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完全に舞台を降りきったところで、思いっきり頬をつねってやった。
「いたいいたい!」
小声の悲鳴に、より一層力を込める。

「なんでおまえがでてくるんだよっ!」
「え、やって今日一日ずっと黒騎士俺やったんやで」
「はあ!?フランスは!」
「外で受付」
「なんで!」

そんなことになってるんだ!?
パニックになっていると、びっくりした?と楽しそうな顔!
「どっきり大成功〜。最初からこうするつもりやってんで」
「はあ!?」

なんだよそれ、とさらに問いつめようとしたら、聞き覚えのある曲が流れてきた。…しまった、カーテンコール!オーストリアが挨拶をする声が、聞こえ出す。…なんであいつ役者じゃないのに衣装着てるんだ?…いや問題はそれじゃなくて!

「どうすんだよ俺立てねえぞ!」
「安心し。下ろす気なんかないから。」
は?と聞き返した途端、舞台から、茨姫、黒騎士!と呼ばれた。
やば、と思った瞬間、そのまま歩き出すスペインにちょ、と止める暇もなくて!
横抱きのまま、舞台の明かりをあびる。きゃあ、と黄色い甲高い声!

「ありがとうございましたぁ!」
スペインが、そのまま礼をするから、振り落とされるかと思って慌ててしがみつく。
途端にひゅう、と聞こえた口笛(しかも一人じゃない!)に顔が真っ赤になる。
でれっと笑いやがったスペインが心底頭に来たので、思いっきり背中をひっかいてやった。

「いたっ!」
「この馬鹿!」
「やってロマーノ、」
「知るか!」
「そこうるさいですよ!」

ひそひそやってたら俺まで怒られた…スペインのせいだ!俺悪くない!



全部終わった後、言い訳を聞いてやってみれば。


最初から。
ほんとうの黒騎士役は、スペインで。…でも、俺をびっくりさせようと、こんなこと仕組んだ。
…なんて聞いて、ふーんで終われると思うか普通!!

「ふざけんなぁ!」
怒鳴って、渾身の力を込めてビンタ一発!
俺が、ほんとに、どれだけ悩んだと思ってるんだこの馬鹿!ふざけんな!へらへら笑うな!ビンタ一発じゃ足りない、ぜんぜん足りない!この気持ちは収まらない!

「やって〜…」
「だいたい、他の奴らにだって迷惑かかるだろーが!」
本番だけ人が違う、なんて、練習もろくにしてないくせに!
「何言ってるん、みんな知ってたし〜」
後ろを通ったポーランドの言葉に、なっ、と振り返る。
「みんな!?」
「そ。みーんな。」
辺りを見回すと、困ったように笑ったり、視線を逸らしたり…!

「…じ、じゃあ、最近なんかいなくなってたのは…」
「ロマーノに隠れて、練習?」
えへ、と笑いやがったその顔に胸倉両手で掴んで頭突き!
「ぐぁっ!…い、痛いですロマーノさん…!」
「こっちだって痛えよちくしょー!!」

じんじんと頭が痛む。…痛みで涙がにじむ。
「お、おまえなんか…」
ぼろ、と、涙がこぼれ落ちる。
「ろ、ロマーノ」
「…っ、俺本気で悩んだんだぞ…っ!ふ、らんすとキス、しなきゃ、いけないって、すご、い嫌で、でも、決まったことだから仕方ないって諦めて…!」

何回も泣いた。朝腫れた瞼をどうやって誤魔化すか、困ったことも何度もある。もうほんとに、辞めることまで考えて。…なのにこいつは、こいつは…!

「うっ、う…!」
ぼろぼろ流れる涙を止められなくて、手のひらに爪を立てて、声をこらえて泣いた。前なんて見えなくて、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「な、泣かんといてやロマーノ〜…」
伸びてくる手をさわんな!と叩き落として。背中を向けて、泣いた。
「お、まえなんかぁ!」
「ロマ、」
後ろから、ぎゅ、と抱きしめられた。

「ごめんな…ロマーノ…」
「…っ…馬鹿…」
そう、なんとか答えて。顔を上げた。涙を拭う。…だれもいない、部屋。(みんな逃げていったみたいだ。)
意を決して、口を、開く。
「…って」
「え?」
「キス、したって!俺が満足するまで!」
…でも、よかったと思うから。…悔しいけど。こいつと、じゃなきゃキス、したくない、のは本当だから。…くそむかつく。ほんとにむかつく!むかつくけど、………大好きなんだよ馬鹿!
「へ、あ……いくらでも!」

くるり、と逆を向かされた。うれしそうな顔が本気で腹立つ。……ああもうちくしょー、黒騎士の衣装が似合うとか思いたくないのに!ムカつくのに見とれちゃうとかっ!
しっかりと瞳を閉じた。…それでも感じる、優しい気配。

「ロマーノ、」
呼ばれて、少し顔を上げて近づいてくる気配を、待った。

…ちくしょう。…絶対満足なんてしてやらないんだからな。…一生、キスさせてやるから覚悟しろよ。
俺の…黒騎士。


End.


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