むかしむかしある国に、ふたりのお姫様がおりました。 ひとりは、とてもかわいらしいお姫様でした。そのかわいらしさと、みんなに優しい性格から、周りの人々はもちろん、動物達にも好かれる、とっても素敵なお姫様でした。その明るい笑顔から、ひまわり姫とよばれておりました。 もうひとりは、少しいじわるなお姫様です。一人でいるのがいい、と、わがままを言ってみんなを遠くへ遠ざけてしまい、いつも高い塔の上で不機嫌そうに世界を見下ろしていました。けれど、その美しさは世界一。冷たい美しさのその姫は、茨姫、と呼ばれておりました。 二人には、いつも一緒にいる、守護剣士がおりました。 一人は、ひまわり姫を影で守る白騎士。 ひまわり姫を兄のように父のように守る彼は、ほんとうは、ひまわり姫が大好きなのですが、己の立場から、そのことを口に出すことはしませんでした。けれど、ひまわり姫は本当に白騎士を信頼しておりました。 もう一人は、茨姫の前に立ち障害となるものを薙ぎ払う黒騎士。 彼は、茨姫に楯突くものは全て斬り捨てました。その顔を、仮面で隠して。茨姫は、決して彼のことを信用してはいませんでしたが、ただ、傍にいることだけを許可していました。 なにごともなく、二人は美しく健やかに育ちました。 しかし、わがまま放題をしていた茨姫は、あるときついに、この世界の全てが欲しい、とわがままを言い始めました。 そのためには、みんなに好かれるひまわり姫が邪魔でした。 茨姫は、少しも迷うことなく、黒騎士に、ひまわり姫を排除するように命令しました。 何も知らないひまわり姫は、今日も一人で森の中。動物たちと遊ぶのが大好きなのです。 その後ろから、音も立てずに黒騎士が近づきます。 そして、にこにこと楽しそうに笑うひまわり姫の後ろで剣を振り上げたそのとき…! きいん、と金属同士がぶつかる音が響きました。 いつのまにかやってきていた、白騎士が、その剣をかざした剣で受け止めたのです。 そのまま黒騎士を押し返しました。 「姫に手出しするならば…斬る。」 黒騎士は、それ以上なにもせずに、その場を立ち去りました。 低くそう言う白騎士の後ろで、何が起こったのかわからないひまわり姫が驚いた表情をしていました。 「お怪我はありませんか?」 膝をついた白騎士にそう言われて、こくん、とひまわり姫はうなずきました。 「私…何かしてしまったかしら?」 首を傾げて言う姫に、白騎士は、茨姫に狙われたのだとは言えませんでした。 一方、茨姫のもとへ帰った黒騎士は、あったことをそのまま報告しました。 自分の希望の叶わなかった茨姫はかんかんです。 「なんてこと…!役立たず!あのこを殺せと言ったでしょう!」 「…ですが姫。あなたが望んでらっしゃるのは、本当にそれなのですか?」 茨姫は息を飲みました。黒騎士の声を聞いたのは、今日が初めてでした。 ですが、同時に、その初めての言葉が、自分に歯向かうようなものだったことに、腹が立ちました。 「次こそあの子をしとめていらっしゃい。でなければ、次に飛ぶのはあなたの首よ!」 怒りにまかせて怒鳴る姫に、黒騎士は、ただ頭を下げて、部屋を去りました。 次の日から、ひまわり姫の右斜め後ろにはいつも白騎士がいました。しっかりと周りを見回して、警護を続けています。一日中ずっと、です。白騎士がいるかぎり、姫は安全でした。 しばらくたったある日、お城の中を歩いていたひまわり姫の前に、白騎士が回りこみました。 「動かないで。」 「は、はい。」 ひまわり姫はわかっていませんでしたが、今、彼女達は敵に囲まれていました。黒騎士の配下の者達が、いつのまにか城を占拠していたのです。頼れる味方は、ただ一人。白騎士しかいませんでした。 多勢に無勢。たくさんの敵に、それでも、白騎士は刃を抜きました。 「姫には指一本触れさせはしない!」 その言葉の通り、白騎士は、姫を守って、走りました。同時に何人もの敵が襲ってきても、立ち止まることすらしません。その背に、腕の中に、姫を守り続けます。 しかし、さすがの白騎士にも疲れが見え始めました。一瞬の隙にできる傷も、だんだん増えてきました。それでも、白騎士は剣を離しません。 「…しつこいな。」 冷たい声がしました。 ぴり、と一気に空気が凍りつきます。 かつ、かつ、と足音を響かせて歩いてくるのは、他でもない、黒騎士の姿。 …守りながらでは、勝てない。そう、白騎士は判断しました。 「…姫。秘密の抜け道から、城の外へお逃げください。」 小さく、後ろに囁くと、そんな、あなたはどうするのですか、と小さな悲鳴。 「大丈夫。必ず迎えにいきます。」 約束します。だから、早く。 そう促しました。もう一刻の猶予もありません。 「いや、いやです、あなたが一緒でなければ逃げません!」 「逃げろ!」 大声で怒鳴られて、ひまわり姫はびくっと体を竦めました。こんな風に、怒られたことなんて一度もありませんでした。 「俺は、貴女に死んで欲しくないんだ、生きていて欲しいんだ!…貴女を、愛しているから、」 白騎士は、言うつもりのなかった気持ちを、言ってしまいました。 それでも、かまいません。ひまわり姫が生きてさえいてくれれば、それでいいのです。 「必ず、迎えに。約束します。…早く逃げろ!」 言われて、姫は、小さく、囁きました。あの花のところ。それは、二人にしかわからない秘密の場所でした。 「待っています、いつまででも、待っています!」 そういい残して、姫は走り去りました。秘密の抜け道に入ってしまえば、もう他の者は追いつくことができません。 黒騎士が姫の後を追おうとする前に、白騎士が立ちふさがりました。 「…どけ。」 「ここは通さない。」 「…死にたいのか。」 小さく、白騎士は笑いました。 「死なないさ。…約束したからな。」 待っています。その言葉が満身創痍の白騎士を動かします。剣を構えなおし、まっすぐに黒騎士を見ました。 「…馬鹿が。」 黒騎士が、すらり、と剣を抜きました。 周りもすっかり敵に囲まれて。それでも、白騎士の心はまっすぐです。 待っていると、言ってくれたのだから。必ず、参ります。愛しい姫。 「…来い。」 小さく、けれども強く、白騎士は言いました。 お城は静かでした。 黒騎士が、邪魔者をすべて排除した城は、とても静かでした。 茨姫は、黒騎士が帰ってくるのを今か今かと待っていました。 こんこん、とノックの音。黒騎士が帰ってきました! 「入りなさい。」 茨姫がそう言うと、黒騎士がドアを開けました。 茨姫は、思わず息を飲みました。 帰ってきた黒騎士は、肩や、腕に、たくさんの切り傷をつくって、その黒い鎧も、仮面もぼろぼろになっていたのです。 茨姫は、黒騎士のそんな姿を見たことがありませんでした。彼はとても強かったので、いつも、返り血ひとつ浴びずに帰ってくるからです。なのに、彼は、今の彼は、ドアによりかかっていないと、今にも倒れそうでした。 「…う、そ。」 「…申し訳ありません。」 姫。そう言われました。その瞬間、ぐらり、とその姿が倒れます。 茨姫は慌てて駆け寄りました。命令を聞かなかったこととか、一気に吹き飛びました。 「く、黒騎士!」 「…大丈夫、だいじょうぶ、です。」 そう言って、黒騎士は体を起こしました。 「すぐに、行ってまいります、今度こそ、ひまわり姫を、」 「いい、もういい!」 いやいや、と茨姫は首を横に振りました。 行ってしまったら、もう黒騎士が二度と帰ってこない気がしました。そうしたら、茨姫はもうひとりぼっちになってしまうのです。 それは嫌でした。周りに人がいることが嫌いな茨姫でしたが、黒騎士がいなくなるのはもっともっと嫌でした。 茨姫は、目が熱くなるのを感じました。けれど、泣いたことがない茨姫には、何故熱くなるのか、わかりません。 「…姫。どうして、世界が欲しいと思われたのですか。」 静かに、そう尋ねられて、だって、と茨姫は呟きました。 「だって、あのこは、いつも笑顔だわ。みんなに、世界に囲まれて、楽しそうに笑っているわ。それは、世界があのこのものだからよ。」 「いいえ、いいえ。」 違います。そう、黒騎士は言いました。 「ひまわり姫が笑っているのは、愛し、愛されているからです。」 「…あい、される。」 それは、茨姫には遠い言葉でした。 本で読んだことはありました。愛し、愛される。けれど、それはわからない感情でした。 「そうです。愛。生きているもの皆が少しずつ持っているものです。共有しているものです。愛し、愛され、人は生きていくのです。」 「…私は、持っていないわ。愛された、ことも、ないわ!」 小さく呟きました。だって、茨姫の周りには誰もいません。それは、茨姫が望んだことのはずでしたが、何だか、とても悲しいことのように思えてきました。 「いいえ。」 黒騎士は、そっと茨姫の手を取りました。細くて白い手を、優しく。 「私がおります。貴女様を愛しております。」 「…嘘。」 「真実です。…誓いましょう。我が剣と。」 そう言って、かたり、と黒騎士は、ずっとずっとつけていた仮面を、はずしました。 優しい表情の、人の顔に、茨姫の目から涙が零れ落ちました。 「この仮面に誓います。…生涯あなたを愛し続けると。」 ふるふると、茨姫は震えました。愛される、ということが、とてもうれしいことだと、姫はこのとき、やっとわかったのです。 「…貴女の涙を拭うことを、許可していただけますか?」 私の愛しい茨姫。そう言われて、茨姫は震える唇で言いました。 「…許す。」 黒騎士は、手袋をはずし、その白い顔に流れる涙を拭いました。そして。 どちらからともなく、唇を重ねました。 走って走って走って、ひまわり姫はやっと、立ち止まりました。あたりに人の気配はありません。…どうやら、追っ手を振り切れたようです。 「…白、騎士。」 あの人は、無事なんだろうか。考えたら、不安で不安で仕方ありませんでした。あんな敵の中に一人だけ。そんな状態で、私だけ逃げてくるなんて…! 泣きそうでしたが、一つの言葉を思い出しました。 必ず迎えに。そう彼は約束しました。彼とした約束は、今まで破られたことがありません。ひまわり姫は、顔を上げました。 絶対迎えに来てくれる。彼は、必ず。 ならば、待っていよう。ずっとずっと待っていよう。ここで、約束のこの場所で。 「…来てくれる。絶対。信じています、白騎士…。」 祈るように、姫は手を組みました。 姫は待ち続けました。どんなに途中でやめてしまいそうになっても、やめませんでした。 姫が着ていた綺麗なドレスがぼろぼろになっても、姫はそこで待っていました。待ち続けました。 そして、もう諦めそうになったとき、ぱき、と小枝を踏みしめる音がしました。 「…!」 はっとして振り返ると、そこには。 ぼろぼろになった、傷だらけの、それでも優しい笑みを浮かべた、白騎士の姿がありました。 姫は、その大きな目から涙をこぼして。 彼に向かって、走っていきました。 とおいとおい どこかの国での、 とおいとおい 昔のお話 愛しい人に愛された、二人の姫のお話 戻る |