕食は、主にあかりと琴音ちゃんの尽力で完成した。もちろん他の人間も手伝うつもりだったのだが、男どもは風呂掃除やらリビングのクソ重い雨戸閉めやらの力仕事があったし、マルチには満場一致で民主的に抜けてもらった。申し訳ないが。
その後あかりは、先輩の包丁を持つ手つきがあまりに危なっかしいのでテーブルセッティングの方を担当してもらい、だしつゆにケチャップを入れて甘みを出そうとしたレミィにはデザートの制作を任せ、琴音ちゃんと委員長をアシスタントに料理をしていたらしい。ただ、委員長はしばらく手伝ってはくれたが、関東風の味付けはわからんからパス、とリビングへ引き返したとのことだ。
料理の方は前菜から始まる立派なフルコースだったが、あの味付けはたぶん、ほとんどあかりだろう。おかげで俺は普段とあまり違うものを食べてる気がしなかった。残念だったと思うか、普段からうまいあかりの手料理を食えて幸せだと思うか。ま、難しいところだ。
さて、レミィの特製ラズベリータルトを食べてその重さに無糖の紅茶を飲む人間が多かった食後、後かたづけは主に男共が担当し、それからここまで来てテレビ見るのもなんだというので俺達はUNOなどに興じていた。
DROW4のDROW4のDROW4で十二枚引かされて、こんなんサギやとムキになって騒ぐ半泣きの関西人などを見て皆大いに盛り上がったあと、九時頃だったろうか。そろそろ旅疲れが出たのか船をこぎ始めた先輩にじーさんが床につくことを勧めて、先輩は名残惜しそうに二階へ上がっていった。
「さて」
それまで見ていた報知新聞を膝の上で畳んだじーさんは、ロッキングチェアから立ち上がった。
「それでは皆様、わたくしもこれにて失礼いたしますが、くれぐれも、羽目を外しすぎませんように。それから、良い子は早起きと相場が決まっております。明朝は七時起床。ねぼすけ様は、わたくしが直々に叩き起こして差し上げましょう」
重々しくそう言うとガウン姿で部屋を出ていった。むう。七時起床か。あのじーさんは言ったからには本当に起こしに来るだろうからな。今晩はあんま遅くまで騒がないことにするか。
「うるさくすると先輩が起きちまうしな」
独り言めいた呟きに対して。
「それもあると思うけど……」
どうしようかと迷った様子で、それでもあかりが言ってきた。
「ほら。お酒のことだと思うよ。……あんまり飲み過ぎるなって」
「あんまり、っちゅーことは」
キュピーン。眼鏡を光らせながら委員長。
「ちーとは飲んでもええ、っちゅーこっちゃな」
その手にはすでにキンキンに冷えたグラスとビールの大瓶が握られている。どうやら飯の支度の時にキッチン周りの酒類貯蔵について一通り調べておいたらしい。素早いぜ。
「では乾杯! んっんっんっぷはぁーっ! くぁーっ! この一杯のために生きてるんや!」
「早っ!」
「トモコ早っ!」
「ちょちょ、ちょっと、保科さん、まずいよぅ」
「おっと良識派やね。そんな神岸さんを黙らすには……」
どこからともなくグラスを取り出して俺に渡し、ぐっと注いでくる委員長。
「……おい。どーいうことだよ」
「藤田君が飲めば神岸さんもうるさいこと言わんやろ。そういう深い作戦や」
「浅っ!」
「保科さん浅っ!」
「外野は黙っとき!」
フッ。甘いな。委員長。 確かに、酒を飲むのは好きだが、ここで委員長の策にはまっては男がすたるぜ! そう簡単には甘い誘惑に屈したりは……。
「ささ、藤田君、どうぞー」
「おおっ、こりゃご丁寧にどうも」
……はっ!? し、しまったーっ! 委員長にしなだれかかられるとつい、か、体が動いちまったぜ。うお。なんか恐い視線を感じるような気もする。
ええいっ! だがまだだ、まだ飲んだわけじゃない! ここはクールに突っ返すぜ。
「おいおい。馴れ合うつもりはないとか言ってたじゃねーか。おめーの作戦には……」
「いよっ! フ・ジ・タ ヒ・ロ・ユ・キ オ・ト・コ・マ・エ!」
「おいおい、おだてたって……」
「オ・ト・コ・マ・エッ!」
「……。」
「お酒の強い人って……、ス・テ・キ」
「っっっしゃあぁーっ!!! 金太郎―っ!」
「かかったぁーっ! っそぉれ一気! 一気! 一気! 一気!」
「(ごきゅ。ごきゅ。ごきゅ。ごきゅ)っぷはぁーっ!」
「行ったぁーっ! フジタ! フジタ! フジタ! ようやったで。あんたほんまにようやった! さあここで一言、どや?」
「お酒はおいしく飲めるだけ! 一気の強要は禁止です! ダメ! 一気! 絶対! JAROは公共広告機構ではなくなりました!」
「正しいっ! あんたは正しいっ! 「正しいことの白」の中やっ! ジョースターさんっ!」
「委員長!」
「藤田!」
「Grate! これがうわさのブレイコーね! 秀樹感激ネ!」
「宮内先輩、そこはかとなく違うと思うんですが……」
「ひひ、浩之さんも保科さんも、あの、お酒はあの法律があの」
「あはは……。マルチちゃん、腐った蜜柑にはなにを言っても……、あかりちゃん?」
「……。」
ひしと抱き合って感涙にむせぶ俺達の横では、なんかみんな色々やってたようだが、良く見てなかったぜ。
こうして、なし崩し的に飲み会が始まったのだが。
「ええと、ちょっと、このノリにはついていけないってことで」
と、雅史のやつはそそくさと腰を浮かした。お先におやすみなさい、と部屋を出ていく。
「あの、私も、お酒はちょっと」
琴音ちゃんもそう言って部屋を出ていった。あの二人は、俺達が盛り上がってレミィが歌ってあかりやマルチがあたふたしてる間もずっと静かだったし、盛り上がりに欠ける奴等だぜ。委員長も俺と同じ意見らしかった。
「なんやなんや。世の中優等生ばっかりやのー。宮内! 宮内は飲まんのかい?」
「ゴメンねトモコ。アタシ、ビールは遠慮しとくヨ! その代わりもう一曲! ♪I`m a Giant! reader of children! the No.1 of japanese guy is me! ……Hey!」
「剛田さんかい!」
「わははは。マルチ! マルチはどーだ?」
「あわわわわ。ひ、浩之さん、わわ、わたし、人間のみなさんのお飲物はちょっと……」
「なんや。まるで使えんなあ。MS-DOS ver2のように使えんわ。……うえっ。ううっ。藤田君だけや。うちの気持ちわかるんは。岡田でも吉井でもない。藤田君だけなんや!」
「嬉しいこと言ってくれるぜ、保科。……ところで、誰かもう一人いなかったか?」
「堪忍や、藤田君。うち、キャラの立ってないヤツまではよう知らんわ」
「うーん。あと一人いたようないなかったような……。こんな時こそあかり! あかりの出番だ!」
「そや! 神岸さん! 影の薄いクラスメートの解説っちゅーたら、神岸さんの出番や!」
「嫌な出番だよ……」
先ほど委員長に無理矢理押しつけられたカクテルの缶を、ほとんど口を付けないまま持って床にぺたんと座っていたあかりは、ため息まじりに俺達の問いに答える。
……せっかく出番なんだからもっと喜べばいいのに。
「ええとね、たぶん、松本さんのことじゃないかなあ」
「松本!」
「そや! 松本や! 正解の神岸さんには……、な・る・ほ・ど?」
「え? えっ? じゃ、じゃあ、「ほ」」
「「ほ」は……、カクテル一年分ー!」
「(こぺー!)」
あかりを組み伏せて無理矢理飲ませ始める委員長。おおっ。なんかこう、微妙に、変な気分になる構図だな……。
おっと、ヤバいヤバい。誰かに見られてたら誤解されちまうぜ。なるべく自然な感じで目を逸らした俺の視界に、レミィの押しに負けてマイクを取ったマルチが入った。
「おお。マルチが一曲歌うのか」
「YES! 楽しみなのデース。……ハイ。入ったよ!」
「はは、はい。ででわ、あの、歌わせていただきます」
緊張するマルチの後ろにあるカラオケセットからイントロが流れ出す。……こ、この曲は、まさかっ!
『(語り)
ぼ、僕かぁ、しやわせだなぁ。
あ、あの、わたしは、あなたといるときが一番幸せで、
あの、あなたと一緒にいると本当に幸せで、
で、ですから、その、一生、その、あなたのお側にいたいというのは、
あ、あの、あの、よろしい、で、しょうか……?
……よろしいですよ、ね。
♪ふぅたりをー ゆぅうーやみがー
つぅーつむぅー こーのまどべにー♪』
(若大将!?)
部屋中の人間から驚愕のツッコミが寄せられる中、熱唱するマルチ。……たぶんじーさんの趣味だな。この歌は。
それにしても、さっきのマルチの台詞は良かった。俺としたことが、ちょっと泣けたぜ。へっ。酒のせいで涙腺が弛むとは……、って、気がついたらみんな泣いてるし。
「はっ! ロボ娘のくせに生意気やないかっ! うちの……、うちのハートを鷲掴みやなんてっ! あんた、ホンマにスッキリや!」
「ううっ。じーんときちゃったよう……。マルチちゃん……」
「Ah……。やはり、ユウゾウ=カヤマは良いのデース」
お前だけ理由が違うな。
フルコーラス歌い終えて頬に赤みが差したマルチは、熱狂的な拍手と歓待に迎えられた。昭和の歌で心を一つに盛り上がった俺達は、その後も無意味に敬礼などしつつお互いに注いでは飲む。注いでは飲んでは注いでは飲んでは注いでは飲んでは注いでは飲む。
時刻は九時を回ったばかりだというのに、今やリビングは戦場と化しつつあった……。