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とんとん、と響いてくる足音に顔を上げる。
規則正しいそれは、もうすでに着替えをすませた彼のものだ。ここ数日で、わかるようになった。ほら。ネクタイと上着はまだだけれど、ちゃんと着替え終わった彼の姿が、見える。

「おはようございます。」
「おはよう。…早いんだな…。」
年寄りですから、と笑って、てきぱきと朝ご飯の用意を進める。
彼の家の料理にも少しなれておいてよかったと思う。本当に。

「毎日何時に起きてるんだ?」
「そんなに早くないですよ。」
さら、と答えて、笑顔を保つが、結構朝はがんばっている。
だって、本当に申し訳ないのだけれど、彼に料理を作ってもらう、というのはできるだけ勘弁してほしいから!
だから、とりあえず朝早く起きて、顔洗って着替えてすぐ朝ご飯作りにとりかかる、というのがここ数日で決まって来た習慣だ。
そうしないと、…うん。自分の身を守るためにそうするべきですよねやっぱり。
それに、朝起きるのはそんなに苦じゃない。…それはやっぱり年寄りだから、というのも大きいのだろうけれど。…こっそりと、彼の部屋を伺って寝顔見るのが、楽しみだからだったりも、する。

キッチンへ入ってくる彼のためにスペースを空ける。
紅茶を入れるのは彼だ。それだけは最初に決めたことだから。
会話はない…というか何を話したらいいのかわからない。
というより、距離の取り方がわからない。彼はイギリスさん、だけれど、私の知っているイギリスさん、ではなくて。それでも、どう見たってイギリスさん、だし。容貌も内面的な部分も。
だから惹かれる部分も、あったりなかったり、で。

「…弱りましたね…」
「何がだ?」
不思議そうな声で、自分が声に出してしまっていたことを知る。
何でもありません、と言う前に、日本、と呼ばれた。
「何か困ったことがあったらすぐに言ってくれ。…おまえは何も言わないから、不安だ。」
エメラルドの瞳は、真摯で、とても強い光を宿している。

ああ、やはりこの人はイギリスさんなんだ、と心が、震えた。
「では。」
それを表情には出さないように笑ってみせる。ふつう、の微笑を心がけて。
「今日の夕飯何が食べたいか考えてください。」
何でもいいなしですよ。そろそろ献立が浮かばなくて。
肩をすくめてみせれば、拍子抜けしたような顔。

「…そうだな…じゃあビーフシチュー。」
うっ。…いや作れますけど。作れるようにはしましたけど!あれからちゃんと作り方教えてもらって!
「……わかりました、」
「…を作ろうとしておまえが作ったっていう、日本食のやつ。」
「はい!?」
「なんだっけ、ニクジャガ?だっけ?」
噂は聞いてるぞ、っていたずらっ子みたいな顔!ああもうどこですかその噂の発信源!
浮かぶ数名の顔に、手で自分の顔を覆ってため息一つ。

「…わかりました。なら、今晩は日本食ということでいいですか?」
「ああ。」

楽しみにしてる、とくすくす笑う声を聞きながら、熱くなった頬に手で触れた。


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