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掃除終了。 箒をしまいながら、無意識のうちにため息をついていて、ああもう、と自分の頬をたたいた。最近ずっとこうだ。 …イギリスさんに、好きな娘がいるかもしれないと聞いてから。 なるべく普通に普通にと、振る舞っているつもりなんだけれど、きっと彼にはばれている。あまり元気がないこと。 彼はとても、気遣いのできる人だから、きっと。 「…イタリアくんとかだったら誤摩化しきれる自信あるんですけどねー…。」 別にけなしているわけではない。そこも彼の魅力だ。うん。 まあそれは置いておいて、イギリスさんが問題で。 「…いっそのこと。」 告白。……いやいやいやいや。そんな勇気はない。しかも振られた後もまた一緒に暮らさないといけないと思うと。うん。 「無理ですねえ…。」 呟いて、今度は意識的にため息。 ちなみにこんな独り言を言っていても、返ってくる声はない。 イギリスさんは今、会議のため家にはいないから。帰ってくるのは明日だ。 ソファに座って、うーん、と考えを巡らせる。 告白しないとなると、誤摩化しきらないといけないわけで。…彼は紳士だから、言いたくないです、と言えばあまり追求はしないだろうけれど、うーん…。 「関係がぎくしゃくするのも、ちょっと…。」 それはいやだ。せっかく、慣れてきて。そばにいるのも当たり前みたいになって。…彼の隣を歩けるようになったのに。 けれど、告白する勇気は、ない。 「どうしましょうか…。」 天井を見上げて、うーん、と呟く。 そこに突然、じりりりりん、と音。 「おや。」 電話、とすぐ気づいて、立ち上がる。彼がいないときに電話。珍しいけれど、全然ないわけじゃない。 深呼吸一回。それから、受話器を取って、Hello?と呼びかけると。 『あ、日本?』 「!イギリスさん?」 声で気づいて、どうしたんですか、何かトラブルでも、と尋ねる。 『いや、仕事自体は問題ない。早めに終わったし。』 「そうですか…。では?」 どうしたんですか?と電話の向こうに聞けば、いや、その、となにやらもごもご。 おや。と思いながら、黙って返事を待っていると、その、さ。と言いづらそうに切り出された。 『最近、…様子が変だったから、どうしたのかと思って。』 …やっぱりばれてた。けれど。 「…どうして、電話で?」 『ああいや、面と向かってだと、言いづらいこともあるかな、と…。』 俺の勘違いなら、いいんだが。そう言う、声。 優しいそれが、心にしみて。 でも。 好きな娘。いるんですよ、ね…。 それがどうしても、頭をよぎって。 こっそりと、深呼吸、一回。 なんでもないです、と言おうと口を開いたその瞬間。 『日本』 「、はい?」 聞き返す。真剣な声。 『…本当を、教えて欲しいんだ。誤魔化さない、本当のことを。頼む。』 本当に、まっすぐで強い、その声に、目を閉じた。 …言うつもりなんてなかった。伝えることはできなくてよかった。 ただ、温かい気持ちを抱いていたかっただけ、なのに。 「ずるい。」 『え?』 「イギリスさん。」 呼びかけると、何だ?とちょっと緊張したような声。 小さく苦笑して、言葉を紡ぐ。 「好きな娘、って、誰ですか?」 『…へ?好き…って!』 「すみません。この間の会話。聞いてしまったんです。」 どうしてもそれが気になってしまって。 そう告げると、息を飲む音。…ああ。敏い彼にはわかってしまうか、やっぱり。 「…イギリスさんが、好き、なんです。」 世界中の誰より一番。…恋愛感情という意味で、好きなんです。 言ってしまった後、しばらくの沈黙。 …やっぱり迷惑、だったかな。目の前には誰もいないのに、表情をつくって、息をつく。 すみません。そう形作ろうとした口は、いきなりばん!とドアが開いた音にただの吐息に変わった。 びっくりして振り返ると、そこには。 エメラルド色の瞳をまんまるにして、携帯をにぎりしめたイギリスさんの姿! 「えっ!」 何で。言うまえに、思い切り抱きしめられて。 「…、俺もだ、日本。」 泣きそうな声でそう言われ、た。…え? 「え…?」 「…俺も、おまえが好きなんだ。日本。」 耳元で囁かれたそれは、何より強く、心を打って。 思わず泣きそうになってしまった瞬間、 きん、と小さな金属がぶつかるような音と。 扉が開く、音がした、気がした。 |