.


「スペイン、」
そう呼ぶとだから親分、と困った顔をされた。
…絶対呼んでやらない。心に決める。誰が親分だ、ちくしょー。またか。…いや、この世界では、初めて、みたいだけど。俺がこいつの属国になるの。それでも、こっちにとっては『また』だ。なのに。…ただでさえ、こいつがあの特徴的な言葉を使ってくれない、というのはかなりショックなのだ。だから。
「スペイン。」
呼び方と態度は絶対変えないと、心に決めた。
「…何?」
聞かれて、腹減った。と言ってやる。
「……それ、俺に作れって言ってる?」
頬を引きつらせる彼をちら、と見て、作るの手伝え、と言う。
さすがに、あの時とは違う。もう大人だ。だから腹減ったと言えばメシがでてくるとは思ってない。
…それは、少し寂しいことでもあるのだけれど。
「調味料の場所とかわかんねーから。」
「…そりゃそうか。」
初めてじゃわからないよな。うん。うなずく彼に、立ち上がるときに小さくついたため息は、ばれてないはず。
元の世界に戻る、方法。
ギリシャもどきはなんて言ってた。そう、鍵。鍵の欠片。集めろって。
そんなもんどこにあるっていうんだ。
思いながら、たんたん、と包丁でトマトを刻んでいく。
パスタがないなんてありえない。本気でありえない。そう怒鳴りはしたが、ないものは仕方が無い。ある材料から考えて、パエリアにした。…こいつに食べさせるにはまだちょっと、自信ないけど。仕方が無い。
刻んでいると、えびの用意してたはずの隣の視線がじっとこっちに注がれてるのに気付いた。
けれど、気にしていたらいつまでたっても料理ができない。だって次に何だよ、って聞いたらもう5度目だ!どうせまたいや別に、って言うに決まってるし。

「…料理上手やなあ。」
ぽつり、と呟かれた言葉に、一瞬、固まった。
…独り言、だ。だからこその口調。…けれど、それに涙が出そうになるほどほっとしてしまって。
深呼吸して、手を動かす。
「無駄口たたいてるなら手動かせ、手!腹減ったんだよ俺は!」
「…へーい。かっわいくない子分やでまったく…。」
…かわいくない。そう言われるたびに胸がきしむように痛むけれど、とにかく目の前のことに集中した。

パエリア鍋の前に立って、水分のだいぶ飛んだ鍋の中をのぞきこむ。…うん。いい匂い。
後は貝を入れ、少し蒸らしてできあがり、だ。
「ええ匂いやなあ…。」
すぐ隣から言われた言葉、というか近すぎる距離に固まったら、ひょい、とターナーを鍋に入れていただきまーす…って!
「おい!」
つまみ食いとはいい度胸だな!と続ける前に、そのまま口に運んで咀嚼していた表情が輝いた。
「…ん!うまい!やっぱ料理うまい子好き。」
さらっと言われた言葉に、かあっと頬が熱くなった。
「う、あ…っ!!つまみ食いすんなら出てけちくしょー!!」
げし、と向こう脛を蹴り飛ばすと、痛いってもー!と言いながら、じゃあ出来上がったら呼んで、とキッチンから出て行った。
それを見送って、思わず座り込みそうになってシンクの縁に手をつく。
…こんなで大丈夫か、俺。これから…。
知ってる。あいつの好き、が大した意味持ってないのは知ってる。ただ世の中の人を半分に分けた中で好き、の方というだけだ。知ってる、長年の経験からよおおく知ってる!
はああ、とため息をついて、とにかくパエリア、と向き直って、まな板の上で何か光ったのに気付いた。
「…?」
さっきまでは無かったのに…金属の、破片だ。…鍵、の形に少し似ている。
そこまで思ってはっとした。
「これ、」


『鍵の欠片』を手に入れた!




次へ