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兄ちゃん!と呼ばれた気が、して。
まさか、と思いながら、振り返る。
ぶんぶんと手を振るヴェネチアーノの姿を見つけて、目を丸くした。

はぐーと抱きついてきた馬鹿弟は、やけに小綺麗な格好をしていて、今日はねーオーストリアさんと来たんだーという声にああ。と思った。こっちでは、こいつはオーストリアの属国なんだったな。まだ。
廊下ではしゃぐ弟に、移動しようと言い掛けて、一応客だし客間か?と考えたが、客間今オーストリアさんとスペイン兄ちゃんがいるよ、と言われて自分の部屋に移動することにした。
レモネードをいれてやればはしゃいで、べたりと床に座って、最近あったことを切れ間なくしゃべる彼の聞き役に徹してやる。
よく話がつきないもんだと思いながら聞く。あのねとそれでねを繰り返し続ける口に少々呆れながら。
気付けば、グラスは空。もう一杯入れてやるか、と立ち上がると、く、と服の裾を引かれた。

「ねえ、兄ちゃん、一緒に行こうよ。」
独立、しよう。
真剣な、瞳。まっすぐに言われて。
「…、」
開いた口を、何も言えなくて、閉じる。…わかってる、こいつが望んでいることは。知ってる。…俺たちは、そう、二人で、イタリア、で。そうありたいと思うのは。…俺も心のどこかで、思っている。願っている。それはすでに、俺の意志ではないのかもしない。けれど。

『イタリア』の、意志だ。

「…いやなんじゃないよね。」
問いかけではなく、確認の言葉。…こいつも同じ気持ちなんだ。琥珀に、そう感じて、ため息を一つ。…隠したって、無駄か。
「…スペイン、が。」
気になることを、素直に声に出すと、スペイン兄ちゃん?と言いながらヴェネチアーノは座った。つられて、カーペットに座り込む。
「だって、反対するだろ。あいつは…」
俺の、宗主国なんだから。そう視線を逸らして言えば、反対してなかったよ、とさらりと言った。
「え、」
「してなかったよ?別に…」

さっき話してきたけど、ロマーノがそうしたいって思うんやったら、それは仕方ないことやなって。
言ってたよ。その声は、嘘をついているとは思えない。
…そう、なんだ。俺が、…いなくなっても。あいつ、は。
胸がきゅう、と締め付けられた。
いいんだ。スペインにとっては、俺はその程度、なんだ。考えると、苦しくて、悲しくて。
泣きそうになって、唇を噛む。

「…でも、」
弟の声に、顔を上げる。声に出ないように気をつけながら、でも?とうながす。
「やっぱり、もしかなうなら、ロマーノと一緒にはいたいなあ、って。」
楽しいもん。一緒にいるの。ほんまに楽しいから。このまま、一緒にいれたらいいなあって。ロマーノと。
そう言ってたよ、その一言だけで、気分が一気に上昇する。締め付けられていた気持ちが、ほわん、と。
楽しい、って。一緒にいるの楽しいって。自分と同じ気持ちでいてくれたのが、うれしい!
思わず頬が緩む。けれど、じっと見つめてくるヴェネチアーノの目に気づいて、口元を手で覆った。隠して、なんとかもとに戻す。

「…兄ちゃん、スペイン兄ちゃんと一緒にいたい?」
真剣な、声。
「でも俺、やっぱり兄ちゃんと一緒に暮らしたい、よ。」
ねえ、兄ちゃん。そう言って、立ち上がる彼を見上げる。まっすぐな琥珀。決意を決めた目を、している。
「決めて。兄ちゃんが決めたことだったら、俺も何も言わないから。」
どっちを選んでも、かまわないから、だから。
「兄ちゃんが、決めて。」
そう、真剣に弟は言う。
だから、俺もそれに見合うだけ、真剣に考えるべきだと思った。
今のままでは、何も変わらない。スペインとの関係も、きっと変わらないまま、だ。それは心地よくて、けれど、それ以上にはきっと成り得ない。
けれど、関係を変えて、失敗、したら。それを考えるとぞっとする。彼と、赤の他人になる、なんて。…俺にとってスペインは全てなんだと、改めて思う。

「俺と一緒に行くなら、手をとって。」
伸ばされた手。…どうする?

手を取る。
手を取らない。